第123話 あったか榎本家
オリジナルグッズを、聖君と一緒に考えて、出来上がってきた。コーヒーカップのペア、それに可愛いスプーンのペアもつけた。
これは、お店でも置くことにした。そのうち、お店でオリジナルグッズとして販売をしてもいいね、なんて話も出ている。
なんだか、そんなことを考えていたら、
「オリジナルグッズもっと、考えても面白そうだよね」
と聖君が言い出して、マグカップ、コースターや、ガラスのコップ、ランチョンマット、などなど、キリがないほどアイデアが出てきた。
「この雨の雫のデザインを入れたエプロンも考えてみようかな」
「お店でみんながつけるの?」
「うん。可愛いと思わない?」
「可愛い!」
「色はやっぱり、黒かな」
「うん。聖君、黒のエプロン似合うもん」
「俺?俺が基準?」
「もちろん!!!!」
「……」
あ、今、何気に呆れられた?
「桃子ちゃんを基準にして、ピンクなんてどう?」
「ピンク?!」
ピンクのエプロンをつけた、聖君。うわ!想像しちゃった。なんだか、可愛くなっちゃうかも?いや、かなり怪しい?
「桃子ちゃん、戻ってきて。なんか、変な妄想してる?」
「…ピンクは、聖君、可愛くなりすぎるから、やっぱり黒がいい」
「あ、俺の妄想なわけね?」
「うん」
「…もう、桃子ちゃんったら、俺に惚れすぎ!」
あ、抱きしめてきた。
「うきゃ!」
隣でクロとじゃれあっている凪が、なぜか喜んでいる。パパとママが仲いいと、やっぱり嬉しいのかなあ。
でも、目線が私たちよりも後ろ?
「あ!」
振り返ると、お父さんが面白い顔をして立っていた。ああ、この面白い顔を見て笑ったのか。
「いつから父さん、いたんだよ?!」
「さっきから。桃子ちゃんは、ほんとお前に惚れてるよね」
「き、聞いてるなよな!仕事してたんじゃないのかよ」
あ、聖君、照れてる。
「一息着こうと思って、下りてきたんだよ。見られて困るなら、リビングでいちゃつくのはやめたら?」
「い、いいだろ。夫婦なんだから、どこでいちゃついたって」
「じゃ、どうどうといちゃついてたら?ま、いいけどさ。それより、これ?結婚式の引き出物」
「うん。出来上がったのを、送ってきてくれた。どう?店でも使う予定なんだけどさ」
「いいね。くるみも見た?」
「見せた。喜んでた」
「やっぱり?こういうのあったら、面白そうってずいぶん前に言ってたから。で、デザインを俺、頼まれてたんだけど、仕事忙しくってほっておいて、そのまんまになってたし」
「そうなの?父さん、けっこう母さんのこと、ほっておくよね?」
「…そ、そんなことはないけどさ!」
あ、お父さん、慌ててる。いつ見ても面白い親子だよなあ。
ううん。親子っていうよりも、友達か兄弟かな。お父さん、本当に若いんだもん。二人で歩いていても、親子には見えないもんね。
それも、お父さんの同級生っていう人がこの前来たけど、お父さんのほうがずうっと若かった。見た目、実年齢より若く見えるよね。
凪を抱っこしてると、絶対親子に見えるもん。誰も、孫だなんて思わないもんねえ。
「こっちの絵は何?あ、面白いじゃん。コースターや、ランチョンマット?」
「オリジナルのものをあれこれ考えてたんだ。エプロンも揃えて作ってみてもいいんじゃないかなって思ってさ」
「あ、いいかも!さすが、聖。お前、こういうセンスあるもんなあ」
「そっかな」
「雨の雫の絵もお前が考えたの?可愛いよなあ」
「ああ、それは、桃子ちゃんのアイデア」
「え?そうなんだ。桃子ちゃんもセンスあるね!」
「え?そ、そんなことないです。色あいとかは聖君のアイデアだし」
「二人で考えたデザイン?いいね。夫婦共同作業だね」
「……」
お父さんにそんなことを言われて、私と聖君はなぜか、照れ合ってしまった。
「凪ちゃん、抱っこしていい~~?そのために俺、下りてきたんだ」
「え…。いいけどさ」
聖君がちょっと顔をしかめた。でも、凪はお父さんに抱っこされて、思い切り嬉しがっている。
「きゃきゃきゃきゃ」
お父さんが高い高いをした。凪、思い切り笑ってるなあ。
「凪ちゃんは、ほんといつもご機嫌だよね。この前来た、麻里ちゃんだっけ?あの子はいつも、泣きそうな顔してるけど」
「お父さんも、麻里ちゃんに会いましたっけ?」
私が聞くと、お父さんはもう一回凪を高い高いして笑わせてから、
「聖と桃子ちゃんがいない時にも、一回店に来たんだよ。あんまり暗い顔してたから、リビングに上がってもらって、話聞いたんだけどさ」
「え?父さんが?」
聖君がびっくりした顔をした。
「うん。凪ちゃんのこと見てた時だったから、リビングにあがってもらったんだ。なんか、思いっきり、落ち込んでいたよなあ。そういうのって、子供にも伝わるよね。麻里ちゃん、すごく不安気な顔してた」
「…ど、どんな話をしたんですか?」
私は気になり、聞いてみた。きっと、私と聖君が、緑川さんに会いに行った日だよね?ずっとあれ以来、麻里ちゃんママには会っていないんだよね。誘っても、うちにも公園にも来ないし。
「どんなって、なんてことのない話だよ?麻里ちゃんが夜泣きで大変だって言うから、聖も夜泣きしたけど、ドライブに行くと泣き止んだとか、そんな話」
「…ドライブ?」
「私もしてみますって言ってた。それから、もう一回顔を出したけど、かなり元気そうになってたな。自分の気分転換にもなるから、昼もドライブ楽しんでいますってさ」
「あ、じゃあ、それで、公園にもうちにも来ないんでしょうか。最近、日菜ちゃんは来るけど、麻里ちゃん、ずうっと顔を見ていなくって」
「うん、そうじゃないかな。それと、他の子と麻里ちゃんも比べちゃうから、辛いって言ってたしね」
「比べるって何を?」
聖君がきょとんとして聞いた。
「他の子は、ママから離れても大丈夫じゃない。麻里ちゃんはずっとひっついてるから、そういうのもかなり、心配してるみたいだよ」
「でも、それってさあ、お母さんの精神状態が安定してないからなんじゃないの?」
聖君がそう聞くと、
「だけどね、そんなこと面と向かって本人には言えないだろ?」
とお父さんは、柔らかくそう言った。
「う…。そう?俺、言っちゃいそう。よかった。その場に俺いなくって」
「だな。お前、ストレートだもんな」
「…父さんが相談に乗ってあげてよかったかもなあ。俺じゃ、傷つけたかもしれないよなあ」
「子育てはかなり、ナイーブになるからね。特に麻里ちゃんママの場合、実家が遠くてなかなか帰れないみたいだし、旦那さんは仕事忙しいみたいだしね。ほとんど一人で、育ててるようなものだからなあ」
「じゃ、もっと頻繁にうちに来てたらいいじゃん。うちなら、誰かしらいるし、クロもいるし、麻里ちゃんが一人増えたところで、困りもしないだろうし」
「………、なるほどね。お前、ほんと、楽天家だよね」
お父さんはそう言うと、笑い出した。
「なんだよ。なんで笑うんだよ」
「桃子ちゃん、麻里ちゃんママに会ったら、そう言ってみて。もし、来づらくなってるんだったら、俺がまた相談に乗るって言ってたよって言ってあげて?」
「はい」
お父さんは、抱っこしている凪のほっぺにキスをしてから、プレイマットに寝かせると、
「くるみに濃いコーヒー入れてもらおうっと」
とニコニコ顔で、お店に出て行った。
「でも、ちょっと心配だな。父さんが、あんまり相談に乗ってあげるってのも」
お父さんがいなくなってから、聖君はぼそっとそんなことを言った。
「え?なんで?」
「…前にね、店に来てたバイトの子の相談に父さん乗ってあげてて、その子、父さんに惚れちゃって」
「へ?」
「父さん、けっこう若く見えるし、イケメンだし。まあ、母さんもいるから、どうなるでもなかったんだけどさ。その子、すぐに辞めちゃったしね」
「……そんなことあったんだ」
「見た目、優しいし、雰囲気も優しいじゃん?父さん」
「うん」
「で、優しい言葉なんかかけたりしたら、傷心持ちの女の子はグラッときちゃうみたいでさ」
「わかる気がする」
「え?まさか、桃子ちゃんも父さんにグラッときたことあんの?!」
「ない」
「……即答だね」
「もちろん。だって、聖君だけだもん。私がグラッとくるのって」
そう言うと、聖君がまた、
「桃子ちゃん!俺に惚れすぎ!」
と言って、抱きついてきた。
「あ、またいちゃついてた。バカップル」
「…だから、なんだってそうタイミング悪く父さんは、やってくるのかなあ!」
聖君はそう言って、一回私から離れたのに、また抱きついてきて、
「早く2階に行けば?俺ら、まだいちゃついていたいから、邪魔すんなよ」
とお父さんに言った。
「はいはい。どうぞ、イチャついてください。俺はさっさと退散するから」
お父さんはそう言って笑いながら、マグカップを持って2階に上がっていった。
「ねえ、麻里ちゃんママが、お父さんに惚れちゃったらどうしよう」
私は心配になって、抱きついている聖君に聞いた。
「大丈夫。父さん、母さん以外の女性、まったく興味持たないから」
「すごいね。結婚何年目?まだまだ、仲いいなんて」
「え?俺らだって、何年経っても、ずうっと仲いいよ?絶対に」
聖君はそう言うと、私を抱きしめてきた。
「ね?ずっと俺に惚れてる桃子ちゃんでいるよね?」
「もちろん!」
そう言って私も聖君を抱きしめた。
「じゃ、お父さんはいまだにお母さんに惚れてて、お母さんもお父さんに惚れてるの?」
「うん。見てわかんない?」
「たまに、仲いい光景を目にするけど」
「あの二人はね、二人きりになった時の方が、よりいちゃついてるの。部屋でどんなにいちゃついてるか、俺も知らないけどさ。母さんが父さんにべったりで、甘えてるらしいから」
「そういうの、信じられない。だって、いつもはお母さん、お父さんがべったりしても、冷たくあしらってるように見えるし」
「でしょ?でも実は、母さんの方が甘えん坊なんだ」
「ふうん…」
「デへ」
デへ?
「俺の甘えん坊って、もしかして母さん似かな?」
そう言って、聖君は、私の髪に頬ずりをした。
そうなのかな?お母さんがお父さんに甘えているのってあまり見たことないからわかんないけど、でも、甘えん坊の聖君がかわいくって、私は思い切り聖君を抱きしめてしまった。
「あ~~~~~、う~~~~~」
寝返りをしながら、凪が聖君の足元まで来て、聖君の足をぺちぺちしている。
「凪、パパに甘えたいの?もう、凪の甘えん坊はパパ似かな?」
そう言って、聖君は私を抱きしめていた手を離し、凪を抱っこした。凪は嬉しそうに聖君の頬をペチペチしている。
「あ~~~」
「凪のことも、大好きだよ~~~~」
聖君はそう言うと、凪の髪に頬ずりをした。
ああ、ほんと、榎本家って平和だよなあ。
その日の夜、早速私は麻里ちゃんママにメールした。明日遊びに来ない?お父さんが相談があったらまたいつでも乗るって言ってたよ。そんなことを書いた。
するとすぐに返信があった。
>本当にいいのかな。
>いいよ。聖君も、いつでもうちに来て、遊んでいったら?って言ってた。
>ありがとう。明日、伺わせてもらうね。
良かった。家で、麻里ちゃんとずっと二人きりじゃ、気が滅入っちゃうよね。
子供って、本当に可愛い。でも、子供と二人きりになっていると、世間というか、世界から切り離されたようなそんな感覚になりそうだ。
私は、いつでもたくさんの人に囲まれているし、お店に出るとお客さんもいるし、気分も変わるし、困ったこともいつだって、お母さんやお父さんに相談できるし、そうしたらいつでも、安心するようなことを言ってくれるし。
だから、子育てで悩むこともないんだけど、一人だったらそうはいかなかっただろうなって、本当にそう思う。ずっと、一人で悩んで、落ち込んでみたり、後悔してみたり、くら~~くなっていそうだ。
「凪~~~~」
横で聖君が、凪をあやしてデレデレになっている。そんな二人にジェラシーすら感じるけど、まったく子供に関わってくれなかったとしたら、どうしていただろう。
いつも別々の部屋で寝るなんて、寂しすぎて、おかしくなっていたかもなあ。
私は思わず、聖君の背中に抱きついた。
「ん?」
「甘えてもいい?」
「甘えん坊桃子ちゃん?」
「うん」
「デへ」
あ、にやけた?
「俺、凪にも桃子ちゃんにも思い切りもてちゃって、困っちゃうなあ」
ああ、そんなことを言う聖君が可愛い。本当は、ほかの女性からも、思い切りモテまくってるくせに。
「凪も、桃子ちゃんも大大大大大好き~~~~!」
聖君は、凪を抱っこしたまま、こっちを向いて、私にキスをしてきた。
「うきゃきゃ!」
なぜか、凪が喜んでいる。
「あはは。凪はママとパパが仲いいと、喜ぶよね?」
そう言うと、聖君は凪のほっぺにもキスをした。
「聖君って、凪のほっぺなんだね。キス」
「え?」
「唇にはしないよねえ?」
「ああ、うん。一応ね。ファーストキスは、凪が大好きになる男性のためにとってある」
「え?」
びっくり。凪のファーストキスの相手は、俺だ~って、言い出しそうなのに。
「俺のファーストキスはどうやら、母さんだか、父さんだかにあげちゃったみたいだけどさ。本当は俺、桃子ちゃんがファーストキスの相手だったらよかったのにって、思ったのにさ。だから、凪にはとっておいてあげるんだ」
「……ご、ごめんね?」
私のファーストキスも、聖君じゃないよ。
「ああ、幹男のこと?ま、しょうがないよな。あいつからキスしてきたんだろ?」
「うん」
「って、俺の場合も、勝手に母さんや父さんがしてきたんだから、不可抗力だよなあ」
「あと、絵梨さんも?」
「…あ、忘れてた。そんなこともあったんだっけ?でも、それも不可抗力。俺からじゃなくって、あっちが勝手にしてきたみたいだし」
「………。絵梨さんが聖君の唇、奪っちゃったんだもんね」
「そういう言い方は、ちょっと…」
聖君が顔をしかめた。
「あ!」
「何?桃子ちゃん」
「ううん。なんでもない」
これは絶対に絶対に言わないほうがいいね。
「何?桃子ちゃん」
あ、聖君、何かを察して私の顔、じっと見てる。こ、困った。これは言うまで、しつこく聞いてくるパターン…。
「あ、あのね?怒らないでね」
「何?桃子ちゃん。まさか、ほかにも誰か。あ、桐太のこと?」
「ううん、私じゃなくて、凪…」
「え?凪が何?」
「も、もう、ファーストキス…」
「え?凪が?誰かと?あ!!!まさか、父さんが?!!!」
「ううん」
「じゃ、じいちゃん?」
「ううん」
「桃子ちゃんが奪っちゃった?」
「ううん!そうじゃなくって」
「じゃ、誰?」
「い、伊豆で、隣で寝てる時、そ、空君に」
「空?!空が、凪の唇奪ったのかっ!」
うわ。やっぱり、怒った~~~。
「違う。正確には、凪が空君の唇奪ってた」
「………へ?」
「寝てる空君にくっついていって、ぶちゅ~~~ってしてた」
「…うそ」
「だから、空君のファーストキスを奪っちゃったの。あ、空君は気づいてないけど。春香さんが、もう空の唇奪われちゃったって言って、笑ってた」
「……凪から?」
「う、うん」
「まじで?」
「うん」
「………。あ~~~、凪、そんな子にパパは育てた覚えはありましぇんよ」
聖君はそう言って、凪に顔を近づけた。
「きゃきゃきゃ」
凪は聖君の顔をぺちぺちした。
「凪、空君の顔もよくペチペチしてた。多分、愛情表現だよね?」
「…凪、空に惚れたの?」
「かもね」
「この年で彼氏できたのかよ~~~」
聖君が、うなだれた。面白いなあ。
「空が俺のライバルか」
いや。ライバルっていうのもおかしいかと…。
凪は嬉しそうにまだ、聖君のほっぺをペチペチしている。将来、凪のファーストキスの相手は、空君なんだよって言ったら、凪はどうするかなあ。
そんな話をするのも、あと何年したらかな。なんて、そんなことを思いながら、聖君と凪を見た。
きっと凪は聖君にとって、いつまでたっても可愛い可愛い娘なんだろうな。
その日、なぜかなかなか寝てくれなかった凪。でも、凪の笑顔と笑い声に、私も聖君もいっぱい癒されていた。