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第40話 夜談会

 湯上がりで火照った体を、開け放たれた窓からの夜風が心地よく撫でていく。


 僕はノクスから借りた麻のシャツの袖を三回ほどまくり上げ、ふかふかのベッドの上であぐらをかいていた。


 長身な剣士の服は小柄な僕にはひどくブカブカだが、清潔な布の肌触りはあの獣の毛皮とは比べ物にならないほど快適だ。


「……おい、お前。さっきあんなにシチューとパンを平らげておいて、まだ食うのか」


 向かいのベッドに腰掛けたノクスが、僕の手元を見て呆れたような声を上げた。


「これは別腹ですよ。マーサさんに『お風呂上がりの夜風に合うものが欲しい』と頼んだら、塩を振った木の実の炒りものをくれたんです」


 僕は小皿から香ばしい木の実を一つ摘まみ、口に放り込んだ。

 カリッとした食感と、絶妙な塩気がたまらない。


(素晴らしい。この塩分濃度と油分のバランス、そして香ばしさ。本来は酒のつまみとして提供されているのだろうが、風呂上がりのミネラル補給として完璧に理にかなっている)


 僕は舌の上でその実利的なコスパを堪能しながら、次々と木の実をモグモグと頬張った。


 ふかふかのベッドに、清潔な服。美味しいおつまみと、向かいのベッドには頼れる(そして奢ってくれる)知人。


 元の世界で経験できなかった「友達とのお泊まり会」のようなシチュエーションに、僕のテンションは密かに最高潮に達していた。


「ノクス、もっと冒険者の話を聞かせてくださいよ。あの森以外にも、強い魔獣はたくさんいるんですか?」


 僕は木の実を齧りながら、身を乗り出して尋ねた。

 せっかくの夜談会だ。ここは一つ、異世界ファンタジーらしいワクワクする冒険譚を聞かせてもらいたい。


「強い魔獣だと? ……そうだな。オレが拠点にしているデュグラスの北には、岩肌に擬態する『岩殻のザルグガンド』という群れがいてな。こいつらの皮膚は下手な剣じゃ通らない。関節の隙間を狙うか、打撃で内臓を揺らすしかない厄介な相手だ」


 ノクスは僕の無邪気な好奇心に毒気を抜かれたのか、小さく息をついてから、ぽつりぽつりと自身の経験を語り始めた。


(なるほど。外殻が極端に硬いタイプの装甲型か。『識の原典(アーキタイプ)』で装甲の結合構造を分析して最も脆い接合部を割り出し、手持ちの方程式のどれかを叩き込んで内部から衝撃を発生させるのが、エネルギー効率としては圧倒的に良さそうだな)


 僕はノクスの冒険譚を、脳内で超高解像度の殺傷シミュレーションに変換しながら聞いていた。


 未知の魔獣の生態を知ることは、今後の生存率を上げるための極めて重要な情報収集だ。僕はワクワクと目を輝かせながら、彼の言葉を一言一句漏らさずに分析し続けた。


「……お前、そんなに冒険者の話が面白いか?」


 不意に、ノクスが語るのをやめて僕の顔をじっと見つめてきた。


「ええ、すごく面白いです! ノクスはやっぱりすごい剣士なんですね」


 僕は純粋な称賛を込めて頷いた。

 これだけの激戦を生き抜き、さらに有益な情報をタダで提供してくれるのだ。彼は本当に優秀で、面倒見のいい大人だと思う。


「……お前な。そういうことは、もっと警戒心を持った方がいいぞ。いくらオレでも、子供を騙す悪党かもしれないだろ」


 ノクスはなぜかひどく困ったような、それでいてどこか照れたような顔で頭を掻いた。


(警戒心? 何を言っているんだ。僕の計算上、ノクスが僕を騙して得られる利益はゼロに等しい。むしろ、着替えを貸してくれたり食事を奢ってくれたりと、彼の方が一方的にコストを支払っている状態だ)


 どう考えても、彼が悪党であるという仮説は論理的に破綻している。


「ノクスが悪党だなんて、これっぽっちも思ってませんよ。だって、こんなに優しいじゃないですか」


 僕が確信を持って答えると、ノクスは

「……っ」

と短く息を呑み、そのまま黙り込んでしまった。


 彼の耳が微かに赤くなっているのが見える。

 どうやら、正面から褒められたせいで照れてしまったらしい。意外と初心なところがある大人だ。


「ほら、木の実食べますか? 塩が効いてて美味しいですよ」


 僕は小皿を差し出しながら、さらに上機嫌で夜談会の続きを促した。


 初めての友達と過ごす、異世界の夜。

 明日のご飯と仕立て屋の予定に胸を膨らませながら、僕の夜更かしはもう少しだけ続きそうだった。

【読者の皆様へ】

誰かがこの物語に目を留めてくださったこと、そして「面白かった」「続きが気になる」と楽しんでいただけることが、今の私にとって何よりの喜びであり、執筆の大きな力になります。

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