第108話 恋の応援
その日、お風呂に聖君と一緒に入りながら、私は今日の出来事を話した。聖君は自分の体を洗いながら、話を聞いてくれた。
「麻里ちゃんのママ、麻里ちゃん連れてお店に来たいって言ってたけど、赤ちゃん連れで、大丈夫かな」
「そうだなあ。あんまりうちの店では、赤ちゃん連れは歓迎しないっていうか」
「どうして?」
「狭いからベビーカーも置けないし、子供用の椅子も用意していないしね。それに、泣いたり暴れたりすると、他のお客さんに迷惑だし」
「そういえば、あんまり子供連れって来ないよね?断っていたの?」
「いや…。でも、噂にでもなってるんじゃないのかな。れいんどろっぷすはあまり、子供を連れていけそうもない店だって。でも、幼稚園くらいの子なら、たまに来るけどね。でも、ごくごくたま~にだね」
「そうだよね。あんまり子供、来ないよね。じゃあ、断ったほうがいいかな」
「うちに遊びに来てもらえばいいじゃん。リビングのプレイマットで遊んで行ってもらったら?」
「え?いいの?!」
「父さんなんて、きっと喜ぶよ」
「聖君もいいの?」
「いいよ?でも、そんときには俺、店の手伝いしてるね。ママさんたちって、ちょっと苦手だから」
「……なんで?」
「何話していいか、わかんないしさ」
「ほんと?」
「何?桃子ちゃん。何を疑ってるの?」
聖君はバズタブの中に入ってきて、私の後ろから抱きついて聞いてきた。
「ううん。あんまり、仲良くなったら、私きっとやきもち妬いちゃうから、仲良くしてほしくないなって思ってたんだ。だから、苦手って言ってくれて、ほっとしちゃった」
正直に聖君にそう言うと、聖君は私のうなじにキスをして、
「桃子ちゃんたら、やきもち妬き!」
と可愛い声でそう言った。
「俺が公園で、他のお母さんたちに囲まれて、ひやひやしてた?」
「うん、してたよ」
「私の旦那さんに手を出さないでって、心の中で言ってた?もしかして」
「叫んでた」
「もう~~。桃子ちゅわんったら!」
そう言うとまた、聖君は私を抱きしめる。
「でもさ、俺、思ってたんだ。実はこっそりと」
「何を?」
「たくさん、ママさんたちいたけど、桃子ちゃんが一番かわいいって」
「え?」
そんなこと思ってたの?
「俺の奥さんと娘が、一番だなあって、そう思いながら公園にいた」
うわ。ほんと?なんだか、それを聞いて顔が熱くなってきた。
「だから、安心して?俺、桃子ちゃんしか可愛いって思わないし、他の人、ほんと~~~にどうでもいいから」
「う、うん」
聖君は私のうなじにキスをして、それから肩や背中にまでキスをした。そして、
「ムギュ~~~」
と言いながら、抱きしめてくる。
ほわわん。聖君の腕の中って、どうしてこうもドキドキしちゃうんだろう。それになんだか、ぼ~~っとしてきた。
「そろそろ出ようか。桃子ちゃん、のぼせたら大変だし」
「え?うん」
あ、なんだ。のぼせてたのかな、私。
それから、聖君と一緒にお風呂を出た。そしてリビングに行くと、なぜか凪はやすくんと遊んでいた。
「やす、なんでいるの?」
聖君が驚いてそう聞くと、
「あ、すみません。コンビニで偶然杏樹ちゃんに会って、そのまま一緒に来ちゃいました」
とやすくんは答えた。
「……」
聖君はやすくんの顔を、眉をしかめてじいっと見ている。
「あ、本当に偶然です」
やすくんは、疑いの目で見られていると思ったのか、もう一回念を押すようにそう言った。
「ふうん」
聖君、まだ、疑ってるな…。まさか、やすくんがストーカーみたいに、杏樹ちゃんを待ち伏せしてたとか思ってるわけじゃないよね?
「で、杏樹は?」
聖君がそう聞いたとき、ちょうど杏樹ちゃんが2階から下りてきた。
「あ、お兄ちゃん、お風呂出たの?」
「お前、部活終わってまた、コンビニ辺りでうろうろしてたのか?」
「う、うん。ちょっと話しこんじゃってて。そこにやすくんがちょうど来て、もう遅いからって送ってくれたんだ」
「…そうだったのか。やす、悪かったな。でもこんな不良、ほっておいていいからな」
聖君がそう冷たく言った。
「不良じゃないよ。まだ、9時半だよ?」
「もう9時半だろ?夕飯はどうしたんだよ」
「マックで食べてきた」
「そのあと、コンビニ?」
「買い物があったんだもん」
「一人で?じゃないよな。話しこんでたって…。友達とだろうけど、女の子だけで夜遅くまでいたら、危ないって前にも言ったよな?」
「女友達じゃないから、大丈夫」
杏樹ちゃんはそう言った後、ちらっとやすくんを見た。やすくんは、凪のことをずっとあやしていた。
「男?あ、もしかして、名前忘れたけど、元彼か?」
「……」
杏樹ちゃんは、聖君に目配せをした。やすくんに聞かれたくなかったようだ。でも、聖君はそれに気づいているのか、いないのか、
「元彼って言ったって、男は男!それに、そいつは杏樹のことを遅くまで引き留めたくせに、家まで送ろうとしないんだろ?そんなやつといつまでも、ひっついてるのはやめろよ」
と続けた。
やすくんは、凪のことをあやすのをやめて、ちらっと杏樹ちゃんを見た。杏樹ちゃんはそれに気が付いたらしい。
「……でも、別に悪い人じゃないし」
「……ふうん。お前、まさかまだ、そいつに気があるの?」
うわ!聖君!やすくんの前でなんでそんなことを、聞くわけ?
「な、ないよ。もう未練も何もないもん」
「じゃ、なんで今でも、そうやってたまに会ったりしてるわけ?」
「電車でたまたま、会っちゃったんだもん」
「それで?」
「一緒に飯食おうって言われたから」
「…ふうん」
聖君は、また納得のいかないって言う顔で、そう言った。
「だって、なんて断ったらいいのか…」
「なんてって、そんなの簡単だろ?食べないで家で食べるって言って、帰って来いよ」
「……うん。でも、家で夕飯の用意してるのかって聞かれて、帰ってから用意をしてくれるから、別に食べて行っても平気ってつい、言っちゃった」
「ふうん」
あ、聖君、眉間にしわまで寄ってるよ。
「それに、彼氏でもいるなら悪いから誘わないって言われて、ついいないって言っちゃったから」
「ふ~~~~ん」
あ、聖君、そう言いながら、やすくんのほうを見た。
やすくんは、杏樹ちゃんを見ながら顔を青くしている。
「わ、私、シャワー浴びてくる。あ、やすくん、送ってくれてありがとう。それじゃ」
杏樹ちゃんは、気まずくなったからか、慌ててその場から逃げた。
「…なんなんだ。杏樹の奴。なんだって、元彼といまだに飯食ったりするんだ?」
「友達だって言ってたよ?前に」
私が聖君の独り言にそう答えると、聖君はくるっとやすくんのほうを向いた。
「お前、いいの?」
「え?なんすか?」
「彼氏がいないからって、他の奴と飯食ってきちゃってていいわけ?それも、元彼だよ?また、杏樹と付き合いたいだなんて言いだして来たらどうすんの?」
「あ、杏樹ちゃん、まだ元彼のこと?」
「さあね。でも、未練があろうとなかろうと、お前がここは、押して押して押しまくるところなんじゃないの?」
「む、無理ですよ。そんなの」
「なんで?!」
聖君が、やすくんに言い寄った。
「杏樹ちゃんが、俺より元彼に気があるなら、そんな、押しまくってもフラれるだけです」
「……は~~~~」
聖君は、いきなりため息をついた。
「俺、どうもあの元彼、初めからいけ好かない野郎だって思ってたんだよね」
「は?」
「杏樹には、似合わない。つうか、杏樹を大事にしそうにない」
「……」
やすくんは黙って、聖君の言うことを聞いている。
「俺、やすのことは信頼してるっていうかさ、やすなら、杏樹を大事に思ってくれるってわかってるし、任せられるんだけどな」
「え?ま、まじっすか?」
やすくんの顔が一気に高揚した。
「うん。俺、そういうこと言ってなかったっけ?」
「初耳です」
「そうかな。やすのことは、俺の家族みんな、気に入っているんだけどな」
「そ、そうっすか。嬉しいです」
やすくんは本当に嬉しそうだ。
「あ、でも、杏樹ちゃんはどうかは、わかんないですよね?」
「だから、押しまくれって」
「無理っす」
ああ、振り出しに戻った。
やすくん、いい子なのに。すんごいいい子なのに。明るくて、元気で、人懐こいところもあって。でも、恋に関しては気が弱くなるんだね。
それにしても、杏樹ちゃんは、なんで元彼といまだに仲良くするのかな。やすくんのことは好きなんだよねえ。
「俺、帰ります」
「飯は?」
聖君が立ち上がったやすくんに聞いた。
「友達と食ってきました。今日、遊びに行ってたんで…」
「女友達?」
聖君がそう、上目づかいにやすくんを見て聞くと、
「まさか!男です。クラスのダチです」
とやすくんは、慌てて答えた。
「じゃ、また明日な。明日、やす、シフトに入ってるよな?」
「はい。それじゃ、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ。気を付けて」
聖君がそう言うと、やすくんはぺこっとお辞儀をしてお店のほうに行った。
「まったく。杏樹の奴…」
聖君はため息をつきながらそうつぶやいた。
「あ~~~」
凪は寝返りをうちながら、リビングの入り口のほうを見ていた。なんだ、やすくん、帰っちゃったの?とでも、言っているように見えた。
「まさか、凪、やすに惚れたんじゃ…」
聖君~~。あほなこと言いださないでよ。今は杏樹ちゃんのこと、考えていたんでしょ?
「凪~~。他の奴に惚れちゃ駄目!」
そう言って、聖君は凪を抱っこして膝の上に乗せた。ああ、出た。親ばかもここまできちゃったよ。大変だ。
それから、聖君が凪のことをあやして、デレデレになっているところに、杏樹ちゃんがお風呂から出てきた。すると、聖君の顔付きが一気に変わった。
「杏樹!」
「私、勉強があるから、部屋に行くね」
「杏樹!」
聖君の声、ちょっと怖いんですけど。
「な、なあに?お兄ちゃん」
杏樹ちゃんも何かを察して、恐る恐る聖君に近づいてきた。
「お前、やすのことどう思ってんの?」
「ど、どうって…」
「もしかして、元彼とまた付き合う気でいるの?」
「ううん。そんな気まったくないけど」
「じゃ、なんで、元彼の誘いにのってるの?」
「悪い?友達なんだからいいじゃん」
「でもさあ…」
「それに、やすくんだって、今日はデートしていたかもしれないんだし」
「………はあ?」
聖君はしばらく黙ってから、片眉をあげ、聞き返した。
「デート。今日一日、遊ぶって言ってたもん。朝、クロの散歩に行ったときに」
「だからって、デートかどうかわかんないだろ?」
「でも、映画行くって言ってた。映画だよ?男友達と行く?普通」
「行くんじゃないの?」
聖君が冷静にそう答えた。
「でも、映画のあと、ゲーセンに行って、それから、カラオケでも行こうかなって。デートコースじゃないの?それって」
「いや、男友達とだって、俺もカラオケ行ってたよ?葉一や基樹と」
「だ、だけど…」
「何?まさか、やすがデートしてるからって、杏樹もやけになって、元彼とデートしたってわけ?」
「違うよ。本当に電車でバッタリ会ったの。ただ…」
「うん」
「夕飯はマックで、別に一緒に食べてもいいかなって思ったから食べちゃったけど、コンビニでは、私の買いたいものを買って、さっさと帰るつもりだったの」
「うん」
杏樹ちゃんの言うことに、聖君は耳を傾け、静かに聞いている。
「でも…。やすくんが、駅から歩いてくるのが見えて」
「…うん」
「コンビニに入ってきて、本を立ち読みしだして」
「うん」
「な、なんて言うか…。最初は私が元彼といるところを見られたらやばいって思って、買い物もしないで、こっそりと帰ろうかと思ったの」
「…うん」
「だけど、やすくんももしかして、女の子と会っていたのかもって思ったら、なんだか、無性に悲しいって言うか、空しくなって」
「で?」
「私が他の男の人といたら、どうするかなって、ちょっと気になって」
「……で?」
「や、やきもちとか、妬いてくれたりしないかなって」
「…やすに、嫉妬させたかったの?」
聖君がそう聞くと、杏樹ちゃんは真っ赤になった。うわ。可愛いかも!
「だ、だって…。だって…」
そのまま、杏樹ちゃんは黙ってしまった。
「で?やすの反応はどうだった?」
「ちょっと、びっくりしてた。でも、特に何も声もかけてこなかったし。だから、そんなもんかってがっかりしながら、お店を出て、元彼とバイバイしてから歩きだしたら、やすくん、追いかけてきて、もう遅いし送るって言ってくれて」
「…ちゃんと、家まで送ってくれたわけだ」
「うん」
「優しい奴だね。やすは。元彼とは違って」
「…元彼も、送るって言ったんだけど、やすくんがいたし、断ったの」
「やすに送ってもらいたかったから?」
「ううん。なんだか、そこまで仲いいって思われたくなくって。それに、やすくん、全く私のこと無視して、ほおっておかれるって思ったし。まさか、追いかけてきて、送ってくれるなんて思わなかったし」
「…じゃ、送ってもらえて、お前、嬉しかったんだ」
「嬉しかったけど、でも、今日は誰と遊んできたのか気になって、ずっと気になっちゃって」
「いいこと教えてあげようか」
聖君はそう言って、にんまりと笑った。
「え?」
「やす、クラスの男友達と遊んでいたって言ってたよ」
「今日?」
「そう。飯食って行ったら?って聞いたらさ、ダチと食べて来たって。クラスの男友達とだって言ってた。女の子とじゃないの?ってひやかしたら、まさか!って否定してたよ」
「ほんと?」
「本当」
聖君は力強くそう言うと、杏樹ちゃんは顔を真っ赤にさせて、それからはあってため息をついた。
「そんなにお前、心配だった?」
「うん。すんごく気になった」
「じゃ、さっさとコクっちゃえば?」
「でも、伊豆…」
「コクって、彼氏彼女になって、伊豆行けば?旅行も倍、楽しくなると思うけど?」
「ふられたら?!」
「ふられても、押しまくる!」
もう~~。聖君は。やすくんと同じことを杏樹ちゃんにも言ってるよ。
「無理だよ~~」
杏樹ちゃんは、やすくんと同じこと言ってるし。
「だけど、やす、今フリーだろ?多分、OKしてくれると思うよ?」
「え?な、なんでそう思うの?」
「……男の勘?」
「…お兄ちゃんの勘なんて、当てにならないよ」
杏樹ちゃんはそう言ってから、私を見て、
「お姉ちゃんはどう思う?」
と聞いてきた。
「そ、そうだなあ。杏樹ちゃん可愛いし、いい子だから、やすくんも断れないんじゃないかなあ、きっと」
何とか誤魔化しながらもそう言うと、杏樹ちゃんは、真っ赤になった。
「じゃ、じゃあ、旅行に行く前にコクったほうがいいの?」
「そりゃ、そっちのほうが、旅行を安心して楽しめるんじゃないの?」
聖君はまた、にんまりとした。
「そっか。そうだよね?伊豆でふられて、それでも、やすくんと一緒にいないとならないのは、きついよね?その前にふられてたら、やすくんと一緒に旅行に行くこともないんだもんね?」
あれ?杏樹ちゃん、なんで後ろ向き?
「でも、だったら、旅行から帰ってきてからコクったほうが」
「あのさ。そうやっていつまでも、延ばし延ばしにしているうちに、本当にやすに好きな子ができたらどうすんの?お前」
「い、嫌だ、そんなの」
「だろ?だったら、さっさと告白しちゃいなね?」
にこ~~~~。聖君の満面の笑み。
杏樹ちゃんは、その満面の笑みの意味をわからず、まだ、顔を赤くして一人でブツブツ言っている。ああ、じれったいなあ。両思いなのになあ。
聖君はそんな杏樹ちゃんを優しく見ている。ああ、もしかして、そんな杏樹ちゃんも可愛いって思っているのかな。
なんとなく、そんな聖君を見ていて、もしかすると、凪が本気で恋に悩んでいる時には、優しく相談に乗ってあげて、優しい目で見守ってあげるんじゃないかなって、そんなふうに思えてきた。
きっと、すごく優しくて頼りになるパパになるんじゃないのかな。
どんなパパになって、凪はどんな女の子になって、どんな恋をするんだろうか。
そんな未来が、なんとなく楽しみになってきた私だった。