表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/38

第2話 見知らぬ少年

 逃げるように校門を抜け、いつもの公園に辿り着いた頃には、西日が長く伸びていた。


 ブランコに腰を下ろし、チェーンの錆びた鉄の匂いと冷たさを掌に感じながら、僕は大きく息を吐く。


「……あー、疲れた。本当、何やってるんだろ」


 独り言は、湿った砂場に吸い込まれて消えた。

 通学鞄から一冊のライトノベルを取り出す。表紙には、ドラゴンを駆る魔導師の姿。僕にとって唯一、周りの顔色をうかがわずに済む安全地帯だ。


 この世界なら、相手との距離感や、言葉の裏の感情を計算して胃を痛める必要もない。


(詠唱、か。格好いいよなぁ。「ことわりに従い、灰は灰に」……なんてさ。実際そんなこと言ったら、次の日から僕のあだ名は「灰」確定だろうけど)


 自嘲気味に笑いながら本を開こうとした、その時だった。


「へぇ、そんなに好きなんだ。魔法とか、そういう非現実的なもの」


「……えっ?」


 心臓が跳ねた。


 顔を上げると、目の前に見知らぬ少年が立っていた。

 白いメッシュの入った黒髪に、夕暮れ時なのにやけに暗く沈んだ瞳。足音なんて全く聞こえなかった。


「あ、すみません。……気づかなくて」


 咄嗟に当たり障りのない愛想笑いを浮かべる。


 年齢は僕と同じくらいか? いや、少し下か。どんな態度が正解だ?


  脳内で瞬時に相手の情報を探ろうとするが、なぜか全く読めない。

 不気味なほど「人間らしさ」が欠けているのだ。


「いいよ、無理に愛想笑いしなくて。君、さっき学校にいる時、脳内で凄い勢いで反省会してたでしょ? 佐々木君への返事の仕方がどうとか」


「……っ!」


 一瞬で、指先から血の気が引いた。


 今日学校で、誰にも言わずに飲み込んだ僕だけの独白。それを、なぜこいつが知っている?


「君、周りの『空気』を読みすぎなんだよ。他人の感情や場の雰囲気を、全部計算してやり過ごそうとしてる。……疲れない? そんな風に世界を観てて」


「……あはは、何のことですか? ちょっと人違いじゃないかな。僕、そろそろ帰らないと……」


 ヤバい。これは関わっちゃいけないタイプの人間だ。中二病をこじらせたのか、それとも新手の詐欺か宗教か。


(とにかく逃げよう)


 僕は愛想笑いを顔に貼り付けたまま、そそくさと立ち上がろうとした。


 しかし。


 ドンッ、と胸を突かれ、僕は再びブランコに尻餅をついた。


「帰さないよ。君のその無駄に高い『観察力』、もっと面白いことに使えそうだから」


「は……? ちょ、ちょっと何す――」


 抗議の声を上げるより早く、少年の冷たい手が僕の額にピタリと触れた。


「君は物事を細かく見すぎてる。だから、一度その『当たり前』のフィルターを外してあげる。世界を、もっと高い場所から俯瞰してごらん」


「っ――!?」


 額に触れられた瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。

 痛い。いや、痛いんじゃない。頭の中に、無理やり「何か」がこじ開けられるような強烈な不快感。


『君のその異常な認識の癖……そうだね、事象の根源を観る《識の原典アーキタイプ》とでも名付けようか』


『その視点が、あっちの世界でどう役立つか。……楽しみに観させてもらうよ、黒沢 憂』


 少年の笑い声を最後に、公園の景色が、音を立てて崩れ去った。


 砂場の匂いも、遠くの車の音も、夕暮れの赤い光も、一瞬ですべて消し飛ぶ。

 代わりに鼻腔を暴力的に突いたのは、むせ返るような土と緑の匂い。そして、肺が凍りつくような冷たい空気だった。


「あ――っ、がっ……!」


 地面に叩きつけられ、全身の空気が抜ける。

 目を開けると、そこは見たこともない鬱蒼とした森の中だった。


 パニックになりかける頭を抱え込む。物理的な怪我はないはずなのに、脳が異常な熱を持っていた。


 視界に映る木々や土が、今までとは全く違う見え方をしている。


 ただの「木」じゃない。樹皮の繊維の重なり、水分の吸い上げられる流れ、土に含まれる養分の偏り。


 普段なら「ただの風景」として処理するはずの情報が、先ほど少年が『識の原典アーキタイプ』と呼んだその呪いのような視点のせいで、極限まで拡大された解像度となって脳に直接流れ込んでくる。


「なんだ、これ……っ。頭が、割れそう……!」


 凄まじい情報量に脳の処理が追いつかず、僕は腐葉土の上にうずくまりながら、激しい吐き気に襲われていた。


【読者の皆様へ】

誰かがこの物語に目を留めてくださったこと、そして「面白かった」「続きが気になる」と楽しんでいただけることが、今の私にとって何よりの喜びであり、執筆の大きな力になります。

もしよろしければ、ページ下部にある星マーク(☆☆☆☆☆)から評価をつけていただいたり、ブックマークで応援していただけると本当に嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ