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第29話 椎野家へ

 水曜日の夜、榎本家で私の誕生日を祝ってくれた。みんながプレゼントをくれて、みんなでごちそうを食べて、みんなで笑った。

 そしてその週末、椎野家に私たちは戻った。


 父は凪に久しぶりに会えて、

「ちょっと見ない間に、凪、大きくなったね」

と目じりを下げて喜び、母も抱っこさせて!と言って、しばらく凪を抱っこしていた。


「ただいま、ひまわりちゃん」

 聖君がリビングのソファに座ってゲームをしているひまわりにそう言うと、ひまわりはおかえりと、そっけなく答えた。


「なんかあった?」

「…ちょっと」

「悩み事?」

 聖君が元気のないひまわりのことを、心配している。


「…ちょっとした喧嘩だから」

「ああ、かんちゃんと?」

 聖君がそう言うとひまわりは、

「…もう、あんなやつ、別れるかも」

と言って、顔を伏せた。


 あれれ。こういうセリフは何回か聞いたけど、今回はどうなんだろう。

「ちょっと待ってて、荷物部屋に置いてきたら話を聞くから」

「お姉ちゃんたちの部屋に行って、話してもいい?」

 今にも泣きそうな顔で、ひまわりが言った。

「いいよ」


 聖君がそう言うと、ひまわりは聖君にくっついて、2階に上がった。私も凪のことを母に頼み、荷物を持って2階に上がった。

 バタン。ドアを私が閉めると、ひまわりは床に座り込んで、ヒックといきなり泣き出してしまった。


「ひ、ひまわりちゃん?」

 聖君が焦っている。

「かんちゃんと何があった?浮気でもされた?」

「違う」


「じゃあ?」

 聖君はひまわりに、ティッシュの箱を渡しながら聞いた。

 ひまわりは鼻を噛むと、

「なんだか、避けられてるの」

とそう言って、また涙を流した。


「避けられてる?」

「電話やメールも、あんまりしてくれないし、お店でもよそよそしい」

「いきなりそうなっちゃったの?」

「ううん。私が拒んだから」


「こば…む?」

 聖君がちょっと顔をひきつらせた。

「先々週の日曜、バイトに行く前に寄ってって言われて、かんちゃんの家に行ったの。家に誰もいなくって、かんちゃんの部屋でDVDを観ていたら、いきなり抱きついてきて」


「いきなり…」

 聖君がぼそっとそう言った。

「それで、嫌だって言って、私そのまんま家に帰ってきちゃったの。その日のバイトも、休んじゃった」

「それで?」

 私は、まだ涙を流しているひまわりの顔を、タオルで拭いてあげた。


「…グスン」

 ひまわりは鼻をすすってから、話し出した。

「それから、一気によそよそしくなって。バイトに行っても、あんまり話してこないし、メールしても、時々しか返してくれない。電話も出てくれない」

「そっか~~~」


 聖君がそう言ってから、下を向き黙り込んだ。

「…メールはでも、返してくれることあるんだ」

 私がそう言うと、

「うん。でも、土曜日会える?とか、そういうメールに対して、忙しいから会えないって、そんな返事だよ」

と、ひまわりは目を真っ赤にさせてそう言った。


「わ、私が拒んだからだよね?」

 ひまわりは、小さな声で聖君に聞いた。

「……」

 聖君は一瞬、ひまわりの顔を見たけど、また下を向いて黙っている。


「…かんちゃんとちょっと、話してくる」

 聖君はそう言うと、一階に行ってしまった。

「お兄ちゃんから電話するのかな」

「うん…」


 部屋に残された私とひまわりは、しばらく黙っていた。

「お、お姉ちゃんだったら、どうする?」

「え?」

「お兄ちゃんがいきなり、よそよそしくなって、電話も出てくれなくなったら」

 …そんな経験ないからわかんないけど、もしそうなったら悲しくってずうっと泣いてるかも。


 でも…。

「話、するかな」

「え?」

「なんで避けてるのか、怖いけど、聞くかも…」

「…怖いよ。別れようなんて言われたら」

「そうだよね」


 トントン。その時、ノックをする音がして、

「ひまわりちゃん、これからかんちゃん、こっちに来るってさ」

と聖君がドアを開け、そう言った。

「え?今から?」

「うん。ちゃんとひまわりちゃんと、話をするって」


「ででで、でも、私…」

 ひまわりが思い切り、慌てている。

「大丈夫だよ。あっちもかなり緊張してるみたいだけど」

「なんで、緊張?」


「ああ。ひまわりちゃんに別れるって言われないかって」

「なんで?!」

 ひまわりが目を丸くした。

「かんちゃん、そうとう落ち込んでたけど?」


「ど、どうして?落ち込んでたのは私の方」

「うん。でも、あっちもあっちで、いっぱいいっぱいだったみたい」

「…?」

 ひまわりはまだ、目を丸くして聖君を見ている。


「ひまわりちゃんに思い切り拒絶されたんだから、そりゃ、傷つくでしょ」

「え?!」

「そのうえ、怒らせたんだから、別れを切り出されるかもって、そんなことも思っちゃうでしょ」

「かんちゃんのほうが、別れようって言うんじゃなくって?」


「…ひまわりちゃんに、別れようって言われたらどうしようって思って、それで避けてたみたいだよ?」

「え?!」

「情けないよね?でも、男なんてそんなもんだよ。わかってあげて?」

「…」

 ひまわりはそうとう、驚いちゃったみたいだ。


「だから、あいつに、ひまわりちゃんが泣いちゃってるよって言ったら、びっくりしてた。それで、すぐに会いに行くって言ってたよ」

「びっくりって?」

「ひまわりちゃんが、泣いたりするっていうことに、驚いたみたい。ひまわりちゃんは、かんちゃんの前で泣いたことないの?」


「うん」

「いつも、泣かないで強がってる?」

「うん」

「なるほど。じゃ、今度は素直に泣いてみれば?」

「そ、そんなことしたら」


 ひまわりは、顔を引きつらせた。

「そんなことしたら、嫌われちゃう」

「え~~。そうかな。グッときちゃうと思うけどな」

「でも…。かんちゃん、嫌がりそう」


「…そうかな。意外な一面を見て、もっとひまわりちゃんのこと大事に思えたりしないかな」

「……」

「ま、あいつがどう思うかは、俺にはわかんないけど。だけど、素直になってみるのは、悪いことじゃないと思うよ?」

「うん」


 ひまわりはそれから、顔を洗いに洗面所に行った。そして、ドキドキしている様子で、ソファに座ってかんちゃんが来るのを待っていた。


「あ~~あ。思い切り泣いた顔で、かんちゃんに会っちゃえば、よかったのに」

 聖君はダイニングのテーブルに着き、そうつぶやいた。

「ひまわり、プライドが高いから」

と私は凪におっぱいをあげながら、そう言った。


「なんのプライド?」

「わかんないけど…」

「そんなの、好きな奴と一緒にいる時にいる?」

「…さあ?」


 私は首をかしげた。確かに。聖君と一緒にいて、プライド持ってても仕方ないってそう思うけど。ひまわりはまだどこかで、かんちゃんに全部を見せることを怖がってるんじゃないのかなあ。弱い自分や、情けない自分を。


 かんちゃんもかな。そういうところを見せられなくって、ひまわりを避けちゃったのかもしれないよなあ。


 ピンポン。チャイムが鳴って、母が玄関に行った。

「あら、かんちゃん。ひさしぶりね。聖君もいるのよ、あがって?」

と母が玄関でそう言っているのが聞こえた。だが、

「あの、ひまわりさんは?」

とかんちゃんが、玄関にあがらず言っているようだ。


 ひまわりは、かなり暗い顔をしたまま、玄関に出て行った。私はまだ、凪におっぱいをあげているので、玄関に出て行けなかったが、聖君がひまわりと一緒に玄関に行った。


「よ!かんちゃん」

「どうも…」

 そんな会話が聞こえてきたが、そのあとは特に何の会話もなく、ドアがバタンと閉まった音だけが聞こえた。


 聖君がダイニングに戻ってきた。

「ひまわりは?」

「かんちゃんと出て行ったよ」

「…大丈夫かな。2人だけで」

「大丈夫でしょ」

 聖君はなぜか、にこにこしていた。


「凪、まだおっぱい飲んでるの?」

「うん」

「もう、眠そうだね」

「うん。このまま寝ちゃうかも」


「桃子ちゃん、明日、凪を連れて散歩に行こうね?」

「え?」

「ベビーカーでさ」

「うん!」

 わあ、嬉しい!


 聖君は優しく凪のことを見ている。それからふと視線をあげ、私を見た。

「桃子ちゃん」

「え?」

「今日、一緒にお風呂、入ろうね?」

「駄目だよ。まだ、お腹出てるもん」


「もうひっこんだって」

「まだだよ」

「そんなことないよ。昨日俺、見ちゃったもん」

「…え?!いつ?」


「桃子ちゃんのこと抱いてて」

 ドキン。でも、ちゃんとお腹は隠してくれてた…よね?

 あれ?どうだったっけ?


「お腹にキスしてたの、覚えてないの?桃子ちゃん」

「そうだった?」

「…うん」

「……」

 しまった。お腹は見ないでって言うの、忘れてた。


「大丈夫。もう、お腹、もとにもどってたから」

 嘘だ。まだ、だぶついてるよ~~。

「一緒に、入ろうね?」

 聖君はそう言うと、そっと私の頬にキスをした。

 うわ。私は母や父が見てないかって、辺りを見回した。だが、父はとっくに寝室に行ってしまったらしく、母もどうやら、庭で洗濯物を干しているようだった。


「凪、寝てる」

 聖君にそう言われ、凪を見てみたら、本当にしっかりとすやすやと眠っていた。

「俺、和室に凪の布団しいてくるよ」

 聖君はそう言って、和室に行った。


「お風呂かあ」

 一人で入っているのも、寂しくなってきたし、ちょっとくらいだぶついてるお腹を見ても、聖君ならなんとも思わないかもしれないし、今日は一緒に入ろうかなあ。

 そうしたら、聖君の腕に抱かれながら、バスタブに入っていられるのか。あれ?それって、何か月ぶりなんだろう。


「一緒にお風呂かあ」

 あ、駄目だ。顔がにやけた。聖君と一緒に入れるの、嬉しいかも。


 凪をお布団に寝かせた。聖君は、

「お母さんの手伝いしてくるね」

と言って、庭に出て行ってしまった。

 さすが。よく働く婿だよねえ。


 家でも、お母さんが忙しいと家事も手伝っているみたいだし。ほんと、聖君ってすごいよなあって、思ってしまう。

 時々、お母さんに頼まれて、

「え~~~~」

って、嫌そうな声を出すときもあるけど、そう言いながらもちゃんと、やってあげるんだよね。


 それにしても、ひまわり、大丈夫かなあ。また、大泣きして帰ってこなければいいんだけど。


 洗濯物や掃除の手伝いを終えた聖君は、お昼ご飯を作りますと言って、キッチンに入った。

「なんだか、悪いわねえ。聖君」

「いいっすよ。それより、パスタでいいですか?」

「パスタ?いいわよ~~。嬉しいわ。聖君の手料理、美味しいんだもの」

 母はそう言って、キッチンを聖君に任せて、和室に入った。


 それからしばらく凪の顔を、母は眺めている。そこに父もやってきて、2人で凪の寝顔に見入ってしまった。

「やっぱり、凪ちゃんが家にいないと寂しいわね、お父さん」

「うん、そうだな」


 そんなことをしみじみと言いながら、2人してずっと凪の寝顔を見ている。

 そうか。そんなことを言われると、榎本家に凪を連れていきたいって言い出しにくくなるなあ。


 それから、凪が起きるまでの間、父と母は私やひまわりの子供の頃の思い出話に花を咲かせ、和室でのんびりとしていた。

 私はそんな二人の邪魔をしては悪いと思い、キッチンに行き、聖君のお手伝いをした。


「孫って、きっと相当可愛いんだね」

「え?」

「凪のことを、ずうっとお父さんとお母さんが嬉しそうに見てるから」

「ああ、そうだね」

 聖君はそう言うと、黙ってサラダを盛り付けた。


「さ、あとはスパゲッティがゆであがるのを待つだけだ」

 そう言って聖君は、私のことを後ろから抱きしめてきた。

「桃子ちゅわん」

「ん?」


「で、観念してくれた?」

「なんの?」

「お風呂」

「…うん。一緒に入るよ」

「やっり~~~」


 なんなんだ。その軽いノリは。

「あ、もしかして、桃子ちゃんも一人でお風呂に入るの、寂しくなってきてた?」

 ギク。なんでばれたんだろう。

「う、うん」

「もう、桃子ちゃんの寂しがり屋さん」


 そう言うと聖君は、うなじにキスをして、胸まで触ってきた。

「ひ、聖君。駄目だってば」

「はい」

 聖君は素直に、すぐに手を離した。

「続きは、夜だな…」

とそのあと、小声で独り言を言ったのが聞こえてきた。


 心の中で「スケベ親父」「エッチ」と、言ってみたが、でも、凪に夢中になって、私をかまってくれなかったことを思い出すと、スケベ親父でもいっか~~と、思ったりもして。

 隣で鼻歌を歌いながら、ご機嫌でいる聖君を見ると、ますます「スケベ親父」と言えなくなってしまった。


 ああ。鼻歌を歌ってご機嫌でいる聖君、可愛いなあ。キッチンで、2人でお料理をしているのも、幸せだなあ。そんなことをつくづく感じて、私は幸せいっぱいの空間に酔いしれていた。


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