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第102話 元気になった凪

 話し声が聞こえてきて、目が覚めた。

「あ、桃子ちゃん、ごめん。起こしちゃった?」

 お母さん?なんで部屋に…。


「凪ちゃん、熱下がったみたいね。良かったわね」

「あ、そうなんです。さっき、熱測ったら、下がってて」

「なんだ。桃子ちゃんも測ってみたの?」

 聖君が私の後ろからそう言った。あ、そうか。聖君とお母さんが話していたのか。


「あ、今、何時ですか?」

「7時半。お店の方の準備するから、もう下に行くけど、また順番に朝ごはん食べに来て。凪ちゃんは、一応着替えさせて、お茶を飲ませたから」

「すみませんでした。私、寝てて…」


「いいよ。さっき、交代したのが5時くらいだったよね?寝たって言っても、そんなに桃子ちゃん、眠れてないよ?もうちょっと横になっていたら?凪だったら、また寝ちゃったから」

 凪を見た。あ、本当だ。すやすやと寝ている。


「だったら、聖君が寝て。聖君のほうこそ、ほとんど寝てないよ」

「う~~ん、でも眠くないんだよね。しっかり目が覚めちゃったし」

 聖君はそう言うと、思い切り伸びをした。


「じゃあ、顔洗って、朝ごはん食べて来ていいかな」

「うん。食べてきて」

「わかった」

 聖君はそう言うと、部屋を出て行こうとして、

「桃子ちゃん、凪、熱下がってよかったね」

と振り返ってにこりと微笑んだ。


「うん」

 私も聖君を見て微笑んだ。すると、

「あ、よかった。桃子ちゃんにようやく笑顔が戻った」

と聖君はそう言って、部屋を出て行った。


 そうか。私、ずうっと笑っていなかったんだ。聖君、気になっていたのかなあ。

 ああ、凪のことだけじゃなくって、私のことまで気にしてくれていたんだね。聖君…。


 凪の髪を撫でた。おでこはもう熱くなかった。良かった。本当にほっとした。

 こうやって、これからも凪は熱を出すことがあるんだろうな。でも、もう今回みたいに焦りまくることもなく、私は落ち着いて凪の看病ができるんだろうか。


 しばらくすると、聖君が部屋に戻ってきた。

「桃子ちゃん、いいよ。食べてきて」

「うん」

 私は着替えをしてから、部屋を出て、まずは顔を洗った。


「あ…。なんだか、私の顔色悪いかも」

 寝不足だからかな。聖君は元気な顔をしていたのにな。でも、聖君のほうが寝ていないのに、この差はなんだろうなあ。


 お店に行くと、お母さんとお父さんがお店の準備をしていた。

「おはようございます」

 そう言うと、お父さんが、

「凪ちゃん、熱下がってよかったね」

と言ってくれた。


「はい」

「桃子ちゃんも、もう大丈夫だから、今日はゆっくりしてね」

 お母さんがカウンターに私の朝ごはんを運びながら、そう言ってくれた。


「でも、聖君のほうが寝ていないんです」

「ああ、あいつは1日くらい寝ていなくたって平気だよ。血の気の多い奴だしさ」

 お父さんはそう言って、笑った。

 確かに。さっきも元気そうだったけど。


「それよりも、桃子ちゃんのほうが顔色が悪い。今度は桃子ちゃんが病気になっちゃいましたなんて、しゃれにならないから、凪ちゃんは聖に任せて、ちゃんと休みなね」

 お父さんはそう言うと、箒を持って、お店から出て行った。


 ああ、私もお店の手伝いをしないといけないんだろうに、いいのかな。休んでいて…。

 でも、実はちょっと頭がクラクラする。まさか、私まで風邪ひいたんじゃないよね。

 

 朝食を終え、私は2階に上がった。聖君は凪の隣に座って、凪をじいっと見ていた。

「聖君…」

「桃子ちゃん、ちゃんと朝ご飯食べた?」

「うん」


「凪、きっとお腹がすいたら、おっぱい欲しがるから、桃子ちゃん、おっぱいのためにも、ご飯ばっちり食べないとね」

「あ、そうだよね」

 でも、そういえば、あんまり胸張ってなかったなあ。


「桃子ちゃん、いいよ。横になってて」

「うん」

 私は凪の隣の布団に寝転がった。聖君はなぜか、今度は私の横に来て座ると、私のおでこを撫でた。


「なあに?」

「桃子ちゃん、元気ないから大丈夫かなって思って」

「大丈夫だよ?」

「…今度は桃子ちゃんがダウンしちゃったなんて、嫌だよ?そんなことになったら」

「うん」


「だから、寝てね、ちゃんと」

「聖君は大丈夫なの?」

「うん。昼寝はさせてもらう」

「…わかった。じゃあ、私、寝るね?」

「うん。おやすみ」


 聖君は私にキスをしてくれた。私は、すうっと魔法にかかったかのように眠りについた。

 そして夢を見た。

 夢の中でも、聖君は優しく私を見ている。そしておでこを撫で、

「桃子ちゃん、大丈夫」

と言ってくれる。


 聖君、優しい。

 聖君、なんでそんなに優しいの?

「桃子ちゃん?」

 聖君は心配そうな顔をしている。あれ?どうして?さっきまで、優しい顔していたのに。


「どっか苦しいの?」

「え?」

「桃子ちゃん、なんで泣いてるの?」

「え?」


 あれ?

「夢?」

「ううん。夢じゃないよ。まだ寝ぼけてる?」

「あ…」

 なんだ。目、覚めてたんだ、私。


「あ、あれ?私、泣いてた?」

「うん。悲しい夢でも見た?」

「ううん。すごく幸せな夢。聖君がね、夢の中でもすっごく優しかったの」

「……俺が?」


「うん。ずっと優しい顔で私を見て、大丈夫だよって言ってくれるの」

「それで、泣いちゃったの?」

「そうみたい。嬉しくて幸せで…」

「くす」


 聖君は笑うと、また私にキスをした。

「あ…」

 その時、凪がぐずりだした。

「凪、起きた?」


 今まで凪、寝てたのか…。

「熱上がったのかな。でも、おでこ熱くないし」

「う~~~」

「お腹空いたのかな?桃子ちゃん、おっぱいあげてみる?」

「うん」


 私は、凪におっぱいをあげた。凪はぐずるのをやめて、元気に吸いついた。

「やっぱり。お腹空いてたんだね」

「じゃあ、もう本当に元気になったんだよね?聖君」

「うん!」


 でも、しばらくすると、凪がまたぐずりだした。

「あれ?」

 まだ飲み足りないのかと思い、逆側のおっぱいをあげた。また凪は元気に吸いついたけど、長々と吸い付き、そのうちにまた、ぐずりだした。


「なんで?」

「まだ、具合悪いのかな、凪」

 聖君が凪を抱っこした。凪はもっと、泣き出してしまった。それも、私のほうに手を向けながら。

「あれ?パパじゃ嫌?」

 聖君の顔が、少し引きつった。


 と、そこにお母さんがやってきた。

「凪ちゃん、泣いてるの?」

「泣き声、一階まで聞こえたの?」

 聖君が聞くと、

「ううん。今、洗濯物を干そうと思って、2階に来たのよ。そうしたら、泣き声がしたから」


「おっぱい飲んでも、泣くんだよね」

「足りないのかしら。今、ミルク作ってくるわね」

 そう言うと、お母さんは走って階段を下りて行った。

「桃子ちゃん、凪のことお願い。俺もミルク作るの手伝って来るから」

「うん」

 私が凪を抱っこすると、凪はまたおっぱいを欲しがった。


「飲み足りないんだ。でも、私のおっぱいが出なくなっちゃったのかも…」

 そういえば、おっぱい、あんまり張らなかった…。まさか、もう止まっちゃうのかな。


 トントンと、軽やかに階段を上る音がした。あ、この音は聖君だ。

「お待たせ、凪」

 そう言ってドアを開け、聖君は哺乳瓶を凪に見せた。凪がそれを見て反応した。


「やっぱり。まだお腹空いてるんだ。すごい食欲だね」

 そう言って、聖君は私に哺乳瓶を手渡してくれた。

 凪は哺乳瓶からミルクを、元気よく飲みだした。


 聖君はそれを嬉しそうに見ている。きっと、凪の食欲がすごいって思って喜んでいるんだよね。

「違うの、聖君」

 突然私がそう言うと、聖君はキョトンとした顔をした。


「え?」

「私のおっぱいが出なくなったの」

「…うそ」

「胸、張ってなかったもん。きっと、全然凪、足りなかったんだよ」

「そうなんだ」


 聖君は黙り込んだ。どうやら、何て言っていいものやらと、考えているようだ。

「あ…。じゃあさ、俺がまた出るように、揉んであげようか?」

「え?」

「……そういう問題じゃない?」


「わ、わかんない」

 マッサージしたら出るようになるのかな。

「俺も、どうしたらいいかわかんないし、母さんに聞いてみるね?」

「うん」


 凪は、ミルクをしっかりと飲んで、そのままの勢いで、ウンチまでした。

「くちゃい。凪…」

 聖君はそう言うと、凪を抱っこして、

「シャワーでお尻洗ってあげてきちゃうね」

とそう言って、部屋を出て行った。


 私は自分の胸を触ってみた。気持ち、小さくなってる?って、そんなにいきなり、しぼんだりしないよね?

 やっぱり、聖君に揉んでもらおうかな…。まだ、母乳はあげたいよ、凪に…。


 私も1階に下りた。お風呂場に行き、お尻を洗い終えた凪のお尻を、バスタオルで拭いてあげた。

「ちょっと、お腹壊してたよ、凪」

「ほんと?」

「でもしょうがないかな。熱出してたんだもんね」

「うん」


 それから、オムツをしてあげて、凪をリビングに連れて行った。クロがすぐに凪のところに来て、く~んと鳴いた。

「凪、もう熱下がったし、大丈夫だよ、クロ。お前も心配しちゃった?」

 聖君がそう聞くと、クロは尻尾を振った。


「あ~~~」

 凪は元気にそう言って、クロのほうに手を伸ばした。なんだか、クロに、心配かけてごめんと謝っているようにも見えた。


 私は座布団に凪を寝かせた。凪はクロのほうに、体を向けようとしている。

「うわ。凪、寝返り、今にもしちゃいそうじゃない?」

 聖君がそう言って驚いている。

「ほんとだ」

 今にも、グルンと腹ばいになるくらい、体を凪は反ってクロのほうを見ている。


「こりゃ、寝返りうてるようになるのも、時間の問題だね」

 そう言って、現れたのはお父さんだ。

「父さん、店は?」

「うん。やすくんが来てくれたから」


「え?こんなに早くに?今日、やすのシフトの日だっけ?」

「凪ちゃんが心配で、様子を見に来たらしいけど、熱だったら下がったよって言ったら、店手伝って行きますってさ。ほんと、やすくんはいい子だよね」


「俺、ちょっと顔出してくるよ」

 聖君はそう言うと、お店に行った。

「凪ちゃん、元気そうだね~」

「はい。すっかり…」


「あ、そういえば、聖が悩んでいたけど」

「え?何をですか?」

「桃子ちゃんのおっぱいが、出なくなったみたいだって。くるみが言ってたけど、多分、凪ちゃんが熱出したりして、心配したからじゃないかなあって」


「そんなことで?」

「ストレスとかね。そんなことが影響するのかもしれないよね」

 そうなんだ。

「でも、おっぱいが出やすくなる食べ物を食べたり、マッサージをしたら、また出るようになるだろうって。くるみも、出が悪くなったとき、マッサージしてたよなあ。そういえば」


「え?そうなんですか?」

「助産師さんにも来てもらったりしていたし。あと、俺もマッサージの手伝いした覚えがある。だから、聖にも、お前が手伝ってあげたらいいんじゃないかって言っておいたんだけどね」

「…」

 そ、そんなことを父親から?


「大丈夫だよ、桃子ちゃん。一時のことだけだと思うし。また、ちゃんとおっぱい出て、母乳あげられるから。ね?」

「はい」

「まあ、もし、止まったとしても、ミルクで育てたらいいだけだ。出なくなったことで、落ち込んだり、自分を責めたりしないんだよ?ね?」


 ギクリ。

「な、なんでわかったんですか?」

「え?」

「私が、そうなりそうなこと…」

「やっぱり?くるみも、そんな時があったからさ」


「お母さんも?そんなに暗いっていうか、マイナス思考なんですか?そうは思えない」

「う~ん、くるみの場合は、変な責任感があってさ。母乳で子供は育てるべき…みたいなね。ほら、子育ての本とか読むと、母乳が一番って書いてあるじゃん」

「はい。私も読みました」


「でしょ?でも、俺の母さん曰く、出ないんだったらしょうがない。粉ミルクに頼っても、全然大丈夫ってさ。母さん、出が悪かったからな。俺は、そんなに母乳では育っていないんだよ」

「そうなんですか?」

「母さん、年いってたからかなあ。春香なんて、ほとんど粉ミルク。でも、俺ら元気に育ったから」


「……」

 お父さんは黙っている私に、にこっと微笑んだ。ああ、私が、おっぱいの出が悪くなって落ち込んでいるの、わかっちゃってるんだなあ。本当に、聖君といい、お父さんといい、なんでこんなに優しいんだろう。

「ありがとうございます」

「…いいよ、お礼は」

 お父さんはそう言うと、またにっこりと笑った。


 そこに、聖君がやすくんを連れ、戻ってきた。

「ほら、凪だったら、すごく元気に…。あ!」

 聖君が大きな声をあげた。


「な、凪が、寝返りうちそう~~~!」

「え?」

 私も、お父さんも慌てて凪のほうを見た。やすくんも、目を丸くして凪を見ている。


「あ~~~~」

 凪は、隣にいるクロの背中に手を伸ばし、今にもうつ伏せになりそう。なりそう。なりそう…。

 バタン…。


「あ~~。惜しい」

 聖君はそう言って、ため息をついた。私たちも息を殺して見守っていたので、みんなして、息を吸い込み、大きくため息をした。

「戻っちゃったか…。もうちょっとで、寝返りうてそうだったのにね」

 お父さんがそう言った。


「寝返り、まだできないんですよね。もし今できたら、俺、感動の瞬間に立ち会えたんですよね。残念だなあ」

 やすくんはそう言ってから、凪のおでこを撫で、

「でも凪ちゃん、熱下がってよかったね?」

と優しく言って、それからお店に戻って行った。


「凪。もうちょっとだ。またあとで、トライしような?」

 聖君はそう言うと、凪にファイトだ、凪!と元気づけていた。

 でも、凪は、そんな言葉は聞いていない。もう、目の前にある自分の両手で遊んでいる。


 きっと凪は、別に寝返りをうとうとしたんじゃないだろうな。たまたま、クロのほうに向きたかっただけだよね。


 熱が下がった凪。榎本家はみんなして、ほっとした。それどころか、桜さんや、やすくんも心配してくれていたので、みんながほっと一安心って言う感じで、れいんどろっぷすにも平和が戻ってきた。


 と思ったのもつかの間、凪はどんどん、私たちをハラハラドキドキさせるようになるのであった。

 はあ…。


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