第11話 聖君の魔法
3時間後、また凪の泣き声で起こされた。
ふえ…。ふえ…。
ああ、凪だ。凪が泣いてる。どうにか私は目を覚まし、ぼ~~っとしながら凪を抱きかかえベッドに座りおっぱいをあげた。凪はすぐにおっぱいを飲んだ。
聖君はというと、隣で寝ている。
凪の泣き声が大きくなる前におっぱいをあげたから、聖君は凪の泣き声に気づかずに寝ているんだな。
すう…。気持ちよさそうに寝ている聖君。寝顔が可愛い。
凪のオムツも替えて、私は凪を抱っこしたまま、ゆらゆらした。でも、なかなか凪は寝そうにない。
時計を見ると7時を過ぎていた。ああ、いつもなら聖君は起きている。だけど、今朝はさすがの聖君もまだ、爆睡しているなあ。
ゆ~ら、ゆ~ら。ぽん…、ぽん…。
「凪、寝ようよ。ママはまだ寝たいよ…」
でも、全然眠りそうにない。つぶらな目はどこを見ているかわからないけど、しっかりと開けている。口はすぼめている。
もしかして、聖君じゃないと寝ないとか?
「う~~ん」
聖君が手を伸ばした。
「あ、あれ?桃子ちゃん?」
ああ、横に私がいないからびっくりしているのかな。
パチ。聖君の目があいた。
「おはよう」
そう言うと聖君は私を見て、
「凪、泣いちゃった?」
と聞いてきた。
「うん。でももうおっぱいも飲んで、オムツも替えた。後は寝るだけだよ」
と私は答えた。
「そうなの?なんで俺のこと起こさないの?」
「え?」
「起こしてくれていいのに」
「でも、一人でも大丈夫だし」
そう言うと聖君は、口をとがらせた。あ、すねた?
「俺はいらないってこと?」
「違うよ。でも、聖君、気持ちよさそうに寝てたから、起こすの悪くって」
「…ごめん。凪、泣いたんでしょ?俺、気づけなかった」
「いいよ。大丈夫」
私はそう言いながら、凪をずっと抱っこしたまま、揺れていた。
「替わるよ」
聖君はそう言って起き上がると、凪を私の手から受け取った。
「桃子ちゃん、寝てていいよ」
「でも」
「いいから寝てて。俺も、凪が寝たらもう少し横になるから」
「うん」
私はベッドに横になって、聖君と凪を見ていた。聖君はまた指先だけで凪の背中をぽんぽんと優しくたたき、しばらくそれを続けた後に、
「おやすみ、凪」
と優しくささやいた。
まただ。凪がすうって寝てしまった。やっぱり、魔法だ!
ベビーベッドに凪を寝かせたあと、聖君はまたベッドに寝っころがった。
「桃子ちゅわん」
と甘えながら。
「聖君、魔法みたい」
「何が?」
「凪を簡単に寝かしつけちゃうんだもん」
「そう?」
「すごいなあ」
「桃子ちゃんのことも簡単に寝かしつけちゃおうか」
「え?うん」
「あ、うそうそ、駄目駄目。寝たら駄目」
「なんで?」
「いちゃつきたいから」
そう言って聖君はにやけ、そして抱きついてきた。
「い、いちゃつくって…」
「抱きしめてるだけ。それならいいよね?」
「うん…」
「むぎゅ」
聖君はそう言って、腕に力を込めた。ああ、聖君に抱きしめられるのが、すごく嬉しい。お腹が大きい時には、こんなに力を込めて抱きしめてもらえなかったし。
「聖君」
「ん?」
「もうちょっと、ぎゅうってして?」
「もっと?」
「うん」
「ぎゅ~~~」
聖君はさらに腕に力を入れた。わあ。抱きしめられてるっていう、ものすごい実感がある。
「苦しくないの?桃子ちゃん」
「うん。思い切り聖君を感じていられて嬉しい」
私がそう言って聖君を抱きしめると、
「もう、桃子ちゃんってば」
と聖君は私の髪に頬づりをした。
「さ、もう少し寝ようか」
「うん」
私は聖君の胸に顔をうずめたまま、うなづいた。聖君は私の髪を優しくなでたり、キスをしたりして、
「おやすみ、桃子ちゃん」
と耳元で優しくささやいた。
あ、凪にささやいているのと一緒だ。
は~~~~~~。幸せ~~~~~~。
安心感でいっぱいになりながら私は、すうって眠りについたようだ。
夢を見た。私は泣いていた。まるで赤ん坊のように。
寂しい。悲しい。孤独だ。一人で怖いよ。
すると誰かが私の背中を優しくなでたり、髪を優しくなでてくれた。誰だろう。あったかい。すごく安心する。
「おやすみ、桃子ちゃん」
その人が耳元でささやいた。
聖君だ…。私は一気に安らぎを覚えた。聖君は優しく私を抱きしめ、そして、
「むぎゅ~~~~~」
と言って、抱きしめている腕に力を入れた。
むぎゅう?う、なんだか苦しいぞ。
パチ。目が覚めた。目が覚めると、本物の聖君が私を思い切り抱きしめながらすうすうと寝ていた。
「ひ、聖君、苦しい」
そう言って聖君の手をどかすと、聖君はぐるんと後ろを向き、自分の枕を抱きしめた。
「桃子ちゅわん」
と言いながら。
あ~~あ。すごいにやけた顔だ。そんな顔も可愛いけど、とても他の人にはお見せできないよね。
しばらく聖君の顔をじっと見た。それから凪が起きていないかどうか、ベビーベッドをのぞいてみると、なんと凪は目を開けていた。
あ。開けていても泣かない時もあるんだ。凪は手を動かしたり、足を動かしたりしている。
しばらく面白いなあって見ているとそのうち、
「ふ…、ふえ…」
と声を出し始めた。聖君は寝ている。この声で起きたら申し訳ないと思い、私は凪を抱っこして、そのまま一階に下りた。
「あら、おはよう。凪ちゃんも起きているの?」
母がキッチンから顔を出した。
「うん。お父さんはもう出かけたんでしょ?」
「そりゃ、ゴルフだもの。6時前に家を出たわよ」
「お父さん、凪の泣き声で起きなかった?」
「ああ、あの人は大丈夫。隣りでぎゃんぎゃん泣いてたとしても起きないから」
そうなんだ。その性質を私は受け継いでないかな。心配だな。
「ひまわりは?」
「デートだって言ってたけど、まだ寝てるわよ。聖君も寝てるの?」
「うん。あ、もう9時になるのか。起こしたほうがいいかな」
「そうねえ、でも昨日、聖君も3時間おきに起こされてたんでしょ?もうちょっと寝かせておいてあげたら?バイトは夕方からなんだし」
「そうだね」
「凪ちゃん、おはよう~~~。ちょっと抱っこさせて」
「うん」
母は目を細め、一オクターブ高い声で凪に話しかけている。う~~ん、なかなかのバババカぶりだ。
「桃子、凪ちゃんは見てるから、着替えてきたら?」
「うん、そうする」
私はまた2階にあがった。聖君はまだすやすやと寝ている。
そう~~。聖君に近寄って、頬にキスをしてみた。ああ。聖君フェロモンだ。く~~、嬉しい。
「んん?」
あ、起きちゃう?
「…」
聖君が目を覚ました。
「おはよ」
「おはよう。あれ?なんかやたら明るいけど、今、何時?」
「9時」
「え?!」
聖君はガバッと起き上がり、時計を見た。
「本当だ。わあ、俺、すげえ寝坊した」
「大丈夫だよ。大学もないし、バイトは夕方からでしょ?」
「でもさ、掃除とか洗濯とかの手伝いがある」
「まさか、私が入院していた時にも、手伝ってから産院に来てたの?」
「うん」
「……」
なんて婿なんだ。っていうか、なんて婿使いの荒い義母なんだ、うちの母親は。
「あ~~~、良く寝た。凪はずっと泣かなかったんだね。おはよう、凪」
聖君はベビーベッドのほうを向いて、目を一瞬丸くした。
「凪がいない?」
「あ、下にいるよ。お母さんが抱っこしている」
「なななな、なんだ~~。すげえ焦った」
「なんで?」
「なんか、凪が生まれたのは夢だったのか?とか、今、一瞬の間にいろいろと考えちゃったよ」
「変なの」
「……なんだよ。桃子ちゃんのいけず。いつの間に凪を連れて行っちゃったんだよ」
聖君は思い切りすねた。
「……凪がいなくって、私だけだと不満?」
「え?」
「私だけだと、寂しい?」
「そ、そういうわけじゃないけど」
聖君が顔を引きつらせてから、無理やりにこっと笑った。
ふんだ。本当は凪がいないと寂しいくせに。と内心思っていると、
「もう~~~~~。桃子ちゃんの、やきもち妬き!」
と聖君が抱きついてきて、私をベッドに倒してしまった。
「え?聖君?」
「ちょっとだけね」
「え?何が?」
「凪がいないすきに、2人でいちゃいちゃ…」
聖君は私の耳や首にキスをしてきた。
「ちょ、ちょっと聖君。ちょっとだけじゃないよ。私もう、下に行くから」
「え~~~~~。なんだよ~~~~。桃子ちゃんが、寂しがったくせに~~~」
聖君はそう言って、なかなか私の上からどいてくれない。
「聖君、本当に、あの…」
着替えて下に行かなきゃ。
「桃子~~~!」
その時、母の声が一階から聞こえてきた。
「凪ちゃんが、泣いちゃって泣き止まないわよ~~。どうしたらいい~~?」
「今、聖君が行く~~~」
私は部屋からそう叫んだ。
「え?なんで俺?」
「魔法が使えるから」
「……」
聖君はしょうがないなあって言いながら起き上がり、パーカーをはおって下に下りて行った。
私はパジャマから洋服に着替えて、一階に下りた。洋服と言っても、いまだにジャンバースカートだ。まだお腹がもとにはもどらず、普通の服が着られないでいる。
なんとかベルトっていうのを巻いてはいるものの、本当にもとどおりのお腹に戻るんだろうか。今は伸びきった皮膚がちょっと垂れ下がっているようにも見える。
嫌だなあ。でも、赤ちゃんを産んだんだから、しょうがないのかなあ。
それから、ちょっと子宮が痛い。後陣痛っていうんだっけ?お産のあと、子宮がもとの大きさに戻ろうとした時に痛くなるらしい。
お産っていろいろとあるよね、本当に。
一階に下りると母が、
「桃子、すごいわねえ、聖君は」
と言ってきた。
「え?」
なんのこと?
「聖君が抱っこしたら、凪ちゃん、あっという間に泣き止んじゃったのよ」
ああ、そういえば。聖君に抱っこされた凪は、目を開けたままほえ~~って顔をしている。
「聖君、魔法が使えるんだもん」
「え?何それ?」
母が聞いてきた。
「凪のこと、すぐに寝かしつけたりできちゃうんだよ」
「へえ。でも、それは魔法でもなんでもなくって、凪ちゃんが相当パパのことが好きだからじゃない?ねえ?聖君」
母が聖君のそばに寄って、聖君にそういうと、聖君は嬉しそうに目を細めた。
「桃子、あなた大変ね」
母は今度は私のほうを向き、そう言ってきた。
「なんで?」
なんで大変なの?
「凪ちゃんに聖君、取られちゃうわね。確実に」
グサ~~~。き、気にしていることを。
「こんなにかっこよくって優しいパパだもの。そのうちに凪ちゃん、パパのお嫁さんになるなんて言い出すんじゃない?」
母はまた聖君のほうを向き、
「ねえ?凪ちゃん」
と、また一オクターブ高い声で凪に話しかけた。
「でへ!いいっすね、それ」
聖君は母の言葉に、思い切りにやついた。
ム~~~~。私は面白くない。凪がライバルになったら、勝ち目がないかもしれないじゃないか…。
あ~~~。複雑。
今からこんな複雑な心境で、これから先どうなっちゃうのかな。
凪がどんどん大きくなったら、デートも凪と聖君の二人だけで行っちゃったり、私がついていったら、凪に嫌がられたり、聖君ですら私のことを追い帰すようになったりしないかな。
むむむ~~~~。
凪のことを優しい目で見ている聖君を横目で見ながら、私はしばらくもんもんとしていた。
でも、ほんの数分だけ。すぐに凪は、ほんぎゃあと泣きだしたからだ。
「あ、お腹空いたのかな?」
聖君はそう言って、私の腕に凪を渡した。
リビングのソファに座り、私は凪におっぱいをあげた、凪はまた右のおっぱいは、飲んでくれない。ああ、またかあ。すると、
「今、マッサージしちゃうから、待ってて、凪」
と言って、聖君が横に座り、マッサージを始めた。
「はい。これで飲んでくれるんじゃないかな」
凪は今度は思い切り、右のおっぱいにも吸い付いた。
「魔法だ」
「いや、違うから、桃子ちゃん」
聖君はそう言ってから、
「俺がいたほうが、桃子ちゃん、助かる?」
と耳元で聞いてきた。
「え?もちろん。なんで?」
「へへ。じゃ、ちゃんと凪が起きた時には、俺のことも起こしてね?」
ああ、そっか。そういうこと?
「わかった」
私がうなづくと、聖君はそっと私の頬にキスをした。
それだけ、凪の世話がしたいのかなあ。
「生まれてからは、俺、桃子ちゃんの役に立ってるよねえ?」
「え?」
「ちゃんとこれからは、頑張ってオムツ替えもするからね。あ、替え方だけは教えてね」
「う、うん」
あ、もしかして。そういえば、凪が生まれたら、いっぱい世話をしてくれるって、約束してくれてたっけ。ああ、それでなの?
聖君はおっぱいを飲んで、満足した凪のことを肩にひょいと乗せると、背中をさすりだした。
「ゲプ…」
「あ、ゲップ出たね。良かったね、凪」
「……」
私はおっぱいを飲んだあとに、凪にゲップをさせるのが下手だ。だけど、聖君はいつも上手だ。何をやっても、聖君は上手にこなしてくれちゃう。
でも、これもあれも全部、私のためにしてくれてるのかもしれないな…なんて思ったら、私はなんだか思い切り嬉しくなって顔がにやけた。
「凪可愛いなあ。ゲップしても可愛いって、相当なもんだよね」
聖君が目じりを思い切り下げてそう言った。
………。やっぱり、凪が可愛いからっていうだけかも?!
ゲップをしても可愛いと言われる凪が、かなり羨ましくなった。
凪、お願いだから、聖君のこととらないでよね~~~~~。