第115話 聖君の未来
館長さんに案内され、海辺に出た。真っ白な砂浜と真っ青な海。江の島とはまったく違う。
「すごい、綺麗だね」
聖君に話しかけたが、返事がなかった。聖君を見ると、遠くを見つめ目を輝かせている。
ああ、イルカと遊んでいる子供たちを見ているのか。
「あ、あの子たちが自閉症の子たちですか?」
聖君が館長さんに聞いた。
「そうだよ」
「楽しそうですね」
「そうだね」
聖君は館長さんと一緒に、歩き出した。それから、館長さんに紹介され、その場にいたスタッフと聖君は話をし出した。
聖君はすでに夢中だ。そして、イルカや子供たちを、目を輝かせてみている。
私はそんな聖君を見ていた。聖君は夢中になると、きっと他のものが見えなくなるんだ。だから今、聖君には私も凪も見えないんだろうな。
だけど、目を輝かせている聖君を見ていられるのは嬉しいかも。
「聖ったら、夢中ね」
私の横に春香さんが来てそう言った。
「はい」
「聖がすごく興味のあるものなんだよ。きっと、あんなふうに目を輝かせるって思っていたさ」
後ろからおじいさんも来てそう言った。
おじいさんを見ると、すごく嬉しそうに目を細めて聖君を見ていた。とても愛しそうな目で。
「あはは!」
聖君の笑い声が聞こえてきた。聖君のほうを見ると、子供たちを笑って見ていた。すると、
「あ~~~」
と腕の中で凪が、聖君のほうに手を伸ばした。
「凪!凪もイルカと遊ぶ?」
わ!今の凪の声、聞えたの?聖君がこっちを見て凪を呼んでる!
「う~~~」
凪は嬉しそうに答えた。
私は凪を抱っこしたまま、聖君に近づいた。春香さんも空君を抱っこして、一緒に歩き出した。
空君と凪は、イルカを見た。そして、喜んでいる。
「凪、イルカ好き?」
「う~~」
「あはは!いつか一緒に泳げたらいいね!」
聖君はそう言うと、私から凪を受け取った。
「海、すげえ綺麗だろ?凪」
「あ~~~」
凪は海を見てから、聖君のほうに顔を向け、嬉しそうにきゃきゃきゃっと笑った。
「嬉しいの?凪」
「きゃきゃきゃきゃ」
その声を聞き、空君も笑い出した。
「空と凪ちゃん、仲いいわよね」
春香さんがそう言うと、聖君は一瞬眉をひそめたが、
「ま、いっか。春香さんの子供だし、空は特別に凪と仲良くなるのを許してやるよ」
とそう言って笑った。
「何よそれ。他の男の子だったら仲良くしたら駄目なの?」
「そう。俺の許可がいるの」
「わ、大変だ、凪ちゃん」
春香さんは呆れたって顔をしてから、くすくすと笑った。
聖君はまた、凪に話しかけた。そして、それからゆっくりと私のほうを見た。
にこ!
うわ!今、最高に可愛い笑顔を向けたよ?
「海、綺麗でしょ?」
「え?うん」
聖君は私のすぐ横に来て、
「イルカと子供たち、すごくいいなって思ってさ」
といきなり話し出した。
「うん、そうだね」
「俺、やっぱりこういうの、してみたかったかも」
「え?」
「……子供、好きだし。海も、イルカも好きだし」
「うん」
「やっべ~~~~!」
?聖君、突然目をギュってつむって、叫んだよ?
「凪!パパ、なんだかすげえワクワクしてる」
聖君はそう言って、凪に頬ずりをした。そのあと、私にぴったりと寄り添ってきた。
「桃子ちゃん」
「うん?」
「まだ、ドキドキしてて、考えがまとまらないし、何をどうしていいか、まだわかんないんだけどさ」
「うん」
「でも、見えてきた」
「え?」
「ビジョン」
「……うん」
聖君はまた、にこりと笑って、それから海を見つめ、
「桃子ちゃんは…、一緒にいてくれるよね?」
と小声でそう言った。
「…聖君のそばに?」
「うん」
聖君はそう言うと、また私を見つめてきた。
「いるよ。ずっといつだって、そばにいるよ?だって、聖君の奥さんだし」
「………うん」
聖君は嬉しそうに笑ってうなづくと、
「やべ。まじ、嬉しい。桃子ちゃんと結婚してて良かった」
とつぶやき、
「ね?凪」
と凪のほっぺにキスをした。
凪は嬉しそうに聖君の顔をぺちぺちとたたき、
「あ~~~」
と話し出した。
「ああ、うん。凪が俺の娘でよかったって、もちろん思ってるって」
聖君はそう凪に言った。
聖君はそれからも、その日はずうっと目を輝かせっぱなしだった。館長さんに水族館を案内されている間、夢中で話に耳を傾け、いろんなものをキラキラした目で見つめ、たまにはあって嬉しそうにため息をつく。
わかりやすいなあ。聖君って。今、すっごくワクワクしているんだろうなあ。
凪と空君もずっと嬉しそうだった。不思議なくらいに2人は、仲が良かった。一緒に魚を見て喜び、一緒に怖がり、一緒にお腹を空かせてぐずっている。
「おっぱいの時間だわ」
「凪も…」
私と春香さんは、授乳室があったのでそこで、おっぱいをあげることにした。
「ここの施設、すごいですね。ちゃんと授乳室まであるんだ」
「赤ちゃん連れでも大丈夫なのよ。だから、空ともよく来てるの」
「そうなんですか」
「空、人見知りするから、他の赤ちゃんでも駄目なの。でも、魚やイルカのショーを見るのは大好きなのよね」
「へえ…」
空君も凪もおっぱいを飲み終えると、眠そうにした。
「あ、寝ちゃうかな。寝たらお茶でもしない?きっと聖はまだ、館内を見て回ってるだろうし」
「そうですね」
凪と空君を寝かしつけ、私たちはカフェに移動した。
「聖、未来が見えてきたのね」
膝の上ですやすや寝ている空君の頭を撫でながら、春香さんがそう言った。
「はい」
「そのうち、こっちに住みだすわね。ふふふ。楽しみ。空もきっと喜びそう」
「え?」
「凪ちゃんがそばにいてくれたら、きっと喜ぶと思わない?だって、こんなに仲良くなったんだもん」
「そうですね」
凪もすやすやと私の膝の上で寝ている。
「桃子ちゃんが来てくれるのも嬉しい。そうしたら、まりんぶるーでケーキ作り一緒にできるし」
「わあ、そうですよね。それ、私もすごく嬉しいです」
「くす」
春香さんが静かに笑って、
「聖が言ってたの、本当よね」
とそう言った。
「え?何をですか?」
「桃子ちゃんは、カフェのこととなると、目が輝いちゃうんだ。だから、春香さん、ケーキ作りとか一緒にしてあげて。桃子ちゃん、絶対に喜ぶからって」
聖君がそんなこと?
「聖、本当に桃子ちゃんが好きよねえ」
「え?」
「桃子ちゃんが嬉しそうだと、俺、すげえ嬉しいって、にやけまくりながら言ってたことがあるのよ」
うわ!聞いてて顔が熱くなってきた。
「くすくす」
そんな私を見て、春香さんがくすくすと笑った。
「1週間はいられるのよね?こっちに」
「はい」
「その間にケーキ作り、しましょう」
「はい!」
春香さんは優しくまた微笑んだ。ああ、こんな笑顔がおばあさんにすごく似ている。聖君が言ってた。緊張することないって。春香さんも優しいよって。本当だ。
やっぱり、まりんぶるーもれいんどろっぷすに負けないくらい優しくって、あったかい場所だ。そして、そこにいる人たちもみんな。
いつか、伊豆に来ることになるかもしれない。江の島を離れるのも、うちの両親から遠く離れるのも寂しいと言えば寂しいけど、でも、どこかで私はワクワクしていた。
白い砂浜や、青い海、この水族館もそしてまりんぶるーも、全部素敵だ。
そして何より、聖君のあの笑顔。きらきらとしている目…。そんな聖君を見ていられるのがすごく嬉しい。
凪の髪を撫でた。パパと凪と私。それからいつか生まれてくるだろう2人目の赤ちゃん。家族そろって、伊豆にきっと来るんだろうなあ。
1時間すると、聖君が興奮冷めやらずって顔をして、カフェに来た。
「喉乾いた」
とそう言って、コーラを注文して、コーラが来るとゴクンと飲み、
「あ~~~~。やべえ」
とまた嬉しそうにそう言った。
「桃子ちゃん、俺、興奮しすぎ?」
「ううん」
「…でも、やっぱ、ドキドキしちゃって…。やべえ」
くすくす。そんな聖君を見て春香さんが笑った。
聖君はちょっと照れくさそうに、椅子に深く座り直した。でも、私のほうをちらっと見ると、また嬉しそうに微笑んだ。
「桃子ちゃん」
「え?」
「さっきから、目が優しい」
「私の?」
「うん」
え?そうなの?
「なんか、それが嬉しい」
聖君はそう言って、また嬉しそうに微笑む。
「あ~~。本当にこの二人は、お兄ちゃんが言ってたように仲いいわよね」
そんな私たちの会話を聞いて、春香さんがそう言った。その時、春香さんの横に座ったおじいさんが、
「バカップルなんだよ。春香もきっと驚くぞ」
と笑ってそう言った。
ああ、もう。すっかりみんなに、私たちはバカップルだって思われてるんだなあ。
「いいよ、別に。勝手にバカップルって言ってたって。でもさ、そんだけ仲がいいってことなんだから、いいだろ?」
聖君は、おじいさんに向かってそう言った。
「悪いなんて言ってないぞ?」
「……。ふん。でも、母さんと父さんだっていまだによくいちゃついてるし、じいちゃんとばあちゃんもだろ?」
「そう。だから、聖と桃子ちゃんも遠慮せず、いちゃついていいからな。ね?桃子ちゃん」
「へ?!」
いきなりおじいさんにそう言われ、驚くと、
「あはは、真っ赤になっちゃったね」
とおじいさんに笑われた。
夜、店は貸切になった。まりんぶるーに櫂さん、櫂さんのお店で働くバイトの子、まりんぶるーで働いているパートさんやバイトの子も集まり、お店はにぎやかだった。
テーブルを真ん中に集め、椅子を回りに置き、ほとんど立食パーティ状態だ。クロとクロも参加して、みんなでワインやビールを飲み、わいわいがやがや。
「今日もパーティになっちゃったね」
凪を抱っこした聖君が隣に来てそう言った。
「うん」
私はみんなが集まって、乾杯をしたあとに紹介された。
「結婚祝いも出産祝いもできなかったから、遅れちゃったけど今日いっぺんにしちゃいましょうね」
そうおばあさんから言われた。だから、このパーティは、私と聖君、凪のための会なんだそうだ。
「ありがとうございます」
紹介をされた後にお礼を言うと、
「ま、なんでも理由つけて、みんなで騒ぎたいだけだから、そんなに改まってお礼言わなくてもいいんだよ?」
とおじいさんにまた笑われた。
「桃子ちゃんは可愛いなあ」
「本当よ。可愛いわ。聖が惚れるだけあるわ」
櫂さんと春香さんにまでそう言われ、私は真っ赤になった。
「ああ、もう!桃子ちゃんが困るから、そういうことは言わないでいいって」
聖君まで赤くなりそう言うと、
「うまそう!いただきます」
と言って、お料理をバクバクと食べだしたんだった。
テーブルに並んだ料理は最高だった。そして、食事のあとに運ばれてきたデザートは、みんな春香さんの手作り。これもまた、最高の味だった。
なんだか、映画のワンシーンに中にいるみたいだよなあ。そして、
「あはは!」
と最高の笑顔で笑う聖君を見た。聖君の腕に抱かれた凪も、きゃきゃきゃっと嬉しそうに可愛い笑顔で笑っている。
ああ、これまた、映画のワンシーンだ。なんてかっこいいんだ、聖君は。きっとそのへんの映画に出てくる俳優よりも、かっこいいと思う。そんな聖君が私の旦那さんなんだから、私って幸せ者だ。
「ん?」
聖君が私に視線を移した。
「なに?」
「見惚れてた」
「へ?」
「聖君、かっこいいんだもん」
「………」
聖君が赤くなった。
「も、桃子ちゃん。お酒とか飲んでいないよね?」
「飲んでないよ」
「もう。いったいいきなり何を言いだすんだか」
そう言うと、聖君は私のすぐ横に来て、
「そんな桃子ちゃんも、可愛いけどさ」
と可愛い声でそうささやいた。
うわ。そんなことを耳元で言われ、ドキンってしちゃった。私って、いったいいつになったら、こういうことを言われても平気になるんだろう。
そしてその日、夜遅くまでパーティは続き、途中で眠った空君と凪は、2階の和室に布団を敷き、仲良く隣に並んで寝ることになった。
空君の横には春香さん、凪の横には私。聖君の寝る場所はなくなり、
「聖はこっちの洋室で、俺と寝ることにするんだな」
と櫂さんに言われ、
「おやすみ、桃子ちゃん」
と、寂しそうにつぶやき、とぼとぼと隣の洋室に向って行った。
ごめんね。聖君。私も聖君と眠れないのは寂しい。だけど、ちょっとだけ春香さんと一緒に居られるのも嬉しがってるんだ。だって、春香さん、優しいし面白いし。もっと仲良くなりたいんだもん。
そんな思いで私は、聖君の寂しそうな背中を見守っていた。