第121話 ずうっとラブラブ
和室に布団を敷いて、凪をそうっと寝かせた。凪は気持ちよさそうに寝ている。
「桃子ちゅわん」
聖君が抱きしめてきた。そしてキスをしてきた。
「え?」
浴衣の胸元に手を入れてきたぞ!
「ひ、聖君?」
「ん?」
「シャワー浴びてくる」
「駄目」
「なんで?」
「浴衣脱がしたいもん」
「聖君!私、汗かいてるし!」
「いいよ。どうせまた、すぐに汗かくことになるんだし」
「駄目だよ」
「いいの」
「私が駄目」
「いいの!俺がいいの!」
聖君の駄々っ子が始まった~~!ああ!浴衣の裾までまくってるし!
「聖君!」
あ!唇、またふさがられた。聖君のキス、力抜けるのに…。
ふにゃ。力抜けた。そのまま、布団に押し倒された。
「ずるいよ」
「うん。俺、ずるいもん」
ああ、もう!開き直ってるし!聖君は、時々強引になるんだから。
「…ねえ、桃子ちゃん」
「え?」
「これ、どうやって取るの?」
「……帯?」
「そう…。帯あったら、浴衣脱がせられない…。あ、でも、浴衣着たままっていうのも、いっかな」
「な、何を言ってるの?聖君?」
「それも、色っぽいかも」
「あ、あほ~~~!スケベ親父~~!!」
「スケベだもん」
駄目だ。聖君が開き直ったら、何を言っても無駄なんだった。
「やばい」
?
「桃子ちゃん、色っぽすぎ…」
そう言って、私を見る聖君のほうが、熱い目をしてて色っぽすぎるよ。
私は何度も何度も、思い知ったの。男の人もセクシーで、色っぽいんだって。聖君の目、聖君の口元、聖君の首筋、聖君の鎖骨。
喉仏も、肩も、指も…。すごく色っぽいの。時々、ぞくってするくらい。
私が変なの?って思うことがある。でも、きっとこんな聖君を見たら、誰でもそう思うよね?
いや。誰にも見せたくないけど。私だけの秘密にしておきたいけど。
そして、そんな聖君にうっとりと見惚れていると、聖君は必ず言う。
「桃子ちゃんの目、色っぽいよ」
って。でも、色っぽい聖君に見惚れているだけだよ?
「俺だけね?こんな色っぽい桃子ちゃんを見られるの」
「うん」
「他の奴には見せちゃ駄目」
「…うん」
今日もあんまりにも聖君が色っぽくって、うっとりとしていて、抵抗できなかった。
結局、聖君は帯を取らなかった。途中までは試みたみたいだけど、そのあと諦めた…じゃなく、どうやらわざと取らなかったようだ。
チュ…。聖君は、私のおでこや頬、鼻、そして唇にキスをして、
「シャワー、一緒に浴びよう?」
と言ってきた。
「でも、凪一人にさせられないよ?」
「じゃ、クロ呼んでくる」
聖君はそう言って、Tシャツとパンツを履いて、短パンもさっさと履くと、部屋を出て行った。
私は、すかさず起き上がり、どうにか帯を取り、浴衣を脱いでTシャツとスカートをそそくさと着た。
ガチャ。ドアが開くと、聖君よりも先に、クロが尻尾を振って入ってきた。
「クロ、凪のお守りをよろしくね。なんかあったら、誰か呼びに行って」
そう言うと聖君はさっさと着替えを手にして、
「桃子ちゃんも早く着替え出して」
と言ってきた。
私が着替えを出すと、聖君は私の手を取り、部屋を出て廊下を歩き出した。
「…ねえ、桃子ちゃん」
「え?」
「そんなスカート持ってた?」
「うん。ようやく着れるようになったの。お腹引っ込んだから」
「…短くない?」
「そうかな」
「………足、丸見えだけど?」
「そう?夏は家でよく履いてたんだけど。暑い日にはちょうどよくって。あ、でも、これ着て外には出たことないよ?」
「……やすとかいるし。うちで履く分にはいいけど、ここではなあ」
うそ。聖君、そういうの気にするんだ。
「じゃ、履き替えたほうがいいかな?」
「今はいいや。でも、俺の前でだけにして?」
聖君はそう言うと、階段をトントンと機嫌よく下り出した。私もそのあとをくっついて下りた。
「ばあちゃん、誰か風呂使ってる?」
聖君は、お店の奥にあるリビングに行って、おばあさんに聞いた。一階部分は、お店と、小さめのリビングと、そしておばあさんとおじいさんの寝室がある。それから、廊下の奥にとても大きいお風呂場がある。家族3人くらいでも入れるくらいだ。
「使ってないわよ。圭介はもう入って、疲れたって言って寝室にいるし。くるみさんと爽太は、お店でチークダンス踊っているし」
「げ。まじで踊ってるんだ。あれ?杏樹とやすは?」
「まだ外よ。外のデッキに座って、語り合っているんじゃないの?」
「…やす、まさか杏樹に手を出してるんじゃ…」
「聖、人のこと言えないでしょ?」
「……」
聖君はおばあさんにそう言われ、何も言えなくなったようだ。
「じゃ、じゃあ、シャワー浴びてきちゃうよ。あ、凪、2階で寝てるんだ。クロにお守り任せたけど、クロが呼びに来たら見に行ってくれる?」
「わかったわよ」
おばあさんはにこりと微笑んだ。
聖君はまた、私の手を取って、お風呂場に向かった。
一緒に入るの、バレバレだよねえ。って、ああ、そうか。ここの夫婦はみんな、一緒にお風呂入るんだっけ。
そして、洗面所に入ると、聖君はバタンとドアを閉め、なぜか私を抱きしめてきた。
「聖君?」
「ね?」
何が、「ね?」なのかな。とキョトンとしていると、いきなりスカートの中に手を入れてきた。
「え?なんで?」
「こんな短いスカート履いてると、簡単に手を入れられちゃうから、やっぱり俺の前以外では履かないで」
「手を入れるの何て、聖君くらいだよ!?」
「そんなの、わかんないじゃん」
わかんなくな~~~い!っていうか、今も思い切りスケベ親父になってる!
「聖君!手、どけて」
「脱がしてあげようかって思ったのに」
「自分で脱げるから」
「たまにはいいじゃん」
「スケベ親父!」
「うん。スケベ親父だよ?」
「もう~~~。なんで今日はそんなにスケベ親父になってるの?」
「……。桃子ちゃんが色っぽいから」
「私のせい?」
「そう。桃子ちゃんのせい」
うわ。いきなり、熱いキスもしてきたし!
「駄目だってば。2階では凪が寝てるとはいえ、いつ起きるかもわからないし」
「凪、いっつも寝たら起きないじゃん」
「でも…」
「ちぇ」
あ、やっと離れてくれた。
「じゃ、先に入ってるよ」
聖君はそう言うと、すごい速さで洋服を脱いで、お風呂場に入って行った。
ああ、今からお風呂に入るのすら、躊躇しちゃう。聖君、またスケベ親父になったりしないかなあ。
なんて思いつつ、お風呂場に入ると、案の定、
「洗ってあげるね?」
と聖君がにやつきながら…、じゃないなあ。やけに可愛い笑顔になってるなあ。
にやついていたら、スケベ親父って言うところなのに、なんだってこんなに可愛い笑顔になってるんだ?
その笑顔に、クラッとした。
「桃子ちゃん」
「なあに?」
「桃子ちゃんってさ、なんでこんなに可愛いんだろうね?」
「は?!」
「って、いっつも思う」
ど、どうしたんだ。いつもは、凪にそう言ってる聖君が。
「なんでかなあ」
「え?」
「付き合ってもう、3年。でも、いまだに俺、桃子ちゃんに夢中じゃん?」
「…ど、どうしちゃったの?今日の聖君、なんだか変だよ?」
「変じゃないよ。俺、時々そういうこと考えるもん」
「え?そ、そうなの?」
「首洗うから、ん~~ってして?」
「ん~~~~」
「ほら。すげえ可愛い!」
「………」
聖君の「ん~~~」のほうが可愛いんだけどなあ。
チュ。
あ、聖君があごにキスした。
「ねえ、桃子ちゃん」
「な、なあに?」
「俺のこと好き?」
「へ?」
「なんでそんなにびっくりしたの?」
「だって、なんでそんなこと聞くのかなって思って」
「突然気になった」
「す、好きに決まってるよ?」
どうしたんだ。いったい。そんなことを聞いてくるなんて。
「たまに俺のこと呆れてたりしない?」
「うん。しない」
「俺のこういうとこが嫌だとか、変えてほしいとかある?」
「まったくない」
「即答だね?」
「だって、ないもん。全部好きだもん」
「スケベでも?」
あれ?まさか、私がスケベ親父って言ってるのを気にしちゃったとか?
「うん。スケベでも」
「駄々っ子でも?」
「うん。駄々っ子でも」
「甘えん坊でも?」
「うん。甘えん坊でも」
「ほんと?」
「うん。そんな聖君も可愛くって大好き」
そう言うと、聖君はむぎゅっと抱きしめてきた。
「あ、裸で抱き合うと、やばいね?俺、思わず今、オオカミになりそうになった」
そう言うと、私からさっと聖君は離れた。
「体洗い終えたから、髪洗ってあげるね?椅子に座って?」
「うん」
髪を優しく聖君は洗ってくれた。そして、
「バスタブ入る?」
と聞いてきた。
「ううん。暑いし、先に出てるよ」
「わかった」
聖君をお風呂場に残し、私は先に出た。そして体を拭いて服を着ると、2階に上がった。
和室の中に入ると、凪に寄り添ってクロが寝ていた。でも、顔をあげ私を見た。
「凪、寝てる?」
そう聞くと、クロはちょっとだけ尻尾を振った。
「寝てるね。お守りありがとうね、クロ」
クロは嬉しそうにまた、尻尾を振った。
「朝までここにいる?」
そう聞くと、クロは、いきなり立ち上がり、私に一回すり寄ってから、ドアのほうに歩いて行った。
「あれ?下に行くの?」
「くうん」
もしかして、下で一匹で寝ているクロに会いに行くのかな。
「下で寝る?クロと一緒がいいの?」
そう聞くと、尻尾をまたクロは振った。
私はドアを開けてあげた。クロは足取りも軽く、階段を下りて行った。
そうか~~。クロはクロと本当に仲良くなったんだね。
髪を和室で乾かしていると、聖君がそっと入ってきた。
「凪は?」
「よく寝てるよ」
聖君は、そっと凪の顔を見た。
「本当だ。天使みたいな顔して寝てる」
「そうだね」
「可愛いなあ、凪」
ああ、私のことを可愛いって言ってた聖君は、すっかり消えちゃった。今は凪に夢中なパパだね。
「まじで可愛い。寝顔そっくりだよね」
「え?」
「桃子ちゃんに」
「そ、そうなの?」
「うん。桃子ちゃんの寝顔も、超可愛いんだ」
あ、あれ?凪に夢中なパパになってない?
「桃子ちゅわん」
「え?」
「髪、乾かしてあげるね?」
「うん」
聖君は、ドライヤーで私の髪を優しく乾かしてくれた。
なんだか、今日の聖君、凪が生まれる前に戻ったみたい。
「桃子ちゅわん!」
あれ?また抱きしめてきたし。
「聖君、今日、なんだかいつもと違うね」
「俺が?」
「うん」
「だって、桃子ちゃん、可愛いから」
まだ言ってる。
「俺、すげえ幸せ者だって思うし」
「それは私も」
「ねえ、桃子ちゃん。俺が伊豆に住むって言ったら、一緒に来てくれる?」
「もちろん。いつだって、聖君のそばにいるよ?」
「ずうっと?」
「ずうっと」
「片時も離れず?」
「うん。もちろん。聖君のすぐそばにいたいもん」
「ギュ~~」
あ、抱きしめてきた。
「いつか、凪はお嫁に行っちゃうじゃん」
「うん」
「でも、桃子ちゃんは俺の隣にいるんだね」
「だって、奥さんだから」
「うん。奥さんだもんね?俺の」
「うん」
「いいね、結婚ってさ」
「うん!」
「いいね、夫婦ってさ」
「うん!」
「じいちゃんやばあちゃんと離れて暮らしてる父さんとか、近いとはいえ、別の家で暮らしてる春香さん見てて思ったんだ」
「え?」
「いつか、杏樹は結婚して家を出ていくだろうし、俺や桃子ちゃんも、父さんたちと離れて暮らす可能性もあるじゃん?」
「うん」
「それと一緒で、凪もうちを出ていく時が来るかもしれないって」
「うん」
「だけど、父さんの隣には母さんがいて、ああやっていまだに、チークなんか踊ってる」
「うん、仲いいよね?」
「それに、じいちゃんの隣にはいつだって、ばあちゃんがいる」
「仲いいよね。あの二人も」
「春香さんには櫂さんが」
「みんな、仲いい夫婦だよね?」
「うん。そういうの見てたらさ、俺もずっと桃子ちゃんとは一緒にいるんだなって思ってさ」
「…そうだよね?」
「それがなんだか、嬉しいっていうか…」
「…凪が出て行くのが寂しいんじゃないの?」
「寂しいよ。だけど、きっと俺、桃子ちゃんと2人になっても、それはそれで幸せで、ラブラブな夫婦してるんじゃないかなって、そう思ってさ」
「……うん。私もそんな夫婦でいたいって思う。ううん、聖君とならずっとラブラブでいそうな気がする」
「…俺がじいちゃんになっても?」
「うん。きっとかっこいいおじいちゃんになってるよ」
「はげてるかもよ?」
「それでも、かっこいいよ」
「デブになってるかもよ?」
「それでも、かっこいいよ。きっと」
「あはは。桃子ちゃん、かなりやばいね」
「え?」
「俺に惚れすぎ!」
「うん。惚れすぎてるよ!」
聖君が、優しくキスをしてくれた。
「もう寝ようか」
「うん」
電気を消して、聖君の布団に入った。聖君は腕枕をしてくれた。私は聖君の胸に顔を当て、べったりくっついた。
「おやすみ、桃子ちゃん」
「おやすみなさい、聖君」
きっと、いつまでもこうやって、おやすみって言って、聖君の腕の中で眠るんだよね。
今日も最高に幸せだった。きっと明日も幸せな日になるね。