第112話 3人でお買いもの
夜、麻里ちゃんママのことを、お風呂の中で聖君に話した。
「そっか~」
聖君はそう一言言っただけで、何も言わず私を後ろから抱きしめた。
「桃子ちゃんは、俺と結婚したこと後悔したことある?」
「え?あるってまさか、思ってる?」
「思ってないけど…」
「ひ、聖君は?」
「俺?後悔したこと?」
「うん」
「ないよ。あるわけないじゃん」
良かった…。
「私だってないからね?こんなに毎日幸せなのに、後悔するわけないもん」
私がそう言うと、聖君はもっと力を入れて抱きしめてきた。
「だけど、核家族って大変なんだね」
「ん?」
「私はお父さんもお母さんもいて、杏樹ちゃんだって凪の面倒を見てくれるでしょ?」
「でも、麻里ちゃんママも、同居していたんでしょ?」
「あ、そうか。それも苦痛だったみたいだなあ」
「桃子ちゃんは、いるだけで周りが癒されちゃうから」
「え?それって、なにか関係するの?」
「もちろん。うちの家族みんなが、桃子ちゃんに癒されてるから。桃子ちゃんもね、うちの家族をあったかくする要素の一つなんだよ?」
「…要素?」
「桃子ちゃんが欠けただけで、きっとうちは寂しくなっちゃう」
「え?」
「桃子ちゃんがもうすでに、おっきな存在だってこと」
うそ。本当に?
「俺にとっても!」
そう言うと、聖君はムギュウって言ってまた抱きしめてきた。
ああ、そう言ってもらえるのがすごく嬉しいなあ。
「楽しみだね」
「え?」
「伊豆」
「うん!すっごく楽しみ」
そうだった。もうすぐなんだ。そろそろ本当に準備をしないとなあ。
翌日、私と聖君は伊豆に行く準備を始めた。
「凪のオムツ、もうすぐなくなるから買ってこないとなあ」
聖君がぼそっとそう言った。
「一緒に買いに行く?」
それから私のほうを見て、そう言ってくれた。
「うん!」
「じゃ、凪と3人で午前中はお買い物に行こうか」
「うん!!!」
嬉しい!
「くす」
「何?なんで笑ったの?」
「だって、桃子ちゃん、ただ買い物に行くだけなのにすごく嬉しそうだから」
「だって、嬉しいもん」
「あはは。だから俺、桃子ちゃん大好き」
「私も聖君大好き」
そう言って聖君の背中に抱きついた。
「じゃあ、車出して、ランチもしてきちゃう?」
「うん!!!」
私はるんるんで支度を始めた。凪にもちょっとおしゃれをさせ、私もワンピースを着た。そして一階に下りて行くと、聖君は、Tシャツと7分丈のパンツ。いつもと変わらない恰好のまんま。
「さ、車店の前に回してきたから、行こうか」
「…聖君は着替えないんだよね?」
「え?これ、変?」
「ううん」
「あ、桃子ちゃんは、ワンピース…。それに凪ももしかして、よそ行きの服?」
「うん、一応」
「ごめん、着替えてくるよ」
「いい、いい!そのままでいい!」
「ほんと?せめて、この上にシャツくらい羽織る?」
「ううん、今日暑そうだし、いい」
聖君とお店に行き、
「じゃ、行ってくるね」
と聖君はお母さんに声をかけた。
「いってらっしゃい。あ、頼んだもの忘れないでね」
「うん」
「桃子ちゃんと凪ちゃんもいってらっしゃい。買い物楽しんでね」
「はい、ありがとうございます。行ってきます」
お母さんににこにこ顔で見送られ、寂しそうなクロの頭を撫でてから、私は店を出た。心なしか凪も、クロと離れるのを寂しがっているかのように、クロのほうを見て、
「あ~~」
と手を伸ばしていた。
「クロは一緒に行けないんだよ?」
お店を出ると、聖君も気が付いていたのか凪にそう言った。
「でも、クロも伊豆には連れて行くから、ね?凪」
「あ~~う~~~」
お、凪がなんだか嬉しそうだ。
「凪って、言葉もうわかってるのかなあ」
私は凪の顔を見ながら、そう聖君に聞いた。
「あはは、意外と全部わかってたりしてね?」
聖君は笑いながらそう言うと、後部座席のドアを開けた。
後部座席に凪のベビーチェアーが置いてある。そこに凪を座らせ、私もその隣に座った。
「もうこの車じゃ、小さいよね。そろそろ、8人乗れるバンでも買わないとなあ」
聖君が車を発進させてそう言った。
「あれ?伊豆にはどうやって行くの?この車じゃ、乗りきれないよね」
「ああ、言ってなかったね。母さんと父さんと杏樹は電車で後から来るよ」
「え?そうなの?」
「うん。俺、桃子ちゃん、凪が第一陣。あ、それからクロも」
「え?じゃあ、やすくんは?」
「やすは後から来るよ。なんだっけなあ。学校の講習があるとか言ってたな。伊豆にも俺らは1週間いる予定だけど、やすは3泊くらいしかできないみたいだ」
「杏樹ちゃん、寂しいね」
「いや。あいつ、やすと一緒に帰りは電車で帰るって言ってたから。2人きりになれていいんじゃないの?」
そうなんだ。知らなかった。
「お母さんとお父さん、いつ来るの?」
「俺らが行った次の日かな。父さん、今ちょっと仕事で立て込んでるみたいだから」
「そういえば、今日も部屋に閉じこもってたね」
「うん。多分しばらく、缶詰め状態だな。それが終わってから伊豆で、羽伸ばすって言ってたし」
「大変だね」
「え~~?そう?俺にはそう見えないよ。だって、家で仕事できるんだし。家にいたら可愛い凪にだって、いつだって会えるんだよ?」
「……そ、そうだけど」
「俺が大学行ってる時だって、凪に会えちゃうんだよ?」
「…」
もしかして、妬いてる?
「聖君も将来、家で仕事ができるような職に就いたら?」
「あ、そうか。それもいいね!」
聖君はそう言うと、鼻歌を歌いだした。
そしてあっという間に、ショッピングモールに着いた。凪は車だと、眠くなるようで、今も寝かかっていたんだけど、聖君が車から凪を降ろすと、ぱちっと目を開けた。
「あ、起きた?凪、これからお楽しみのショッピングだよ?」
凪に聖君はにこにこ顔でそう声をかけた。
「あ~~」
お。寝るところを起こされ、不機嫌になるかと思いきや、凪、ご機嫌だ。外に出られたのが嬉しいのかな。
凪は本当に、あまりぐずらないいい子だ。今もベビーカーの中で、辺りをきょろきょろと見ながら、嬉しそうにしている。
それとも、ぐずらないいい子なんじゃなくって、いつでも気持ちが安定できるような環境にいるんだろうか。なにしろ、いつも周りには誰かがいて、凪のことを見守っているし、いつでも、あの家は明るく、あったかく、優しいからなあ。
それに、なんといってもこの溺愛してるかもっていうくらい、凪のことを可愛がっているパパがいるんだもんなあ。そんなパパと一緒なら、そりゃ機嫌もよくなるかあ。
私も、凪にちょっとだけ妬けちゃうけど、でも、聖君と一緒にショッピング、すごく嬉しいもん。
それにね、今日の聖君、Tシャツと7分丈のパンツってだけなのに、すごくかっこいいんだもん。靴だって、サンダルだよ?浜辺に散歩に行くような、そんなサンダルなのに、なんでこんなにさまになってるんだろう。
ほら。周りの奥様方が、聖君を見ている。
「ベビーカー押してるけど、パパなのかしら。若いパパねえ」
「すごくイケメンのパパさんねえ」
なんて声が、すでに聞こえてきた。
ちょっと、いや、かなり、嬉しい。そのかっこいい人が、私の旦那さんなんです~~~。
「奥さんはいないのかしら。赤ちゃんと2人で買い物?」
え?待って、待って。ここにいるってば。
私はほんのちょっと聖君と離れて歩いていたけど、慌てて聖君の横に行き、聖君にぴとっとくっついた。
「あら、いたわ」
そんな声がして、それからその奥様方は行ってしまった。
「桃子ちゃん、まず、何から買おうか」
「オムツ」
「……了解」
聖君とまずはドラッグストアーに入った。
「オムツと、あと粉ミルクも一応買っておく?」
「うん。また出が悪くなったら困るもんね」
「……でも、最近はちゃんと出てるんでしょ?おっぱい」
聖君が小声で聞いてきた。
「うん」
「ちゃんと俺が、マッサージしてるからかなあ」
「そうかも」
「じゃ、伊豆でもばっちり、マッサージするからね?」
「…う、うん」
ちょっと今、店員さんがこっちを見た気がした。今の話、聞かれていたのかなあ。なんだか、恥ずかしいかも。
「ミルクと、あとは…。凪、何が必要?」
「あ~~~~」
凪は手を伸ばし、なぜか離乳食の瓶を指差した。
「え?凪にはまだ早いでしょ?ね?桃子ちゃん」
「うん。まだだと思う」
「う~~」
「あはは。もう、凪は食いしん坊になるんじゃないの?誰に似た?あ、俺か」
聖君はそんなお茶目なことを言った。すると、近くにいる若い女性の店員さんが笑った。
「お若いパパなんですねえ」
そしてそう言って、聖君に近づいてきた。あ、かなり美人さんだ。
「……はい」
聖君は一言そう答え、その店員さんには話もせず、
「桃子ちゃん、他に何かいる?いらなかったらレジに行くけど?」
とこっちを向いた。
「うん。これだけでいいよ」
すると聖君はさっさとレジに行ってしまった。
残された店員さんは、がっかりした顔をしている。
良かった。あんな美人さんとべらべら話をされたら、私妬いてるところだったかも。
でも、こういうところが本当に、聖君の徹底しているところというか、安心していられるところだよなあ。女の人とほとんど話さないんだもん。
それからドラッグストアーを出て、私と聖君はベビー服をついつい見に行ってしまった。
「うお!可愛い、これ!!」
ああ、聖君が目を丸くして喜んでいる。
「ねねね、桃子ちゃん。これ、凪に似合うと思わない?」
「本当だ」
「買っちゃう?伊豆で着せちゃおうよ」
「そうだね。安いしいいかも」
「やったね、凪」
ああ、親ばか聖君になってる。
「あ!桃子ちゃん、この帽子も凪に似合うと思わない?」
「え?でも、凪、帽子持ってるよ」
「だけどさあ、浜辺に行ったりしたら汗かくし、帽子一個で足りないかも」
え…。
「安いよ!今日の服にも似合っちゃうし、買っちゃう?」
「………いいけど」
「やったね!凪」
いいのかなあ。本当に聖君は、凪のこととなるととたんに、衝動買いもしちゃうんだから。いつもはそんなでもないのに。
「ねえ、聖君は自分の服とか買わないの?」
「俺?うん、別にいいよ。あ、桃子ちゃんのも買いに行こうか?」
「ううん、私も今あるので十分」
「ほんと?いいよ?なんか夏物の服買っても」
「うん。本当に大丈夫」
そう言うと、聖君は黙り込んでじっと私を見た。
「?」
「俺に、遠慮してない?」
「え?うん」
「俺がバイトだけで、生活費も稼げていないからって、遠慮してない?」
「へ?」
「そりゃ、高い服は買ってあげられないかもしれないけど、でも、大丈夫だよ?今日だって俺、カードも持ってきたし」
「いい、いい。本当に遠慮してるわけじゃないから」
聖君はまだ、私を見ている。
驚いた。そんなこと思ってるなんて。
でも、そうだよなあ。椎野家では、私が買い物に行く時は母からお金をもらっていた。洋服も母は出してくれたけど、榎本家では、聖君からもらうことになるんだ。
そうか。聖君が私の旦那さんなんだもんなあ。
「桃子ちゃん」
「え?」
「店で働いてくれてるんだし、バイト代、母さんに頼んでみようか?」
「へ?」
「そのお金なら、桃子ちゃん、自由に使えるでしょ?」
ええ?まだ、私が遠慮していると思ったのかな。
あ、それとも…。
「私、いつも、あれかな。みすぼらしい恰好してて、だらしないかな。もっと、ちゃんとオシャレもした方がいいかな」
気になって聞いてみた。そういえば、最近はよごれてもいい恰好とか、すぐ凪におっぱいをあげられるような服とか、そんなのばっかり着てて、オシャレなんて気にしていなかった。
お出かけの服だって、このワンピースだけだし。
「いや、大丈夫だけど。いつも、可愛いけどさ…」
聖君は慌ててそう言った後に、凪の顔を覗き込み、
「うん。でも、やっぱり、桃子ちゃんの服も見に行こう。凪のばっかり買っちゃったら、ママ、すねちゃうもんね?」
となぜか、凪に言っていた。
す、すねないってば。
いや、待てよ。すねてたかな?もしかして。凪の服ばっかり聖君が買おうとするから。
それ、顔に出ちゃってたかな。
聖君は凪の帽子をあきらめ服だけ買うと、私を連れて、女の子の洋服売り場に行った。そして、
「うわ。可愛い赤ちゃん!え?パパなんですか?」
「きゃあ、若いパパですね。かっこいい!」
と、若い店員さんたちに、さわがられることとなった。
「え…っと」
聖君の顔は引きつっていた。
「奥さんですか?奥さんの服を見に来られたんですか?こんなにかっこいい旦那さんで、羨ましい!どこで出会ったんですか?」
「……え?う、海で」
「ナンパですか?」
「い、いいえ」
私までが、困り果てることとなった。
そして、店員さんにずっと話しかけられていて、私の洋服選びもなかなかできずにいた。
疲れ果てた私と聖君は、お腹が空いて凪がぐずりだしたので、そのお店から出た。
「おっぱいあげてくる。聖君は自分の服とか見ててね?」
そう言って、私は授乳室がベビー用品売り場の近くにあったので、ベビーカーを押してそこに行った。
凪はおっぱいを飲み終え、オムツを替えてあげると眠そうな顔をした。
「あ、寝ちゃうかな」
メールで聖君の居場所を聞き、そこに向かった。聖君はベンチに座って待っていた。
でも、そこに女の子二人が近づき、聖君に声をかけた。
あ!!!やばい。逆ナンされちゃうかも!
私が慌てて、聖君のもとに行くと、
「あ、来た」
と、聖君は私に気が付いて、ベンチから立ちあがった。女の子二人も私のほうを見ると、
「え?まさか、結婚しているとか?」
と目を丸くしている。
やっぱり、逆ナンされてたか。
「うん。奥さんと娘。あ、凪、寝ちゃったの?」
ベビーカーを覗き込み、すやすやと寝ている凪を見て、聖君が聞いてきた。
「あ、本当だ。凪、やっぱり寝ちゃったんだ」
「じゃ、ちょうど良かった。寝てる間に、俺らも昼を食べちゃおう?」
「うん」
聖君は、女の子二人のことはすっかり無視して、私と歩き出した。
「腹減った。どこで食う?」
聖君はそうにこにこしながら聞いてくる。
「えっとねえ」
私もそんな聖君に、にこにこ顔で答えた。
「あれ?聖君、洋服買ったの?」
聖君の手には、紙袋があった。
「ああ、これ。桃子ちゃんの服」
「え?」
「きっと似合うと思うよ?」
うそ。待ってる間に買ってくれたの?嬉しい!
ああ、やっぱり、私、幸せだ。
それから聖君とランチを食べ、ショッピングを楽しみ、私たちは午後、れいんどろっぷすに帰って行った。
そしてリビングに行って、聖君の買ってくれた服を見た。
うわあ。可愛いチュニックだ。そういえば、聖君は若い店員さんに話しかけられながらも、周りにあった服を何気に見ていたっけ。その時にちゃんと、私に似合いそうな服を見ていたのかもしれない。
「聖君、ありがとう」
車を駐車場に入れ、リビングに来た聖君にお礼を言うと、
「当ててみて?」
と聖君に言われた。私は立ち上がり、チュニックを当ててみた。
「どうかな」
「うん。やっぱり、似合う。小さな花柄、桃子ちゃん似合うもんね?」
「…ありがとう」
なんだか、照れくさくなった。でも、すっごく嬉しい。今、抱きつきたいくらい嬉しい。
「聖君」
ギュ!思い切り抱きついてしまった。
「ん?」
「すっごく嬉しい」
「あはは。それで抱きついてきたの?」
「うん!」
「もう!桃子ちゃんってば、可愛いんだから!」
聖君も私を抱きしめてくれた。
私の横ではプレイマットに寝かされ、クロのことをペちぺちとたたきながら、凪がご機嫌でいる。
やっぱり、こんなふうにパパとママがいつも仲良くって幸せだから、凪もご機嫌なんだよね。
なんて、そんなことを私は感じて、幸せで胸をいっぱいにしていた。




