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第106話 やすくんと杏樹ちゃん

「うわ。なんでこんなところにいるんだよ、凪!」

 朝、聖君の大きな声で目が覚めた。凪がすでに起きて、寝返りをうち、私の足元に来ていたらしい。

「駄目だよ。こんなところにいたら、ママに蹴飛ばされちゃうよ?」

 え…。そんな、凪を蹴飛ばすだなんて。


「びびったよ。起きたら凪が布団にいないんだ。どこに行ったかと思ったよ」

「あ~~~」

 凪は聖君に抱っこされて、すごく嬉しそうに話しだした。

「めっ!」

「きゃきゃきゃきゃ」


 凪は聖君が怒っても、笑ってしまう。

「ああ、やっぱり、効き目ないか~~」

 そう言いながら、聖君は私の横にあぐらをかいた。


「あ~~~」

 凪が私のほうに手を伸ばし、おっぱいを欲しがっている。

「はい、ママ」

 聖君がそう言って、凪を私に手渡した。凪はすぐにおっぱいを欲しがった。


「いいな~~」

「え?何が?」

「いつまで、桃子ちゃんのおっぱいは凪のものなのかなあ」

「……」


 それ、本気で言ってる?今でも、しっかりと胸を触ってきたり、キスしてきたりするよね…。

 聖君はじっと私が凪におっぱいをあげるのを、見つめている。もの欲しそうな目で。

「えっと…、今でも聖君、凪のおっぱいなのに、横取りしてるよね?」

「え?俺が?まさか!」


 え…。まさか、無意識でしていたとか?

「俺、ものすごく遠慮して、桃子ちゃんの胸には、なるべく触れないようにしてるんだけど」

「うそ」

「え?」

「え?」


 2人して目を見合わせ、黙り込んだ。

「だよね?俺、そんなに桃子ちゃんの胸は、触ってないよね?」

「ううん」

 首を横に振ると、聖君はなんだか、困ったって言う顔になった。


「そ、そっか。俺、桃子ちゃんが妊娠中も、お腹が張ったら大変だからって、できるだけ胸はそっと触ってたんだよね」

「え?」

「でも、妊娠する前は…。どうだったっけ?」


 どうだったっけって聞かれても。

「いつも聖君、優しいっていうか、そっと触れてたかも」

「…そっか」

 聖君は、黙り込んでしまった。

 なんで?


「ごめん。なんか今さっきの発言、獣発言だったかも」

「え?ど、どの部分が?!」

「えっと、だから。あ~~。ま、いいや。俺、先に下におりてるね」

 え?ちょっと待って。どこが獣だったの?


 聖君は、頭をぼりって掻いて、ドアを開けて下に行ってしまった。

 え?え?え?わかんないぞ。

 まだまだ、私の知らない聖君がいるの?嘘。オオカミ通り越して、獣の聖君がいるわけ?


「…凪。獣のパパって、どんな?」

 凪に聞いてみた。でも、凪はまだおっぱいに吸い付いていて、私の顔を見ようともしなかった。


 おっぱいを飲んで、機嫌よくなった凪の服とオムツを替え、私も着替えて下に行った。

 そして、凪を座布団に乗せたが、すぐに寝返りをうって、座布団から飛び出してしまう。

「もう、座布団じゃ駄目かあ」

 そうつぶやくと、お父さんが2階から下りてきた。


「おはよう、桃子ちゃん」

「あ、おはようございます。仕事大丈夫ですか?」

「うん。夜中の11時55分に仕上がった」

「え…」


「ふあ~~~~。あれ、凪ちゃん、座布団から飛び出てるけど?」

「そうなんです。何回か座布団に寝かせたんだけど、すぐに寝返りしてしまって…」

「じゃあ、あれが必要だね」

 お父さんはそう言うと、ニヤッと笑い、また2階に行ってしまった。


 そして、何やら2階から持ってきた。

「これ。プレイマット。前に買っておいたんだ」

「プレイマット?」

「うん。聖、店かな」

「あ、多分」

「聖~~。ちょっとこっちに来て手伝え!」

 お父さんはリビングから聖君を呼んだ。


「何~~?今、飯食うところ…」

「その前に、これ、リビングに広げるから、テーブルやソファをどかすの手伝って」

「何それ」

「凪ちゃんのプレイマットだよ」


「へえ!そんなの買ってあったの?」

「そう。たまたまネットで見つけちゃって。可愛いだろ?」

 お父さんはそう言うと、マットを広げて聖君に見せた。可愛い花の絵や、動物の絵が描いてある。

「あ、本当だ。可愛い!」


 聖君はにこにこ顔で、お父さんとテーブルやソファを移動させた。そして、リビングの半分をプレイマットが占領してしまった。

「ほら、凪ちゃん。これだけ広かったらどこに転がっても大丈夫だよ」

 お父さんがそう言うと、聖君が凪をマットに寝かせた。


「あ~~~」

 凪は大喜びで、すぐにゴロンとうつ伏せになった。そしてマットの絵の動物を手でパンパンと叩いてみたりして喜んでいる。

「あ、喜んでる、喜んでる」

 聖君が目を細めて凪を見た。


「聖、サンキュー。もう朝飯食ってきていいぞ。あ、桃子ちゃんも食べて来て。俺が凪ちゃんを見てるから」

「じゃ、さっと食べてくるからさ!」

 聖君はそう言うと、リビングからお店に走って行ってしまった。

「あの、プレイマット、ありがとうございます」


「ああ。こんなに早くに使うことになるなんて思ってもみなかったけど、買っておいてよかったよね」

「はい」

 お父さんはすぐに凪のほうに目をやって、話しかけた。これが、象さんで、こっちがキリンさんだよ…なんて、凪に話している。


 私は凪をお父さんに預け、お店に出た。あれ?そういえば、クロがいなかったなあ。

 と思ってお店に行ったら、ちょうどそこに、杏樹ちゃんとやすくんがクロを連れて、お店に入ってきたところだった。


「おかえり。杏樹。クロ。やす、クロの散歩付き合ってくれたの?悪いね」

 聖君が元気にそう言った。

「いえ。どうせ、夏休みに入って暇なんで、運動不足になるし、ちょうどよかったです」

 へえ。やすくんったら、しっかり杏樹ちゃんに大接近しているんだなあ。


「何か飲む?やすくん」

 お母さんがキッチンから顔を出した。

「あ、じゃあ、水を」

「水でいいの?」

「はい」


 お母さんが水をグラスに注ぎ、やすくんに渡した。杏樹ちゃんはクロの足を綺麗にふいてあげていた。

「はい、もう家に上がってもいいよ」

 杏樹ちゃんがそう言うと、クロは一目散にリビングに行った。どうやら、凪の匂いがしていたようだ。

 本当にクロは、凪が大好きだよなあ。


「俺、なんか手伝います」

「え?いいわよ。悪いわよ」

「いえ。どうせ、暇なんで。あ、この時間のバイト料はいいです」

「なに、やす。タダ働きしてくれんの?」

 聖君がそう聞いた。


「はい」

「あはは。やす、それはさすがに悪いよ。そうだ。朝ごはんは食った?」

「あ、朝、家でヨーグルト食べたくらいで」

「じゃ、手伝ってくれる前に、朝ごはん食べない?」

 聖君がそう言うと、やすくんは、すみません、いただきますと丁寧に頭を下げた。


「やすくんって、真面目だよね」

 私が思わずそう言うと、やすくんは顔を赤くした。

「今時めずらしいくらいにね」

 聖君もそう言って笑った。


 杏樹ちゃんはと言うと、あ、やすくんに見惚れていたのかな。目をうっとりさせて、やすくんを見ていた。

 それに嬉しそうだ。きっと、夏休みに入ってやすくんがよくお店に来るから、嬉しいんだろうな。

「杏樹、部活の時間」

 お母さんがそう言うと、杏樹ちゃんは慌てて、

「あ、そうだった!」

とカバンを持って、そのまま「行ってきます」と元気に出て行った。


「いってらっしゃい」

 やすくんが杏樹ちゃんの背中にそう言って、しばらく杏樹ちゃんの背中を見送っていた。

「やす」

 そんなやすくんに、聖君が声をかけた。


「はい?」

「お前さあ、今度の旅行が勝負だからな」

「……え?」

 やすくんの顔が、思い切り引きつった。でも、きっと聖君の言いたいことわかったんだよね。


「そ、それで、俺、実は聖さんに相談があって」

「何?」

「その…。桃子さんにはどうやって、交際を申し込んだんですか?」

「俺?申し込んでなんていないけど」


「え?じゃ、どうやって付き合うようになったんですか?」

「……どうだったかな?」

 聖君が本気で考え込んだ。

「どうだったっけ?」

 そして、私に聞いてきた。


「……。えっと。私の気持ちを菜摘がばらして、それから…」

「ああ、そうそう。で、うん。俺も確か、桃子ちゃんに好きだって言った。言ったけど、桃子ちゃんがそれを勘違いしたんだった」

「勘違い?」

 やすくんがきょとんとした顔をした。


「そう。好きだって言ってるのに、友達として好きって言ってるのかと思った…なんてさ。あの時は俺、ずっこけたよ」

「そ、そうだったね…」

 思い出したよ。


「だから、杏樹にはちゃんと、好きだから付き合ってくれって、はっきり言ったほうがいいぞ。あいつもたまに、抜けてるときあるからな」

 聖君がそう言うと、やすくんは一気に真っ赤になった。

「あ、は、はい」


 やすくんは、一回はうなづいたが、すぐに暗い顔になり、

「あの、もし断られたら、なんか旅行で気まずい思いしますよね…」

と弱気なことを言いだした。

「まあ、頑張れ」

 聖君はそう言うと、やすくんの背中をぽんぽんとたたいた。


 ああ、兄貴ぶっちゃって。杏樹ちゃんのやすくんに対しての気持ちも知ってるくせに。

「でも、あんまりしつこくしたら、嫌われますよね?」

「しつこくっていうんじゃなくって、誠意をこめてってやつだな。うん」

 聖君、そんな大人ぶっちゃって。


「……はい。ですよね。俺の気持ちをちゃんと伝えたら、きっと杏樹ちゃん、答えてくれますよね」

 やすくんは、そう真面目な顔をして言った。でもまた、

「だけど、杏樹ちゃん、無理して俺と付き合おうとしたりしないですかね?」

と弱々しい声で聖君に聞いた。


「大丈夫。杏樹、無理はしないと思うから」

 聖君がそう言うと、

「そうっすか」

とやすくんは複雑な顔をした。無理してでも付き合ってほしいのか、無理はしてほしくないのか。


 だけど、そんな心配は無用なのにな。だって、杏樹ちゃんは、めちゃくちゃやすくんに惚れてるもん。それが手に取るようにわかるの。今朝だって、本当に嬉しそうだった。

 その辺がなぜ、やすくんに伝わっていないかが不思議。


 私が朝ごはんを食べている横に、やすくんが座って朝ごはんを食べだした。聖君はすでに朝ごはんを終え、リビングに行ってしまった。


「桃子さん」

「え?」

 やすくんがまた、真面目な顔で何かを言いたそうにしている。

「何?」


「俺、脈あると思いますか?」

 へ?

 脈があるも何も…。

「杏樹ちゃん、明るくっていい子で、いつもにこにこしてて…」

「うん」


「俺といても、いつも明るいし、いっつも笑顔なんです」

「うん。そうだね」

「そういう笑顔見てると、俺、たまに錯覚っていうか、勝手にいいほうに解釈しちゃうんですよね」

「え?どういうこと?」


 やすくんが顔を赤らめた。

「杏樹ちゃんは、俺のこと好きかもって」

 うんうん。そうだから!

「でも」

「でも?」

 でも何?


「店で見てると、お客さんにもそうだし、たまにだけど、杏樹ちゃんと同じ中学だった男子とかが店に来ても、笑顔で接してるから、俺にだけ特別じゃないんだよなあって、思い知らされるって言うか」

 ええ?そんな風に思っていたの?私から見たら、まったく態度が違って見えてたけど。


 なにしろ、他の人にはただ明るく接してるだけで、やすくんには明るさプラス、嬉しい、恥ずかしい、うっとり、大好き、そんな杏樹ちゃんの心が目に見えてわかるくらいなんだけど?

 その辺、やっぱりやすくんにはわかってなかったんだ。あんなに目をハートにしたり、顔を赤く染めてやすくんと話しているのになあ。


 こりゃ、杏樹ちゃんも大変だ。

 って、お互い様か。やすくんの態度もあからさまだもの。

 優しい目だったり、嬉しそうな目だったり、そんな目で杏樹ちゃんを見ているし、たまに目で追ってるし、杏樹ちゃんの言葉に、いちいち反応してて見ていると面白いくらいなのに、杏樹ちゃんにはわかっていないもんなあ。


 やすくんは、朝ごはんを終えると、お母さんのところに行き、

「何を手伝いましょうか?」

と聞いている。本当にいい子だよなあ。お母さんから、外の掃除と窓ふきを頼まれ、元気よく「はい」と答え、黙々と掃除に取り組みだしたよ。


 聖君がやすくんを気に入るのも無理ないな。それに、杏樹ちゃんがやすくんを好きになったのも。私だって、いい子だなって思うもの。

 もし、杏樹ちゃんとずっと付き合うことになったら、いつか私の義理の弟になるのか。わあ。それ、嬉しいかも。弟っていないし。


 そんなことをぼ~~っと思いながら、私はやすくんの働く姿を見ていた。でも、あまりにも、リビングで、聖君の大きな喜ぶ声がするものだから、そっちが気になりだし、私もリビングに行った。


「凪~~~。こっち向いて~~~」

「凪ちゃん~~~」

 お父さんと聖君が、凪をデジカメでパチパチ撮っていた。


「これも、年賀状にいいよなあ」

 聖君がそう言った。

「こうなったら、全員に違う写真で年賀状出せば?聖」

 お父さんがそんな、お茶目な提案をした。


「それ、グッドアイデア!」

「だろ~~?」

 え?今のジョークじゃないの?

 それから今度は、ビデオを持ち出して、凪のことを撮っている。

 

 本当にこの親子は…。まあ、これもこれで、平和だし、幸せだよなあ。

 凪は寝返りをうって、クロにぶつかるときゃきゃきゃっと笑い、また寝返りをうって、今度は聖君のもとに行き、きゃきゃきゃと笑う。それを見て、聖君もお父さんも、目を垂れさげてデレデレになっている。


 なんていうか、凪、2人の男の心を手玉にとって、君の未来がママは怖いぞ…なんて、本気で今、思ってしまった。

 


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