第110話 いよいよ告白
そして、そして、そして…。
いよいよ、部活から杏樹ちゃんが帰ってきて、告白の時間が近づいてきた。
もちろん、杏樹ちゃんはそんなことも知らず、朝、やすくんがクロの散歩に来なかったことをいまだに気にしているようだ。やすくんにいつもなら元気にあいさつをするのに、ちょっと話しかけるのも躊躇して、そのまま家に上がって行ってしまった。
私は、キッチンで洗い物を手伝っていた。凪はお父さんがお風呂から出て、ずっと見ていてくれている。聖君は、やすくんとホールのほうに出ていた。
やすくんが、テーブルの上の食器を片づけにキッチンに来て、またホールのほうに行こうとしたとき、杏樹ちゃんがすでに制服から着替えをしてお店に出てきて、
「朝、クロの散歩…」
といきなり、やすくんに話しかけた。
やすくんは、いきなりだったからか、それとも告白のことを意識しているからか、ものすごく驚いて杏樹ちゃんを見た。
「え?何?」
その驚きように、杏樹ちゃんの方もびっくりしている。
「あ、なんでもない」
杏樹ちゃんは話しかけるのをやめてしまった。ああ、じれったい。
でも、そんな二人も、あと少ししたら、両思いだってことに気が付くんだね!
きゃ~~~~~。
他人事ながら、ドキドキもんだ。私はキッチンで洗い物をしながら、一人で舞い上がっていた。と、その時
「あ!」
ガチャン。と、ガラスの割れる音が聞こえた。
どうやら、やすくんがコップを割ったらしい。
「すみませんでした」
やすくんが、思い切り謝った。
「いいよ。それより、今、箒持って来るから、そのままにしておいて」
聖君はそう言うと、さっさと箒と塵取りを持って割れたコップを片づけだした。
「あ、あの…。それ、バイト代から引いてください」
やすくんが、袋を持って来て、集めたコップの破片を入れようとしながらそう言った。
「やす、いいよ。怪我したら大変だから。それ、俺がやるから」
「でも、俺が割ったんすから」
「いいって」
聖君はそう言うと、やすくんをその場から離れるように指示した。やすくんは、すみませんとまた謝った。
「やすくん、コップの代金はいいからね」
お母さんが優しくそう言うと、やすくんはお母さんのほうを見て、
「そんなわけには…」
と青ざめながら言った。
「いいのよ。聖なんて、いくつ割ったかわからないんだから。でもこの子、弁償するとも言わないし、ちゃっかりしっかり、バイト代はもらってるんだし。やすくんもいいのよ。そんなに気にしないで」
お母さんがそう言うと、聖君が箒と塵取り、そして割れたガラスを片した袋を持ってやってきて、
「そ。そういうこと。弁償なんていいからさ、気にすんなよ。それより、お前が怪我されたほうが、こっちには痛手だから、その辺だけは気を付けて」
と、やすくんに優しくそう言った。
「すみません」
やすくんは、小さくうなだれながら謝った。
杏樹ちゃんはずっとそれを黙って、ちょっと離れたところから見ていた。でも、やすくんがうなだれていると、ちょこちょこと近寄ってきて、
「やすくん。私も割っちゃったことあるよ。誰でもそんな失敗するから、気にすることないよ」
と笑顔を作ってそう言った。
「……」
やすくんは何も答えず、ただ杏樹ちゃんを見た。杏樹ちゃんは、やすくんが何も答えないからか、ちょっと困ったっていう顔をした。
「あ、うん。ありがとう」
やすくんがやっと口を開くと、杏樹ちゃんは、ホッとした顔をしてまた笑ってうつむいた。
「………」
やすくんは、そんな杏樹ちゃんをじっと見てから、杏樹ちゃんと目が合うと、さっと視線を外し、またホールのほうに出て行った。
やすくん、今、どんな気持ちでいるのかなあ。ドキドキ?それとも、ただただ、緊張?
告白って、きっと不安でいっぱいだよね。思いを告げるのはきっと、怖いし、すごく勇気がいることだよね?
私は、自分で告白する前に、聖君には知られちゃってたし。だから、告白するっていうのが、どんな感じなのかわかんないけど。っていうか、告白する気もまったくなかったんだっけ。
そして、時間はあっという間に過ぎ、お客さんがみんないなくなると、
「杏樹、やすくんと夕飯食べちゃって」
と、お母さんがカウンターに2人分の夕飯を置いた。
「え?私もここで?」
あ、杏樹ちゃん、かなり緊張してる。朝のこと、まだ気にしてるのかな。
「じゃ、俺らはリビングで食べようっと。桃子ちゃん、リビングに行こう。母さんもあと片づけなら俺がやるから、一緒にあっちで食べようよ」
そう聖君が言うと、お母さんは、
「そう?じゃ、そうしようかしら」
と言って、エプロンを外した。
パートの人はすでに、帰っていた。いつも、最後のお客さんがいようがいなかろうが、パートさんは8時半になると帰って行く。
「さて。じゃ、やすくん、杏樹。食べ終わったら、シンクに食器入れといてね。聖が洗ってくれるって言うから」
お母さんはそう言って、私たちと一緒にリビングに上がった。
ドキドキ。お店に杏樹ちゃんとやすくんの2人きりだ。
どうやってやすくんは、切り出すのかな。食べてる時にいきなり、告白はしないよね。
それとも、食べ終わって帰る時に、告白するんだろうか。
きゃ~~~。他人事ながら、ドキドキしちゃって、全然夕飯も喉を通らないよ。
「桃子ちゃん」
「え?」
「顔赤いけど、もしかして、気になってる?」
「う、うん」
「実は俺も~~~~」
聖君はさっきまで、クールな顔をしていたのに、いきなりにやついた。
「ああ、とうとう、来ちゃったね」
「え?」
「杏樹、どうするかな」
「うん」
「俺もドキドキ!」
聖君がそう言うと、お母さんとお父さんが、何々?と聞いてきた。
「内緒」
「なんで?教えろよ。杏樹が何?あ、まさか、やすくんが告白でもするとか?」
お父さんって、いつも思うけど、勘が良すぎる!
「な、な、内緒」
聖君は、鼻をひくひくさせながらそう言った。うわ。それじゃ、ばればれだってば。
「お前、嘘が下手になってるね。その鼻をひくひくさせる癖、桃子ちゃんの癖じゃなかった?」
お父さんがそう言うと、
「ゲ!俺、うつってる?癖がうつってる?」
と聖君は本気で嫌がっていた。
酷い…。
「そうか。いよいよ、あの二人、結ばれるのね」
お母さんがそう言うと、聖君は、
「母さん。言い方が変だって。それじゃ、なんだか意味深な言い方になってるって」
と、そうつっこみを入れた。
「でも、カップル誕生でしょ?れいんどろっぷすって、よくカップルが誕生すると思わない?」
「あはは。そういえば。恋が叶っちゃうカフェなのかな」
「そんなことがもし、ネットで紹介されてみろ。また人が押し寄せてきて大変なことになるから」
お父さんが笑いながらそう言った。
「そうね。じゃ、秘密にしておきましょう」
お母さんはそう言うと、なんだか嬉しそうに笑った。
「きゃ。杏樹とやすくん、どうなるのかしら。明日とか、どんなふうになるのかしら。楽しみねえ」
お母さん、まるで女子高生のようにはしゃいでるし。
「杏樹とは、恋の話とかいっぱいしたかったの。でもあの子、花より団子で、まったく恋に興味なかったでしょ?だから、本当に楽しみ」
そういえば、そんなようなことお母さん、前にも言ってたっけ。
私たちはドキドキしながら、夕飯を食べた。そして、夕飯が終わっても、食器を片づけに行かず、リビングでみんなして、しばらく静まっていた。
「なんか、お店から話し声もしてこないわね」
「うん」
「まさか、杏樹、ふっちゃったんじゃ」
「まさかだろ」
聖君が肩をすぼめてみせた。
「何で静かなのかな」
「母さん、ちょっと見てきて」
「嫌よ。2人の邪魔するみたいじゃないの」
「でもさ、食器を片づけに行くふりしてみて来てもいいじゃん」
「聖が行ってきなさいよ」
「俺は駄目だよ。やすに、今日コクるってこと聞いてるんだから。まるで偵察にでも来たのかって思われるだろ?」
「偵察?」
「いや…。盗み聞き?違うか。邪魔をしに?とか?」
「わかった。俺が行ってくる」
お父さんはそう言うと、食器をトレイにどんどん乗せて、さっさとお店に行ってしまった。
「あ…」
私と聖君、そしてお母さんは、そんなお父さんの後姿に、なぜかわからないけど、手を振っていた。
そしてまた、3人で沈黙のままリビングでじっとしていた。凪だけがクロの尻尾で遊んでいて、あ~う~話をしている。
そしてすぐに、聖君のお父さんはリビングに戻ってきた。
「どうだった?」
「うん。2人とも店にいなかった」
「へ?」
「外で話してるみたいだ。ご飯はもう済ませたみたいだぞ」
「なんだよ~~~。すげえ、気を使っちまったじゃんか」
聖君がいきなり大きな声でそう言うと、そのままソファアに寝転がった。
「疲れた」
「本当よね」
お母さんまでがそう言うと、立ち上がり、
「コーヒー淹れてくるわ。聖も爽太も飲むでしょ?」
と聞いた。
「あ、俺も店に行く」
「私も」
お母さんにくっついて、私と聖君もお店に行った。そして、コーヒーをお母さんが淹れている横で、2人して窓の外を見ていた。
「ウッドデッキのベンチで話しているのか。あいつ、俺らに聞かれたくなかったのかな」
「かもね」
2人の後姿が見えた。でも、顔の表情はわからないし、もちろん声も聞こえない。
「コクってるのかなあ、あいつ」
聖君はそう言いながら、じっと外を見ている。
「ドキドキしちゃうね」
私がそう言うと、お母さんが、
「本当よね」
とまた、嬉しそうにそう言った。
コーヒーが入ると、お母さんはお父さんの分も持って、リビングに行った。私と聖君は、お店のカウンターに座ってコーヒーを飲んだ。あ、私はコーヒーじゃなく、ホットミルクだけど。
「告白するって、どんな感じかな」
聖君がぽつりとそう言った。
「そうだね。どんなかな」
「緊張するよな」
「うん、勇気もいるね」
「…やすは今、勇気を持って、告白してるんだな」
「うん…」
「いいね。青春だねえ」
「それ、まるでもう青春が終わった親父の言うセリフみたいだよ」
私がそう言うと、聖君は私の顔に顔を近づけ、
「俺は青春って言うよりも、今はね、アットホームなドラマの中の主人公してるよ」
とにこりと笑ってそう言った。
「アットホーム?」
「そう。ほんわか幸せなホームドラマ。可愛い娘と、大好きな奥さんと、それに明るい両親。ね?最高のドラマの中にいると思わない?」
「うん。思う!」
「すげえハッピーだから、俺は俺のこのドラマが気に入ってる。青春してるのとはちょっと違うけど」
「うん」
「でも、ラブストーリーものだけどね?」
「え?」
「それも、ラブラブ、アツアツ。バカップルもののラブストーリー」
「ハッピーエンドの?」
「もっちろん」
そんな話を聖君としていると、カランとドアの開く音がした。
2人して、同時に思い切りドアのほうを向いた。すると、杏樹ちゃんが私たちに気が付き、うつむきながらお店の中に入ってきた。
「あ、杏樹?今までやすと外にいたのか?」
そんなことを聖君が聞いた。
「うん」
「やすは?」
「帰った」
杏樹ちゃんはそう言うと、その場に立ちすくんだ。
「ど、どうした?」
ドキドキ。杏樹ちゃんの反応が変で、私たちはものすごく心配になってきていた。告白されて嬉しいって、顔を赤くしてお店に入ってくるかな…とか、もしかして嬉しくて泣いてるかも…なんて想像していたから、こんなに静かにしている杏樹ちゃんを見て、私も聖君もどうしていいか、わからなくなっていた。
「あ、杏樹?」
聖君は椅子から下りながら、杏樹ちゃんに話しかけた。
「どうした?」
とっても優しい声で。すると、杏樹ちゃんは一気に聖君に近づいてきて、
「お兄ちゃん」
と言って抱きついた。
「な、何?どうした?なんかあった?」
聖君は焦っている。でも優しく抱き留めてあげている。
「夢かな」
「え?」
「夢だよね?そうだよね?」
「何が?」
「私、ほっぺたつねったの。でも痛くないし」
「え?何があった?」
「や、やすくんが、私のこと好きだって」
わあ。やっぱり、告白したんだ!
「本当か?すげえ。杏樹、よかったじゃん」
「ううん」
「え?」
「これ、夢なの」
「へ?」
「夢なの。絶対に夢なの」
そう言うと、杏樹ちゃんは、え~~んと泣き出してしまった。
うわ~~~~。杏樹ちゃん、可愛い~~。可愛すぎる~~。
私まで思わず、もらい泣きをしてしまった。
「杏樹、俺がつねってあげようか?夢じゃないよ?これは現実」
聖君は優しくそう言うと、背中をぽんぽんとしてから、杏樹ちゃんの髪を撫でた。
「でも、信じられないよ」
「やすの告白が?」
「うん」
「なんで?」
「だって、今日、散歩も来てくれなかったし、なんだか、態度も変だったし」
「そりゃ、告白しようと思ってて、やすもずっと緊張してたんじゃないの?」
「それで?それで変だったの?」
「多分ね」
「…」
杏樹ちゃんは目にいっぱいの涙を浮かべながら、聖君の顔を見た。そして、
「夢じゃないの?」
とまた、聞いた。
「夢じゃないよ。よかったな?杏樹もちゃんと、やすに言ったのか?好きだって」
「……言ってない」
「え?」
「私、これ夢だよねって言って、ほっぺたつねった。やすくん、なんだか笑ってた」
「じゃ、杏樹がやすのこと好きだっていうのは、伝わったかもな」
「……。う、うん。夢でも嬉しいって、私言ってたかも」
「あはは。そうなんだ」
「うん。正夢ならいいのにって、言ったかも」
「やす、どうした?」
「夢じゃないよって、何度も言ってた」
「あはは。そっか」
「…そうなんだ。夢じゃないんだ」
杏樹ちゃんはそう言うと、また顔をくしゃってして泣き出した。
「杏樹、よかったね」
聖君はまた、優しくそう言って杏樹ちゃんの背中をぽんぽんってしてあげた。
そして聖君は私を見て、もらい泣きしている私のことを優しく見つめ、クスッと笑ていた。
杏樹ちゃん、よかったね。そしてやすくん、勇気出したんだね。
恋がうまれちゃうカフェ、本当にそうかもしれないな…。だって、ここはいつもあったかくって、幸せになれる場所なんだもん。