第104話 寝返り
その日凪は、寝返りをうちそうでうたない。またひっくり返りそうになって、仰向けになる。っていうのを何回も繰り返し、聖君やお父さんをどきまぎさせっぱなしだった。
私はそんな聖君を見て、凪に夢中になっている聖君でもいいか…なんて思っていた。だって、その間は他の女性のことも、考える余地はなくなるんだから。
夜、凪が寝付いてから、聖君の背中に抱きついて聞いてみた。
「ねえ。あの公園、これからも凪と2人で行っちゃうの?」
「え?」
「2人きりで行っちゃう?」
「…俺と凪だけで行ったら寂しい?それで今日も追いかけてきたの?」
「うん。今日はね…」
「…どういうこと?」
「これからも、私、一緒に行ってもいいよね?」
「もちろん」
「良かった」
「え?俺が桃子ちゃんだけ、のけ者にでもすると思った?」
「ううん。そういう心配じゃないの。あ、でも、凪ばっかり聖君が見ているのはちょこっと寂しいけど」
「なんだよ~~。桃子ちゃんったら」
聖君はぐるりと私のほうを向いて、私を抱きしめてきた。
「あのね、今日ちょっと、他の意味で心配になったっていうか」
「ん?」
「日菜ちゃんママ、可愛かった」
「へ?日菜ちゃんじゃなくって?」
「うん。ママの方」
「俺、顔もあんまり覚えてないけど」
「…」
そうなんだ。
「日菜ちゃんの顔は覚えた。凪のお友達第1号だもんね。あ、でもさ、日菜ちゃんのママは桃子ちゃんのママ友第1号なんだから、公園行ってもっと仲良くなっちゃったら?」
「…聖君と仲良くなりたがってるかも」
「あはは。それはないでしょ」
あるよ~~。そんなママさんたち、きっといっぱいいる!
ドスン…。
あれ?押し倒されちゃったけど。
「もしかして、ジェラシー?」
聖君の目が、何気に楽しんでいるようにも見える。
「…うん」
素直にうなづくと、
「他の人に俺が目移りしたらどうしようって、そういう心配?」
と、聖君は聞いてきた。
「うん」
「じゃ、そうならないように、桃子ちゃんでいっぱいにしなくっちゃ」
「へ?」
「いただきます」
聖君はそう言うと、私に熱いキスをしてきた。あ、そう言う意味か…。
そして私はすぐにとろけて、聖君でいっぱいになった。
って、私が聖君でいっぱいになってるよ。ねえ、聖君も私で本当にいっぱいになるの?
「聖君」
腕枕をしてくれた聖君に、小声で私は聞いてみた。
「私でいっぱいになった?」
「うん」
「本当に?」
「うん」
「……本当に他の人のことなんて、考える余地もないくらい?」
「…桃子ちゃん」
聖君は私の鼻をむぎゅってつまんだ。
「本当はね、桃子ちゃんのことを抱かなくたって、いつだって、桃子ちゃんでいっぱいだから、俺」
「え?」
「桃子ちゃん以外の人なんて、俺、どうでもいいし」
「凪は?」
「凪は別枠。別腹って感じ?」
「…じゃあ、すっごく可愛い女の人が現れたら?別腹になったりしない?」
「しないしない!するわけないじゃん」
「本当に?」
「あのさあ。それを言うなら、桃子ちゃんは?俺以外にすっごく素敵な人が言い寄ってきたら、別腹になる?」
「まさか~~~!聖君でいっぱいで、溢れちゃってどうしようってくらいなのに。別腹なんてできるわけないじゃん!」
「でしょ?俺も一緒」
そうか。
「じゃ、本当に私、安心していい?」
「いいよ。全然大丈夫。それよりも、ママ友作って、楽しんでよ。ね?」
「…うん」
ムギュ。聖君の胸にしがみついた。すると、
「なあに?桃子ちゃん。もう一回?」
と聞かれてしまった。
ううん。そう言う意味じゃないの。ただ、抱きつきたかったの。
でも…。
聖君が上半身をあげて、私に覆いかぶさってきた。あ、聖君の目が、色っぽくてセクシー。
やられた。
聖君のキスですでに、私はとろけてしまっていた。
なんでこうも、聖君は色っぽくって、聖君のキスはとろけるように甘くって、聖君の指は優しいんだろうか。
そしてそのまま、私は聖君の胸に顔をうずめ、眠りについた。
夢、見るかも。
見るなら、ママ友達に囲まれている聖君の夢。
なんて、夢の中で思っている私がいた。でも、周りには誰もいなくって、ただ、聖君と凪がいた。
凪は、もう3歳くらいだろうか。聖君と私の間で、嬉しそうに手を繋ぎ、スキップをしている。
「凪、パパとママと凪と3人で、幸せだね」
私が凪にそう言った。凪はなぜか、首を横に振った。
「なんで?幸せじゃないの?凪」
「ううん。私とパパとママの3人じゃないの。ママのお腹には、赤ちゃんがいるから、4人なの」
「え?」
凪はにこにこしている。
「ねえ?凪。弟が生まれてくるんだもんね~~?」
聖君が嬉しそうにそう言った。
「うん!凪、お姉さんになるの」
ほんと?いつ私、妊娠したの?
お腹を見てみたら、大きくなってた。
え~~~!もう、2人目?
ってびっくり仰天しているところで、目がぱちっと覚めた。
なんだって、こんな夢を見たんだ、私は…。
「…桃子ちゃん?」
あ、聖君まで起こしちゃった。
「ごめん、私、また変な寝言言ったかな?」
「…え~~ってなんだか、驚いていたけど?」
やっぱり。
「ごめんね、起こしちゃって。まだ、6時だし、もうちょっと眠れるよ」
「どんな夢見たの?」
聖君が目をこすりながら聞いてきた。
「…凪がもう3歳くらいで、私のお腹が大きくて…」
「二人目、妊娠してた?」
「うん」
「それ、正夢かもね?」
「…そうだね。凪が3歳くらいだから、ちょうどいい頃かな。あ、聖君が弟ができるって言ってたよ」
「へえ。男の子なんだ」
聖君はそう言うと、にやついた。そして、眠っている凪の顔を見た。
「凪、そのうちにお姉さんになるのかあ」
「うん」
「桃子ちゃん、子供は2人だけでいい?それとも、3人?4人?」
「そ、そんなには産むのも育てるのも無理そう」
「…そっか。産むのは桃子ちゃんだもんね…」
聖君はそう言うと、黙り込んだ。
「聖君は子供、何人欲しかったの?」
「俺?そうだな。2人以上欲しかったけど。でも、いいよ。二人で」
そう言うと、聖君はなぜか私に抱きついてきた。
「でもさ。2人目は、桃子ちゃんがお料理の学校に行ってからでいいからね?」
「うん」
「俺も、大学卒業してからかな」
「じゃあ、3年後?」
「夢では、凪が3歳?」
「多分、そのくらいだったよ」
「そうだね。大学卒業した頃、凪は3歳になるかな」
「…そっか~」
「俺は大学卒業したら、どうしているのかなあ」
「……」
聖君はそう言うと、天井を見上げた。
そうだね。もしかすると、聖君の仕事の関係で、江の島から離れることも考えられるよね。
でも、私はずっとそばにいる。聖君がどこにいようと、そばにいるからね。
ギュ!聖君に抱きついた。そして、
「聖君のそばに、ずうっといるね?」
とそう言うと、聖君は私の髪にキスをして、
「もちろんだよ、奥さん」
と優しく言ってくれた。
ああ、奥さんって、いいかも!
だって、奥さんだから、いきなり聖君が、大学卒業して沖縄に行くって言っても、それに引っ付いて行くことができるんだから。
恋人だったら、そうはいかない。あ、もしすぐに結婚するなら行けるかな。でも、恋人のままだったら、ついていくのも、父の怒りもかいそうだし、同棲っていうのも、多分しちゃうけど、やっぱり父や母に申し訳ないと思いながらの同棲になるかも。
だけど、「奥さん」だから、堂々とどこにでもついて行けるんだよ。誰も反対もしないし、怒ったりもしないよ。
そう思うと、本当に結婚してよかったって、しみじみ思う。
なんとなく眠れなくなった私たちは、そのまま布団の中でいちゃついていた。聖君は私の胸に顔をうずめてみたり、甘えていたり…。
「聖君」
「ん?」
「いつまでも、甘えん坊でいてね?」
「え?俺が?」
「うん!甘えん坊の聖君、可愛いもん」
「なんだよ、それ。桃子ちゃんったら、可愛いこと言ってきちゃうんだから」
そう言って聖君は、また私の胸に顔をうずめる。
「桃子ちゃんは、ずっと俺にベタぼれでいてね?」
「え?」
「もし、男の子が生まれても、俺のこと見捨てたりしないでよね」
「…も、もちろんだよ」
「今、言葉に詰まったよね?」
聖君が顔をあげて聞いてきた。
「それは、聖君のほうこそ、凪ばっかりを可愛がって、私、見捨てられないかなあって不安になって」
「なるわけないじゃん。そりゃ、凪は可愛いけど、奥さんは桃子ちゃんなんだから。ずっと俺、桃子ちゃんにメロメロなんだから」
ほんと?本当に?
その時、凪が、
「あ~~」
と話を始めた。あ、いつの間に起きていたんだろう。
「あ、凪、おはよう…。って、桃子ちゃん!凪、寝返りうちそう!」
また?
と思いながら、凪のほうを見たら、本当だ。体はもうすでに背中を向けていて、あとはお尻だけだ。
「うわ!ビデオ、ビデオ」
「聖君。ビデオ用意してる間に、寝返りしちゃうよ。その瞬間を見れなくなるよ」
「あ、そうか~~!!」
聖君は一瞬、立ち上がろうとしたけど、また座って凪のほうを見た。
「あ~~~~」
凪は私のほうに向かって、手を伸ばす。おっぱいを催促しているんだろうか。そして、
グルン!腰までがしっかりと回り、なんと凪が初めて寝返りをうった。
「う、うわ~~~。やった~~!凪!」
「すごい。寝返りがうてたね。凪!」
「う~~~?」
凪は、わかっているのか、わかっていないのか。でも、確実にご機嫌だ。多分今までと、景色が違って見えるんだろう。
「すげえ。ビデオで撮ろう」
聖君は、ビデオを慌てて用意した。そして、凪のほうに向いて構えると、凪はすでに上半身をあげる力が尽きたのか、顔を布団にのめり込ませ、う~~う~と苦しんでいる。
「凪、仰向けにしてあげないとね。っていうか、もうおっぱいの時間だよね?」
そう言って私が凪を抱っこすると、
「ああ、凪がうつ伏せでいるところを、撮れなかった」
と聖君は残念がった。
「すぐに、また寝返りうつよ」
そう言って、凪におっぱいをあげていると、聖君がそれをしっかりとビデオに収めていた。
「あ!撮ってるの?私、髪とかぼさぼさ」
「大丈夫。凪しか撮っていないから」
それもどうかと…。
「あ!じゃあ、私の胸は?」
「大丈夫。凪の頭で隠れているから」
「ほんと?」
「うん。ちょっとしか、乳首は映らなかったし」
「う、映してるんじゃん!駄目!そこはちゃんと消して!」
「わかった。後で編集する」
「絶対だからね~~!!」
「……ちぇ」
ちぇってなに。ちぇって!
もう~~。聖君は、何を考えてるんだ。
「他の人に見せたら駄目だからね」
「うん!俺一人でしか見ないよ。俺の老後の楽しみだな」
「何それ~~!!!」
もう~~~~。
「でへへ。やっぱり、消すのはやめておこうかな」
「スケベ親父!」
「いいじゃん。記念になるし」
「駄目ったら駄目!」
「ちぇ~~~~~」
そんな私と聖君の会話を聞きつつも、凪はご機嫌でおっぱいを飲んでいる。ああ、今日は何度も寝返りをする凪を見て、きっと聖君とお父さんはおおはしゃぎをするんだろうなあ。