第122話 可愛い聖君
伊豆から帰ってきた。帰る日、おじいさんもおばあさんも、春香さんや、櫂さん、そしてまりんぶるーのクロも寂しがっていた。
凪と空君だけは、お別れになるってことをわかっていないのか、いつものようにあ~う~機嫌よく話すだけだった。
帰りの車に乗ると、凪はいつものようにすぐに寝ちゃったしなあ。
「今度空君に会ったら、凪、覚えてるかな」
「忘れてるんじゃないの?」
あ、聖君、意地悪なこと言ってる。
「今度って、お正月?」
「結婚式でしょ?俺らの」
「あ!!そうだった!」
「もう、桃子ちゃん、忘れないでね」
そうだった~~~!!
そんな会話をしながら、私たちは江ノ島に帰ってきた。
杏樹ちゃんとやすくんは、二人だけで電車で帰った。伊豆でかなり距離が縮まったのか、帰る日には、前よりもくっついていたなあ。ずっと二人で話してて、二人の世界を作っちゃってたし。
お母さんとお父さんは、お店の準備もあるしって言って、1日早く電車で帰った。でも、この二人も仲睦ましくって、
「今夜は、くるみと二人きりだね」
「そうね。夜はディナーでも食べに行く?」
「帰ってきてからワインでも飲んで、店で踊る?」
なんて、話しているのが聞こえちゃった。
「また、踊るのかよ」
その会話を聞いて、横で聖君がそうつぶやいた。でも、呆れたっていう顔をしながらも、二人が仲がいいのは嬉しいようだ。って、当たり前だよね。ご両親が仲がいいって、やっぱり子供にとって嬉しいもん。
だから、凪もいっつも嬉しいはずだ。
凪は本当に落ち着いている。でも、そうじゃない赤ちゃんは、いるんだなあ。
伊豆から帰ってきた次の日、さっそく麻里ちゃんママと、日菜ちゃんママがれいんどろっぷすに遊びに来た。
麻里ちゃんは、前よりもさらにお母さんにべったりになっていた。
「聖君のおばあさんの家に行ってたんでしょ?気を使って大変じゃなかった?」
麻里ちゃんを抱っこしたまま、麻里ちゃんママが聞いてきた。
「うん。全然気なんて使わなかった。みんな優しいから」
そう言うと、麻里ちゃんママは、疑いの目で私を見た。
「聖君のお母さんとお父さんも、会うといつもにこやかだけど、いつもそうなの?」
日菜ちゃんママがそう聞いてきたので、私は思い切りうんってうなづいた。
「いいねえ。旦那さんはあんなにイケメンで、ご両親も優しいなんて」
日菜ちゃんママがそう言うと、麻里ちゃんママはもっと顔をしかめてしまった。
そんなお母さんに反応したのか、麻里ちゃんがぐずりだした。
「麻里、夜泣きひどいんだ。もう、最近寝不足で大変なの」
「旦那さんは?」
「仕事に影響出たら嫌だからって、別の部屋で寝てる」
「そっか。まあ、うちも平日は旦那、別の部屋だけどね」
「え?そうなの?」
「うん。日菜も、何度か起きてぐずるから、隣で寝てると、ぐっすり寝れないんだって」
そ、そうなんだ。旦那さん、別々の部屋で寝てるんだ。
「聖君って、子煩悩なんでしょ?本当に羨ましい」
日菜ちゃんママがそう言うと、麻里ちゃんママは、暗い顔をしてしまった。
なんだか、思い切り悩んでいたりする?それとも、落ち込んでる?
昼ごはんも食べていってね、とお母さんがリビングに言いに来てくれた。でも、麻里ちゃんが思い切りぐずりだし、麻里ちゃんと麻里ちゃんママは先に帰っていった。
「大変だ。麻里ちゃんのママ」
ぽつりと日菜ちゃんママがそう言った。
「え?」
「旦那、本当に子供の世話、全然してくれないんだってよ」
「なんで?」
「仕事忙しいっていうのもあるみたいだけどね。大丈夫かなあ、彼女」
「…麻里ちゃんのママ?」
「今日、ようやく出てきたけど、ずっと誘っても公園にも、うちにも来なかったの。家にこもりっきりだったんだよねえ」
うわ。そうなんだ。
「桃子ちゃん、これからはいっぱい麻里ちゃんママも誘ってあげてくれない?」
「うん」
日菜ちゃんママはにこっと微笑んだ。日菜ちゃんママは、そういうの気遣える人なんだなあ。
日菜ちゃんと凪は、プレイマットで好き勝手に遊んでいる。麻里ちゃんが帰っていってから、クロもリビングに戻ってきて、日菜ちゃんとも遊んであげているし。
日菜ちゃんは、犬を怖がることもなく、クロの耳を引っ張ったり、クロの体に寝返りをして体当たりしたり、凪をうわ回るくらいの、おてんばぶりだ。でも、クロは怒ることもなく、おとなしくしている。ほんと、えらいよなあ、クロって。
凪はというと、ずっとご機嫌だ。クロの鼻先をぺちぺちしたり、あ~~う~~と言いながら、クロの体を撫でてみたり、抱きついてみたり。
クロは、そのたび優しい顔つきをする。クロも凪のことが大好きなんだろうなっていうのが、見て分かる。
聖君は、伊豆で思い切り満喫したせいか、超元気だ。お店でも張り切って仕事をしている。
「いらっしゃいませ!」
いつもの爽やかさを倍にしたような爽やかさで、お客を出迎える。伊豆でまた黒くなった聖君は、笑顔を見せると、綺麗な真っ白な歯が眩しいくらいだし。
来た女性客は、その聖君をうっとりとして見る。目がハートになっていたり、頬が赤らんでいるのがわかるくらいだ。
「聖君、伊豆に行ってたの?焼けたね」
常連客の奥様がそう聞いた。
「はい。思い切り毎日のように泳いでいたから」
にこりと微笑みながら、聖君は答えた。
その笑顔に、私ですらクラっときた。
あの笑顔は、女性のハートを鷲掴みにする。だから、あんまりほかの人には見せないで欲しいんだけどなあ。
そうなんだよね。最近、奥様方が増えているんだよね。20代、30代、40代の奥様までが、聖君目当てできているようだ。
結婚してるとわかってからは、若い10代のお客さんはぐっと減った。でも、結婚していようが、奥さんがいようが、目の保養になるから聖君を見に来てるの、っていう奥様方が急増している。
そんな奥様方は、けっこう遠慮なく聖君に話しかけ、会話を楽しんでいるようだ。
相手は奥様だ。結婚をしているんだ。って頭でそう思っても、やっぱりヤキモチ妬いちゃうんだよね。私…。
ああ、そんな笑顔を見せないで。そんなに優しく話しかけないで。そんなに爽やかでいないで~~!とか、つい思っちゃうんだ。
だけど、そんな私の気持ちに敏感に凪が反応するらしく、私が妬いていると、びえ~~って泣き出してしまう。お店でもそうだと、さすがに聖君も困るらしく、
「凪、大丈夫。大丈夫だから」
とすぐにやってきて、凪を抱っこしてリビングに行き、
「クロ、凪のお守り、よろしく」
とクロの横に置いて、さっさと店に戻ってしまう。
「桃子ちゃん?」
店のカウンターで、凪を抱っこしていた私は、聖君に凪を連れて行ってもらい、手持ち無沙汰になっていた。
「今、お客さんに妬いた?」
聖君は私の横に来て、小声で聞いた。
「うん」
ばれちゃったか。
「店、そんなに混んでいないし、凪とリビングにいていいよ?」
「私、ここにいないほうがいい?」
「……そんなことないけど。でも、妬くようなことなんにもないし、リビングで安心してのんびりしてて?」
「うん」
私はとぼとぼと、リビングに行った。あ~~あ。確かに、妬いちゃうんだけど、でも、それよりも聖君のさわやかな姿を見ていたかったなあ。
リビングに行くと、凪はすでにクロとの遊びに夢中になっていた。クロは、尻尾をフリフリして、遊ばせていた。
「あ~~~、う~~~~~」
凪、超ご機嫌だなあ。
私はソファに座って、ぼけら~~っとしていた。家事も済んだし、お店の忙しい時間帯も終わったし、暇だ。
すると、お父さんが2階から下りてきた。仕事、一段落着いたのかな。
「う~~~~~ん!疲れた。凪ちゃん、散歩に行かない?外、日が陰ってきたし」
え?嘘。もっと私、暇になっちゃう。
「私と、クロもいいですか?」
そう聞くと、お父さんは「もちろん」と言ってくれた。
そして、お父さん、私、凪、クロで散歩に行くと、聖君が、ぶ~~たれてしまった。
「ずるい。桃子ちゃんと凪連れて、散歩だなんて」
「お前は、いつだって、一緒にいられるんだからいいじゃん」
お店に戻ってきてから、お父さんと聖君はそんな会話をしている。
そして、そんな日は決まって、夜のお風呂の時間、聖君は、
「桃子ちゃんのいけず~~」
と言って後ろから抱きつき、甘えてくる。
「俺だって、行きたかったよ。散歩」
「じゃあ、明日行こう」
「絶対だよ?」
「うん、約束」
「むぎゅ~~~」
あ、思い切り抱きしめてきた。
そんな聖君が、思い切り可愛いなあ。
凪は、あっという間に寝てくれた。そのあとは、聖君を私は独り占めできる。
っていうか、どっちかって言うと、聖君のほうが、私にべったりしている気もしないでもないんだけど。
「大学始まったら、こんなに一緒にいられないんだなあ」
「うん」
「だから、今のうちに、べったりしていようっと」
可愛いなあ。
「お店、奥様達が増えたよね」
「そうだね。客層変わったかもね」
「…相手は奥様だけど、やっぱり心配」
「あはは。何が?浮気?」
「……」
「するわけないのに~~」
聖君はそう言って、私を抱きしめる。
「桃子ちゅわん!」
「え?」
「まだ、10時半だよ」
「え?」
「いいよね?」
「でも、昨日も…」
「いいの!」
そう言って、布団に押し倒された。そしてキス攻撃してきた。
「桃子ちゃん、今日もめちゃ可愛い!」
「聖君も、めちゃ、可愛いよ?」
「俺が?」
「うん」
「………でへ」
あれ?にやけた?もう、そんな聖君も可愛いんだから!
あ~~あ。自分でも思う。バカップルだよなあ。いまだに。
翌日、緑川さんから電話が来た。さっそく、午後、聖君と事務所に行った。凪は、お父さんが見ていてくれている。
「2次会の会場も取れました。あと、出席の人数決まりましたか?引き出物を頼んだり、座席表や、メニューを作ったりするんですが」
「…ああ、そういうのも大丈夫です。父が作っちゃうと思うんで」
「そういうお仕事してるんですか?」
「いえ。父はウェブデザインの仕事を…。でも、こういうのも得意です」
「なるほど」
緑川さんはそう言ってうなづくと、
「じゃあ、引き出物はどうしますか?」
と聞いてきた。
「そうだなあ。何がいいかなあ」
聖君は、引き出物のカタログを見ながら考え込んだ。私もそれを一緒に見ていた。
「実は、店の名前をいれたオリジナルの何かを作りたいなあって思ってるんですけど」
「え?」
「あ、店にも今後置けたらいいなって考えてて。例えば、グラスとか、ランチョンマットとか、マグカップとか」
「まあ、素敵ですね。お店の名前、なんでしたっけ?」
「平仮名で、れいんどろっぷすです。ちょっと、名前の横に雨の雫の可愛いイラストも入れられたらなって」
「それも、お父さんのデザインですか?」
「いえ。それは俺が考えてて。そういうの好きなもので…」
知らなかったよ。聖君!
「今からでも、間に合うかなあ。でも、なんとかなるかもしれないですよね?」
「そうですね。そういうのを請け負ってくれるところを探しましょうか?」
「…はい。あ、俺や父も探してみるつもりですけど、緑川さんも探してもらえると嬉しいです」
「はい、かしこまりました」
また、緑川さんは微笑んでうなづいた。
それから、事務所をあとにした。
「知らかなった。オリジナルグッズ、考えてるなんて」
「…それに、春香さんが、クッキー焼いてつけれくれるって。ハート型のクッキー。可愛いよね?」
「うん!可愛い!じゃ、やっぱり、マグカップや可愛いお皿とかがいいかも」
「コーヒーカップでもいいかな」
「うん。素敵!」
「そうだなあ。どんなのにしようかなあ。って、早くにしないと時間ないね」
「ワクワクするね」
「うん」
聖君は、嬉しそうに微笑んだ。
聖君はそういうの、得意そうだ。お店のホームページや、店の中のレイアウト、メニューのデザイン、そして、インテリアまで、お母さんと一緒に考えて、聖君が作ったり決めたりしているみたいだし。
「ねえ、メニューや座席表も、聖君が考えてもいいかもね?」
私がそう言うと、聖君の目がきらりんと輝いた。
「桃子ちゃん、一緒に考えてくれる?」
「え?私?」
「うん。父さんにたのもうとしていたけど、俺らが考えるのもいいかもって、実は思ってたんだ」
「……うん。楽しそう」
「だよね?じゃあ、帰ってから考えよう」
「うん!」
車を運転しながら、聖君は鼻歌を歌いだした。ああ、ご機嫌なんだ。
いよいよ、結婚式なんだね。なんだか、手作り感あふれる結婚式になるのかな。でも、それが一番かも。
ワクワクするなあ。嬉しいなあ。聖君とだったら、いろんなことがワクワクする出来事になるね。
私も、知らない間に聖君に合わせて鼻歌を歌っていた。そんな私をちらっと見て、聖君はまた可愛らしく微笑んだ。
ああ、もう。どんな聖君も可愛いなあ。