第23話 別れと提案
連続投稿7話目
あの大物を食べてから数日。
ノクスの体調は、完全に万全になったようだ。
朝から洞穴の外で剣の素振りをしているが、その動きは鋭く力強い。
最初に拾った時の、泥まみれで死にかけていた姿からは想像もつかないほどだ。
(……そろそろ、お別れだな。長かったような、短かったような)
僕は焚き火で肉を炙りながら、内心でホッとしていた。
彼が嫌いなわけじゃない。解体も手伝ってくれるし、綺麗好きだし、言葉も教えてもらった。
でも、やっぱり得体の知れない異世界の住人と寝食を共にするのは神経がすり減る。
彼が去れば、また僕の平穏でマイペースなサバイバル生活が戻ってくるのだ。
素振りを終えたノクスが、額の汗を拭いながら僕の前に座った。
そして、ひどく真剣な顔つきで口を開いた。
「ユウ。怪我の療養、本当に世話になったな。……オレは明日、街に帰ろうと思う」
「そうですか。道中、気をつけてくださいね」
僕は淡々と頷いた。
心の中ではガッツポーズだ。ようやくチェックアウトの時間が来た。
だが、ノクスは僕の目を真っ直ぐに見つめ、信じられないことを口にした。
「お前も一緒に来るんだ、ユウ」
「……はい?」
僕は思わず間抜けな声を出してしまった。
ノクスは少し熱を帯びた、兄貴分のような口調で語り始める。
「ここから10日程度の距離にある、デュグラスという街だ。こんな泥と魔物だらけの危険な森に、お前みたいな子供が一人で残るなんて間違ってる。街に行けば、安全な壁があって、柔らかいベッドがあって、毎日美味い飯が食えるんだぞ」
(……はぁ?)
僕は彼の言葉を脳内で反芻し、激しく警戒した。
(……待てよ。なんでこいつ、急に僕を連れ出そうとしてるんだ?)
普通、命を救われるなんていう『特大の借金』を背負ったら、まともな神経の持ち主ならさっさと精算して自由になりたいはずだ。
僕だって、彼を助けた対価として言葉を教えてもらった時点で、貸し借りはチャラにしてやるつもりだった。これ以上、関わり続けてリスクを負う理由なんてどこにもない。
それなのに、わざわざ僕を同行させてまで世話を焼こうとするなんて、この過酷な世界ではあまりに非合理的だ。
(……まさか、人身売買? それとも、力仕事でもさせるための『安上がりな労働力』として連れて行く気か……!)
背筋がゾッとした。やっぱりこの世界の人間は油断ならない。
子供の僕なら簡単に騙せると思っているのか、恩に報いるフリをして僕を連れ出し、都合よく利用する気満々じゃないか。
「……僕はここがいいです。自分の家だし」
僕がやんわりと断ると、ノクスの顔に悲痛な色が浮かんだ。
「怖いのはわかる。だが、お前が過去に人間からどんな酷い目に遭ったにせよ、オレが絶対に守ってやる。お前には、人間らしい普通の生活を取り戻す権利があるんだ」
(……話が通じない。完全に僕を連行するモードに入ってる)
ノクスは僕の肩をガシッと掴み、真剣そのものの瞳で僕を見つめ降ろしている。
ここで頑なに拒否して、この屈強な男が力ずくできたら面倒だ。
それに、彼を一人で帰らせた後、仲間を引き連れてこの洞穴を強奪しに来られたら目も当てられない。
(……いや、逆に考えるんだ。街に行けば『胡椒』や『未知の香辛料』、それにちゃんとした金属の調理器具なんかもあるかもしれない)
調味料のバリエーションが増えれば、肉はもっと美味しくなる。
街を少し偵察して、ヤバそうなら途中で奴の足元を『泥沼』にでも沈めて、僕だけ森に逃げ帰ればいい。
「……わかりました。ついていきます」
僕が渋々頷くと、ノクスはパッと顔を輝かせ、僕の頭をガシガシと乱暴に撫でた。
「そうか! よかった……本当によかった。安心しろ、オレが必ずお前に、美味いもんを腹いっぱい食わせてやるからな!」
(……さっきから美味いもん、美味いもんって。エサで釣れる野良犬か何かだと思ってるのかな。僕をなんだと思ってるんだ……)
僕は撫でられるがままになりながら、彼との絶望的な価値観のズレに内心で深く溜息をついた。
そして、今の僕に使える『理の方程式』のうち、どれをいざという時の逃走用に組み合わせて使うべきか、頭の中で静かに反芻し始めるのだった。
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