第20話 バカップル復活?
凪が寝ついた時間、私もうとうとしていた。そして知らぬ間に、布団の上に丸くなっていたようだ。
ふわ…。体に何かが掛けられた。薄ぼんやりとした意識の中で、聖君の優しい目と、
「おやすみ、桃子ちゃん」
と言う、優しい声が聞こえた。
ああ、聖君が布団を掛けてくれたのか。
聖君が隣の布団に潜り込んだのが見えて、私は手を伸ばした。それに気が付いた聖君が手をつないでくれた。
「桃子ちゃん、起きてるの?」
聖君の声。私は何か答えなきゃ…と思いつつ、口から出たのは、
「ほひえ~」
「…寝言?今の…」
聖君のくすっていう笑い声がした。ああ、私ってば、何を言ってるんだか。でも、もう睡魔に勝てず、そのまま深い眠りに落ちて行った。
ごめんね、聖君。凪が寝たらちゃんと聖君に愛されたいって思っていたの。本気で思っていたの。でも、睡魔に先に襲われてしまった。
「ふ、ふ、ふえ…」
凪の声で目が覚めた。聖君も目を覚ました。凪におっぱいをあげ、聖君がオムツを替えてあげて、寝かしつけた。
「聖君」
「ん?」
凪が寝ちゃうと聖君は、そっと凪をマット寝かせた。それから私のほうを向いた。
「寝ちゃってごめんね?」
「え?ああ、いいよ。気にしないで」
優しい~~。
聖君は私のすぐ横に寝転がった。
「一緒の布団で寝ようか?」
ドキン。
「うん」
いつも寝ているベッドよりも、布団だと狭い。だからより聖君との距離は縮まり、密着できる。
聖君の胸に顔をうずめてみた。ああ、こんなの久しぶりかも!
「桃子ちゃん、可愛かった」
「え?」
「さっき、変な寝言言ってた」
「寝言じゃないもん」
「え?」
「まだ起きてたの。でも睡魔に飲み込まれていく最中で」
「うん」
「だから、ちゃんと返事ができなかった」
「そうなの?じゃ、なんて言ったつもりだったの?」
「起きてるって」
「ブ!どう聞いても、ほひへ~~だったよ」
ムギュ!聖君の胸に抱きついた。聖君の匂いがする。うん、凪の匂いじゃあないよ、これは。
聖君が優しく髪を撫でた。それからチュッてキスをして、
「おやすみ」
とまた優しく言った。
「おやすみなさい」
一気に満たされ、幸せいっぱいになった。
朝まで、聖君の腕の中で寝ていた。凪がずっとぐっすりと寝ていてくれて、私も聖君もぐっすりと熟睡できた。
チュンチュン。朝の光が窓から差し込み、そして外からは雀のさえずり。
「おはよ、桃子ちゃん。目、覚めた?」
目を開けると、目の前に聖君の顔があった。
「あ、おはよう」
まっすぐに私だけを見ている聖君の目。なんだか、照れる。
「凪は?」
「起きてるみたい」
「え?」
「自分の手を見て遊んでるよ」
私は顔を凪のほうに向けた。あ、本当だ。目、開いてる。なのに泣かなかったんだ。
「だんだんと夜中起きなくなってきたし、静かにああやって一人遊びをするようになってきたよね?」
「うん」
そうか。こうやってだんだんと、楽になっていくのかな。
パチ。凪と目が合った。そのとたん凪が、顔をくしゃってして、ぐずりだした。あれ。
私は凪を抱っこして、おっぱいをあげた。お腹は空いていたんだなあ。その横で聖君がじ~~っと見ている。
「桃子ちゃんが凪におっぱいをあげているところ、写真で撮っちゃ駄目?」
「駄目」
「ちぇ」
聖君はそう言ってから、凪の頬を軽く指でつつき、
「俺、先に着替えちゃおうかな」
と布団から立ち上がり、さっさと着替えだした。
「は~~~~!今日も大学か~~~」
聖君は大きく伸びをした。
「帰ったら、お店でしょ?」
「うん。桃子ちゃんはさ、無理にお店手伝わなくていいからね。凪とリビングにいて、のんびりしてて」
「…でも、お店も出たいな。聖君が帰ってきてお店に出る時、一緒に手伝っちゃ駄目?」
「いいけど」
なんだか、久しぶりだし、れいんどろっぷすの空気も吸いたかったんだ。れいんどろっぷすはすごく癒されるし、大好きなんだよね。
「凪、飲み終わった?」
聖君は、布団をあげると、凪を抱っこしてさっさと一階に行ってしまった。
私はいつものごとく、ゆっくりと支度をしてから階段を下りた。
「おはようございます」
リビングには誰もいなかったので、お店に顔を出した。
「おはよう、桃子ちゃん。眠れた?」
元気に聖君のお母さんが聞いてきた。
「ああ、おはよう。桃子ちゃん」
「お姉ちゃん、おはよう」
れいんどっぷすのカウンターには、お父さんも杏樹ちゃんもいて、すでに朝食を取っていた。
「凪ちゃん、ご機嫌だね」
お父さんは目を細めてそう言って、コーヒーをゴクゴクと飲むと、
「聖と桃子ちゃん、朝ご飯食べちゃいな。凪ちゃんの世話は俺が見てるよ」
と聖君から凪を受け取った。
「悪い、父さん。もしかしてそのために、早起きした?」
「いや、凪ちゃんに早く会いたかったから、早起きした」
「あ、そう」
「凪ちゃん~~。爽太パパでちゅよ~~」
聖君のお父さんは思い切り高い声をだし、凪に話しかけた。
「またお父さん、爽太パパなんて言ってる。いいの?お兄ちゃん」
杏樹ちゃんがそう聞くと、
「ああ、もう勝手にしてくれって感じ」
と聖君はやれやれって顔をしてそう言った。
「さ、私は学校に行く前に、クロの散歩に行ってくるよ。お父さんも行く?凪ちゃん連れて」
「そうだな。浜辺までは遠いから、この辺をぶらつくかな。そろそろ凪ちゃん、外の空気を吸ってもいい頃だよね?桃子ちゃん」
「あ、はい」
「昼間の日差しは強すぎるから、今のうちだね」
聖君のお父さんは凪を抱っこしたまま、杏樹ちゃんとクロと一緒にお店を出た。窓の外を聖君と見ていると、杏樹ちゃんはクロを連れて元気に走っていき、お父さんはウッドデッキのベンチに座って、凪をあやしているようだった。
「あ~あ。はたから見たら、親子だよなあ。あれ」
聖君は口をとがらせそう言うと、お母さんが持ってきたハムエッグをバクバク食べだした。
すねていたくせに、
「うまい!」
とご飯だけは味わって食べるよねえ。
「聖君、大学どう?」
「どうって?」
「授業、眠くなったりしない?」
「なる」
「え?凪のせいで?」
「ああ、違うよ。それは前から。退屈な抗議だと、睡魔との戦いなんだよ、いっつもね」
「そうなんだ」
聖君はトーストも美味しそうにほおばった。
「サークル活動は?」
「ん~~。ないひょ」
トーストをほおばったまま、聖君が答えた。
「じゃあさ、大学の女の人」
「…へ?」
「言い寄って来たりしてないよね?」
ゴクン。聖君はオレンジジュースを飲んでから、
「何?桃子ちゃん。俺が浮気しないか心配してるの?」
と横目で見ながら聞いてきた。
「ううん。まさか、そんな…」
「だよね?俺、もう妻子持ちだよ?そんなやつに言い寄ってきたりしないから安心して」
「ほんと?」
「本当。もう大学のみんな、凪が生まれたのも知ってるし」
「そうなんだ」
「くすくす。桃子ちゃん、心配性ねえ」
その会話を聞いていたらしく、笑いながら聖君のお母さんが、聖君にコーヒーを持ってきた。
「本当だよ。言ってやって。もう俺モテてないから心配いらないって」
聖君はそう言って、コーヒーにミルクを入れた。そして美味しそうにコーヒーをすする。
「食べ終わったものは、聖、片づけておいてね。さ、私も凪ちゃん、抱っこしてこようっと」
聖君のお母さんはそう言ってエプロンを外し、ドアを開けてウキウキしながら出て行ってしまった。
「誰なんだよ、いったい。凪の親って…。って感じだよな?」
聖君が窓の外の聖君のお父さんとお母さんを見ながら、また口をとがらせた。
「あ~~あ。あ~~~あ。大学、行きたくないな」
聖君はそう言いながら、食器をキッチンに運んでいる。
あ~~。行きたくないモードになってる。じゃ、今日も行くまでもしかして、大変なことになるの?
聖君と2階に上がって、聖君は大学に行く支度をし出した。さっきまではねてた寝癖も綺麗に整え、かっこいい聖君になっていく。
2階にはルーフバルコニーがある。洗面所とつながっているので、バルコニーのベンチに座りながら、聖君の顔が見れる。そして話もできる。
「ねえ、聖君」
「ん~?」
聖君は髭をそっている。髭をそっている聖君は、やけに男っぽい。
「新入生もいるんだよね?」
「うん」
「サークルに入ってきた?」
「だから、まだサークル活動してないって。先輩たちが勧誘はしてるけどね」
「聖君はしないの?」
「うん。俺はしたらダメだって。俺目当てで来たら大変なことになるから」
なるほどね。
「後輩が数人、俺のところに先週挨拶に来たよ」
「後輩?」
「高校の後輩」
「ふうん。…男子?」
「うん。女子が来るわけないでしょ?」
「え?どうして?」
「俺、硬派で通ってたんだよ?」
そうだったっけ。忘れてた。
「大学では?硬派で通ってるの?」
「ん~~。そうだな。やっぱりあんまり、話はしてないけど。でも、サークルの人とは話すから、高校の頃みたいに、硬派だとは思われていないかな」
ギクギク。じゃ、やっぱり言い寄ってくる女の人もいるんじゃ…。
「ね、ねえ。聖君、新1年生は、聖君が結婚してることも子供がいることも知らないんでしょ?」
「知ってるんじゃない?」
「え?どうして?」
「掲示板にも載っていたし、すごい噂になっているし」
「掲示板?」
「そう。大学の」
「……嘘」
「誰が載せたんだろうね。ま、おめでとうって書いてあったし、いいんだけどさ」
どひゃ。そんなに有名人なの?聖君って。
「だから、もう言い寄ってこないって。わかった?桃子ちゃん」
「うん」
「さ、そろそろ行くか。凪、まだ外にいるのかな」
聖君は、颯爽と階段を下りていった。
私もあとから続いた。お店にはすでにクロと杏樹ちゃんもいて、聖君のお母さん、お父さん、そして凪もいた。
「な~~ぎ。パパ、大学に行ってくるからね」
聖君はお母さんに抱っこされている凪に声をかけた。凪が聖君を見たようで、
「凪もパパが行ったら寂しい?」
と切なそうな目をして聞いている。
ああ、こりゃ、しばらく続くなあ。凪との別れを惜しむ時間が。
「早く行ってらっしゃいよ、聖。凪ちゃんだったら、みんないるから寂しくないわよ。ね?凪ちゃん」
「そうだそうだ。爽太パパもいるんだから。ね?凪ちゃん」
聖君のお母さんとお父さんはそう言うと、さっさと凪ちゃんをリビングに連れていってしまった。
「………」
聖君は言葉も失い、呆然としている。
「聖君、はい。カバン」
カウンターの上に投げ飛ばされたままのカバンを、聖君に渡した。
「凪ちゃん。今度は私が抱っこする」
杏樹ちゃんもクロの足を拭き終え、リビングに上がった。その後ろをしっぽを振りながら、クロがついていった。
「俺の凪が…」
聖君はまだ、呆然としたままだ。
「聖君、カバン」
「あ、ああ」
やっとこっちを見た。
「いってらっしゃい」
そう言って聖君に勝手にハグをして、勝手にキスをしてみた。すると、
「桃子ちゅわ~~ん」
と聖君は抱きしめてきた。
「行ってくるよ」
「うん」
「愛してるよ」
へ?
それから聖君は、5秒間も私にキスをして、唇を離すと、
「今日の夜は、先に寝ちゃだめだよ」
と耳元でささやき、お店を出て行った。
「………」
2人の甘い、「いってらっしゃい」の時間が復活だ。
一回外に出た聖君は、窓ガラスの向こうから手をふって、ニコって笑って走って行った。
「……可愛い。あの笑顔」
思わず私はそうつぶやいていた。
ああ、バカップルも復活?!
聖君の家に来て、よかった~~~!私は心の中でガッツポーズをしていた。