第125話 聖君に惚れる
着々と、結婚式の準備は進んでいった。2次会のほうの準備もどんどんと進み、藤也君のバンド、ウイステリアが演奏をしてくれるのも承諾してくれたし、その時に聖君が1曲歌うのも、決まったようだ。その練習に聖君は、参加もしている。
その練習に今日は、私も見学に行く。花ちゃんも一緒だ。凪も連れて行きたかったけど、音がさすがにうるさいだろうと、家でお父さんに見ていてもらうことになった。
「なんだか、いつも凪のこと見てもらっちゃってすみません」
そう謝ると、その日は麻里ちゃんも来ると思うし、一緒にみんな面倒みちゃうから大丈夫と、お父さんは明るくそう言ってくれた。
麻里ちゃんかあ。ちょくちょくやってくるようになったけど、麻里ちゃんママははっきり言って、お父さんに会いに来ているような気もしないでもないんだよねえ。お父さんがいない時なんて、明らかにがっかりしているし。
なんとなくそれは、お父さんやお母さんにまで伝わっているようだったけど、二人とも、
「麻里ちゃんも、ママの方も明るくなって良かったわね」
なんて、のほほんとしたことを言っているしなあ。それだけ、二人の絆は固いのか、信じ合っているからなのか。
私だったら、きっとヤキモキしていると思うんだけど、お母さんはヤキモチを妬いたりしないんだろうか。でも、そんなこと聞けないしなあ。
聖君と一緒に、午後からウイステリアがよく使っているというスタジオに出かけた。そこで、練習があるらしい。
「花ちゃんと久しぶりに会える」
私が喜んでいる横で、聖君はあまり嬉しそうな顔をしていない。
「…どうしたの?」
「ん?ちょっとね」
「何?何か嫌なことでもあるの?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
なんだろう。聖君、歌うのもしかして、嫌なのかなあ。
聖君のちょっと暗い表情が気になりつつも、スタジオについた。
「桃ちゃん!」
「花ちゃん!久しぶり~~」
二人でしばらくスタジオの入口で、再会を喜んだ。
「元気だった?凪ちゃんも元気にしてる?」
「うん、元気!」
スタジオの中に入りながらも、私たちは盛り上がっていた。聖君はなぜか、ずっと黙ったままだったけど。
「最近、ずっとみんなに会っていないから、会いたかったんだ。メグちゃんとかには会ってるの?花ちゃん」
「ううん。私もなかなか時間が取れなくて。夏休み、バイトしていたし」
「え?なんのバイト?」
「喫茶店のウエイトレス」
「え~~。言ってくれたら良かったのに。遊びに行ったのに」
「でも、江ノ島からだと遠いよ?このスタジオの近くだから」
「え?そうなの?」
「うん。今日も夜、バイトなんだ」
「……。もしかして、籐也君にちょくちょく会うために?」
小声で花ちゃんに聞くと、花ちゃんは顔を赤くしてうなづいた。ああ、健気なんだなあ、花ちゃん。
なんて思っていると、そこに籐也君がやってきた。
「桃子ちゃん、久しぶり」
「あ、籐也君。2次会、引き受けてくれてありがとう」
「いいえ。聖さんの頼みなら、聞かないわけにはいかないし。聖さん、すぐに練習始まるけど、準備いいですか?」
「うん」
あれ?まだ、暗いぞ、聖君。
「また来てる?今日も…」
「今日は来てないですよ。聖さんが今日来るって、教えなかったから」
「まじで?良かった~~。ああ、ほっとした。じゃ、練習始めるか?籐也」
あれ?いきなり聖君、明るくなった。
「…花ちゃん。誰が今日来ていないの?まさか、聖君のファン…」
「ううん。違うの。この前、たまたま事務所の人が来てて、聖君の歌声聴いて、デビューしないかって、ずっと聖君にしつこく言い寄って、大変だったの」
あ、なるほど。そういうの、聖君思い切り嫌がりそうだ。
「写真まで撮ろうとしていたから、聖君、すごく嫌がって。籐也君も、やめてくださいって言って断っていたから、事務所の人も写真を撮るのはやめたんだけど、デビューさせたいっていうのは、諦めてくれなくって。次回来たときに、また話しましょうって言ってたんだよね」
「それで、暗かったのか。聖君」
「籐也君が、聖君が嫌がってるのを見て、聖君が練習に来る日をわざと間違って教えたの。多分、明日あたり来るんじゃないのかなあ」
「え?怒られない?籐也君」
「あ、大丈夫。けっこう、籐也君、本気で間違える時もあるし、ちょっとぼけてるっていうか、そのへん、事務所の人もわかってるから」
「じゃ、じゃあ、間違えてるってわかってて、今日辺り顔出すなんてこと…」
「う~~ん。それも有り得ないこともないけど」
ええ?もし、来ちゃったりしたら、また聖君に言い寄ってくるわけ?どうしよう。
ここは、奥さんとして何か助け舟でも出さないとダメだよね。
なんて、そんなことを思っていたのにも関わらず、練習がいざ始まったら、聖君のかっこよさに見とれて、すっかり忘れてしまっていた。
「か、かっこい~~」
うっとり。目をハートにして見ていると、聖君がちらっと私を見て、目を細めて笑った。
「かっこいいよね、聖君」
「うん」
「桃子ちゃん、すっごく嬉しそう」
「うん」
「あ、私の話、聞いてない?」
「うん」
「こりゃ、ダメだ」
横で花ちゃんが呆れたっていう声を出した。それはなんとなく聞こえた。でも、私は今、聖君に夢中で、他の物も目に入らないし、聞こえやしない。
なんで、あんなに、かっこいいのかな~~~~。
聖君って、やっぱり色っぽい。とってもセクシーだ。声もセクシーだ。それに、目つき、ああ、やられた。ハート射抜かれた。
「は~~~~」
聖君が歌い終わっても、どっか違う世界に行っていると、後ろから大きな拍手とともに、
「今日来てみて良かったわ!やっぱり、あなた最高だわ!」
という大きな声が聞こえてきた。
誰?私の世界を壊しちゃったのは。と思いつつ振り返ると、30代半ばの、ボブカットにしたかっこいい感じの女性が立っていた。
「あ、来てた…」
花ちゃんが横で、顔をしかめた。あ、もしかして、あの人が…。
「三木さん、なんで来たんですか?」
籐也君が、大きな声でそう聞いた。
「籐也がまた、練習の日にちを間違えたりしていないかって思って来てみたの。間違えたの?それとも、わざと、違う日にちを教えてくれたのかしら」
「い、いえ。すみません。間違えてました」
籐也君は苦笑いをしてそう答え、ちらっと聖君を見た。聖君は、ものすごくクールな顔つきになっていた。ああ、そんな顔つき、久々に見るなあ。
「聖君。やっぱり、君、ものすごく人を惹きつけるものを持っているわ。ね、籐也だって、そう思うでしょ?」
「…そうですけど、本人に全くその気がないのに、デビューさせるなんて言ってたって、無駄だと思いますけど」
「籐也もそんなこと言ってないで、聖君を説得してよ」
「……」
籐也君はそっぽを向いた。
「あ、あなた、この前も来てたわね。ウイステリアのファン?籐也、ファンを勝手に入れちゃダメって言ってるでしょ?」
三木さんっていう人は、花ちゃんを見てそう言った。
「その子は、関係者です」
「何、その関係者って…」
「三木さん。今日の練習は、俺の仕事と関係ないんですけど?今日だって、オフですよ。仕事と関係ないのに、三木さんにあれこれ指図受けたくないです」
わ。籐也君、けっこうズバズバ言っちゃうんだなあ。
「お友達の結婚式の2次会だっけ?あ、その結婚する子がこの子?」
「花…、その子は違います。そうじゃなくって…」
籐也君が私の方を見て、何かを言おうとしたけれど、
「ね、あなたも聖君見て、かっこいいって思わなかった?」
と三木さんが、花ちゃんにそう聞いた。
「え、はい、思いますけど」
「横のあなたも。あっちから見ててもわかったけど、思い切り、聖君見てうっとりしてたわよね。あなたは、その子のお友達?ね、どう?デビューしたら、絶対に売れると思わない?」
「へ?」
私に聞いてるの?
「思うでしょ?ファン第1号になるんじゃない?だって、もうすでに、目がハートになってたわよ」
どひゃ~~~。見られてたの?
「あら、真っ赤…。可愛いわねえ」
「三木さん、その子が、結婚式挙げる子…」
籐也君が、そう三木さんに教えてしまった。
「あら?だって、まだ高校生くらい」
「春に高校卒業したけど、もう籍は入れてるし、子供もいるんだよ」
「ええ?!じゃ、何?できちゃった婚?え?お腹にいるの?」
「いえ。もう生まれて、もうすぐ6ヶ月…」
「…まあ。そうなの?じゃ、旦那さんは…」
「聖さんが、その子の旦那さん。三木さん、それ説明しようと思っても、なかなか聞いてくれないから」
籐也君がそう言った。でも、三木さんは、無表情のままだ。
「ん?今、なんて言った?籐也」
「だから、聖さんが新郎なんだよ。聖さんの結婚式の2次会で、聖さんが桃子ちゃんのために1曲だけ歌うんだから」
「……え?じゃ、何?この二人は夫婦?」
「そうですけど」
聖君が思い切り、ぶっきらぼうに答えた。それから、汗をタオルで拭いたり、水を飲んだりした。そして、私の方に向かってやってきた。
その間、三木さんは口をぼかんと開けたままだ。
「桃子ちゃん、どうだった?」
「か、か、かっこよかった」
「あはは。なんか、文化祭の時みたいになってたもんね?」
「うん。だって、かっこよくって」
「…嘘でしょう?じゃ、聖君はもう妻子持ちってこと?!」
いきなり、三木さんがそう叫んで、頭を抑えた。
「そうですよ。だから、デビューなんかさせても、売れませんから」
聖君がものすごく冷めた声で、そう答えた。
「し、信じられない。この子、どう見ても、あなた見てうっとりしている単なるファンかと…」
し、失礼な。っていうか、そう見えても仕方ないかもしれないけど。
「なんか、ムカつくなあ。桃子ちゃんは、俺の奥さんですから」
聖君はそう言うと、私の隣にパイプ椅子を持ってきて、ドカっと座った。
「信じられないわ」
まだ、三木さんはブツブツ言っている。
「わかったら、三木さん、もう聖さんのことは諦めて」
籐也君がそう言っても、まだ、三木さんは顔を青くして、
「ああ、私の計画が丸つぶれ」
とかなんとか言っている。
なんなんだ、その計画って。まさか、聖君デビュー計画をもうすでに立てていたというのか。恐ろしい。
「俺、絶対に、歌手なんかになりませんから。家族もいるし、仕事も方向性が決まってきたし、そのうち伊豆に引っ越すし」
聖君がそう言うと、誰よりも花ちゃんが驚いていた。
「え?じゃ、桃ちゃんも伊豆に越しちゃうの?」
「まだだよ。まだまだ、先の話」
私は慌ててそう言った。花ちゃんはちょっとほっとしたけど、でも、
「いつかは、行っちゃうんだね」
と寂しそうな顔をした。
「そ、そうなの。じゃあ、いくら説得しても無駄…?」
三木さんは肩を落としてそう言うと、その辺にあった椅子に力なく座った。
「残念だけど、聖さんのことは諦めて」
籐也君がまたそう言った。
「は~~~。ものすごい人材を見つけたって、社長にまで言っちゃったのに」
「え?気が早すぎない?」
籐也君も、他のメンバーも苦笑した。でも、三木さんは笑わなかった。
「だって、こんなに揃っている人、なかなか出会えないわよ。籐也も、ものすごくカリスマ性はあるけど、聖君は稀に見るイケメンだし、歌もセクシーだし、ものすごい魅力を持ってるじゃない」
うん。それは、私も思う。
「年齢、性別問わず、魅了されるわ。私だって一目見て、魅了されたものね」
「そうなんだ」
籐也君はそう言ってから聖君を見て、
「まあ、わからなくもないけど」
と付け加えた。
「性格もいいからなあ…」
そう籐也君はつぶやくと、
「だから、芸能人になんかさせたくないけど、俺」
と、口元に笑みを浮かべ、そう三木さんに言った。
「どういうこと?籐也」
「世に出すのがもったいない。俺らだけの聖さんでいてほしいからな。ね?桃子ちゃん」
「え、う、うん」
いきなりふられて、びっくりしちゃった。でも、そんなの当たり前だ。芸能人になんかなっちゃったら、手が届かなくなっちゃう。
「さ、もう一回合わせない?」
他のメンバーにそう言われ、籐也君は、
「おう。聖さん、もう一回やろう」
とそう言って、ギターを持った。
聖君は椅子から立ち上がり、またマイクの前に立った。
ああ、また聞けちゃうし、セクシーな聖君が見られるんだ。
聖君が歌いだした。あ~~~~~。素敵。素敵過ぎちゃう!
うっとり。
聖君は、時々私を見た。目が会うたび、私はドキっとしていた。ああ、自分の旦那さんにドキドキしているのって、なんだか変。でも、ときめいちゃうものは、しょうがないよね。
隣で、花ちゃんもかっこいいねとため息をつき、後ろからは三木さんの、ため息も聞こえた。
「は~~~、もったいない」
というつぶやきも。
だけど、もったいなくたって、なんだって、聖君は、私の旦那さんなんだから、世のアイドルなんかにさせません。私だけのアイドルでいてもらうもん。
それもとびきりの、セクシーでかっこいいアイドル。
うっとりしながら、私は聖君を見ていて、また惚れ直しちゃってる自分に気がついた。
聖君、大好きだよ~~~!
家に帰る途中も、私は隣にいる聖君にまだ、目をハートにさせていた。ふわふわ夢心地。ああ、あの素敵なアイドルが真横にいる!なんて感じだ。
「ああ、三木さんが諦めてくれて良かった。今日、桃子ちゃんがいてくれて良かったよ」
「……」
「この前、もっとすごかったんだよ、あの人。食われるかと思うくらいの勢いで、デビューしない?歌手にならない?って言ってきてさ。さすがの俺もタジタジになって」
「……」
「あんな雰囲気の女性、もともと苦手だし」
「……」
「ねえ、聞いてる?桃子ちゃん…。って、目がどっか行ってる目だね。なんでまだ、ハートの目をして俺を見てるの?」
「だって、かっこよくって」
「へ?」
「聖君、かっこよすぎちゃって。私、なんだか」
「うん」
「また、惚れちゃったみたいで」
「自分の旦那さんに?」
私は目をうっとりさせながら、思い切りうなづいた。
「……えっと。電車の中だし、そういうのは家に帰ってからにしてね?桃子ちゃん」
「え?」
「俺、今、どんな反応もできないよ?」
「う、うん」
なんて言ってみたものの、まだ私はうっとりとした目で聖君を見て、勝手に一人でドキドキしていた。
ああ、私の旦那様って、なんてかっこいいのかしら!なんて思いながら。
私、ほんと、自分でも呆れちゃう。でも、しょうがないよね…。