第24話 ちょろいやつ
連続投稿8話目
翌朝、僕たちは数ヶ月間暮らした洞穴を後にした。
荷物は最小限だ。干し肉、水袋、甲羅から削った岩塩、薬草、短剣、そして僕の背丈ほどもある『黒鎌』。
「……行くぞ、ユウ。オレから絶対に離れるなよ」
「はいはい」
ノクスが先頭に立ち、僕がその後ろを歩く。
洞穴の絶対安全圏を一歩出ると、森の深部は相変わらず常軌を逸した生態系をひけらかしていた。
頭上では蔦に擬態した大蛇が獲物を待ち構え、足元には踏み入れば強酸性の消化液を噴き出す巨大な食虫植物が口を開けている。油断すれば一瞬で命を持っていかれる、狂った森だ。
(……やっぱり怖いな。僕の『理の操作』なんて、環境に罠を張るだけのチマチマしたドミノ倒し(からくり)みたいなもんだし。この世界じゃ、魔導師の平均よりずっと下なんだろうな……)
僕は周囲の構造を『識の原典』で常に警戒しながら、ノクスの背中を追う。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
出発して数時間が経過した頃だった。
ガサッ……。
前方の鬱蒼とした茂みから、低い唸り声が響いた。
現れたのは、漆黒の体毛を持つ四足歩行の魔獣の群れだった。狼に似ているが、体長は優に二メートルを超え、牙からは紫色の毒液らしきものが滴っている。それが五匹。
「『毒牙狼ベノスヴォルグ』の群れか……! ユウ、下がっていろ!」
ノクスが背中に帯びた長剣を引き抜き、僕の前にスッと出た。
(……えっ、一人で五匹も相手にするの? 僕も足元の摩擦をゼロにするくらいの手伝いはした方が……)
僕が思考を巡らせた、次の瞬間だった。
「――シッ!」
ノクスが短く息を吸い込む音が聞こえた。
直後、彼の足元の腐葉土が爆発するように吹き飛び、ノクスの姿がブレた。
僕の『識の原典』の視界が、信じられない光景を捉えていた。
ノクスが、空間を漂う「未知の粒子」――この二ヶ月に及ぶ言語学習の中で、彼が『世界を満たす生命の源、マナ(魔素)』と呼んでいたあの粒子を、極限まで体内に圧縮し、脚部の筋肉と剣の刀身に爆発的に流し込んでいたのだ。
ドォンッ!! という音を置き去りにした超高速の踏み込み。
物理法則を完全に無視したその加速。
五匹の毒牙狼が反応するより早く、ノクスの長剣が閃光のような軌跡を描いた。
ザシュッ、という一つの音しか聞こえなかった。
ノクスが群れの背後に着地して剣を振り払うと同時に、五匹の魔獣の首が全く同じタイミングでずり落ち、重たい胴体がドサリと地に伏した。
「……えっ。何今の……」
僕は目を丸くして硬直した。
(一瞬で五匹!? しかも、マナの使い方が無茶苦茶だ! あんな高密度のエネルギーを自分の肉体に直接ブーストさせるなんて、燃費も最悪だし、一歩間違えれば自爆するじゃないか! この世界の人間の身体能力って、どうなってんの!?)
僕が足元を滑らせたり、岩を硬くしたりしてコソコソ罠で狩っているのが馬鹿らしくなるような、純粋で圧倒的な『暴力の洗練』だった。
これが、この世界における戦士のスタンダードなのか。だとしたら、僕なんて本当にただの小細工が得意なだけの、ひ弱な一般人だ。
「……す、凄い。ノクス、今の一瞬で全部斬ったの!? めちゃくちゃ格好いいですね!」
僕が本気で興奮気味に駆け寄ってそう言うと、剣を鞘に収めていたノクスはビクッと肩を震わせた。
「お、おう。まあ、この程度の群れなら、造作もないことだ。今のは『疾影・連爪』と言うんだ。オレの体技『疾影』は少し特殊でな。……お前がどうしてもって言うなら、街に着いた後で少し教えてやってもいいぞ」
ノクスは口元を手で覆って咳払いをしたが、その顔はどう見てもニヤケを我慢しており、思い切り鼻の下が伸びていた。
僕みたいな歳の近い(多分)少年に目を輝かせて称賛されたのが、よっぽど嬉しかったらしい。
(……なんだ、この人。案外ちょろいというか、子供っぽいところあるな)
僕は少し呆れつつも、安全が確保されたので倒れた魔獣の死骸に歩み寄った。
「ユウ、触るな。そいつの牙には毒が……」
「わかってますよ。でも、これだけ血の匂いをさせたら、五分以内に他の肉食獣や虫が寄ってきます。急がないと」
僕は腰に下げていた短剣を引き抜き、死骸の首の付け根にある『臭腺(匂いの元)』と『毒袋』を、一切の躊躇なく、流れるような手つきでピンポイントに切除し、離れた茂みの奥へと放り投げた。
さらに、手持ちの薬草の粉末をパラパラと血溜まりに撒く。これだけで、血の匂いは劇的に中和されるのだ。
「……よし。これでしばらくは追ってきません。行きましょう、ノクス」
僕がナイフの血を葉っぱで拭って立ち上がると、ノクスはまたしても信じられないものを見たような目で僕を凝視していた。
「……ユウ。お前、今の手際……それに、匂いの消し方……」
「え? ああ、これくらい普通でしょ。森で生きるなら基本ですよ」
この世界の化け物みたいな身体能力を持つ人間たちなら、魔獣の解体やサバイバル術なんて、息をするように当然知っているはずだ。
だが、ノクスは僕の言葉を聞いて、ひどく痛ましいものを見るような複雑な表情で黙り込んだ。
「……お前というやつは。本当に、驚かされてばかりだな」
ノクスは苦笑しながら、僕の頭をポンと優しく叩いた。
「ほら、行くぞ。……頼りにしてるからな、ユウ」
「はーい」
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