第24話 甘い時間
お店の片づけも終わりリビングに戻った。凪はお父さんが抱っこしていた。
「凪、もう2階で寝かしつけちゃうよ」
と聖君はお父さんから凪を受け取った。
「凪ちゃん、また明日ね」
聖君のお父さんは凪の顔を覗き込み、そう言った。凪は、すぐ近くまで顔を近づけたお父さんのほっぺを手で触っている。
「凪ちゃん、可愛い~~」
お父さんも凪に、でれでれだよなあ。
凪を連れて、聖君と一緒に2階に上がった。
「そろそろおっぱいの時間だから、あげちゃうね」
「うん」
私の腕に聖君は凪を置くと、凪はすぐにおっぱいに吸い付いた。そしてすぐにうとうとと、眠そうにした。
「あ、寝てくれそう…」
聖君は凪の顔を見ながら、ぼぞっとそう言った。すると凪は、目をぱちっと開けた。
「凪、今の聞こえてた?」
聖君は、かなりがっかりした顔をした。
おっぱいを飲み終わると聖君は、凪を抱っこして寝かしつけようとした。でも、凪は目をぱっちりと開け、寝てくれそうもない。
「なんだか、凪、今日はいっぱい起きてない?」
「違う家に来ているし、お店にも出たし、興奮したのかもね」
私がそう言うと、聖君は、
「凪、早くに寝ようよ。今日は疲れたでしょ?ね?」
と凪に話しかけた。
私は凪を抱っこしている聖君を見ていた。
こうやって見ると、パパに見える。聖君一人でいると、どっからどうみても、大学生にしか見えない。だけど、凪といるとパパに見えるんだなあ。じゃ、やっぱりいつも凪のことを抱っこしていてもらった方が、女の人が言い寄ってこなくっていいかもしれないかなあ。
「あの人、聖君が結婚していて子供もいるってわかったら、興ざめしてたね」
「今日来てたお客さん?」
「うん。ちょっと逆ギレしてたし」
「あはは」
聖君は笑った。その笑い声に凪が反応して、聖君の顔に手を伸ばした。
「あれ?パパの笑い声、好き?」
聖君はそう言ってから、凪の掌にキスをした。
「大学でも、あんまり女の人言い寄ってこない?」
「うん。来ないよ。俺、モテないよ?」
「みんな、聖君に子供いるの知ってるから?」
「そうだと思うよ」
そうか。じゃあ、私、本当に安心していていいの?
「な~~ぎ。本当に可愛いね。食べちゃいたいくらいだよね」
聖君は目じりを思い切り下げ、凪を見ている。あ、凪のことを抱っこしているうちに、凪に夢中になっちゃったな。
やっぱり、今の最大のライバルは凪か…。
「桃子ちゃん、俺がモテなくって安心?それともがっかり?」
「安心だよ。なんでがっかりするの?」
「モテてる俺のほうがいいのかと思った」
…。う~~ん。そうだなあ。
私はしばらく考え込んだ。
「聖君は?モテなくなってがっかり?」
「え~~?何言ってるの。俺は桃子ちゃん一人にモテたら、それでいいって」
そうか。
「私も。聖君がモテようがモテなかろうが、関係ないかな。こうやってかっこいい聖君を見ていられたらそれで幸せ」
「え?」
聖君は私を見て顔を赤くした。
「もう、桃子ちゃん、可愛すぎること言わないで」
あ、照れてるんだ。聖君こそ、照れちゃったりして可愛すぎる。
「あれ?」
聖君は凪に視線を移して、驚いている。
「あ、凪、寝ちゃったの?」
「うん。いつの間にか」
私たちの会話が、子守唄のように聞こえたのかな。
聖君はそっと凪をマットに寝かせ、それからいきなり私に抱きついてきた。
「聖君?」
「まだ、10時半。夜は長いよ、桃子ちゃん」
「え?」
「いっぱい愛し合えるね?」
もう~~~~。聖君、何を言いだすんだ。私が真っ赤になっていると、
「あはは。桃子ちゃん、真っ赤だし…。相変わらず可愛いんだから」
と聖君は私の鼻をむぎゅってしてから、キスをしてきた。
うわ~~~~~~~~~~~~。溶ける。いや、もう溶けた…。
体中の力がなくなり、そのまま聖君の胸に体を預けた。聖君は私をそっと布団に寝かせると、耳や首筋にキスをしてきた。
ドキドキ。鼓動が早くなってきている。
聖君のキス、やっぱりすごく優しい。
ギュ!いきなり聖君が愛しくなって、思い切り抱きしめた。聖君は、
「手、離して。でないと脱がせられないから」
とそっと耳元で言ってきた。
「駄目」
「え?」
「お腹見えちゃうから、脱がしちゃ駄目」
「…ああ、そうか」
聖君はくすって笑って、
「じゃ、お腹だけは隠しておく」
とそう言うと、聖君に絡みついている私の手をほどいて、パジャマのボタンを外しだした。
聖君の手が優しく私の髪をなでる。それから頬も首も。そしてパジャマの上を脱がせながら、肩や腕も優しくなでて、聖君は私の手を触ると指を絡めてきた。それから今度はゆっくりと首筋から肩、腕、手の甲にキスをする。
なんだか、私の体に触れながら、一つ一つ確認しているみたいだ。ゆっくりと手で優しく触れてから、キスをしていく。
触れられたところが、脈を打つ。まるで聖君に触れられて、生き返ったように熱くなる。
聖君は本当に、私のお腹だけはさわらず、キャミソールで隠したままにしてくれた。でも、お腹以外は優しく触れ、優しくキスをした。
うわ~~~。全身が溶けた。もう、ふにゃふにゃだ。
「聖君…」
「ん?」
「大好き…」
「うん」
聖君は私の目を優しく見つめ、それから私の瞼にキスをする。駄目だ。聖君がキスをすると、そこが熱くなり、私はそのたび、ふわ~~~ってとろけていく。ほら、もう、完全に聖君にノックアウトだ。
たっぷり愛しちゃうからねって、そう言えば言ってたっけ。でも、本当に全身ここまで、愛してくれるとは思っていなかった。
私はまだ体中に聖君のぬくもりを感じながら、聖君の腕枕に頭を乗せた。聖君は黙っている。黙って天井を見つめている。
「聖君」
「ん?」
聖君は少しだけ顔を、私のほうに向けた。
「聖君でいっぱいになっちゃった」
「え?」
「体中が聖君だらけだよ」
「…何?それ」
「だから、聖君が全部を愛してくれちゃったから」
「…だって」
聖君はそっと顔をあげ私を見つめると、
「桃子ちゃんの全部が、可愛いんだもん」
とささやいた。うわ!だから、そういうことを言われると、顔が熱くなっちゃうってば。
「ちょっと、今も余韻に浸ってた」
「余韻?」
「桃子ちゃんの余韻」
「?」
「桃子ちゃん、甘いんだもん」
「は?」
「俺、本当に桃子ちゃんにメロメロだよなって思ってた」
「へ?」
「ああ、桃子ちゃんって、全部俺のものなんだね」
あ、聖君、にやけた。
「今、おっぱいは凪のものだよ」
「あ、そうだったか」
「それに今日は、お腹も…」
「…そうだった。お腹だけはキスできなかった。してもいい?」
「駄目。見てもダメだし、触っても、キスをしてもダメ」
「ちぇ」
聖君は舌打ちをして、また頭を枕に戻した。私は聖君の胸に顔をうずめた。
「とろけた」
「え?」
「全身溶けた」
「溶けちゃったの?」
「うん」
聖君の胸の鼓動を聞きながら、私は目を閉じた。聖君は私のことを抱きしめてくれた。
は~~~~~~~。幸せだ。
ふと凪のことを思い出し、顔をあげて後ろを見た。凪はす~す~って、気持ちよさそうに眠っていた。
「寝てる?」
聖君が聞いてきた。
「うん、良く寝てる」
「そっか。親思いのいい子だね」
「ええ?」
そうなの?
「パパとママが愛し合うのを邪魔しないなんて、最高の親孝行じゃん」
「そ、そうなの?」
「うん!」
聖君は私の上にいきなり覆いかぶさり、
「凪、まだよく寝てるから、大丈夫だね」
とにっこりと笑いながら言ってきた。
「何が?」
「もう一回、愛し合っても」
「え?!」
「桃子ちゃん、愛してるよ!」
聖君はそう言って、またあつ~~いキスをしてきた。ああ、だからそのキスは反則だよ。抵抗できないってば…。
そうして、聖君に思い切り愛されながら、夜は更けていった。
明日、ちゃんと起きれるかなあ…。ちょっと心配。
「ふ、ふ、ふぎゃ~~~~!!」
凪が泣いてる!
ガバ!ほとんど同時に私と聖君は起き上がった。そして、はたと気が付いた。2人とも裸だ。それに一緒の布団に寝ていた。
ああ、そっか。昨日、2人して疲れ果て、睡魔に襲われ、そのまま寝ちゃったんだっけ。
「凪、お腹空いてるんだね」
私は急いで毛布の中で、もそもそとパンツだけは履いてから、パジャマの上を羽織って、凪におっぱいをあげた。
聖君は布団から起き上がると、さっさとパンツを履きTシャツを着た。そしてカーテンを開け、
「あ、もう明るい」
と言って伸びをした。時計を見ると、6時を過ぎていた。
「凪、すごくよく寝てくれてたんだね」
私がそう言うと、聖君は、
「だって、親思いだもんね?」
と言って凪のほっぺを指でつっついた。
凪は満足そうにおっぱいを飲んでいる。
「俺、汗かいたし、シャワー浴びてくるよ。桃子ちゃんと凪はまだ、ここでゆっくりしてて」
聖君はそう言うと、パンツとTシャツのまま部屋を出て行った。
汗かいたって…。そうだよね。それを言うなら私もだ。私もあとで、軽くシャワー浴びてこようかな。
おっぱいを飲み終わり、綺麗なオムツに替えてもらえて、凪はさらに満足そうだ。ご機嫌で宙を見て、たまに嬉しそうな顔をする。
「ん?どこ見て微笑んでるの?」
凪は時々、誰もいない壁や宙を見て、満足そうな顔をする。そこに誰かいるの?っていつも不思議に思う。
聖君にそれを言ったら、
「天使でもいるんじゃないの?」
と笑いながら言っていたっけ。それ、本当にそうなのかもしれないよなあ。大人には見えない、赤ちゃんにしか見えない天使…。
着替えをしてから凪を抱っこして、私は一階に下りた。お店からはすでに、コーヒーの香りが漂っている。
「おはようございます」
「あら、桃子ちゃん、早いのね」
「凪に起こされました」
「凪ちゃん、おはよう」
お母さんが嬉しそうに凪に声をかけた。
「そうだわ。ゴールデンウイークに、伊豆からお父さんとお母さんが来るって言ってたわ」
「え?」
「聖のおじいちゃん、おばあちゃんよ。凪に会いに来るって」
「そうなんですか」
わあ、嬉しい。あのお二人に会えるのは、本当に嬉しいことだ。
「本当はね、春香ちゃんにも赤ちゃんが生まれたし、みんな揃ってこっちに来たかったみたいなんだけど、まだ春香ちゃんは遠出するのつらいじゃない?」
「そうですよね」
「夏になったら、みんなで伊豆に行きましょうよ。ね?桃子ちゃん」
「凪も連れて?」
「うん、そう。もう、その頃なら凪ちゃんも車で移動、大丈夫でしょう」
「そうですよね」
わあい。嬉しい、まだ伊豆に行っていなかったから、行きたかったんだ。
それって、初の家族旅行になるんだなあ。ああ、わくわくするなあ。
「そうだ。春香さんのお子さんって、名前なんていうんですか?」
「あ、そうか、教えてなかったっけ。男の子で空って名づけたのよ」
「そら君?」
「そう。相川空君よ。櫂君とお父さんがつけたみたい」
「へえ」
空君かあ。可愛い名前だな。
「男の子なんですね。聖君がまた、やきもち妬きそう」
「あはは。そうね。凪に近づけさせないぞ、なんてね」
「何?凪がどうしたって?」
聖君がお店に入ってきて聞いてきた。
「空君の話をしていたの。夏休みにみんなで伊豆に行きたいわねって。聖も空に会いたいでしょ?」
「ああ、俺の従妹になるんだよね」
「そうね。空君と凪は結婚もできるのよね」
「え?母さん、凪と空を結婚させたいの?」
「ふふ。結婚したら、素敵な名前の夫婦になるじゃない?」
「そんな理由~~?」
聖君はむっとして、
「凪は結婚させない。お嫁になんか絶対にいかせないから」
と突然言い出した。
「あはは。あなた、爽太よりも、爽太のお父さんに似てるわ」
「じいちゃんってこと?」
「そうよ。春香ちゃんが結婚するとき、猛反対して式にも出ないって言って、大変だったんだから。あなたもそうなりそうよね?」
「……ん~~。でも今じゃ、櫂さんとじいちゃん、すげえ仲いいじゃん」
「ふふふ。そりゃ、海が好きなもの同士だしねえ」
「…じゃ、俺も。凪が結婚するなら、海を愛しているやつじゃなきゃダメだ」
「あはは。面白いわねえ。聖って」
お母さんは大笑いをして、キッチンの奥に入って行った。
笑いごとなの?これ。私、10数年したら、本気で聖君は凪の結婚も、ううん、男の子と付き合うのだって、猛反対しそうで怖いよ。
「凪はずっと、俺の可愛い凪だもんね」
ほら。そんなこと言って、凪のほっぺにキスをしているし。
「私は?」
思わず聖君に聞いた。
「え?」
「私はずっと、聖君の可愛い奥さんじゃないの?」
「?!あ、あったりまえじゃん。なんでそんなこと聞くの?」
聖君は目を丸くして、相当驚いたらしい。
「だって、なんだか。凪だけいたらいいみたいな言い方しているから」
私は口をとがらせて、聖君の方も見ないでそう言った。
「え~~~~!俺の奥さんは桃子ちゃんだけじゃん」
「そう?」
「凪が嫁いで行っちゃっても、桃子ちゃんは俺のそばにずっといてくれるんでしょ?」
「…どうかな」
「桃子ちゅわんってば、へそ曲げないで」
聖君は凪を抱っこしたまま、私にぺったりとくっついてきた。
「あ~あ。聖、凪ちゃんのことばっかり可愛がっていると、桃子ちゃんがどっかに行っちゃうよ?知らないよ~~」
そこに突然現れたお父さんが、意地悪な口調でそう言った。
「と、父さん、何をいきなり言い出すんだよ。桃子ちゃんがどこにも行くわけないじゃん」
「ちゃんと奥さんのことも大事にしないとね。ねえ?聖」
今度はお母さんまでが、聖君のほうを向きそう言った。
「え?だ、大事にしてるけど?俺」
「ふうん。なんだか凪ちゃんのことばっかりみたいだけど?」
「そうそう。凪ちゃんばかり夢中になってるみたいだけど?」
聖君のご両親にそう言われ、聖君は突然、
「ちゃんと桃子ちゃんのことも、愛してるし大事にしてる。2人ともうっさいよ」
とキレた。そして、凪のことをお父さんに預けて、
「朝飯作るから、そこどいて」
とお母さんをどかして、キッチンの奥へと入って行った。
「あら、すねた?」
「図星だからじゃないの?」
2人はまだ、そんなことを言って、凪のことをあやしだした。
「手伝うよ。聖君」
私は聖君の横に行き、朝ごはんを作る用意をし始めた。
「ちぇ。なんだよ、あの二人は。俺らがすごく仲良くて、愛し合っているのも、なんにも知らないくせに」
「知ってたら怖いけど」
「え?」
「だから、昨日の…。ばれてたら怖いけどっていうか、恥ずかしいけど」
「昨日の?ああ、思い切り愛し合ってたってことを?」
私は真っ赤になってうなづいた。すると聖君まで赤くなった。
「ま、まあね。それもそうだね」
聖君はそう言って、私の髪にチュッてキスをすると、
「ずうっと、愛しているからね。奥さん」
と最高の笑顔を向けてくれた。
ぽわん。その笑顔でまた、私はとろけた。ああ、今日はずうっと聖君にとろけているかもしれないなあ。
ちょっとだけ、聖君に抱きついた。聖君の匂いがする。
凪がいても、これからも私たちはこうやって、甘い時間をいっぱい過ごしていけるんだよね?私は聖君の耳元でそう聞いてみた。
「う、うん。そりゃもう、いっぱい…」
聖君はそう言ってから、頭をぼりって掻くと赤くなった。
「あ~~。やっぱりバカップルだよなあ」
そうつぶやくと、聖君は私にチュッてキスをして、
「今日もラブラブメールしてきていいからね?」
と、また可愛い笑顔を向けてくれた。キュン。ああ、可愛いんだから、もう。