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第41話 新しい服

 翌朝。

 ふかふかのベッドで極上の睡眠をとった僕は、最高の気分で目を覚ました。


 一階の食堂でマーサさんが作ってくれた絶品の朝食を平らげた後、僕たちはさっそく街の大通りにある仕立て屋へと向かった。


 カラン、と小気味よいベルの音を鳴らして店内に入ると、新しい布の匂いと染料の香りがふわりと鼻をくすぐる。


 壁際から天井まで、様々な色や素材の既製服がずらりと並べられていた。


「いらっしゃいませ。今日はどのようなお召し物をお探しで?」


 奥から出てきた人の良さそうな中年の店主が、僕たちを見てにこやかに微笑んだ。


 現在の僕は、170センチ後半で筋肉質なノクスから借りた、麻のシャツとズボンを着ている。


 身長164センチと小柄な僕には当然ひどくブカブカで、シャツの袖もズボンの裾も何重にもまくり上げ、ウエストは紐で無理やり縛っている状態だ。

 おまけに足元だけは、元の世界から履いているボロボロに擦り切れた学生用の革靴ローファーという、ひどくちぐはぐな格好だった。


「この子に合うサイズの服を見繕ってやってくれ。丈夫で、動きやすいやつをな」


 ノクスが僕の肩にポンと手を置き、店主に用件を伝えた。


「なるほど、活発な年頃ですもんね。それでしたら、あちらの棚のものが生地が強くておすすめですよ。どうぞ見ていってくださいな」


 僕は店主が示した棚に歩み寄り、陳列されている服を順番に手に取っていった。


(ふむ。この茶色い上着は、繊維の編み込み密度が高くて良いな。負荷がかかる関節部分には二重の補強縫製が施されている。これなら森で木の枝に引っ掛けても容易には破れないし、摩擦係数に対する耐久性も高い)


 僕は指先から伝わる布の反発力と重量から、最も耐久コストパフォーマンスに優れた一着を瞬時に割り出した。

 少し生地が硬くてゴワゴワしているが、すぐに破れて買い直す羽目になるよりは、実利の面で圧倒的に勝っている。


「ノクス、僕はこれがいいです。耐久性も申し分ないですし、一番長持ちしそうですから」


 僕がその茶色い上着を掲げて見せると、ノクスの眉間がまたしても深く寄った。


「……ユウ。お前、街の中で安全に暮らす時くらい、そんな戦闘と野営に特化したようなゴワゴワの服を選ばなくていいんだぞ」


(戦闘特化? いや、僕は単に布の張力と耐摩耗性の観点から、一番ランニングコストの良さそうなものを選んだだけなんだけど)


 ノクスは僕の手からその上着を奪い取ると、棚に戻してしまった。

 大方、街を歩くには見た目が地味すぎるとでも言いたいのだろう。都会の剣士はこれだから見栄っ張りで困る。


「店主。もっと肌触りが良くて、軽い素材のものはないか。裏地がしっかりしていて、着心地のいいやつだ」


「それでしたら、こちらの青い上着などいかがでしょう。南方の良質な綿を使っておりまして、お値段は張りますが、それはもう雲のように柔らかい着心地ですよ」


 ノクスは店主からその青い上着を受け取ると、僕の体にポンと当ててサイズを確認した。


「よし、これにする。それと、中に着るシャツとズボン、新しい靴も一式頼む」


「えっ、ノクス。そんな高そうな服、僕の分の素材の売却金で足りますか?」


 僕が慌てて尋ねると、ノクスはフッと口角を上げ、僕の頭を少し乱暴に撫でた。


「気にするな。これはオレからの奢りだ。森でオレを助けてくれた礼の、ほんの一部だと思え。……それに、お前がいつまでもそんなブカブカの服や血生臭い毛皮を着てたら、一緒に歩くオレの評判に関わるからな」


(……なんと!)


 僕は驚愕してノクスの顔を見上げた。


 森で助けた対価とはいえ、昨日からご飯を奢ってくれた上に、なんと着替えの衣服一式から靴まで、全身コーディネートでプレゼントしてくれるというのだ。


「ありがとうございます、ノクス! 大切に着ます!」


 僕は子供のようにはしゃぎ、渡された青い上着を両手でしっかりと抱きしめた。


(この布地……信じられないほど柔らかい。あの毛皮のゴワゴワ感とは天と地ほどの差だ。しかもそれが完全無料タダで手に入るなんて、ノクスは本当に気前が良くて最高の剣士だ!)


 僕が満面の笑みで上着に頬擦りしていると、ノクスはなぜか目元を片手で覆い、わずかに天を仰いで小さく息を吐き出していた。


「……大げさな奴だ。普通の服を着ただけで、そんなに喜ぶなんてな」


 ぽつりと呟いた彼の声は、どこか痛ましげで、ひどく震えていた。


(なんで泣きそうになってるんだ? まさか、勢いで全部奢ると言ったものの、予想外の出費の高さに今さら後悔し始めたとか?)


 だが、一度もらったものは絶対に返さないぞ。


 僕は新しい服一式をしっかりと胸に抱え込みながら、早くこの『雲のように柔らかい着心地』を堪能したくて、ウキウキとした足取りで試着室のカーテンの中へと飛び込んだ。

【読者の皆様へ】

誰かがこの物語に目を留めてくださったこと、そして「面白かった」「続きが気になる」と楽しんでいただけることが、今の私にとって何よりの喜びであり、執筆の大きな力になります。

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