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第21話 恋しい人

 その日、聖君のお父さんは、凪にべったりだった。凪を見ている時のお父さんは、聖君と同じ目をする。幸せそうな、嬉しそうな、そんな目だ。凪を目の中に入れても痛くない。って言う感じの目だ。


 聖君のお母さんは、お店でちょっと時間があくとリビングに来て、

「凪ちゃんのご機嫌はどう?」

と聞いていた。そして、凪が起きているとお父さんから、

「ちょっと抱っこさせて」

と言って奪い上げ、しばらく抱っこを楽しんでいた。


「いいわね。赤ちゃんって」

 お母さんはそう言うと、凪を優しくあやす。聖君じゃないけど、凪の親はこの二人だっけ?と錯覚を起こしそうになる。


 クロはというと、凪のいるところから一歩も離れなかった。クロももしや、凪が可愛くてしょうがないんだろうか。

 赤ちゃんのただそこにいる存在ってすごいなあ。みんなを惹きつけてしまうんだなあ。そしてみんなが、幸せいっぱいの顔になる。


 私は凪の世話をみんながしてくれるので、家事を手伝っていた。

 2階のバルコニーに洗濯物を干していると、時々潮風が吹いてきて、すごく気持ちがいい。洗濯物を干した後、必ずベンチに座って、私はしばらくゆっくりとする。


 風に吹かれ、お日様にあたっている洗濯物を私は眺めた。凪の小さな産着。なんて可愛いんだろう。それから聖君のTシャツ。聖君のTシャツっていうだけで、愛しくなってしまうから不思議だ。

 それにしても、今日の聖君もかっこよかったけど、大学でモテないって本当かな。やっぱり、奥さんや子供がいたら、みんなあきらめちゃうのかな。


 もし私だったら?

 好きな人が奥さんをとっても大事にしているってわかったら、あきらめるかな、やっぱり。


 そんなことをベンチに座り、ぼけ~~っと考えていると、

「桃子ちゃん、凪がお腹が空いたみたいでぐずりだした」

と言って、聖君のお父さんが凪を抱っこして2階にあがってきた。


「あ、はい」

 私はすぐに凪を受け取り、聖君の部屋に入った。そしてベッドに座り、凪におっぱいをあげた。

 凪はおっぱいをよく飲んでくれた。


 リビングにまた凪を連れて戻った。

「凪、もう寝ちゃいそうだから、寝かしつけちゃいますね」

 リビングで書類を広げているお父さんにそう言った。

「うん。じゃ、俺はちょっと仕事の打ち合わせで出てくるから、何か手伝ってほしいことでもあったら、メールで呼んでくれてかまわないからね」

 聖君のお父さんは広げた書類を集めて、封筒に入れながらそう言った。


「え?」

「駅の近くの喫茶店で打ち合わせしてるから、すぐに飛んでこれるからさ」

「はい」

「じゃあね、凪ちゃん」

 聖君のお父さんは凪のほっぺを軽く突っつき、玄関から出て行った。


 う~~ん。今まで打ち合わせの途中で呼んでいいよなんていうこと、一回もなかったのにな。やっぱり、凪の威力ってすごいわ。

 

 ゆらゆら抱っこを続けていると、凪は気持ちよさそうに眠ってしまった。そっと座布団に寝かせ、私はソファーに座った。クロは凪のすぐ横に寝転がり、凪を見守っている。

「凪は幸せ者だね。こんなにたくさんの人に可愛がられて」

 旦那さんと奥さんと、赤ちゃんだけの生活だったら、旦那さんが仕事に行っちゃったら、あとは奥さん一人で赤ちゃんの世話も家事もしないとならないんだよね。


 私も幸せ者だな。本当に…。旦那さんはあんなにかっこよくって優しい。世間で言う舅、姑、小姑が、これまた優しくてあったかい。そのうえ、可愛くて頼りになる犬までいるんだもん。

「ね、クロ。幸せ者だよね?」

「ク~~ン」

 クロは片目を開け、返事をしてくれた。


 凪の寝顔を見た。聖君が言うように天使の顔だ。邪気がなく、ただただ可愛い。そうだよなあ。こんなに可愛かったら、聖君が夢中になっちゃうのも無理もないなあ。

 聖君、今日は先に寝ないでね、なんて言ってたな。それってもしかして、もしかしないでもそういう意味だよね。

 ドキドキ。ああ、聖君、早く帰ってこないかな。なんか今すぐにでも会いたくなってきちゃった。


 メールしてみようかな。あ、凪の寝顔を撮って、送ったら絶対に喜ぶだろうな。

 カシャ。凪を携帯で写し、

>凪、良く寝ているよ。クロが横で凪のおもりをしてくれています。

と書いた。それから2~3行開けて、

>早く聖君に会いたいから、早くに帰って来てね!

と書いてみた。


 なんだか、どんどん聖君が恋しくなってきて、

>聖君、浮気はしないでね。聖君、大好きだからね。

と書いてハートマークまでいっぱいつけて、えいって送信した。

 そんなメールを送っただけで、ちょっと満足した私は携帯をテーブルに置き、ソファに座り、雑誌を読みだした。


 10分もしただろうか。

 ブルルル。携帯が振動して、私はちょっとその音にびっくりしてしまった。クロも顔をあげ、テーブルを見た。

「あ、聖君だ」

 そうだった。聖君にメールしたんだっけ。


>桃子ちゃん。凪の写真送ってくれてありがとう。凪、めちゃくちゃ可愛い!!!

 それだけ?と思ってスクロールしていったら、下のほうに、

>俺も早くに桃子ちゃんを抱きたいよ(><)

という、とんでもない文章が書いてあった。

 抱きたい?抱きしめたいじゃなくって?うわ~~。こんなメールどこで打ったの。誰かに見られたら大変だよ~~~。


 そしてまた、何行か開けて、

>浮気なんかしないから安心して。愛してるよ、奥さん。

という文章の後に、何個もハートマークもくっついていた。

「きゃわ~~~~~」

 嬉しくて携帯を握りしめた。ああ、もう!聖君ってば。嬉しすぎちゃう。


 なんか、すっごく幸せ!

 しばらく携帯を握りしめたまま、幸せの余韻に浸った。こんなにラブラブな感じ、久しぶりかも。やっぱり聖君の家に来てよかった。ビバ、榎本家!って感じだ。


 うっとりとしていると、クロが上目づかいでそんな私を見ていた。

「やだ、クロ。恥ずかしいから見ていないで」

 クロに見られたことがやけに恥ずかしくなり、私の顔がほてっていった。もちろんのこと、クロはきょとんとしている。


 お昼になり、お父さんが帰ってきた。どうやら走って帰ってきたらしく、息を切らしている。

「凪ちゃん、いい子にしてた?」

「はい」

 凪はもう起きていて、お父さんはすぐに凪を抱っこした。


「あ~~、打ち合わせが伸びちゃってさ。あの人話長いんだよね。それもどうでもいい世間話までしてくるから」

「そうなんですか?」

「昼も一緒にって誘われたけど、帰ってきちゃった。ねえ、あんなおっさんの顔を見ているより、凪ちゃんの顔を見ていたいよ、俺は。凪ちゃんもそう思わない?」


 あんなおっさんって…。

「そうだ。聖のいないうちに桃子ちゃん、凪ちゃんと俺のこと、写真に撮ってもらってもいい?」

「あ、はい」

 私は急いでデジカメを鞄から出して、凪を抱っこしている聖君のお父さんを写真に撮った。


「見せて」

 お父さんに今撮った写真を見せると、

「ああ、最高。これ、俺のパソコンにデータ移してもいい?」

と聞いてきた。


「はい、どうぞ」

「サンキュ。あとでさっさと移しちゃうから」

 聖君のお父さんは嬉しそうに笑った。そしてまた、凪のことを見て、目じりを下げた。

 凪を抱っこしている聖君のお父さん。若いしかっこいいし、絶対に実年齢より、3~4歳は若く見えるし、どっからどう見ても「おじいちゃん」じゃなくって凪のパパだよね。


 聖君のお母さんも年齢よりも若く見える。40代前半には見えるので、旦那さんよりも年上だけど、そんな二人の間にできた子かって思われても、おかしくないかもしれない。


 まだどこから見ても高校生の私と、かっこよくって素敵な大学生にしか見えない聖君が凪を抱っこして歩いているよりも、聖君のご両親が凪を抱っこして歩いていたら、凪の親はどっから見ても、誰が見ても、聖君のご両親のほうだと思うだろう。


 ってことは、聖君は年の離れたお兄ちゃん。杏樹ちゃんだって、お姉さんって言ってもおかしくない。で、私は。そんな聖君の一応彼女。みたいな?

 なんて、あほな空想劇を頭の中で繰り広げていた。


 お昼はお父さんと一緒に、リビングで食べた。お店には紗枝さんが来ていた。リビングに私たちのランチを運びに来て、

「桃子ちゃん、久しぶり。あ、凪ちゃん?」

と凪を見て、喜んだ。


「うん。凪ちゃんだよ。紗枝ちゃんもちょっとこっちに来て、凪ちゃんのこと見て行かない?」

 お父さんがそう言うと、紗枝さんはリビングに上がり、凪の顔を覗き込んだ。

「桃子ちゃん似なんだね。聖君が言っていたとおりだ」

「え?なんて言ってました?」

 私は気になり聞いてみた。


「桃子ちゃんにそっくりで、超可愛いんだって」

 ちょ、超可愛い?

「凪ちゃんの話をする時の聖君、目が垂れちゃうし、思い切りにやけちゃうし。本当に可愛くてしょうがないって感じなの」

 やっぱり?


「あのクールな聖君が…って、常連さんもみんなびっくりしてるよ」

「そうなんですか?じゃあ、ファン減っちゃったりして」

「妻子持ちだってわかると、みんな一気にお店に来なくなるよね。意外とみんなはっきりしているよね」

「へえ。そうなんだ」


「うん。客層変わったもん。私が入った頃って若い子ばっかりだったけど、今は奥様が主流。子どもも手が離れ、ゆっくりとランチを楽しむ時間ができたっていう、40代から50代の人が多いかな」

「へ~~」

「まあ、昼は聖君も出ていないからっていうこともあるんだろうけど」


「そうか。聖君が言ってた、もう俺、モテないよっていうのも、まんざら嘘じゃないんだな~」

「そんなこと言ってた?聖君」

「はい」

「まあね。前よりも少なくなったけどね。でもまだ、聖君を見て目をハートにしている人はいるけどね」

「え…」

 やっぱり、まだいるの?


「じゃ、あとで食器片づけに来ますね」

 紗枝さんはそう言って、またお店へと戻って行った。

「桃子ちゃん、心配なの?」

 お父さんにいきなりそう聞かれてしまった。


「え。いえ、心配ってわけじゃないけど」

「ははは。大丈夫だよ。聖ね、凪ちゃんに夢中だから」

「はあ」

 それはよ~~く知ってる。


「女の子で良かったね」

「え?」

「俺たちの場合は、一人目が男の子だったでしょ?」

「はい」


「くるみがめっちゃ可愛がって、聖とくるみは恋人同士みたいだったよ。もうべ~~ったりで」

「へえ、そうなんですか?」

 私たちと逆だな。

「だから俺がやきもち妬いてた。ほっぽかされていたし。でも、俺も聖が可愛くてしょうがなかったから、くるみと一緒に可愛がっていたけどね」


「ほっぽかされちゃったんですか?」

「そうだよ。もし凪ちゃんが男の子だったら、聖、完璧凪ちゃんに妬いちゃうね。で、桃子ちゃんにほおっておかれたら、他の子にふら~~ってこともあるかもしれないけど」

 え?!他の子に、ふら~~~?


「でも、今は凪ちゃん、聖の恋人みたいになってるもんね」

「はい。私のほうが妬いてます」

「ははは。じゃ、聖が気を付けないとね。桃子ちゃんをほおっておいたら、桃子ちゃんが他の奴に、ふら~~ってなるかもしれない」


「それはないです」

「え?」

「聖君以外の人になんて」

「あ、そう?そっか。桃子ちゃんは聖に、メロメロなんだっけ?」

「う…。はい」

 言ってて顔がほてってきた。きっと今、真っ赤かも。


「ははは。でも、あんまりほおっておかれたら、少しはやきもきさせた方がいいよ。じゃないと聖、気が付かないよ?桃子ちゃんが寂しがっていることに」

「はい」

 うん。気が付かないかもしれない。だけど、私も聖君がずうっと我慢していたことに気が付かなかったんだもん。人のこと言えないんだよね。


 夕方、朱実さんがバイトに来た。お母さんから私と凪がいると聞いたらしく、顔を高揚させリビングに来た。

「桃子ちゃん、久しぶり~~!」

「あ、朱実さん、久しぶりです」


「凪ちゃん見せて~~」

 朱美さんもリビングに上がりこみ、

「わあ。桃子ちゃんにそっくり、色白で目がくりんってしていて、可愛い」

とそう言って喜んだ。


「聖君が凪ちゃんに夢中なの、わかる気がするわ」

「夢中?」

「そう。もう、凪ちゃんの話をどれだけ聞かされたことか」

 そ、そうなんだ。


「今日なんて店に凪ちゃん連れてきて、お客さんに披露しちゃうんじゃないの?」

「そ、それはどうかな」

 朱美さんは明るく笑いながら、お店に戻って行った。


 それにしても。聖君はかたっぱしから会う人に、凪の話をしているんじゃなかろうか。大学でもこんなだったりして?じゃ、きっとその時の聖君は目じりが下がり、にやけっぱなしだから、そりゃ、ファンも減っていくだろうなあ。

 あ、ちょっと安心。ううん、かなり安心しちゃった。


 もうすぐ聖君が帰ってくる。わくわく。嬉しいな。れいんどろっぷすで働く聖君を見るのも、久しぶりだ。

 お店の聖君は、かっこいいんだよね。

 ドキドキ。まるで愛しい恋人を待つような気分。


 凪を見た。さっきおっぱいを飲んで満足した凪は、すやすやと気持ちよさそうに寝ている。朱美さんのあの元気な声でも起きないくらいに。

 クロはまだ凪の横に張り付いている。

「凪。もうちょっとしたら、パパ、帰ってくるよ。きっと凪~~~ってさわぎながら」

 寝ているから抱っこをできないって、寂しがっちゃうかもしれないけどね。


 


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