第113話 いざ伊豆へ
いよいよ、伊豆に行く日がやってきた。やった~~。
前日から私も聖君も浮かれていた。夜も、
「伊豆ではあんまり、いちゃつけないかもしれないから、今日は思い切りいちゃつこうね」
と言われ、聖君は思い切り私に甘えてきた。
でも、私もきっと、思い切り聖君に甘えた。最近、自分でもなんでこんなに素直に聖君に甘えられるのか、不思議なくらい甘えている。
そんな私に聖君は、嬉しそうな顔をする。そして、
「桃子ちゅわんったら、甘えん坊なんだから」
と可愛い声をだして、抱きしめてくる。
「伊豆でも、2人きりの時間取れるよね?」
「そりゃもちろん」
「伊豆でも、聖君と同じ部屋だよね?」
「うん。凪と俺と桃子ちゃんの3人の部屋にしてもらうよ?」
「じゃ、やすくんは?」
「やすは、別の部屋。あいつは多分、一人部屋だな」
「そんな部屋があるの?」
「うん。客用のちょっと小さめの部屋がある。きっとそこだな」
「じゃ、お母さんたちは?」
「3人で洋室かな」
「いつもはどうしてるの?」
「俺と父さんがベッドの部屋で、和室が杏樹と母さんとばあちゃんとか…。杏樹が来るとばあちゃん、一緒の部屋で寝たがるから」
「そうなんだ」
「和室でいいよね?そのほうが凪もごろごろできるし」
「うん、いいよ。でも、洋室にベッドって、3個あるの?」
「ないけど、客用のベッドを持って来るって言ってたよ、じいちゃんが。部屋はでかいから、3つ余裕で入るしね」
「……そっか。そうだよね。まさか、やすくんと杏樹ちゃんが同じ部屋で寝たりできないもんね」
「あはは。そんなことしたら、やすが慌てまくるって!」
だよね。
「桃子ちゃん、やっぱり、伊豆でもいちゃつきまくろうね?」
「え?」
「ね?」
そんなことを言って来る聖君が可愛い。
「聖君、大好き」
「うん、俺も大好き」
「ギュウ~~~ってして?」
「うん。ムギュウ~~~」
聖君が思い切り抱きしめてくれた。ああ、幸せだ。
「では…」
では?もう寝るのかな。
「リクエストにお応えして」
え?
「もう一回ね?」
え?リクエストしてないけど?!
と思ったものの、聖君の熱いキスですでに私はとろけていた。
そして、昨日の夜も、熱い夜を過ごしたのだった。
で、今日。ちょっと遅くに寝たのにもかかわらず、聖君は元気に7時前には起きだした。
「桃子ちゃんは寝ていていいよ?」
そう言って、すでに起きている凪を聖君は抱っこして、
「凪、またとんでもないところまで、ごろごろしてたね」
とそう言った。
「どこにいたの?凪」
「ドアの真ん前」
「え~~?」
「ドア開いてたら、廊下まで行ってた。危ない」
「…そうだよね」
凪は嬉しそうに聖君の顔を、ぺちぺちとしている。
「凪、一階に連れて行こうか?」
「ううん。おっぱいあげちゃうからいいよ」
「わかった。じゃ、俺、先におりてるね?」
「うん」
聖君はそう言うと、ようやくTシャツと短パンを履き、部屋を出て行った。
パンツは履いていてくれたからよかったけど、いまだに聖君の裸を直視するのは、照れちゃうなあ。
「凪」
「あ~~~」
「凪はパパの裸、恥ずかしくない?」
「う~~?」
「ないよね」
そんなことを言いながら、凪におっぱいをあげた。
さあ、今日から伊豆だ。ワクワクするのと同時に、なんだか、緊張もしてきちゃった。
「聖、もう準備はできているの?」
お店に凪を抱っこしていくと、朝ごはんを食べようとしている聖君にお母さんが聞いた。
「うん、完璧」
「凪ちゃんのものは?」
「完璧」
聖君はそう言うと、トーストを美味しそうに食べだした。
「おはようございます」
「あ、桃子ちゃん、おはよう。どう?体調は」
「え?元気です」
「そう、よかったわ」
元気なさそうに見えたのかな。
「凪ちゃんはどう?」
「凪も元気です」
「良かった。これで熱でも出してたら、伊豆に行けなくなっちゃうものね」
お母さんはそう言うと、私の朝ごはんを用意してくれて、
「凪ちゃんは抱っこしてるわね」
と凪を抱っこしてくれた。
「お父さんは?」
「まだ寝てる。昨日2時ころまで仕事していたから」
「え?そうなんですか?」
「今日中には片付くって言っていたから、明日には伊豆、行けると思うわよ」
「父さん、凪に夢中で仕事さぼってばかりいたんじゃないの?」
聖君がそう言うと、お母さんは苦笑いをした。
「凪がいると、仕事の邪魔ですか?」
「まさか。あの人、いつもギリギリにならないとできない人だから、凪ちゃんのせいじゃないわよ」
私の言葉にお母さんが慌ててそう言った。
「お母さん、お兄ちゃん、お姉ちゃん、おはよう」
「杏樹、早いわね」
「うん。今日やすくん、店の手伝いするって言ってたし」
「そうなのよね。シフトの入っていない日なのにね。午後は学校の補習に出るんだっけ?」
「うん」
「やすが杏樹に会いたいんだろ?よかったな、杏樹」
聖君が杏樹ちゃんに向かってそう言うと、杏樹ちゃんは真っ赤になった。
「おはようございます」
その時、タイミングよくやすくんが現れた。
「お、おはよう」
杏樹ちゃんは顔を赤くしたまま、やすくんに挨拶を言って、
「クロの散歩、行って来るから」
と、クロを連れ、さっさとやすくんとお店を出て行こうとドアを開けた。
「あまり、クロを疲れさせないでね。今日から伊豆に行くんだから」
「わかった~~」
お母さんの言葉に杏樹ちゃんは答え、ドアを閉めた。
「ま、疲れてくれた方が車の中で寝てくれて、ありがたいけどね」
聖君はぼそっとそう言うと、食べ終わった食器を片づけに行き、
「凪、パパのほうにおいで」
とお母さんから凪を受け取った。
「凪も車で寝ちゃってね?そうするとすごく楽」
「そうしたら、夜寝なくなっちゃうかもよ?」
「あ、そうかもなあ。でも、どっちにしても知らない場所で興奮して眠らないかもしれないし」
そんな会話をお母さんと聖君がしていると、凪は聖君の顔をぺちぺちして喜んでいる。
「空君にご対面ねえ、凪ちゃん」
「あ!そうだった。凪、あんまり仲良くなるなよ」
「何言ってるの。いいじゃないよ、仲良くなった方が」
お母さんは苦笑いをしてキッチンのほうに行った。
「駄目。空だって立派な男だ」
聖君はお母さんに聞こえないくらいの音量でそう言うと、凪のほっぺにキスをした。
「凪にキスをしていいのは、俺だけってことにならないかなあ」
あちゃ~。
「あ、パパ専用ってマジックで書いておくか」
もう。またバカなこと言い出してるよ。まあ、いいけどね。
そんな聖君に凪は、きゃきゃきゃって声を出して笑いながら顔をたたいている。そして聖君は、でれでれになっている。
伊豆に行っても、親ばか発揮するのかな。空君に本当に近づけなかったりして。
そして、朝ごはんも終わり、クロも散歩から帰ってきて、聖君は荷物を車に詰め込み、クロも車に乗せた。
「じゃ、気を付けて行ってくるのよ」
「明日行くからね~~」
「聖、安全運転だぞ」
「いってらっしゃい」
車の真ん前まで、お母さん、お父さん、杏樹ちゃん、そしてやすくんが見送りに来てくれた。私と凪も車に乗り込み、聖君も運転席に乗ると、
「じゃ、行ってきます」
と言って、ドアを閉めた。
「ワンワン」
クロは凪のベビーチェアーの横で、ちょっと興奮している。
「クロ、凪のお守り頼むぞ」
「ワン!」
クロは聖君の言葉に一回吠えると、そのあと大人しく丸くなって、凪のほうを見た。
あ、このクロはいつものお守りモードのクロだ。さすが、聖君の一声で興奮していたのもおさまっちゃったよ。
「あ~~」
凪はクロのほうに手を伸ばした。クロがいてくれて嬉しそうだ。
「では、出発します!」
聖君はそう言うと、車を発進させた。
「楽しみだね、凪」
私がそう言うと、聖君も、
「いっぱい楽しんできちゃおうね!」
とにこにこ顔でそう言った。
行きの道は、ちょっとだけ渋滞にはまったけれど、途中からは空いていた。それも、海が見える道で最高に気持ちよかった。
「湘南の海よりも綺麗だよなあ。色がさあ、すげえ青いしね」
聖君はそんなことを言いながら、運転している。
「そうだね。伊豆の海も綺麗なんでしょ?」
「そりゃもう。ちょっとね、しばらく江の島の海には入りたくなくなるよ」
そうなんだ。
「凪、寝ちゃってる?」
聖君はちらっとバックミラーを見た。
「うん、寝てるよ」
「…助手席に誰もいないのは、ちょっと寂しいよなあ」
「もう一人生まれて、凪とその子が後ろに乗って、私が助手席になるのかな」
「…それか、運転席に桃子ちゃんとか」
「無理無理無理」
「あはは。俺もそう思う」
酷い。だったら言わなくっても。
「あ、でも意外と、運転すると性格変わったりして。スピード狂だったりするかもね」
「私?」
「ってことはないか。ゲーセンでカーレースのゲームすると、悲惨だもんね?まったくスピードも出せず、ほとんど走らないうちにゲームオーバー…」
「そ、そうだよね」
ああ、聖君にはもう私の運動音痴のひどさを、徹底的に知られているもんなあ。
「ねえ、まさかと思うけど、自転車は乗れるよね」
「え?!」
「え?」
「……」
聖君はしばらく黙っていた。私も黙っていた。
「あれ?乗れないとか?」
「うん」
「うわ!初めて会ったよ。自転車に乗れない人!」
酷い。
「付き合ってからだいぶたつのに、自転車に乗れないことは知らなかったなあ」
聖君はなんだか、感心しながらそんなことを言っている。
「でも練習したら乗れるよ。泳ぐのもできたんだしさ」
「必要かな?」
「れいんどろっぷすからも、自転車があったほうがいろいろと行けて便利だよ。母さん、よく自転車でいろいろと出かけてるし」
「え?知らない」
「そう?車の運転できないから、自転車でいろいろと行ってるよ。母さん、好きだよ、自転車」
そうだったんだ。そういえば、素敵な籠のついた自転車が玄関のほうに止めてあったっけ。
「桃子ちゃん」
「え?」
「もうすぐだよ」
「ほんと?!」
ク~~ン。クロが静かにないた。そして顔をあげ、尻尾を振った。ああ、もうすぐ着くのが嬉しいんだね。
凪はまだ寝ている。本当にこの子は車に乗ると寝ちゃうよね。
そして、そこから20分も車を走らせると、素敵なペンションみたいなおうちが見えてきた。一階がカフェになっていて、海に似合うような素敵な家だ。
「到着~~~」
聖君はそう言って、車を停めた。
「ワン!」
クロが思わず吠えた。すると凪が目をパチって開けた。あ、もしかしてクロは凪を起こしたんだろうか。
「凪、ちょうど起きたよ」
「まじ?凪、起きた~?」
聖君はバックミラーで凪を見た。凪は目をぱっちりと開けていた。
「あ~~」
「うん、着いたよ。伊豆だよ」
「う~~~」
凪はぼけっとしているようだが、クロが凪の手をべろっと舐めると嬉しそうに笑った。
聖君は車から降りて、荷物を出したり、凪をベビーチェアーから下ろしたりした。そんなことをしていると、家の中からおばあさんが顔を出した。
「聖、桃子ちゃん、それに凪ちゃん、いらっしゃい!」
「こんにちは」
「ばあちゃん、来たよ~~。ほら、凪、おばあちゃんだよ」
聖君は凪を抱っこしておばあさんに見せた。おばあさんは嬉しそうに目を細め、
「凪ちゃんは抱っこしていきましょうか?」
とそう聞いてきた。
「うん、お願い」
凪はおばあさんの腕に抱かれた。でも、まったく人見知りすることもなく、にこにこしている。さすがだ。
「ワン!」
「クロもいらっしゃい。我が家のクロがお待ちかねよ」
そうおばあさんは言うと、クロも連れて家の中に入って行った。
私と聖君は荷物を持って家に入った。
家の中もまるでペンションのように素敵だ。白木でできている家で、家全体がすごく明るい。
「聖!桃子ちゃん!凪ちゃん!」
家の奥からおじいさんもやってきた。
「よく来たなあ。道、混んでいなかったか?」
「わりと空いてたよ」
「こんにちは」
「ああ、桃子ちゃんも、いらっしゃい。それに、凪ちゃん!瑞希、俺にも抱かせて」
そう言うと今度は、おじいさんが凪を抱っこした。凪はおじいさんが顔を近づけると、顔をぺちぺちとたたいている。
「あはは。可愛いなあ。凪ちゃん」
「さ、あがって。どうぞどうぞ。お店のほうに、空君と春香もいるのよ」
おばあさんがそう言って、先に奥へと歩いて行った。
「凪ちゃん、空に会うのは初めてかあ」
そう言いながらおじいさんも、とっとと廊下を歩いて行ってしまった。
「あ、しまった。凪を空に会わせる気だ」
聖君は顔を曇らせた。
「聖君…。いつかは会うんだし。それより、私、春香さんにもお初だよ。ちょっと緊張する」
私が聖君のそばでそう言うと、
「あ、そうだったね。大丈夫だよ。春香さんもすごく優しいから。ばあちゃんに雰囲気似てるよ」
とそう言ってくれた。
さあ、いよいよ伊豆での日々が始まるんだな。春香さんや空君にご対面だ。