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第29話 報告

 デュグラスの冒険者ギルドは、街の中央広場に面した巨大な石造りの建物だった。


 重厚な扉をくぐると、むせ返るような熱気と酒の匂い、そして武装した荒くれ者たちの喧騒が押し寄せてきた。


 (……うわぁ、いかにもファンタジーのギルドって感じだ。でも、建物の構造強度はイマイチだな。柱のマナの通し方が偏ってる)


 僕は『識の原典(アーキタイプ)』で建物の骨組みを勝手に評価しながら、ノクスの背中について歩いた。


 「おい……あれ、ノクスじゃないか?」


 「マジかよ、“餓狼(がろう)”が生きてたぞ……!」


 ノクスが姿を見せた途端、ギルド内の空気が一変し、ざわめきが広がった。


 ノクスは周囲の視線を気にする素振りも見せず、受付窓口に直行した。


 そこにいた赤毛の受付嬢が、目を見開いて立ち上がる。


 「ノクスさん!? 生きて……っ、すぐ、すぐにマスターに知らせます!」


 「ああ、頼む、セリア。直接報告したいことがある」


 セリアと呼ばれた受付嬢が奥へと駆け込み、数分後、僕たちはギルドの二階にある重厚な執務室へと通された。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 「入れ」


 中から響いたのは、低く落ち着いた、それでいてよく通る男の声だった。


 ノクスが扉を開けると、大きな執務机の奥に一人の男が座っていた。


 赤みがかった茶髪に、同色の鋭くも知的な瞳。逞しく男らしい体つきだが、決してゴツすぎない、洗練された「頼れる大人の男」といった風貌の壮年――。


 この街のギルドマスター、グレン・リードだ。


 「……生きてたか、ノクス。全く、お前ら調査部隊の生き残りがバラバラに帰還してくるたびに、俺の胃に穴が開きそうだったぜ」


 マスターはフッと口角を上げ、安堵の息を吐いた。


 その口調は気さくで堅苦しさがない。ノクスも敬礼などはせず、親しい友人に話すようなタメ口で応じた。


 「悪かったな、マスター。……まずは公式な報告だ。俺たち合同部隊は、例の魔物“白貌の死神(ホワイトフェイス)”の痕跡を追って深部に入った直後、『硬鱗獣グラニスラド』の群れに強襲された」


 「ああ、他の生き残りからも報告は受けている。あの動く城塞のような魔獣が、あり得ないことに群れを成して襲いかかってきたそうだな。部隊が合流地点で落ち合う前提で散開したところまでは聞いているが……お前はどうなったんだ?」


 「俺は運悪く二体の『硬鱗獣グラニスラド』に粘られてな。なんとか仕留めたが、致命傷に近い傷を負って崖下へ滑落し、気を失った」


 マスターの表情が険しくなる。


 ギルドの規約上、ここでの報告はすべて公式記録になるため、ノクスの声にも一切の嘘や誤魔化しがなかった。


 「……なるほど。それで、どうやってその状態から生還した? 門兵からの報告だと、浅層で孤児に拾われたと聞いているが」


 マスターの鋭い視線が、マントを被った僕へと向けられた。


 「それについてだが、マスター。門兵には無用な混乱を避けるために『浅層の孤児』と誤魔化したが、公式記録としては訂正させてくれ」


 ノクスは僕の肩をポンと叩いた。


 「俺はかなり深い層の洞穴で目を覚ました。……そこで、このユウに命を救われたんだ。こいつは、あの恐ろしい森の生態系を完全に理解して、一人で生き抜いていた“森のプロ”だ」


 マスターの目が、驚きに大きく見開かれた。


 「ユウです。……よろしくお願いします」


 僕がフードを少しだけ下げて会釈すると、マスターは信じられないものを見るような目で僕を観察し、やがて深く息を吐いた。


 「ノクスが言うからには事実だろうが、まさかこんな少年が……信じられん……」


 (いや、ただ環境に合わせて適当に理をいじって暮らしてただけですよ。大袈裟だなぁ。……そんなことより、早く換金して美味しいご飯を食べに行きたい)


 僕は内心でそんなことを考えつつ、深く突っ込まれないのは好都合なので大人しく黙っておくことにした。


 「……グレン・リードだ。ノクスの命を繋いでくれたこと、ギルドマスターとして心から礼を言う」


 グレンが真摯な口調で頭を下げると、ノクスが少し空気を変えるように話を切り出した。


 「それで、マスター。報告のついでで悪いんだが、持ち帰った素材の換金の手配を頼みたい。当面の生活費にしたいんだ」


 ノクスがそう言うと、マスターは執務机の書類を片付けながら頷いた。


 「構わんぞ。道中ってことは、浅層の低ランク魔獣か?」


 「いや。持ち帰ったのは『毒牙狼ベノスヴォルグ』五匹分の素材と……『鉄甲熊(メタルグリズリー)』一頭分の毛皮と鱗、牙だ。もちろん道中で必要な部位だけは解体してある。他の魔獣も山ほど倒したが、デカくて嵩張るし、持ち運ぶ余裕がなかったから肉や重い骨は森に捨ててきた」


 ピタッ、とマスターの手が止まった。


 「……今、なんと?」


 「だから、『鉄甲熊(メタルグリズリー)』だ。換金したいが、俺とユウの新しい装備を仕立てるために、良質な部位は残しておいてくれ。後で馴染みの鍛冶屋と仕立て屋に持ち込むから」


 マスターは頭を抱え、天を仰いだ。


 「お前なぁ……! 満身創痍からの帰還中に、非戦闘員の子供を連れた状態でAランクの魔獣を狩ってきただと!? どうやって倒した!?」


 「あー……それはだな」


 ノクスがチラリと僕を見た。


 (あの鉄甲熊なら、僕がカッコいい詠唱と一緒に空へカチ上げて倒したじゃないか。あれがどうかしたの?)


 僕がキョトンとしていると、ノクスは胃のあたりを押さえながら、どこか遠い目をして答えた。


 「……運良く、地形を利用した“大掛かりな罠”にハメて倒したんだ。……それよりマスター。デカい素材は捨ててきたと言ったが、倒した全魔獣の『魔石』は俺が残さず回収してある。これで十分な金になるはずだ」


 ノクスが腰の袋をポンと叩くと、ジャラリと硬い音が鳴った。


 (……魔石? ああ、魔獣の心臓の辺りに入ってる光る石のことか)


 僕は思い出した。


 あんなもの、食べられないし武器や防具の材料にもならないから、森では解体するたびにその辺にポイポイ捨てていたのだ。


 道中、ノクスが率先して魔獣を倒した後や、僕が倒した魔獣を解体する際、彼がいそいそと血だまりの中からあの「光るゴミ」を拾い集めていたので(変な石を集めるのが趣味なのかな)と不思議に思っていたのだが……まさか、あれが換金できるような代物だったとは。


 「罠って……鉄甲熊(メタルグリズリー)をハメる罠ってなんだよ……。お前、行方不明になってる間に何かおかしくなってないか?」


 ギルドマスターが呆れ果てたように呟くのをBGMに、僕は(それなら、もっと早く教えてくれれば良かったのに……今までの分、もったいなかったな)と少しだけ後悔しつつ、これからの街での生活に胸を弾ませていた。

【読者の皆様へ】

誰かがこの物語に目を留めてくださったこと、そして「面白かった」「続きが気になる」と楽しんでいただけることが、今の私にとって何よりの喜びであり、執筆の大きな力になります。

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