第42話 鍛冶屋のガンツ
試着室のカーテンを開けて外に出ると、ノクスが腕を組んで壁に寄りかかっていた。
「ノクス、どうですか! この上着、すごく軽くて関節を曲げるのも楽ちんです。それにポケットも大きくて、木の実がたっぷり入りそうですよ!」
僕は真新しい青い上着の裾をひらひらとさせながら、その実用的なスペックを力説した。
中に着るシャツもズボンも自分の体格にピッタリとフィットしており、足元はボロボロのローファーから歩きやすい丈夫な革靴に変わっている。
あの不衛生なツギハギの毛皮や、ブカブカだった服から一転、全身が清潔で快適な装備になり、僕のテンションは最高潮だった。
「……お前なぁ。普通、そのくらいの年の奴は『似合ってるか』とか『かっこいいか』を気にするもんだろうが。なんでいつも機能性ばっかり語るんだよ」
ノクスは呆れたように大きくため息をつき、僕の頭を軽く小突いた。
最近の彼は僕の言動に対して、気兼ねなくストレートなツッコミを入れてくるようになっている。
「似合ってるかどうかは自分じゃ分かりませんからね。でも、すごく快適で気に入ってます。ありがとうございます、ノクス」
「……まあ、ようやく年相応のまともな格好に見えるようになったから、良しとするか」
ノクスは満足げに頷くと、店主に代金を支払い、僕たちは仕立て屋を後にした。
大通りに出ると、すっかり高く昇った太陽が街を明るく照らしていた。
「さて、お前が小綺麗になったところで、次はオレの用事に付き合ってもらうぞ」
ノクスはそう言うと、背中に負った鞘から自分の長剣を半ばまで引き抜いて見せた。
日に照らされたその刃は、細かく刃毀れしており、全体的にくすんでしまっている。
(へえ、すごい刃こぼれだ。硬い装甲持ちの魔獣とやり合って、金属疲労が溜まってるんだろうな。これだけボロボロだと、新しい武器を買うか、修理に出すしかないはずだ)
僕はふと視界に入った刃の損傷具合から、そんな推測をした。
「森で無茶をしたせいで、すっかりガタが来ててな。このままじゃ仕事にならない。……馴染みの鍛冶屋に行くぞ」
(おおっ、馴染みの鍛冶屋! ファンタジー小説の戦士の定番イベントだ。こういうのも冒険者っぽくてワクワクするな)
ノクスが剣を鞘に納めると、僕は内心で期待に胸を膨らませた。
そのまま彼に続き、大通りから一本外れた職人街と呼ばれる区画へと歩き出す。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
職人街に足を踏み入れると、あちこちから金属を叩く甲高い音と、焦げたような鉄の匂いが漂ってきた。
ノクスが迷わずに入っていったのは、ひと際大きな炉を備えた、熱気あふれる工房だった。
カンッ、カンッ、とリズミカルな打撃音が響き渡っている。
巨大な金床の前でハンマーを振り下ろしていたのは、丸太のように太い腕と、灰色の混じった豊かな顎髭を蓄えた、筋骨隆々な初老の男だった。
(うわ、すごい! 熟練のドワーフの鍛冶師って感じの風貌だ! あのハンマーの振り下ろし方も、下半身のバネが全くブレずに肩まで伝わってる。無駄がない動きってああいうのを言うんだろうな)
分厚い革エプロンを身につけた職人の凄みに、僕は密かに大興奮した。
「よぉ、ガンツの爺さん。相変わらずいい音鳴らしてんな」
ノクスが声をかけると、ガンツと呼ばれたその鍛冶屋はハンマーの手を止め、鋭い眼光をこちらへ向けた。
「……ノクスか。生きてやがったか。また無茶な使い方をして、剣を泣かせに来たんだな?」
「人聞きが悪いな。今回は相手が悪かっただけだ」
ノクスは苦笑しながら、長剣を鞘ごとガンツさんに手渡した。
ガンツさんは刃を引き抜くや否や、チッと舌打ちをする。
「ひでぇ刃毀れだ。それにこの脂の匂い……『鉄甲熊』あたりとやり合ったな? 全く、少しは得物を労わりやがれ。研ぎ直しと歪み調整で、明日の夕方まで預かるぞ」
「助かるよ。頼む」
二人がそんな専門的な会話を交わしている間、僕は工房の奥で赤々と燃え盛る巨大な炉を見つめていた。
(すごい火力だ……。あの中に分厚いお肉を放り込んだら、表面だけが一瞬でカリッと焼き上がって、中に旨味の肉汁がぎゅっと閉じ込められた最高のローストポークができるんじゃないか?)
僕は燃え盛る炎を見つめながら、これから食べる予定のご飯に思考を直結させ、思わずゴクリと喉を鳴らした。
「……おいノクス。お前の後ろにいるその坊主、さっきから俺の神聖な炉を見て、美味そうな顔で涎を垂らしてるんだが」
ガンツさんが怪訝な顔で僕を指差した。
その瞬間、ノクスが素早い動きで僕の頭に軽くチョップを落とした。
「痛っ! なにするんですか」
「おいユウ。お前今、あの炉の火力で『肉を焼いたら美味そうだな』とか考えてただろ。職人の神聖な火を勝手に肉焼き器にするな」
「……っ! なぜ分かったんですか。まさかノクス、読心の魔法の使い手だったんですか!?」
ファンタジーな展開への期待に僕が目を丸くすると、ノクスは呆れ果てた顔で息を吐き出した。
「読心なわけあるか。お前が何かをキラキラした目で見てる時は、大抵『食い物』か『自分が楽をするための算段』のどっちかだ。顔に書いてあるんだよ!」
「なるほど、僕の行動パターンから思考を予測したんですね。やりますね、ノクス」
「だから、お前が単純すぎるだけだろ! 全く……」
ノクスの鋭いツッコミが、鍛冶屋の工房にこだました。
ガンツさんは僕たちのやり取りを見て、ポカンとした後、「ガッハッハ!」と腹を抱えて豪快に笑い出した。
「おもしれぇ坊主を拾ったな、ノクス! まさか俺の炉を見て肉を焼こうと考える奴がいるとはな」
「笑い事じゃないぞ、爺さん。こいつは放っておくと本気でやりかねないからな」
ノクスは肩をすくめながらも、その顔にはどこか楽しげな笑みが浮かんでいた。
そして彼は、背負っていた大きな荷袋をドスンと床に下ろした。
「爺さん、剣の修理と一緒に頼みたいことがある。……こいつを使って、オレの剣の強化と、新しいガントレットを打ってくれないか」
袋の中からゴロリと転がり出たのは、鈍い金属光沢を放つ巨大な爪と、分厚い装甲殻だった。
「こりゃあ……見事な『鉄甲熊』の爪と装甲じゃねえか! よくこんな上物を仕留めたな」
ガンツさんが目を輝かせて素材を手に取る。
しかし、ノクスは少し気まずそうに頭を掻き、僕の方を見た。
「いや、オレじゃないんだ。こいつを仕留めたのはユウだ。……だからユウ、本当はこれ、お前の素材なんだ。売ればかなりの金になる。オレの装備に使うのは、やはり筋が通らないよな……」
ノクスが真剣な顔でそんなことを言い出した。
(何を言っているんだ。僕の安全を確保するためには、前衛で壁役をしてくれるノクスの防御力と攻撃力アップは急務だ。それに、さっき服を一式タダで買ってもらったばかりだし、ここで素材を提供しておけば恩も売れる)
「ノクス、遠慮しないで使ってくださいよ。ノクスの装備が強くなれば、僕が安全に街を歩ける確率が上がります。それに、さっき服を買ってもらった分のお返し……いわば、僕の快適な生活への先行投資です」
僕が実利的な理屈を並べて押し付けると、ノクスは一瞬目を丸くし、やがてフッと柔らかく吹き出した。
「……先行投資、か。お前、相変わらず理屈っぽいな。……分かった。その投資、ありがたく受け取らせてもらう」
どうやら無事に交渉成立したらしい。
ノクスは嬉しそうに頷くと、次に僕が布でぐるぐる巻きにして背負っていた「黒い大鎌」を指差した。
「それから爺さん、こいつの武器も頼む。素材はとんでもない上物らしいが、こいつが無理やり蔓で繋ぎ合わせたせいでガタガタなんだ」
「あん? どれ、見せてみろ」
僕が布を解いて大鎌を渡すと、ガンツさんの目の色が変わった。
「おいおい……! この刃の材質、こりゃあ『甲刃獣グラング』の前肢じゃねえか! なんでこんな幻獣クラスの激レア素材を、木の棒なんぞに縛り付けてんだ!? 宝の持ち腐れにも程があるぞ!」
「僕が森で適当に作っただけですからね」
(うおお……! ボスドロップの激レア素材を使って、熟練の鍛冶師に専用武器を打ち直してもらうイベント! まんまファンタジー小説の王道展開じゃないか! 最高にテンションが上がる!)
僕は内心で力強くガッツポーズをした。
「まったく、呆れた坊主だ。よし、俺が責任を持って最高の武器に仕立て直してやる。柄の長さとバランスはどうする?」
「そうですね、僕の身長に合わせて少し短めで、取り回しやすいようにお願いします!」
僕はワクワクしながら注文をつけた。
さらにノクスが付け加える。
「それと、宿の女将にこいつの着てた毛皮の洗濯を頼んであるんだが、後でオレがそれを持ってくる。その『鉄甲熊』の余った革と合わせて、こいつ用の丈夫な外套に仕立ててやってくれないか」
「おう、任せとけ。魔獣の毛皮と鉄甲熊の革を重ねりゃ、ちょっとやそっとの牙や爪じゃ貫けねえ、最高の防刃コートになるぜ」
(おおおっ! 魔獣の毛皮と鉄甲熊の革を合わせた専用の防刃コート! どんな形に仕上がるか分からないけど、丈の長い外套ならファンタジーの魔導師のローブみたいになりそうでワクワクするな! まさに主人公の初期装備の完成形じゃないか!)
新しい武器に、防御力抜群の専用外套。
まさか自分の作った不格好な装備が、プロの手によって本格的なファンタジー装備に生まれ変わるなんて。
「ほら、用事は済んだぞ。そろそろ行くか、ユウ」
「行くって、ついにですか!?」
「ああ。昨日約束した通り、美味いものを食いに行くぞ」
「はいっ! 行きましょう!」
これからの冒険(装備の完成)への期待と、今から向かう美味しいご飯への欲求。
二つのワクワクで胸をいっぱいにしながら、僕は満面の笑みで鍛冶屋の工房を飛び出した。
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