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第124話 どんな聖君も

 翌日、11時に麻里ちゃんママがやってきた。

「お邪魔します」

 今日はなんだか、顔が明るい気がする。麻里ちゃんも、いつもよりご機嫌に見える。

 でも、リビングでクロを見て固まったけど。


「クロ、お店に行っててくれる?」

 私がそう言うと、お父さんが、

「大丈夫だよ?桃子ちゃん。この前もここにいたし」

とそう言った。


「でも、麻里ちゃんが…」

「麻里ちゃんも、徐々に慣れていくさ」

 お父さんがそう言うと、クロは一回立ち上がったものの、また凪の隣にごろりんと寝転がった。

「あ~~~~!」

 凪は嬉しそうに、クロに抱きついた。


 それを、麻里ちゃんは見ている。泣きはしない。どっちかって言うと、クロに興味を示しているようにも見える。

「クロ、麻里ちゃんのお守りもしてあげて」

 お父さんがそう言うと、クロはまた立ち上がり、麻里ちゃんママのそばに行った。


「え、ダメです。麻里、怖がる」

「麻里ちゃんママは、そういうふうに決めつけないで、麻里ちゃんがクロになつくよう、仕向けてみたらどうかな?」

 お父さんが優しくそう言うと、麻里ちゃんママは、

「あ、はい」

と素直にうなづいた。


 おや。聖君のお父さんの言うこと、聞くんだなあ。

 ここに、聖君がいなくて良かった。聖君だったら、けっこうストレートにきついことも言っちゃいそうだし。


聖君は、お店の手伝いをしている。今日は絵梨さんがシフトに入っていて、私はちょっと気が気じゃないんだけど。

 っていうのも、なんだかいまだに絵梨さんは、聖君に言い寄っているんだよね。いい加減、諦めてくれたらいいのになあ。でも、まだ何か、聖君との妄想劇を繰り広げてるみたいなんだよなあ。

 私が凪を抱っこしてお店に出ちゃうと、ついヤキモチを妬いちゃって、凪がそれに気がついて、ぎゃぴ~~って泣き出しちゃうから、お店にも出られないんだよね。


「麻里、クロ怖くないよ。ほら、麻里と仲良くしたいんだって」

 麻里ちゃんママはそう言ってから、クロの頭を撫でた。でも、ちょっと引きつっている。

 あ、まさか、麻里ちゃんママのほうが、犬嫌いだったりして?


「そうだよ、麻里ちゃん。ほら、凪もクロが大好きなんだ。麻里ちゃんもクロと遊ぼう?」

 お父さんがそう言って、凪を抱っこしてクロの背中にくっつけた。凪はクロに両手で抱きついて、嬉しそうに笑っている。


 それを麻里ちゃんは見て、クロに手を伸ばした。クロはそんな麻里ちゃんを優しく見て、じいっとしている。

 麻里ちゃんは、クロをちょっと触って、ぱっと手を引っ込めた。

「どう?クロ、怖くないでしょ?」

 お父さんが優しく笑いながら、そう麻里ちゃんに言った。


 麻里ちゃんは、お父さんを見てから、またクロに手を伸ばした。クロの背中では凪が、ペチペチクロの背中を叩きながら、うきゃきゃって笑っている。

 それを見て、麻里ちゃんもちょっと嬉しそうな顔をした。それから、クロの鼻先を手で触ってみた。


「くうん」

 クロがすごく優しい声を出した。それから、ベロッと麻里ちゃんの手を舐めた。うわ。麻里ちゃん、びっくりして泣くんじゃない?


「きゃは」

 あれ?笑ったぞ。くすぐったかったのかな。

 その笑顔を見て、麻里ちゃんママが誰よりも驚いていた。


「麻里ちゃん、クロ、可愛いでしょ?一緒に遊びたい?」

 お父さんがそう聞くと、麻里ちゃんは、ママの腕から抜け出したそうにした。

 驚いた。こんな麻里ちゃんは初めてだなあ。


「麻里ちゃんママ、マットの上に麻里ちゃん、座らせてあげて?」

 お父さんがそう言うと、麻里ちゃんママはうなづいて、麻里ちゃんをクロのすぐそばに座らせた。

 クロは静かに寝転がった。その横に座った麻里ちゃんは、クロの体を触っている。


 抱っこしていた凪を、お父さんはマットに寝かせた。凪はゴロゴロと寝返りをうちクロに近づくと、

「あ~~~う~~~」

と話しながら、クロの体に抱きついたり、ペチペチしたりしている。


 麻里ちゃんも、顔がほころびだした。クロの背中にすっかりもたれかかっている。

「麻里、平気なんだ…」

 麻里ちゃんママは、そんな光景を目を丸くして見ている。


「ね?案外あっさりとなついちゃったでしょ?」

「はい、驚きです」

「ママが、きっと怖がるから近づけるのをやめようなんて、勝手に思わないことだよ。子供の方は案外、興味あったりするんだからさ」

「はい、そうですね…」


 麻里ちゃんは、すっかりクロになついたのか、クロにもたれかかったまま、おしゃぶりまでしている。凪はさっきから、あ~う~、あ~う~、おしゃべりをしているけど。

 いったい、凪は何を言っているんだろうか。ね?犬も怖がらなくたって、大丈夫でしょ?とかなんとか、そんなことを麻里ちゃんに言っていたりして?


「これで、麻里ちゃんママ、ずいぶん楽になったね。時々うちに来て、クロにお守りをしてもらって、のんびりするといいよ。たいがい、凪ちゃんはここでクロにお守りしてもらってるからさ。一緒にクロに任せちゃったら?」

 お父さんがそう言うと、麻里ちゃんママはびっくりした顔をした。


「そ、そんなわけには。迷惑かけちゃうし」

「誰に?クロ?クロなら大歓迎だよねえ?」

 お父さんがそう言うと、クロは静かに尻尾を振った。

「いえ、みんなに…」


「ああ、うちの家族にってこと?気にしないでいいよ。その代わり、あんまり気遣いはできないかも。だから、麻里ちゃんママも、気を使わず来てくれていいからさ」

「……はい」

 お父さんがにこりと微笑むと、麻里ちゃんママは頬を染めた。


 うわ?まさか、惚れちゃったなんてことは、ないよね?

「お昼持ってきたわよ。あ、なんだ。爽太もいたの?リビングでお昼食べる?」

「うん。あ、受け取るよ」

 お母さんが、トレイに二人分のランチを乗せて、運んできてくれた。それをお父さんが立ち上がり受け取った。


「じゃ、爽太のも作ってくるわね。あ、桃子ちゃんと麻里ちゃんママは、何を飲む?」

「私、冷たいお茶でいいです」

 私がそう言うと、麻里ちゃんママもそれでいいですと小声でそう言った。

「わかったわ」


 お母さんは優しく微笑むと、お店に戻っていった。

「綺麗な奥様ですよね」

「へ?ああ、くるみ?」

 お父さんが麻里ちゃんママの突然の言葉に驚いた。


「はい。奥様の方が年上ですか?」

「うん。年上だけど…」

「仲いいんですね」

「あ、まあね。仲いいよ?」

 お父さんはにこっと微笑んだ。


「秘訣、教えてください。夫婦仲がずっといい秘訣」

「そうだなあ~。何かな~~~」

 お父さんは腕を組んで悩みだし、

「ないかなあ、秘訣なんて」

とぼそっとそうつぶやいた。


「え?ないんですか?じゃ、どうしてずっと仲いいんですか?」

「さあ?理由なんかないけど。まあ、しいて言うなら…」

「はい」

 麻里ちゃんママが、真剣な顔をしてお父さんを見た。


「あまり、期待しないで、ありのままを好きでいることかな」

「え?」

「それと、俺も、あまり頑張りすぎないで、素でいるかな」

「素って?」


「だから、ありのままでいるってこと。こうなって欲しい、ああなって欲しいとか、こうならないと、ああならないとって、思わないことだよね」

「期待しないって、なんにも期待しないんですか?」

「うん。期待するから、がっかりしたり、期待されるから、大変なんだよ。あるがままを受け止めたら、それでいいと思うよ?」


「夫の、あるがままですか?でも、やっぱり、こうして欲しい、ああして欲しいって思っちゃいます。特に、聖君と比べちゃって…」

「聖と?比べる必要なんてないんじゃないの?」

「でも…。桃子ちゃんが羨ましくって。優しくて、かっこよくて、子煩悩な旦那さんで、本当に羨ましい」

 麻里ちゃんママがそう言って、顔を暗くした。


「……う~~ん。でも、案外、聖の素を知ったら、麻里ちゃんママ、がっかりしたり、嫌になったりしてね?」

「え?」

 麻里ちゃんママは、お父さんの言う言葉に驚いたようだ。また目を丸くして、お父さんを見た。

「だけど、桃子ちゃんは、どんな聖も愛しちゃってるから、だから、仲いいんだよね?ね?桃子ちゃん」


「え?!」

 いきなり、お父さんにそう言われ、私は真っ赤になってしまった。

「あ、あ、はい、そ、そうですね」

「あはは。真っ赤だ、桃子ちゃん」

 お父さんが、大笑いをした。ああ、そんなところ、聖君に似てるよね。


「どんな聖君も?」

 麻里ちゃんママは、また、暗い顔をした。

「え?うん」

「そうなんだ。そんなふうには私、とても思えないかな」

 あ、ますます顔が暗くなっちゃった。


 それから、お昼を食べ終わると、麻里ちゃんが眠いのかぐずりだして、麻里ちゃんママは麻里ちゃんと帰っていった。


「クロになついてくれて、よかったね」

「はい。でも、なんだか、麻里ちゃんママ、暗くなってましたね」

「ああ、大丈夫だよ」

 お父さんはそう言ってにこりと笑うと、

「食器、片付けてくるね」

と、みんなの食べ終わった食器を持って、お店に行った。


 旦那さんと聖君を比べていたのかあ。私は、聖君を誰かと比べることはないなあ。だって、本当にどんな聖君も大好きだから、比べようがない。もし、比べたとしても、

「聖君が1番」

って思っちゃいそうだ。


 なんで、こんなに私、聖君が好きなのかなあ。

 なんて、聖君のことを思っていると、聖君がお昼を食べにリビングにやってきた。

「も~~も~~こちゅわん」

 あ、なんて可愛い顔でやってきたんだろう。


「こっちで、お昼食べたら、ちょっと休んでいいって」

「混んでいないの?お店」

「うん!」

 また、思い切り可愛い笑顔でうなづいて、

「いただきます」

と聖君は嬉しそうにご飯を食べだした。


「うめっ!」

 ああ、本当に美味しそうに食べるよねえ。そんな顔も大好きだなあ。

「聖君、あごにご飯粒ついてるよ」

「え?取って、桃子ちゃん」

 あ、甘えん坊モードだ。可愛い。


「はい」

 ご飯粒を取ってあげた私の手を、聖君は掴んでそのまま、ぱくっと口に入れた。

「え?」

「ひつ粒のお米も残しちゃいけませんよって、教えられたから」

「だ、誰に?」


「なんちゃって」

 あ、冗談だったのか。もう~~~!ああ、顔がほてっちゃうよ。

「あはは、真っ赤だ、桃子ちゃん」

 ほら、こうやって笑うところは、お父さんに似てるよね。


「ね、麻里ちゃん、今日クロにすっかりなついちゃったんだよ。ね?凪」

「あ~~~」

 凪はまだ、クロの背中に乗っかる勢いで抱きついている。


「へえ、そうなんだ。怖がらなくなったんだ」

「うん。麻里ちゃんママが一番驚いてた」

「じゃ、うちに来ても、クロにお守りしてもらえるし、楽になったんじゃない?」

「うん。お父さんもそう言ってた」


「麻里ちゃんママ、父さんに惚れてる感じだった?」

「え?」

「どう?」

「う~~ん。顔赤くなってたけど、どうかなあ」


「…ま、いっか。父さんが浮気するわけもないしね」

「…一回もないの?」

「え?あると思う?」

「ううん」


「父さん、母さんに今でもぞっこんだからなあ」

「ぞっこん?」

「俺が桃子ちゃんに夢中なのと一緒!」

 あ、ご飯食べているのに、抱きついてきた。


「いちゃついてないで、ちゃんと食えよ。聖」

「……父さん!だから、いつもなんだって、タイミング…」

「わかった。今すぐ2階に行くから。じゃあな!」

 お父さんはそう言って、軽快に階段を上っていった。


「あれさあ、わざとタイミング狙ってるんじゃないの?」

「さ、さあ?」

「ちぇ~~~。ご飯さっさと食って、俺の部屋行こう、桃子ちゃん。そうしたら、邪魔されずに済む」

「凪は?」


「連れてくよ?ベッドに寝かせるから。って、もう寝そうだね」

 聖君が凪の顔を見てそう言った。あ、本当だ。目をトロンとさせ、指しゃぶりを始めている。

 聖君はまた、ご飯を食べだした。私はそんな聖君と凪を交互に見ていた。

 凪は、クロが隣にいるから安心しているのか、そのまま寝ちゃいそうだ。


 最近、眠いからってぐずることもない。知らない間に寝ていてくれることすらある。本当に、手のかからないいい子なんだよね、凪って。


「寝たよ、聖君」

「あ、本当だ。めちゃ可愛い寝顔だ」

「可愛いね…」

 しばらく、聖君と凪の寝顔を見つめた。それから、聖君と目を合わせた。


「天使だね?」

「うん。天使だね…」

 二人して、同時に幸せを噛み締めた。子供の寝顔っていうのは、どうしてこうも癒してくれるのか。


「ねえ、桃子ちゃん」

「え?」

「俺、大事な人を大事にしていくって、そう言ったじゃん?」

「うん」


「でもさあ、俺がものすごく大事にされてるなって、最近本当に感じるんだ」

「お母さんやお父さん?」

「それから、桃子ちゃんからも」

「私?」


「うん。めちゃ愛されちゃってるなって、思うもん、俺…」

「…うん」

 そう言われると、なんだか照れくさいかも。でも、めちゃ愛しちゃってるけど。

「それから、凪にも」


「え?」

「凪の醸し出すこの可愛い空気っていうか、存在そのものが俺には宝なんだけどさ」

「うん」

「凪の存在って、俺を癒してくれるし、それに凪って、俺や桃子ちゃんを無条件で愛してくれてるって、そう思わない?」


「……うん。思う」

「嬉しいよね。俺をパパとして選んで生まれてきてくれたんだよなあ」

「凪が選んで?じゃ、私をママとして選んで来てくれたんだ」

「うん、そうだよ」


「……」

 じわ~~~。今、なんだか、目頭が熱くなった。

「あ、桃子ちゃん、泣きそう…」

「だって、嬉しくなって」

「あはは、嬉し泣き?もう~~。桃子ちゃん、可愛いんだから」


 聖君が抱きしめてきた。

「俺さ、母さんを選んで母さんの子になった。父さんは血のつながりがないけど、でも、やっぱりもしかすると俺が父さんとして選んだのかもしれないって思うんだ」

「……うん」


「父さんと母さんを引き合わせたのは、本当に俺かもしれないなんて、思ったりもする」

「キューピット?」

「ああ、うん。それだ、それ」

 聖君はクスッと笑うと、

「愛のキューピットだな」

とそうつぶやいた。


「じゃ、凪も?」

「うん、凪も」

「そうかもね」

「でね、桃子ちゃん」


「うん」

「これは、恥ずかしいから、父さんや母さんにはなかなか言えないけど、俺、母さんと父さんを選んで本当に良かったって、まじで思ってるんだ」

「うん」


「だからさ、凪にも、いつかそう思ってもらえたらいいなって…。だから、いいパパでいないとね?」

「ええ?そんなの、凪が思うに決まってるじゃん。もう、絶対確実に、聖君をパパに選んで大正解って思うよ」

「……そっかな」

「うん。私も思ってるもん。聖君が旦那さんで、大正解って」


「あはは。桃子ちゃん、俺に惚れすぎ~~」

「…聖君は?」

 抱きしめてきた聖君に、思わず聞いてみた。


「ん?」

「私が奥さんで…」

「大正解に決まってるでしょ?そんなの言わなくたって、わかりきってるでしょ?」

「……ありがと」

「なんでお礼?」


「だって…」

「あ、桃子ちゃん、また泣いてる?」

 聖君は抱きしめる手を緩めて、私の顔を覗き込んだ。

「嬉し泣きだから」

「あはは。まったくもう~~~」


 ぎゅうって言って、聖君が抱きしめてきた。

 私って、本当に幸せだ。だって、大大大好きな聖君に、こんなに思ってもらえてるんだもん。

「聖君」

「ん?」

「大好き」


「俺も!」

 しばらく二人で抱きしめ合った。隣から、凪のすうすうって可愛い寝息と共に、クロの寝息まで聞こえてきた。

 こんなに幸せでいいのかな?ううん。いいんだよね。


 聖君と一緒にいたら、私はいつだって、幸せでいられる…。そんなことを私は思っていた。




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