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第103話 新たなライバル?

「桃子ちゃん!桃子ちゃん!起きて」

 翌朝、聖君の大きな声で起こされた。

「ん~~?」

 私はまだ、眠気眼。外からは雀のさえずりが聞こえている。


「見て、見てみて!凪が寝返りうちそう!」

「え?!」

 私は慌てて上半身を起こし、凪を見た。凪は片手をしゃぶり、私のほうに手を伸ばし、体を思い切りそらしている。


「もうちょっとだ、凪!」

 聖君が、じっと凪を見つめてた。私はそんな凪と聖君を見ていた。

「頑張れ、凪」

「あとちょっと」

「そこだ。行け!」


 う~~ん。寝返りをうつだけなのに、聖君のこの入れ込みようって、すごいかも。

「そうだ。凪!」

 バタン。

 凪はまた仰向けになり、

「あ~~~」

と聖君の顔を嬉しそうに見た。


「なんだ~~。もうちょっとだったのに~」

 聖君はがっかりしている。でも、凪はがっかりもなにもしていない。多分寝返りをうつ気があるわけではないと思う。


「う~~~」

 凪は私を見て、何かを訴えた。ああ、朝飯ちょうだいと言ってるんだろうなあ。

「凪、お腹空いた?おっぱいあげるね」

 私は、前よりも胸の張りがおさまりつつあるのを感じていた。それを聖君に言ったら、聖君が昨夜、おっぱいをマッサージしてくれた。


 それで少しは、張りも戻った気がするんだけど、どうかなあ。

「今日は足りるかなあ」

 そんなことを、凪におっぱいをあげながら言うと、聖君が横で、

「また今日も、マッサージしてあげるね?」

とちょっとにやつきながらそう言った。


「……」

 聖君、ちょっと嬉しそうじゃない?まあ、いいけど。


 凪はおっぱいを飲み終えると、機嫌よくガラガラで遊びだした。

「大丈夫だったみたい」

 そう言って私は、凪の着替えをさせた。聖君は着替えが済んだ凪を抱っこして、

「先に下に行ってるね」

とにっこりと爽やかに笑い、部屋を出て行った。


 ああ、今日も爽やか聖君だ。最高の笑顔だったなあ。


 しばらく、とろんとしながら、聖君の布団で聖君の残り香を楽しんでいた。

 なんで朝からあんなに元気で、爽やかなんだろう。


 幸せを満喫しながら、一階に下りた。するとリビングでもまた、

「凪、もう少しだ。頑張れ」

「凪ちゃん、あとちょっと!」

と、聖君と聖君のお父さんが、なんとビデオを構えて凪の寝返りを応援していた。


 う~~ん。親ばかと爺ばかだよなあ。凪の横ではきょとんとしているクロがいる。

「おはようございます」

 そんな二人をそのままにして、私はお店に顔を出した。お店では私と聖君の朝食をちょうどお母さんが、カウンターに運んでいるところだった。


「手伝います」

「そう?じゃあ、聖のコーヒー淹れてもらおうかしら」

「はい。あ、お父さんの分は?」

「途中でそこにほおってあるの。聖が凪ちゃんがもうすぐ寝返りをうちそうだって言ったら、コーヒーほっぽって、リビングに行っちゃったのよ」


 あ、本当だ。カウンターの隅にお父さんのマグカップが置いてあった。

「まったく、あの二人は。寝返りをうつだけで、あんなに大騒ぎしていたら、これからハイハイしても、立っても、歩いても、しゃべっても、大変なことになるんじゃない?」

 お母さんはそう言って苦笑すると、キッチンに戻って行った。


 本当だよね。そりゃ私も楽しみだし、一緒にきっと喜ぶとは思うけど、あそこまではならないよなあ。

 それに、そのたびに私は聖君に、ほっぽらかされるわけだ。


 凪って、そんなふうに父親に育てられ、思い切り甘えん坊のわがまま娘になったりしないか心配。どんな子に育つんだろう。


 いやいや。愛情をいっぱい受けて育つんだから、きっと優しい明るい子になるに違いない。

 …いやいや。意外と私に似て、暗い性格の子になったりして。

 まったく見当もつかず。今の凪は、あんまり泣かないし、機嫌がいい時が多いし、すごく親思いのいい子ではあるんだけど。


 朝食を食べていると、聖君が凪を抱っこしてやってきた。

「あ、もしかして凪、寝返りうてた?」

 そう聞いてみると、聖君は静かに首を横に振った。

「あとちょっとのところで凪、あきらめちゃうんだ」

 あきらめてるのかどうかはわかんないけど、聖君はがっかりしているみたい。


「大丈夫よ。そのうちに寝返りもうてるようになるから」

 そう言いながら、お母さんがカウンターにやってきた。

「そりゃそうだろうけど、でも、初めて寝返りをうったところを見たいじゃん。俺がいない時にもし、寝返りデビューしてたら、俺、かなりショックだよ」


 聖君の顔、本当に沈んでるけど…。

「面白いわね、あなたの感覚。でも、そのうち何度も寝返りしている凪ちゃんを見れるから。それだけじゃない。ずりばいや、ハイハイをしている凪ちゃんだって」


「だよね!それも、全部初めてできたところを見たい。ビデオにおさめたい!」

 お母さんの言葉に、聖君は目を輝かせた。

「やれやれ」

 聖君のお母さんは、笑いながらキッチンに戻って行った。


「聖、凪ちゃん抱っこしているから、朝ごはん食べちゃえよ」

「うん」

 お父さんが凪を抱っこして、聖君は私の隣に座って朝ごはんを食べだした。

「聖、大学も夏休みなんだし、ずっと家にいるんだから、寝返りをうったところもちゃんと見れるんじゃないの?」


 お父さんが凪に頬づりをしながらそう言うと、

「あ!そっか。そうだよな。俺、ずうっと家にいたらいいんだ」

と聖君はまた、目を輝かせた。


「ずうっとも何も、どこかに行く予定でもあった?」

「ない!ないない!合宿以外、予定入れてない」

「あとは伊豆に行くだけだよな?」

「そう!!!この夏はずうっと、凪といる!」


 聖君はそう言うと、思い切りにやけた。ああ、すっかり私のことは忘れているよなあ。

「聖君、私も伊豆に行っていいんだよね?」

 なんて、悲しい声で聞いてみた。すると、

「え?!なんでそんなこと聞くの?あったりまえじゃん!」

と、ようやく聖君は私を見た。


「凪だけ連れて行ったりしないよね?」

「あ、当たり前でしょ。桃子ちゃんは俺の奥さんなんだから。ずっと一緒にいるんだから!」

 聖君はかなり慌てたようだ。そして、くすくすとお父さんに笑われ、バツの悪そうな顔をした。


「あんまり、凪ちゃんばっかりに夢中になっていたら、伊豆の海辺で桃子ちゃん、他の男に取られても知らないぞ」

「ま、まさか。そんなこと」

 お父さんの言葉に私のほうが動揺した。そんなことあるわけがないのにって。すると聖君は、

「……俺、いっときも桃子ちゃんのそばは離れないから」

と真面目な顔をしてそう言った。


「あはは。そうだよな。海辺で奥さん、ナンパされたなんてしゃれにならないしな。でも、桃子ちゃん可愛いし、いくらでもナンパされちゃうかもしれないんだから、ほんと、お前、気を付けないとなあ」

 まだお父さんはそんなことを言って、聖君をからかっている。


「……桃子ちゃん。桃子ちゃんも俺から離れたら駄目だからね?」

「え?」

「ね?!」

 聖君が、私の顔に思い切り顔を近づけそう言った。

「うん」

 

 なんだか、そんな聖君が可愛くて嬉しくなった。

「な~~ぎちゃん。凪ちゃんも絶対に可愛くなるから、お年頃になったら、ナンパされて変な男につかまらないよう、気を付けないとね?」

 う…。お父さん、そういうことは聖君の耳に入れないで…。


「そうだぞ。凪!絶対にパパと一緒じゃないと、海に行ったら駄目だからな。絶対に~~!」

 私から聖君は視線を凪に向け、必死の顔をして凪にそう訴えた。

 ああ、ほら。もう凪に意識が向いちゃった。きっともう、私のことは頭にないよね。


 聖君はそのあと、バクバクとご飯を食べ、コーヒーを飲み干すと、凪をお父さんから受け取って、外に散歩に行ってしまった。

「桃子ちゃんも、クロ連れて行って来たら?」

「え?」


 私が寂しがっていると、お父さんがそう言ってくれた。

「桃子ちゃんは、もし聖が凪ちゃんの方ばかりを見て、桃子ちゃんを忘れちゃったら、どんどん追いかけて振り向かせて、聖にべったりと甘えたらいいんだよ」

「……」

「聖、桃子ちゃんが甘えるのは、絶対に嫌がらないから。ね?」

「はい」


 私はクロにリールをつけ、クロを連れて外に出た。近くの公園か、浜辺にいるはずだ。

「クロ、聖君と凪を追いかけよう」

 そう言うと、クロは嬉しそうに尻尾を振り、ワンワンと吠えながら、早足で公園のほうに向かって歩き出した。


 公園に着くと、凪を抱っこしてブランコに座っている聖君の姿が見えた。そして、その横に子供を連れてきている若いお母さんの姿も。

 近所の人かな。聖君に声をかけてるよ?すごく親しげに。まさか、よく会う人だったりして?


「聖君」

 ワン!

 私と同時にクロも、聖君に向かって吠えた。

「あ、クロも桃子ちゃんも来たの?」

「うん」


「もしかして、奥さんですか?」

 その若いお母さんが聞いてきた。若いと言っても、私よりは年上だろう。でも、なんだか可愛い雰囲気の人だ。

「はい」

 私がうなづくと、そのお母さんは、

「凪ちゃんのママ、よろしく。私、最近近くに越してきたんです。この子は、日菜。今、10か月」

 と言って、にこりと笑った。


「凪と同じ年だよ。凪のお友達、第1号だね」

 聖君はすごく嬉しそうだ。

「日菜ちゃん、凪と仲良くしてやってね?」

 そう言って、日菜ちゃんに凪を近づけた。


「あ~~」

「う~~」

「すげえ。おしゃべりしてる!」

 聖君は大喜びだ。でも、私は複雑だ。今までも会ったことあるの?そのお母さん、本当に可愛いんだけど。


「あの…。聖君、日菜ちゃんのことは前にも会って知ってたの?」

 やきもちを妬いているふうに見られないよう、さりげなく聞いてみた。

「ううん。今日が初めて」

「でも、同じ年だって知ってた」


「え?だって、10か月って言ったら、去年でしょ?生まれたの。だったらすぐに同じ年だってわかるじゃん」

「あ、そっか。そうだよね」

 ちょっとほっとしたりして。

「私、聖君の噂は聞いたことあるのよ?」


 日菜ちゃんのお母さんがそう言ってきた。

「え?」

 私はびっくりした。でも、聖君は動揺していない。

「あのれいどろっぷすの、聖君でしょ?この公園に日菜を連れてくると、ママ友達が良く話しているの。すごくかっこいいんだよ、聖君てって」


「……」

 うそ。ママの間でも有名?

「赤ちゃんや子供連れだと、お店に行きづらいからなかなかみんな、行けないみたい。でも、妊娠中や、まだ妊娠する前からこの辺に住んでいる人は、れいんどろっぷすに聖君見たさで行ってたって。私は最近越してきたばかりだし、行きたくても日菜連れては行けないし。だから、今日会えて、すごく嬉しい」


 日菜ちゃんのママは、ものすごく嬉しそうだ。そして、

「噂以上にかっこいいよね!」

と思い切り喜んでいる。


「まだ若いんだよね?今、いくつ?」

「俺は19歳」

「19~~?若い!」

「日菜ちゃんママも若そうだけど?」


 聖君が聞いた。もしや、興味を示してるの?

「私はもう、24だよ。結婚したのは去年、妊娠したからだけど」

「できちゃった婚?」

「そう。旦那は5歳上。私も25までには結婚したかったし、ちょうどよかったんだけどね」


「……そっか。年齢よりも若く見えるんだ。俺、桃子ちゃんに年、近かったらいいなって思ったんだけど」

「え?」

「桃子ちゃん、ママ友ってまだ、近所にはいないもんね?」

 聖君は私を見てそう言った。あ、まさか、私のために聞いてくれたの?


「年齢なんて関係ないよ。ここに来るママは、私より年上もいれば、年下もいる。でも、みんな子供でつながってるの。だから、凪ちゃんママとも私、すぐに友達になれると思うなあ」

 日菜ちゃんママはそう言ってくれた。


「え、じゃあ」

「うん。これからも、公園に来てね?この時間はまだ、家事もあってみんな出てこないけど、あと1時間もするとみんな出てくるよ。あと、昼間は暑いから、仲良くなった人たちで家を行き来してたり、たまにファミレスにも行ったりしてるの」


「へ~~。そうなんだ」

「凪ちゃんママも、うちに今度遊びに来て。本当にすぐそこなのよ」

「…はい。じゃあ、今度凪連れて行きます」

「あ、聖君も来て。きっとママ友、キャ~~キャ~~言って喜ぶと思う。なにしろ、聖君って、アイドルなみに人気あるんだもん」


「…俺は遠慮しておきます。あ、でも、公園は凪連れて遊びに来るかも」

「わあ!それでも、喜んじゃうよ、みんな」

 日菜ちゃんママがそう言うと、聖君は苦笑した。女の人が苦手な聖君なのに、大丈夫なのかなあ。


「じゃあ、俺らそろそろ」

 聖君はそう言うと、ブランコから立ち上がった。

「ワン!」

 クロがもっと遊びたいと、聖君に訴えている。


「クロ、浜辺でも走ってくるか?凪はもう暑くなってきてるし、ママと先に家に戻ってる?」

 そう聖君は言うと、私に凪を手渡し、クロのリールを持って、

「じゃ、海まで行ってくるね」

とにっこりと微笑み、日菜ちゃんママにもぺこりと挨拶をして、走って公園を出て行った。


「うわ~~~。すごく可愛い笑顔。あんなにかっこいいなんて、びっくりだわ」

 日菜ちゃんママがそう言って、溜息をついた。

「私、絶対に男の人は年上がいいって思って、旦那と付き合いだしたんだけど、年下もいいなあ。あんなにイケメンだったら、付き合ってみたいわよね」


 え?!何、それ!

「あ、ごめんごめん。だからって、誘惑しないから安心して?」

 日菜ちゃんママはそう言うと、あははって笑ったけど、私は十分、不安になっちゃったよ。

 

 本当に年よりも若く見える可愛い人だ。それに、他にも聖君に熱をあげているママさんたちがいるってことだよね。

 聖君!もうこの公園に来るのはやめて!

 なんて、言えないよね。やっぱり。


 でもせめて、私といる時だけにして!

 ああ、大学だけじゃなかった。やっぱり、聖君はどこに行っても、モテちゃうんだなあ。私の心配は尽きることがないんだなあ。

 はあ…。また、溜息だ。


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