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第1話 卒業

凪が生まれてからの二人を、描いていきますので、またよろしくお願いします。

「榎本桃子!」

 私は名前を呼ばれ、返事をして壇上に上がった。

「卒業おめでとう。卒業式に出られて、本当によかったわね。体に気を付けて、無事、元気な赤ちゃんを産んでね」

「ありがとうございます」

 校長先生から、卒業証書を受け取ると、みんながいっせいに拍手をしてくれた。


 今日の卒業式には、母も父も、聖君のご両親も、それに祖父と祖母も来てくれている。それから、聖君も…。

 

 3月2日。卒業式。今日、高校を卒業する。

 予定日まであと2週間ある。だけど、いつ生まれてもいい状態だから、卒業式に出られるかどうか、本当にドキドキしていた。

 でも、ちゃんと出ることができた。


 卒業式も終わり、私たちは家族や先生の大きな拍手の中、席を立ち歩き出した。

 あ、聖君が見えた。満面の笑顔で拍手をしている。その横で、母と祖母が涙ぐみながら拍手をしているのも見えた。

 小百合ちゃんのご両親と、輝樹さんの姿も見えた。小百合ちゃんは去年の10月終わりから学校に復帰して、卒業することができた。私と予定日が近いけど、やっぱりまだ、赤ちゃんは生まれていない。


 体育館を出て、私は菜摘や蘭と、写真を撮った。

 それから、3人で校舎を見た。

「ここに6年も通ってたんだね」

「うん。もう、明日から来ることはないんだね」

 私がそう言うと、菜摘が抱きついてきた。


「桃子~~。一緒に卒業できて、本当に嬉しいよ~~」

「うん、私も」

「桃子、菜摘。今までありがとうね~~」

 蘭も抱きついてきて、3人でそれからわんわんと泣いた。


 ここの中学に入学した日を、今でもはっきりと覚えている。小学校の時、いじめにあって、またここでもいじめられないかって怖かった。それに、誰も知っている人がいなくって、すごく心細かった。

 1年の時は、私と似た人見知りのするおとなしい子が隣の席で、2人してほっとしながら話をした。そしてすぐに仲良くなった。


 2年になってもその子とクラスが一緒で、良かったねって言い合ったのを覚えている。だけど、3年になり、その子ともクラスが離れ、なかなか友達ができなくって、修学旅行の班にどこにも入れなくて困っていた時に、一緒の班になろうと声をかけて来てくれたのが、蘭と菜摘だ。


 嬉しかったと同時に、すごく戸惑った。2人とも明るくて、積極的で、私と正反対の性格だったから、仲良くなれるかどうか不安だった。

 でも、そんな心配まったくいらないくらいに、2人はとても楽しくて、最初から桃子って呼び捨てにして、私のことを大事にしてくれた。


「中学の修学旅行、楽しかったよね」

 私が泣きながらそう言うと、

「うん。楽しかったね。あれこれ、夜中まで話したよね」

と菜摘はずずって鼻をすすりながら、そう答えた。

「そうそう。どんな男子が好みかとかね」

 蘭も涙を手でぬぐいながら、そう言った。


「まだ3人とも彼氏がいなかったころだよね」

「桃子は確か、優しい人がいい。容姿にはこだわらないって言ってた」

「え?そうだっけ?蘭、よく覚えてるね」

「そう言っておきながら、旦那は、すんごいイケメン!あはは」

 菜摘に笑われた。


「自分の兄貴をイケメンって言う?」

 蘭がそう言うと、

「え~!いいじゃん。だって兄貴、まじでかっこいいもん」

と菜摘が言った。

「そっか。最初、菜摘も聖君が好きだったんだもんね」


 蘭がそう言うと、

「あはは。そんなこともあったっけね」

と、菜摘はまた笑った。

「あの時、蘭がめちゃくちゃ怒って」

 私がそう言うと、

「ああ、みなとみらいでね。でも、3人の絆は切れなかったよね」

と蘭が目を潤ませて答えた。


「そうだよね。蘭、あの時はずっと一緒にいてくれてありがとう」

 菜摘がそう言って、また泣き出した。

「やだ、せっかく泣き止んだのに、また菜摘が泣いたら、私まで…」

 蘭が言葉に詰まりながらそう言った。


 そして、また3人で抱き合って泣いた。

「卒業したって、友達だよね?」

「うん、絶対に」

「うん!」

 そう言いながら、泣いていると、後ろから髪をくしゃってしてきた人がいた。


「あ…」

 振り返ったら、聖君だった。

「3人さん、卒業おめでとう」

「ありがとう、聖君」

「ありがとう、兄貴!」

 

 菜摘が今度は聖君に抱きついた。

「うわ。抱きつく相手間違えてない?今日、葉一、来てないの?」

「仕事だもん。いいじゃん~~。兄貴に抱きついたって!」

「まあ、いいけど。卒業、おめでとう。菜摘」

「ありがとう」


 しばらく、菜摘は聖君に抱きついていた。聖君は、菜摘の髪もくしゃくしゃってして、それから背中をぽんぽんとたたいている。まるで、赤ちゃんをあやすかのように。ああ、これ、杏樹ちゃんにもしていそうだな。

「いいの?桃子。旦那さん、菜摘に抱きつかれてて」

 蘭がひそひそと聞いてきた。


「え?うん。だって、兄妹だし」

「そっか。それもそうか」

 前だったら複雑だった。でも今は、杏樹ちゃんが聖君に抱きついてるのと同じように、穏やかな気持ちで見ることができる。


「あの…。みんなで写真撮らない?」

 花ちゃんが、おずおずとこっちにやってきて、そう聞いてきた。

「もちろん、花!じゃ、聖君、写真撮ってよ」

 蘭が花ちゃんのカメラを聖君に渡した。

「じゃ、撮るよ。みんな最高の笑顔でね!」

 聖君がそう言ってカメラを構えると、

「私たちも入れて~~」

と椿ちゃん、苗ちゃん、果歩ちゃんがすっとんできた。


「じゃあ、みんなで、はい!ポーズ!」

 カシャ!

 その写真は花ちゃんが、すぐにメールに添付して送ってくれた。みんなすごくいい笑顔だったけど、私と蘭と菜摘は目も鼻も真っ赤だった。


「くす」

 その写真を見て、聖君が笑った。いつものように、夜、凪に日記を書き終えてからのことだった。

「なあに?」

「3人でわんわん泣いてたことを思い出してさ」

「…だって…」


 聖君は後ろから、そっと抱きしめてくると、

「仲良かったもんね、3人は」

と言ってきた。

「うん。でも、これからだって、ずっと友達だよ」

「うん、そうだね」


 聖君はそっと髪にキスをした。

「卒業式出られてよかったね」

「うん」

「お腹張ったりしない?」

「うん、大丈夫。今日はそんなに張ってないかも。昨日はやっぱり、緊張したからかな」


「予定日までまだ、日にちあるもんね。2週間くらいあるっけ?」

「うん」

「でもさ、そろそろ入院の準備はしておかないとやばいんじゃない?」

「うん。明日にでもお母さんとするよ。なんだか、卒業式のことで頭いっぱいで、入院の準備をする余裕がなかったからさ」


「…なんで?そんなに卒業式のことで、考えることあったの?」

「うん。ちょっとね」

「え?何?」

 聖君が私の顔を覗き込んできた。


「あのね、もしかしたら卒業式に、マスコミの人が来るかもしれないって、そんな噂があったんだよね」

「桃子ちゃんのことでってこと?」

「うん。一回、取材させてくださいって、そう言ってきた出版社があったらしくって」

「学校に?」

「うん。でも、校長が断ってくれたの」


「そうだったんだ」

「だからね、勝手に卒業式の日に、写真撮りに来たり、取材に来るんじゃないかって、学校側もちょっと警戒してたみたいで」

「ああ、だからなの?やたら、父兄の人数多かったし、校門のあたりにも、先生ずっといたよね」

「うん。PTAと先生とで守ってくれてたみたい。それでお父さんとか、男の人の数も増やしてくれたみたいだよ」


「そうだったんだ」

「うちの親も校長から話があって、卒業式には桃子さんをとっとと家に連れて帰ってくださいって言われてたみたい」

「え?そうなの?ああ、だから友達とみんなでどこかに寄ってくるのやめたの?」

「うん。それで聖君に車だしてもらってたの」


「なんだ。先に言ってくれたらよかったのに」

「あ、これ、私には内緒のことだったみたいだから」

「え?じゃ、なんで桃子ちゃん知ってるの?」

「椿ちゃんがこっそり教えてくれた。私がね、変に心配しないようにってみんな、私に言うのを控えてたみたいなんだけど、いざ、取材陣がいきなり来たら、そっちのほうが気が動転しちゃうでしょ?って、椿ちゃんなりの気遣いで教えてくれたの」


「ふうん…」 

 ふうん?

「椿ちゃんともすっかり、仲良くなったよね?桃子ちゃん」

「うん」

 聖君が私から離れ、立ち上がると、突然部屋を出て行ってしまった。


「あ、あれ?」

 どうしたの?なんでいきなり?

 すると、しばらくして、

「卒業おめでとう~~~」

とひまわりと一緒に部屋に入ってきて、大きなブーケをくれた。


「え?え?」

「俺一人だと、どんな花束にしていいかもわかんなかったし、ひまわりちゃんに買ってもらったんだ」

「…あ、ありがとう」

 うわ~。すごく大きなブーケ。すごく綺麗なピンクの…。

「ありがとう、嬉しい」

 泣きそうになると、

「俺の卒業式にも、ブーケくれたでしょ?」

と、聖君がにこりと笑いながらそう言った。


「ねえねえ、私が高校卒業する時も、お兄ちゃん、ブーケくれる?」

「え?うん。もちろん」

 聖君は、ひまわりににこっと微笑んでうなづいた。

「さ、2人の邪魔はしないから、2人でいちゃついてください。じゃね!」

 ひまわりはそう言うと、部屋をさっさと出て行った。


「う~~ん、ひまわりちゃんはほんと、俺らの邪魔、しなくなったよねえ」

「…ぐす」

「あ。あれ?桃子ちゃん、泣いてる?」

「うん…」

「…嬉し泣き?」


「複雑泣き…」

「え?何それ」

 聖君が私の顔を覗き込んだ。

「卒業寂しい。でも、ブーケ嬉しい。だけど、やっぱり悲しい」

「あはは。なるほどね、複雑な心境なわけね」

 聖君はそう言うと、また私をそっと抱きしめた。


「聖君、花瓶持ってきて、これいけちゃうから待ってて」

「俺が持ってこようか?」

「ううん。大丈夫」

 私はそう言って聖君の腕から離れ、部屋を出た。


 よたよたと階段を下り、母を呼んだ。

「聖君とひまわりが花束をくれたの。花瓶どこにあったっけ?大きな花束だから、大きめのがいいんだけど」

「今出してくるわね。ちょっと待ってて。花は2階にあるの?」

「うん」

「じゃ、花瓶に水も入れてきちゃうから」

「ありがとう」


 私はダイニングの椅子に座った。ちょうどその時、お風呂から父が出てきた。

「お父さん、今日仕事休んで来てくれてありがとう」

 そう言うと父は優しい表情で、

「式に出られて、よかったね。桃子」

と言ってくれた。


「…あ」

 何?これ。下腹部に鈍い痛み…。

 私が手でお腹を押さえると、父が心配して、

「どうした?お腹痛いのか?」

と聞いてきた。花瓶を持ってダイニングに来た母も、花瓶をテーブルに置き、

「桃子?どうしたの?」

と聞いてきた。


「あ、もう大丈夫。ちょっと痛くなっただけ」

「ちょっとって、どんな感じ?」

「どんなって、なんかこう、鈍い感じの痛み。あ、そうだ。入院の準備ちゃんとしたほうがいいって、聖君に言われちゃった」

「それならもうしてあるわよ」


「え?お母さん、してくれたの?」

「そりゃあね。臨月なんだもの。いつお産になってもいいようにしていたわよ」

「そうなんだ、ありがと~」

 私はそう言って、花瓶を持ち、2階に行こうとした。

「お母さんが持って行くわ」


「大丈夫だよ、このくらい」

「いいから。花瓶に花も入れてあげるから」

「うん」

 母がそう言って、階段を上りだした。私は父にまた話しかけられ、そこで少し話をした。


「あ…まただ」

 父と話していると、また下腹部が痛くなった。

「桃子?痛いのか?」

「うん」

 なんだろう、これ。生理痛に似てる。

「大丈夫か?まさか、陣痛か?」

「え?」

 陣痛?!


 私は時計を見た。5分くらいすると痛みがすうっと消えていった。

「ちょ、ちょっとトイレ行ってくる」

 そのままトイレに行くと、出血があった。これ、お印ってやつ?!

 わ、わわわわ。どうしよう。生まれるの?!凪、生まれちゃうの~~?! 



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