第13話 みんなラブラブ
3月の終わり、春休みが終わる前に赤ちゃんに会いたいと、蘭と菜摘と花ちゃんがうちに来た。
蘭は4月から、メイクの専門学校に、菜摘は体育、そして花ちゃんはデザインの学校に行く。それぞれがそれぞれの道に進んでいくんだな。
「いらっしゃい!どうぞ中に入って」
3人を母がまず出迎えた。私と聖君も一緒に玄関に出迎えに行った。
「か、かわいい~~~。兄貴が抱っこしてるのって、凪ちゃん?」
「うん。凪、ほら、おばさんだよ」
そう言って、聖君が凪を菜摘のほうに向けた。
「おばさん?」
菜摘の顔がひきつった。それから、
「菜摘お姉さんだよ~~」
と凪の顔を見て、菜摘は言った。
「ああ、はいはい。ここにもいたか。現実逃避するやつが」
「どういうこと?」
「凪にはね、おばさんはいなくって、お姉さんが3人もいるんだよ」
「え?」
菜摘が不思議そうに聞き返した。
「杏樹と、ひまわりちゃんと、お前」
「…いいじゃないよ」
「で、ママも3人」
「え?」
今度は蘭が聞き返した。
「桃子ちゃんと、桃子ちゃんのお母さんとうちの母親」
「…なるほど」
「じゃあ、パパも3人?」
花ちゃんが聞いた。
「いや、桃子ちゃんのお父さんは自分のことをちゃんと、おじいちゃんって呼ばせるらしいから、2人だね」
「聖君と聖君のお父さん?」
「そう。あ、爺だったらもう一人いたね。菜摘のお父さん」
「そうだよね。うちの父親も凪のおじいちゃんなんだよねえ」
菜摘はまだ凪の顔を覗き込んでいる。
「さあ、玄関で話していないで、リビングに上がって?」
「は~~い」
母に言われて、みんなはリビングに入りソファに座った。そして、みんないっせいに凪に注目した。
「桃子似だね」
菜摘が言った。
「本当は病院にも行きたかったんだけど、私は風邪ひいてたから、遠慮したんだ。凪ちゃん、はじめまして」
花ちゃんが、凪の顔を覗き込みそう言った。
「花、そう言えばさ、最近すごくない?花の彼氏」
蘭が、凪から顔を花ちゃんのほうを向けてそう聞いた。
「ああ、籐也か。テレビにも出てるし、よくラジオからも流れてるよね、あいつの曲」
「うん」
「なんだっけ?バンド名」
「ウィステリア」
花ちゃんが赤くなりながら答えた。
「難しいね、その名前、なかなか覚えられないよ」
蘭が眉をしかめた。
「藤の花のことだろ?」
聖君がそう言うと、花ちゃんはコクンとうなづいた。
「ああ、籐也の籐の字から取ったとか?」
「うん。それにバンドのみんながなぜか、名前に籐の字がはいっているんだよね」
花ちゃんが蘭の質問に答えた。
「え?そうなの?偶然なの?」
「うん。偶然みたい。ボーカルが籐也君で、ギターが藤田君。ベースが斉藤君で、ドラムが藤堂君」
「藤堂?俺の後輩にもいるけど、まさかあいつじゃないよな」
「藤堂なに君?」
花ちゃんが聞いた。
「藤堂司っていったっけ?高校じゃ弓道部だったよ、確か」
「それ、従弟だよ。一回ライブに来てたよ。彼女連れて」
「へえ。そりゃまた、世間は狭いね。って、そうでもないか。藤堂も江の島に住んでるし、従弟も江の島あたりだろ?籐也と同じ高校だったら」
「うん。江の島だよ、みんな」
「ふうん。みんな藤がつくから、それでウィステリアか。単純な発想だね」
聖君がそう言うと、凪がちょっとぐずりだした。
「あ、どうしたの?凪。もしかしてお腹空いた?」
聖君が声をかけると、凪はまたすぐにおとなしくなった。
「兄貴、もしやそうやっていっつも抱っこしてるの?」
「うん。凪が起きてたらね」
「…すでに親ばか?」
「違うよ。起きて抱っこしないと、泣いちゃうんだよ」
「甘やかしたからじゃないの~~?これからが大変だよ」
蘭がそう言うと、聖君は凪を見て、
「いいんだよね?思い切り甘えん坊になったって」
とそうつぶやいた。
「ありゃりゃ、これは先が思いやられるね。きっと甘えん坊のわがまま娘になるんじゃないの?」
菜摘がそう言った。
「うっさい。いいんだよ。箱入り娘に育てるんだから」
「桃子~~。こんなこと言ってるよ。どうする?」
菜摘が笑いながら私に言ってきた。
「みんな、紅茶でよかったかしら。あとケーキ、これ3人で持ってきてくれたのよ。ありがとうね」
母がそう言って、リビングに紅茶とケーキを運んできた。
「サンキュ」
聖君がみんなにお礼を言った。
「わあ、美味しそう」
私の大好きなケーキ屋さんのケーキだ。
「桃子、体重戻った?」
蘭が聞いてきた。
「ううん、半分戻らないよ。どうしよう」
「もともと痩せてたんだから、いいんじゃない?」
菜摘がそう言った。それから聖君に向かって、
「ねえ?兄貴」
と同意を求めた。
「うん。俺はどっちの桃子ちゃんでもいいけど」
聖君はそう答えると、ケーキをぱくっと口に入れ、うまいって目を細めた。
凪は母が抱っこをしてくれて、ダイニングのほうで何やら話しかけている。
「兄貴、凪ちゃん、可愛い?」
「もちろん」
「いいパパしていそうだよね」
「すごいよ、聖君は。ミルクもあげてくれるし、オムツも替えるし、寝かしつけるし、すごくいいパパなんだよ!」
私は、そう力説した。
「あはは。桃子ちゃん、鼻の穴膨らんでるって」
聖君が笑った。
「やっぱりねえ。そうだと思ったよ」
蘭がそう言うと、花ちゃんと菜摘もうなづいた。
「あ~あ、いいな。ほんと仲のいい夫婦だよね」
蘭がぽつりとそう言うと、聖君は、
「あれ?基樹と何かあった?」
と聞いた。
「ううん。何もない。いたって順調」
蘭はそう言うと、手をひらひらさせた。蘭の左手には指輪が光っていた。
「何それ!エンゲージリング?」
菜摘が目を丸くして聞くと、
「違うよ。でも、誕生日にあいつ、くれたんだ~~」
と言いながら、嬉しそうに私たちに見せてくれた。
「へえ、あいつもやるじゃん」
「いいなあ。指輪。葉君くれないんだよね」
「なんで?」
花ちゃんが菜摘に聞いた。
「葉君、指輪は結婚を決めたらあげるって、そう言ってて、その前にはくれないんだって」
「あはは。あいつらしいね。そういうの、あいつ気にしそうじゃん。でもさ、それって結局は、結婚を菜摘とする気でいるってことじゃないの?」
聖君がケーキを食べ終わり、口をふきながら菜摘にそう言った。
「そっかな」
「そうだろ?」
聖君は紅茶をゴクンと飲むと、ソファから立ち上がり、凪を母から受け取りに行った。
「凪、そろそろ寝ようか」
聖君はいつものように指だけで背中をぽんぽんとして、凪を揺らすと、
「おやすみ、凪」
と優しい声でささやいた。
「凪ちゃん、寝ちゃった?」
菜摘がそっと凪の顔を見た。
「うん。寝たから布団に寝かせてくるね」
聖君は凪を連れて和室に入って行った。
「あれ、聖君の魔法なの」
「え?」
「寝かしつけようとすると、100パーセント簡単に寝かしつけちゃえるの」
「そうなの?すごい」
花ちゃんが感心しながらそう言った。
「でも、ずっと抱っこしていたい時は、寝かしつけないの。話しかけたりしてわざと起こしてるような気がする」
「ふうん、それも困ったもんだね」
蘭が眉をしかめてそう言ってから、花ちゃんのほうを向いて、
「で、花と籐也は進展あったの?」
とおもむろに聞き出した。
「な、ないよ」
「まったく?」
「籐也君、忙しくって、あまり会えていないし」
「え~~。それ、寂しくない?」
「メールは来るから」
「どのくらいの頻度で?」
さっきから、蘭は花ちゃんと籐也のことに食いついてるなあ。そりゃまあ、私も気にはなっていたけど。
「どのくらいって、1日に2~3回だけだけど」
「え?そんなに来るの?」
つい私がそう言うと、
「え?それ、普通でしょ?少ないくらいじゃないの?」
と蘭が私に言った。
「え?」
そういうもの?あ、そっか。今は聖君と一緒に暮らしているから、メールが少ないのか。
でも、付き合ってる時でも、そんなに頻繁にメールし合ってたかなあ。
「葉君はどのくらいくれる?メール」
蘭が聞いた。
「夜だけだよ。仕事の時にはくれないよ」
「そうなの?」
「基樹君は?」
今度は菜摘が聞いた。
「多い時は5~6回くらい。でもたいていが3回くらいかな」
「どんなメールが来るのよ」
「おはようから始まって、まあ、いろいろと」
「…あつ~~。確か前付き合ってた頃は、メールが来ないって言って、蘭、怒ってなかった?」
「うん。でも今はよくくれるの。私もしてるけど…」
そう言った蘭の顔は、すごく嬉しそうだ。
「で、籐也はなんてメールをしてくるの?」
菜摘が花ちゃんに聞いた。
「いろいろと。今日の予定とか、テレビ見てくれた?とか、そんなようなこと」
「何それ。それだけなの?」
「うん。見たよ。かっこよかったよって返すと、籐也君、すごく喜ぶんだ」
「喜ぶ?」
「サンキュ。すげえ嬉しいって返信が来る」
「…あ、そう。仲いいんだね。思いっきり」
菜摘が呆れたって顔でそう言った。
私は花ちゃんと籐也君がうまくいっていて、本当に良かったって思った。だって、あんなメジャーデビューをしちゃった人と付き合ってるのって、大変だろうし、どこかで心配していたんだよね。
「よかった、よかった。花、うまくいってて」
蘭もほっとした顔でうなづきながら言った。なんだ。蘭も気になっていたから、あんなに突っ込んで聞いていたのか。
「てことは、みんな仲良くやってるんだね」
聖君はしばらく凪の寝顔を見ていたけど、リビングに来てそうつぶやいた。
「そうだね。みんな仲良くやってるんだね」
私もまったく同じことを言い、聖君と目を合わせにこりと微笑み合った。
「兄貴と桃子もラブラブ?」
菜摘の質問に聖君はもちろん!と答えた。
3人はケーキを食べ終わり、寝ている凪を見てから、
「お邪魔しました」
と帰って行った。
「あれ、みんな凪のこと抱っこしていかなかった」
「遠慮したんじゃないの?聖君に」
「なんで?」
「だって、ずっと聖君が抱っこしていたもん」
「ああ、そっか」
聖君はそう言うと、また和室に行き凪の寝顔を見た。
「可愛いな。今日の凪も最高だね」
「ちょっとジェラシー」
「桃子ちゃんだって、可愛いよ?」
私が聖君の隣に座ると、聖君はチュッてキスをしてきた。
「もうすぐだよね、凪の一か月検診」
「うん」
「順調に凪、育っているよね」
「うん」
「桃子ちゃんは?どっか具合の悪いところはない?」
「…ちょっとある」
「え?」
「出血、まだあるんだ」
「そ、そうなの?知らなかった」
「ちょっとだけだから、多分大丈夫だと思う」
「そっか」
私は聖君の肩にもたれかかった。
「4月、大学が始まるね」
「そうだね。昼間、凪のこと見てあげられないね」
「うん」
「…う~~~~ん。寂しい~~」
聖君はいきなり唸った。
「それ、どっち?」
「え?」
「私に会えなくて?それとも凪?」
「どっちもだよ。当たり前じゃん」
そうかな。凪にだけじゃないの?
「いいな、桃子ちゃんはずっと凪と一緒にいられて」
やっぱり。
「私は聖君とずっとそばにいられなくなるのが、寂しいよ?」
「え?」
聖君は一瞬黙って私を見て、それからにやってにやついた。
「もう、桃子ちゃんってば、寂しがり屋なんだから」
そう言うとまた聖君は私にキスをしてきた。
「まだだよね?」
「え?」
「まだ、駄目だよね?」
「うん」
「……」
聖君は今度は抱きしめてきて、
「わかった。今はまだ、ハグだけで我慢する」
と寂しそうに言った。
「大学に女の人、いっぱいいるね」
「え?」
「誰かに言い寄られても、浮気しないでね?」
「…するわけないじゃん」
「…ほんと?ふらってつい出来心でってない?」
「ないよ。あるわけないだろ?」
あ、口調がちょっと怒り口調になってる。
「桃子ちゃんにしか興味持たないし、桃子ちゃんにしか俺、欲情しないの」
わわわ。何を言い出すんだ、聖君は。今、母はリビングにいないよね?
「そんなの、桃子ちゃんも知ってるよね?」
知ってるって、そんなのわかんないよ。
「桃子ちゃんと凪に夢中なんだから、俺が浮気なんかするわけないでしょ」
あ、そうか。凪にこれだけ夢中なんだもんね。そりゃ浮気する気も起きないか。
「安心した?」
「うん」
私は聖君の腕にひっついた。
「聖君」
「ん?」
「今日はなんだか、すごく」
「うん?」
「甘えたい気分」
「………」
聖君はいきなり立ち上がると、襖を閉めに行った。そして戻ってくると、私のことをムギュって抱きしめた。
「桃子ちゃん、でも、ハグまでだよね?」
「うん」
聖君はずっと私を抱きしめて、それから髪にキスをして、そして唇にもキスをしてきた。だけど、ちょっと唇を重ねただけで、すぐに離してしまった。
「これ以上はやばい」
そう言って聖君はまた、抱きしめてくる。
「早く、桃子ちゃんを抱きたいな」
わ~~。そんなことを言われたら、体中がドキンってしちゃうよ。でも、実は私も…。聖君に抱きしめられてさっきから、嬉しくてドキドキしてるの。
聖君の胸に顔をうずめた。聖君の鼓動が聞こえてくる。それが嬉しい。凪はすやすやと眠っていて、私たちは何分も2人でぎゅって抱きしめあっていた。