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第27話 恋人気分

 10時を回ると、聖君のお父さんと杏樹ちゃんに凪を任せて、私と聖君は車に乗り込んだ。

 デートだ!嬉しいよ~!


 細かい花柄のワンピースを着て、カーディガンを羽織った。聖君は洗いざらしのシャツにジーンズにスニーカー。それだけでも、かっこいい。そしてその上にジャケットを羽織り、一気に大人っぽくなった。

 おっぱいがはっちゃうから、遅くなれないけど、2人の時間を満喫しよう!ああ、ワクワクのドキドキだ。


「桃子ちゃん、何が欲しい?」

 車を運転しながら、聖君が聞いてきた。

「なんにもいらない」

「え?なんで?」

「今日、聖君とデートができるから、それだけで満足」


「も、桃子ちゃん。可愛すぎること言わないで」

 聖君は思い切り目じりを下げて、にやけまくった。

「でもね、それじゃ、俺の気が済まないから、やっぱり何かプレゼントするよ。何がいい?」

「…じゃあ、靴」

「うん。了解。そうだね、そのワンピースに合う可愛い靴、買おうね」


「…え~~と、スニーカーとかでいい」

「え?なんで?」

 聖君が一瞬、目を丸くして私を見た。だが、またすぐに目線を前に戻した。

「凪を連れて、これから公園とか行くようになるでしょ?その時履く、春らしいスニーカーが欲しいなあ」


「ああ、そうか。うん、いいかもね。じゃ、そのワンピースにも似合っちゃう、可愛いスニーカーを買おう」

 聖君はそう言うと、鼻歌を歌いだした。あ、聖君もすごくご機嫌なんだ。


 今日はあいにくの雨だけど、それでも聖君の運転は気持ちがいいから、ドライブも十分に楽しめる。ワイパーの動く音、窓ガラスに当たる雨、曇った空も、灰色の海ですら、綺麗に見えてくるから不思議だ。それに聖君の鼻歌。雨なのに、一気に車の中は陽気になる。


 しばらくドライブを私は楽しんだ。運転している聖君の横顔は、これまたかっこいいんだよね。ハンドルを握る手もセクシーだし、運転している聖君を見ているだけで、私はハートが熱くなり、うっとりとしてしまう。


 聖君はショッピングモールの駐車場に、車を停めた。相合傘で建物の中に入り、

「ここ、可愛いスニーカーあると思うよ」

と聖君は傘をたたみながら、私に言った。

「聖君、よく買いに来るの?」

「うん。たまに家族でも。杏樹もここで、スニーカー買ってた」

 仲のいい家族だよなあ。本当に。


 私は聖君と腕を組んだ。聖君はいっつもわかりやすい。腕を組んでほしい時には、わざとらしく腕を曲げて歩くのだ。

 手をつなぎたい時には、自分から私の手をさっさと取って歩き出す。


「聖君は欲しいものないの?」

「俺?いいよ、今日は桃子ちゃんの誕生日のお祝いを買う目的で来てるんだから」

「でも…」

 聖君だって、買い物、最近あまりしていないんじゃないのかなあ。

「もし、聖君に似合う服があったり、買いたい服があったら言ってね?」

「うん」

 聖君はにこっと微笑むと、嬉しそうに目を細めた。


「わ、あの人かっこいい」

「でも、彼女持ちじゃん」

 行き交う人が、今日もやっぱりそんなことを言いながら、聖君のことを見る。

「彼女じゃなくって、奥さんなのにね」

 聖君がぽつりとそう言った。


「え?」

「妊婦さんだったころは、どっからどう見ても夫婦だったじゃん?」

「…今日は恋人同士に見えるかな」

「見えるだろうね」


 私は聖君の腕に、しがみついた。

「ん?」

 聖君が私の顔を覗き込む。

「今日は、恋人気分になってもいい?」

 私がそう聖君に聞くと、聖君はまた目じりを下げて、

「もちろん!ああ、もう~~~。桃子ちゃんってば、なんでそんなに可愛いことばっかり、言っちゃうのかなあ」

と思い切りにやついた。


 いつも家やお店で聖君に会っていると、こうやって2人で外に出てくることが、すごく新鮮に感じる。

 私はすでに恋人気分になり、ドキドキしながら聖君と歩いていた。

「あ、ここだよ」

 聖君は大きな靴屋の前で止まった。

「あ、本当だ。可愛いスニーカーがいっぱいある」


 早速私は、スニーカーを何足か履いてみた。

「うん。それ、可愛い。ワンピースでも履ける」

 聖君がお勧めのスニーカーは本当に可愛かった。

「でも、中学生みたいじゃない?」

「全然!」


「それ、今年の新作で、すごく人気なんですよ」

 店員がそう言いながら近づいてきた。

「今日の服にも似合ってます。彼氏さんですか?」

 店員はちょっと顔を赤らめ、聖君に聞いた。


「え?俺?いや…。お…」

 聖君は夫…と言いそうになり、ちょっと合間を開けてから、

「うん。そうです。彼氏です」

と店員に答えた。変な間があったので、店員は眉をひそめたが、

「彼女によく似合っていますよね?」

と聖君に向かってそう聞いた。


「うん。似合ってる。すげえ、可愛い」

 聖君はにっこりと笑ってそう言うと、私の姿を上から下までじっくりと見た。

「うん。可愛い。全部可愛い」

「は?」

 店員が聖君の言葉に、その場に立ち尽くし絶句している。そりゃそうだ。人前で、なんていうことを口走っているんだ、聖君は。私まで、顔がぼぼっと熱くなった。


「じゃ、じゃあ、これください」

 私がそう言うと、聖君はすかさず、

「誕生日プレゼントなんで、箱に入れて、リボンもかけてください」

と店員に言った。


「はい、かしこまりました」

 店員は私が脱いだスニーカーを持って、レジの奥に引っ込んだ。

「聖君、そんな、リボンだなんておおげさな」

「桃子ちゃん」

 聖君が私をじいっと見た。どうやら何かを目で訴えているらしい。


「ね?わかった?」

「え?わかんない」

「なんだよ。なんでわかんないんだよ。桃子ちゃんだって俺のクリスマスプレゼントにくれた靴、包装してもらってたじゃんか」


「あ、そうだったね」

「そんとき、俺に目で訴えてたでしょ?」

「うん。そうそう。あの時ね」

「それ、俺もしてみたのに」


「え?じゃ、今、目でなんて訴えてたの?」

 聖君は口をとがらせていたが、

「せっかくの桃子ちゃんへのプレゼントなんだから、リボンをかけてプレゼントしたいんだ。だから、お・ね・が・い」

といきなり、しなって目を潤ませてそう言った。


「う。そうだったんだ」

「桃子ちゃんのマネ、したのにな」

「え?私、そんなだった?」

「うん。目をうるうるさせて、チワワそのもの…」


 そうだった。チワワに似てるって言われてから、目で訴える作戦は、やめにしてたんだった。

「お待たせしました」

 店員はプレゼント用にラッピングされた箱を持って、レジの前に現れた。それからお会計を済ませると、

「いいですね。彼女さん。こんなかっこいい彼氏がいて。幸せ者ですね」

と言いながら、箱を袋に入れ、聖君に手渡した。


 か~~~。そんなことを言われ、私はまた顔が熱くなった。きっと、真っ赤だ。

「どうも」

 聖君は店員に軽くお辞儀をして、私の腰に手を回し、店を出た。

「…こんなかっこいい彼氏がいて、幸せ者ですね、だってさ」

 お店を出て歩き出してから、聖君がそう言った。


「だけど、こんなかっこいい旦那さんがいて…てのが、本当なんだけどね?ね?奥さん」

とにっこりと微笑み、それからいきなり無邪気な顔をして、

「だけど、今日は恋人同士なんだもんね?」

と、子供っぽい可愛い笑顔を向けた。


「うん」

 私は照れながら、うなづいた。

「あ、真っ赤だ!桃子ちゃん。付き合いたての恋人同士だよ、これじゃ」

 聖君に笑われてしまった。だって、本気でドキドキしちゃったんだもん。


 スニーカーを買ってから、次は聖君の洋服を見に行った。店員は若い女性。聖君を見て、にこにこ顔で近づいてきた。

 聖君は店内をぐるりと見回し、Tシャツや、カットソーを何枚か広げてみて、

「う~~ん、ないかな」

と私の手をひき、さっさとお店を出た。

「ありがとうございました」

という、店員のちょっと寂しそうな声が後ろから聞こえてきた。


 そのあと、聖君と、ぶらぶらとショッピングモールを手をつないで歩いていると、ベビー用品売り場を2人して同時に見つけ、私たちは一直線にその店に入って行った。

「可愛い!」

 聖君は目じりを下げ、可愛い赤ちゃんの靴や、リュックを手に取った。


「お祝いですかあ?」

 女性の店員がやってきた。

「いえ、自分の子供のものを見に来たんですけど。桃子ちゃん、これは凪には、まだまだ早いね」

 リュックを聖君は棚に戻しながらそう言った。


「うん。あ!あっちにベビーカーがあるよ、聖君!」

 私が今度は聖君の手を取り、早歩きでベビーカーを見に行った。その後ろから店員がしつこくくっついてきて、

「お、お子さんって、今、おいくつなんですか?」

と聖君に聞いた。


「まだ、2か月です」

「え?そうなんですか。若いパパなんですね。あ、こちらの人がママなのかな?」

「はい」

「今日、赤ちゃんは?」

「家で家族が見ています」

 聖君は早口でそう答え、ベビーカーにすぐに夢中になった。


「2か月でしたら、このあたりのベビーカーがいいですよ」

「え?2か月でもベビーカーって乗れるんですか?」

「ええ、もちろん」

 そうだった。ベビーカーも買わないとね…と言いつつ、まだ買っていなかったんだ。


「どうする?桃子ちゃん、買っていく?」

「うん!そうしたら、公園に散歩しに行けるよね?」

「いいね!それ」

 私たちは思わず、はしゃぎだしてしまった。


 あっちのもいいね、こっちのもいいね。ベビーカー売り場をうろちょろして、ベビーカーにつけるおもちゃやら、いろんなグッズも見て回り、しまいには何も決まらず、

「聖君、一回休憩してからにしない?」

と私はふらふらしながら、聖君に提案した。


「そうだね。なんだか、迷っちゃって決まんないし。そうだ。パンフレットありますか?」

 聖君は店員にパンフレットをもらって、それから私たちは店を出た。

「腹も減った。と思ったら、もう12時だ。どっかで飯にしよう、桃子ちゃん」

「うん」


 私たちは、その売り場のすぐ近くにあったカフェに入った。聖君はパスタを、私はサンドイッチを頼んだ。

 先にアイスコーヒーとオレンジジュースが運ばれてきて、それを私たちは一口飲んで、

「はあ、生き返った」

と同時に、つぶやいた。


「で、どれにしようか?」

 聖君は早速、パンフレットをテーブルに広げだした。

「う~~ん…」

 しばらく聖君と、パンフレットを眺めた。そこに、サンドイッチとパスタが運ばれてきた。


 店員は可愛い、若い女性だ。さっき、飲み物を持ってきた時にも、聖君を見て顔を赤らめていたが、今回も頬を赤くし、にこにこしながら聖君の前にパスタを置いた。その時、どうやらベビーカーのパンフレットが目に入ったらしく、

「え?」

という驚いた声が、その店員から聞こえたのがわかった。


 一瞬店員は私の顔も見て、それからサンドイッチを置くと、

「ご注文の品は、お揃いですか?」

と聖君の顔を見ながら聞いた。

「ああ、はい」

 聖君はいつもの、営業スマイルで答えた。そりゃもう、かっこいい爽やかな笑顔で、店員はもっと顔を赤らめて、トレイを持つ手を震わせ、戻って行った。


「聖君、その笑顔は駄目だって」

「え?なんのこと?」

「店員さん、真っ赤になってたよ。あの笑顔はハートを射ぬいちゃうから、駄目だよ」

「どの笑顔?」

 聖君はまだ、きょとんとしている。


「聖君、れいんどろっぷすにいる時と同じ笑顔で、店員さんに答えちゃうんだもん」

「…そう?」

 あ、やっぱり無意識なんだなあ。

「それよりさ、ベビーカーだけど、この対面式っての、いいと思わない?」

 聖君はそう言って、パンフレットを指差した。


「ああ、それ、私もいいなあって思ってた」

「いいよね?凪の顔を見ながら、散歩ができるなんてさ」

「うん」

「ワクワク。凪と散歩かあ。めちゃくちゃ楽しみだな」

 聖君、ワクワクってのまで、声に出しちゃってるよ。面白いなあ。


「さ、食べようか。いっただきます」

 聖君はパンフレットを閉じると、テーブルのはじに置き、パスタを食べだした。

「いただきます」

 私もおしぼりで手を拭いてから、サンドイッチを食べだした。


「うまい」

 ああ、今日も聖君は、美味しそうに食べるなあ。

 ちら。っという視線を感じた。横のテーブル席の女性客が2人、こっちをちらちら見ている。

「かっこいいね」

という声も聞こえてきた。


 今日もまた、いったい何人の女性が聖君を見て、かっこいいと言ったり、顔を赤らめたりするんだろうか。

 なんて思っているのは私だけで、当の本人は、パスタを食べるのに夢中だ。


 そして食べ終わり、アイスコーヒーも飲むと聖君は、にこにこしながらまた、パンフレットを広げて見始めた。

「色はどれがいいかなあ」

 今度はベビーカーに夢中だ。


「凪だったら、どの色が可愛いかなあ」

「汚れが目立たないのがいいな」

 私がそう言うと、

「あ、やっぱりそうだよね。そういうの重要だよね」

と聖君はそう言ってから、ふむ…とまた、パンフレットとにらめっこをし始めた。


 面白いなあ。自分の服や、自分のものだと、さっと決めちゃうのに、ベビーカーひとつ買うのに、こんなに迷う聖君。こんな聖君には、なかなかお目にかかれないから、貴重だわ。


 それからまた、ベビー用品売り場に戻り、聖君は、

「これ、どうかな。いいと思うんだけど」

とベビーカーを指差して、

「うん、いいと思うよ?」

という私の返事で、そのベビーカーに決めた。


 それから、ベビーカーにもつけられるという、おもちゃも一緒に買った。

 私たちはうきうきしながら、車にそれらを積み込んだ。雨も止んでいて濡れることもなく、無事に買い物は済んだ。


「さて、次はどこに行く?桃子ちゃん」

 聖君は車に乗り込むと、そう私に聞いてきた。

「えっと…、しばらくドライブを楽しんで、お茶でもしたいかな」

 そう言うと、聖君はにっこりと微笑み、

「了解」

と言って、車を発進させた。


 聖君はどんどん海の方へと車を走らせた。外は雨も上がり、雲の合間から太陽の光が差し込み、海岸線の道路を走っていると、海がきらきらと光ってすごく綺麗だった。

 聖君は音楽をかけた。もう夏の気分に浸れそうな、爽快なポップスの曲が車内に流れ出した。聖君はそれに合わせて、鼻歌を歌う。


「聖君」

「ん?何?」

「なんだか、本当に恋人の頃に戻ったみたいだよね」

「…そ?」

 聖君はちらっと私を見ると、

「せっかくだから、おしゃれなカフェにでも行って、お茶しようか?」

とそう言ってくれた。


「うん!」

 嬉しい。まだまだ、恋人気分でいられるんだね!

 ちょっとだけ、凪に悪い気もした。だけど、今日だけは凪、パパを独占させてね。そんなことを私は心の中で思っていた。



 


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