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第27話 街道

連続投稿11話目

 鬱蒼と茂っていた視界が、不意にパッと開けた。


 頭上を覆い尽くしていた巨大な樹冠がなくなり、久々に遮るもののない青空が広がる。


 そして足元には、腐葉土でも泥濘でもない、馬車が通るために硬く踏み固められた一本の「街道」が真っ直ぐに伸びていた。


 「……着いた。人間の道だ……」


 ノクスが、まるで神の奇跡を目の当たりにしたような震える声で呟き、その場にガクンと両膝をついた。


 「あ、ノクス。膝に土つきますよ」


 「……土くらいなんだ。泥に塗れ、血を流し、あの狂った森の底で完全に死を覚悟したオレが……こうしてまた、故郷の道に触れられているんだぞ……!」


 ノクスは街道の土を両手で掬い上げ、感極まったように天を仰いだ。


 その目にはキラリと光る男泣きの涙すら浮かんでいる。


 (……大袈裟だなぁ。ただの土の道じゃないか。アスファルトですらないのに)


 僕は、道端の草を『黒鎌(クロカマ)』の石突でツンツンと突きながら、内心で呆れていた。


 確かにあの森は虫も魔獣もデカくて面倒だったけど、こうして泣き崩れるほどのことだろうか。ノクスは本当に、感情の起伏が激しくてリアクションがデカい人だ。


 「……ユウ、お前のおかげだ。お前がいなければ、オレは今頃あの泥の底で骨になっていた。本当に、何と感謝していいか……」


 「感謝なんていいですから、早く行きましょうよ。僕、早くその街に行って『新しい香辛料』が見たいんです。胡椒とか、そういうピリッとしたやつありますよね?」


 「こ、胡椒……? お前、この歴史的な生還の瞬間に、頭の中は調味料のことばかりなのか……?」


 「当たり前じゃないですか。毎日塩とハーブだけの肉じゃ飽きますからね。あの森にいる亀みたいな魔獣の甲羅から、たまたま上質な塩が削り取れるからよかったものの……やっぱり料理にはもっとバリエーションが必要です」


 僕がケロッと言うと、ノクスは涙を引っ込めて、ひどく疲れたような溜息をついた。


 そして、膝の土を払って立ち上がりながら、ブツブツと文句を言い始める。


 「……お前のその、異常なまでの図太さはなんなんだ。Bランクのオレですら、あの深部から生還できたのは奇跡以外の何物でもないというのに」


 「ノクス」


 僕は立ち止まり、あえて真面目な顔で、彼を諫めるように言った。


 「もういい歳なんだから、『俺はBランク冒険者だぁ!』なんて過去の栄光を自慢するのはやめた方がいいですよ。傍から見るととても恥ずかしいことなので。僕はノクスのためを思って、敢えて教えてあげてるんですからね」


 「じ、自慢じゃねえよ! オレは事実として、客観的な生存難易度の話をしてるんだろうが! だいたいオレはまだ二十代手前だぞ、いい歳ってなんだ!」


 ノクスが顔を真っ赤にして抗議してくる。


 「はいはい、わかってますよ。結果的に生きてるんだからいいじゃないですか。ほら、歩きながら話しましょう」


 僕が適当に受け流してスタスタと街道を歩き始めると、ノクスも頭を抱えながら慌てて隣に並んできた。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 街道を進むにつれ、徐々に人の気配が増え始めた。


 最初は遠くに農夫の姿が見える程度だったが、やがて馬車や、武装した冒険者らしき集団とすれ違うようになってきた。


 僕にとっては、この世界に来て初めて見る「まともな服を着た人間」たちだ。


 「ユウ、いいか。街に入ったら、勝手な行動はするなよ。……それと、できるだけその物騒な鎌は布で巻くか、隠すようにしろ」


 「え? なんでですか?」


 「なんでって……すれ違う連中の顔を見てみろ。みんな、オレたちを見てギョッとして道を譲ってるだろうが」


 ノクスに言われて周囲を見ると、確かに、すれ違う商人や冒険者たちが、僕たちを見てヒィッと息を呑んだり、慌てて道の端に避けたりしている。


 (……なるほど。ノクス、数ヶ月も風呂に入ってないし、服もボロボロだからな。山賊か何かと勘違いされてるんだ)


 「ノクスが薄汚れてて怪しいからですよ。街に入ったら、まずは身綺麗にしないとダメですね」


 「……違う! 百歩譲ってオレの身なりのせいもあるかもしれないが、一番の原因はどう見てもお前だ!」


 「僕?」


 「お前の背丈よりデカくて、呪いでもかかってそうな漆黒の刃を持ったその大鎌だよ! どこからどう見ても、ヤバい死霊術師か暗殺者の持ち物だろうが!」


 ノクスが声を荒げた。


 (……失礼な。これは僕が森の素材を厳選して作った、愛着のある相棒だぞ。ちょっとデザインが中二病っぽいのは認めるけど、そこまで言われる筋合いはない)


 「ただの自作の農具ですよ。それに、この世界の人たちなら、もっと凄くて派手な魔法の武器とか普通に持ってるんでしょ? これくらいでビビるなんて、大袈裟だなぁ」


 「お前の“普通”の基準は一体どうなってるんだ……! いいか、そもそもあの森の深部側から歩いて出てくる人間なんて、普通はいないんだ! だからみんな、幽霊でも見るような目で……ああもう、とりあえず街の門番にはオレから上手く説明するから、お前は大人しくしてろよ!」


 頭を抱えながら、胃が痛そうに忠告してくるノクス。


 僕はとりあえず「はーい」と適当に返事をしとく。


 (……戦士のノクスはともかく、この世界の人たちって案外ビビりが多いのかな? まあいいや、早く美味しいご飯が食べたい)


 僕たちは少しずつ賑やかになっていく街道を抜け、ついに辺境都市『デュグラス』の巨大な防壁へと辿り着こうとしていた。

【読者の皆様へ】

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