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第35話 マイペースと苦労性

 デュグラスの街の衛兵詰所は、石造りの簡素な建物だったが、思いのほか居心地が良かった。


 僕は木製の長椅子に腰掛け、人の良さそうな若い衛兵が淹れてくれた温かいハーブティーを啜りながら、のんびりと待機していた。


 (……それにしても、この世界のお巡りさんは本当に親切だな)


 迷子の手配をお願いしただけなのに、お茶まで出してくれるなんて最高のカスタマーサービスだ。これなら、あの方向音痴の青年もすぐに見つかるだろう。


 そんなことを呑気に考えていた、その時だった。


 「――連れてきたぞ! 坊主、お前の連れだ!」


 バンッ! と勢いよく詰所の扉が開き、先ほど広場で話をした恰幅の良い衛兵が、一人の男を両脇から抱え込むようにして入ってきた。


 灰色の髪に、背中に長剣を背負った細身の青年。間違いなくノクスだ。


 ただ、なぜか彼は顔面を蒼白にし、片手で胃の辺りをきつく押さえながら、今にも倒れそうなほど疲労困憊の様子だった。


 「ノクス。無事だったんですね、良かったです」


 僕が立ち上がり、大人の余裕を持って労いの言葉をかけると、ノクスは僕の顔を見るなりピクリと頬を引きつらせた。


 「お前……ユウ、お前なぁ……!」


 「こらこら、彼を叱ってはいけないぞノクス。彼はお前が単独で危険な追跡劇を行っていると知らず、純粋にお前を心配して我々を頼ったのだからな」


 衛兵が、なぜかノクスをたしなめるように深く頷いた。


 (追跡劇……? ああ、そういえばさっきそんな大袈裟な勘違いをしていたな。ノクスも、迷子になったなんて恥ずかしくて言えないから、話を合わせているのか。大人としてのプライドなんだろうな。可哀想に)


 僕は彼の体面を守ってあげるため、あえてその話題には触れず、温かいお茶の入った分厚い陶器のカップを差し出した。


 「まあまあ、ノクスも座ってお茶でもご馳走になってください。自分の拠点だからって油断して、フラフラと歩き回っちゃダメですよ」


 「……っ! お前が言うな!!」


 ノクスが絞り出すような声で吠えた。


 しかし、その悲痛な叫びも、衛兵たちには「危険に巻き込んでしまった少年への照れ隠し」のように変換されているらしく、皆どこか温かい目で見守っている。


 ノクスはついに反論を諦め、ドスッと長椅子に腰を下ろして深く項垂れた。


 「……はぁ。まあいい、無事ならそれでいい。オレが目を離したのが悪かった」


 「そうですよ。でも安心してください。ノクスが道に迷って……いや、追跡劇をしている間、僕はただ時間を無駄にしていたわけじゃありませんから」


 僕はコップを置き、事後報告を切り出した。


 「ノクス、朗報です。この街に詳しい“専属ガイド”を確保しました」


 「……は?」


 ノクスが、項垂れていた顔をバッと上げた。


 「さっき、少しスラムの方へ足を伸ばしたんです。そこでちょっと絡んできた柄の悪い連中を追い払ってあげたら、リオンっていう没落貴族の少年が僕に懐いちゃいまして。この街の裏道から美味しい店まで、なんでも案内してくれるそうです。最高のコスパですよね」


 「スラム……!? お前、一人でそんなところに……!?」


 「ええ。ただ、ちょっとした“対価”を要求されまして」


 ノクスの顔色がいよいよ白から青へと変わっていくのを横目に、僕は淡々と続けた。


 「魔法を教えてほしい、と頼まれたんです。でも、ノクスも知っての通り、僕の魔法は感覚で理屈をこねるような泥臭いものなので、とてもじゃないですが他人に教えられるような代物じゃありません」


 「……いや、全くの初耳なんだが」


 「だから、僕より遥かに経験豊富で、戦いの基礎を完璧に修めている本物のプロフェッショナルを紹介する、と約束しておきました」


 ノクスの戸惑ったようなツッコミを綺麗にスルーし、僕はニッコリと微笑んで彼の肩をポンと叩いた。


 「面倒見のいい『Bランク』冒険者であるノクスが彼の面倒を見てくれるって言ったら、リオンも目を輝かせて喜んでましたよ。後日連れて行く約束をしたので、よろしくお願いしますね」


 「…………」


 ノクスは完全に言葉を失っていた。


 その口は何度かパクパクと動いたが、声は出ていない。


 (……どうしたんだろう。顔が真っ青だ。はぐれた間に僕が一人でスラムに行き、機転を利かせて専属ガイドを雇ってきたことに、感動して声も出ないのかな?)


 僕としては完璧な采配だったと思うのだが、なぜかノクスは胃の辺りをきつく押さえ、この世の終わりでも見たような顔で小刻みに震えている。喜んでくれると思ったのに、少しリアクションが薄い気がする。


 「おい、どうしたノクス! 顔色が悪いぞ!」


 「誰か水を持ってこい! ノクスが白目を剥いて倒れかけてるぞ!」


 大慌てで駆け寄り、ノクスの体を支える衛兵たちを余所に、僕は残っていたハーブティーの最後の一口を飲み干して、そっとカップを置いた。


 なにはともあれ、これでようやく宿に向かえそうだ。

【読者の皆様へ】

誰かがこの物語に目を留めてくださったこと、そして「面白かった」「続きが気になる」と楽しんでいただけることが、今の私にとって何よりの喜びであり、執筆の大きな力になります。

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