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第18話 暖かいスープ

連続投稿2話目

ノクス視点です

(Sideノクス)


 意識が戻って数時間。オレは、静かに燃える焚き火の温もりに包まれながら、込み上げる感情を整理していた。


(……温かい。外は、あの化け物どもが蠢く極寒と絶望の森だというのに)


 この洞穴の空気は、まるで春の陽気のように穏やかに保たれている。高位の魔導師が維持する結界のような大仰さはないが、何か徹底して「生きる」ために整えられた、静かな意思を感じる空間だ。


 だが、そんな古代の遺物(と思い込んでいる場所)よりもオレの心を揺さぶったのは、オレを救った少年の存在そのものだった。


「ーーー……。ーーー、ーーー」


 少年が、何かを呟きながらオレの前に歩み寄ってきた。


 その足取りはひどく慎重で、まるで傷ついた小動物が、それでも勇気を持って外敵に歩み寄るような危うさがある。


 彼は、土を焼き固めた粗末な器をオレの数メートル手前にコトンと置くと、それを足でこちらへとズズッと押し出してきた。


(……ああ。やはり、人との接し方を知らないんだな)


 オレは確信した。


 手当の際も、そして今も、彼はオレと直接触れ合うことを極端に避けている。


 この森でたった一人、誰にも頼らず、誰の温もりも知らずに生きてきたのなら、見知らぬ他人は「命を脅かす外敵」以外の何物でもないのだろう。


 そんな彼が、恐怖を押し殺して行き倒れのオレをここまで運び、貴重な食料を分けてくれているのだ。


 差し出された器の中には、温かい薬草のスープと、薄く削られた干し肉が盛られていた。


 オレは器を手に取り、それを少年の元へと両手で恭しく差し戻した。


『君が食べなさい。オレは大丈夫だ』


 せめて、育ち盛りの彼に優先して食べてほしい。自分の腹を叩き、満腹を装って首を振って伝える。


 だが、少年はそれを見るなり、顔を真っ赤にして叫んだ。


「ーーーッ!! ーーー、ーーー!!」


 激しい、叱咤するような口調。


 オレの差し出した親切を跳ね除け、ただひたすらに「自分のことはいいから、怪我人のあんたが食べろ!」と強く主張しているように聞こえた。


 彼自身の細い腕を見れば、自分だって常に飢餓状態にあるはずなのに。これ以上辞退すれば、彼の気高くも不器用な厚意を汚すことになる。


 オレは震える手でスープを啜った。


「っ……、ーーー……」


 ただの薬草と硬い肉の味。塩気すらほとんどない。けれど、そこには街の贅沢な料理では決して味わえない、純粋な「命の温もり」があった。


 絶望的な深部で、この子が孤独と恐怖に抗いながら作り上げた貴重な食事。それが五臓六腑に染み渡り、オレの目からは勝手に熱いものがボロボロと溢れ出していた。


(……済まない。こんな過酷な環境にいる子供に、オレは自分の命を救わせてしまった……)


 食後、少しだけ体力が戻ったオレは、じっとしていられなかった。


 恩人のために、今のオレができることは何かないか。


 周囲を見渡すと、洞穴の隅に獣の毛皮が乱雑に積み上げられていた。彼は「生き残る」ことに精一杯で、安らぎや身の回りの整頓まで手が回らないのだろう。


 オレは痛む脇腹を押さえながら、その毛皮を一枚ずつ丁寧に、シワを伸ばしてパンパンと叩き、綺麗に畳み始めた。


(……せめて、これくらいは。いつか君が、誰かと笑い合える日が来るように)


 少年が呆然としたようにこちらを見ているのが分かった。


 彼は、綺麗に畳まれた毛皮の山を、信じられないものを見るような目で見つめている。


 その表情、その仕草……すべてが、今まで誰からも「無償の奉仕」を受けたことがないのだろうと思えて、オレの胸はさらに強く締め付けられた。


(こんな地獄みたいな場所に、いつまでもいていいはずがない)


 本来なら、この年齢の少年は、街で温かいパンを食べ、仲間と騒ぎ、恋を知り、未来を語るはずだ。


 泥をすすり、魔物の影に怯え、独り言を呟きながら暗い洞穴で過ごすことが、彼の人生であっていいはずがない。


(……君が知らない『温かい世界』を、オレが教えなきゃならないんだ)


 オレの心に、静かだが決して消えない炎が灯った。


 オレは毛皮の山を指差し、彼に向かって「大丈夫だ」と力強く親指を立てた。


 怪我が治り、ここを出る時。オレは必ず彼を誘おう。言葉を教え、美味い飯を食わせ、彼が失ってしまった「人としての幸せ」を、一つずつ取り戻させてやりたい。


 少年は戸惑ったように顔を背け、焚き火を見つめ直した。


 オレは焚き火の熱を感じながら、必ずこの恩を返し、彼を光のある人間の世界へと連れ出すのだと、声に出さず心の中で深く誓った。



【読者の皆様へ】

誰かがこの物語に目を留めてくださったこと、そして「面白かった」「続きが気になる」と楽しんでいただけることが、今の私にとって何よりの喜びであり、執筆の大きな力になります。

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