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第14話 重すぎる遭難者

本日最後の連投となります。

近日中に次のエピソードを投稿予定です。

「……よし、これなら抜けないし、傷も悪化しないはず」


 僕は引きちぎってきた強靭なつると、さっき漁夫の利で回収した『巨大な狼の分厚い毛皮』を使って、気絶している灰髪の男をぐるぐる巻きに縛り上げた。


 折れた肋骨や内臓にこれ以上の衝撃を与えないよう、分厚い毛皮をコルセットのように胴体に巻きつけ、そのまま簡易的なソリの代わりにする作戦だ。


 そして、束ねた蔓の長い端を自分の肩にタスキ掛けにする。

 長引くサバイバル生活で身につけた、大型の獲物(猪など)を自分の縄張りまで持ち帰るための専用のフォーム。


(……ごめんなさい。でも、僕の腕力じゃ絶対に担げないんで。許してください)


 心の中で一応の謝罪を済ませ、僕は泥だらけの足で地面を踏み締め、全身の体重を前に傾けた。


 ギリィッ、と肩に食い込んだ蔓が嫌な音を立てる。


「……っ、ぐ、ぐぬぅぅ……っ!」


 重い。尋常じゃなく重い。


 男自身の密度の高い筋肉に加え、装備の重量。泥の地面と毛皮がわずかに滑りを良くしてくれているとはいえ、数歩進むだけで心臓が破裂しそうに脈打った。


 ズリッ、ズズズッ。


 男の背中の毛皮が湿った腐葉土を滑り、浅い溝を作りながら進んでいく。


 魔法で地面の摩擦係数を完全にゼロにすれば、引くのは劇的に楽になる。


 今の僕の『識の原典アーキタイプ』の熟練度なら、その程度の理の構築は常時発動でも息をするように可能だ。


 だが、絶対にそれはできない。


 これだけの質量を持つ物体を摩擦ゼロの状態で斜面や悪路の多い森で引けば、下り坂に差し掛かった瞬間に制御不能の雪崩と化す。


 僕ごと木に激突するか、最悪の場合は崖から滑落して二人ともミンチになるのがオチだ。


 安全に運ぶためには、僕自身の足でしっかりと地面の摩擦を噛み締め、物理的なブレーキをかけながらジリジリと進むしかない。


「はぁっ、はぁっ、……おも、重すぎる……!」


 ズリッ、ズズッ。


 ゴツッ。


 背後で、男の後頭部が地表に飛び出た太い木の根にぶつかる鈍い音がした。


「……あ、ごめん。今、段差ありました」


 振り返らずに呟く。


 当然、返事はない。


 毛皮で胴体は守っているが、頭だけはどうにもならない。

 持ち上げてやりたいのは山々だが、今の僕には彼を数センチ浮かせる余裕すらないのだ。


 ズズッ、ズリッ。


 ゴンッ。


 今度は、苔むした岩に男の額が直撃した音が響いた。


(……うわぁ、今の絶対痛い。……でも気絶してるし、まあいっか。致命傷にはならないし)


 野蛮な現地人にいつ襲われるか分からないという警戒心と、極限の肉体的疲労。


 その二つが、僕の思考から「これ以上の丁寧な扱い」という概念を完全に削ぎ落としていた。


 僕は彼を完全に「命の恩人(僕)に運んでもらっている、ちょっと手のかかる重たい獲物」として割り切り、ひたすらに泥の森を歩き続けた。


   ◆


 数時間後。


 肺から血の味がし始めた頃、ようやく見慣れた巨大な樹木の根元――僕の『洞穴ホーム』へと辿り着いた。


「……着い、た……っ」


 蔓を肩から外し、僕はその場に仰向けに倒れ込んだ。


 全身の筋肉が痙攣し、泥だらけの顔に汗が滝のように伝う。しばらく息を整えてから、僕は最後の力を振り絞って、気絶したままの男を洞穴の中へと引っ張り込んだ。


 洞穴の内部は、外の陰惨な冷気が嘘のように暖かく、乾燥している。


 僕が『識の原典(アーキタイプ)』で粒子の流れを誘導し、完璧な換気と保温の構造を構築した、この狂った森における唯一の絶対安全圏だ。


「さてと。……まずは、この重い装備を剥がさないと」


 焚き火に薪をくべ、明るさを確保してから男の身体を探る。


 血と泥に塗れた革鎧の留め具を外し、分厚い装備を引っぺがしていく。


 現れたのは、無駄な脂肪が一切ない、彫刻のように鍛え上げられた長身の肉体だった。


 しかし、その左脇腹から腹部にかけては、巨大な魔物の尾で打たれた無惨な紫色のあざが広がり、皮膚が裂けて血と泥がこびりついている。


 僕は『識の原典(アーキタイプ)』を薄く開き、男の体内の構造を観測した。


(……折れた肋骨が三本。運搬中にソリ代わりの毛皮が衝撃を吸収してくれたおかげで、肺には刺さらずに済んでる。内臓の炎症も……まあ、この人の異常な筋肉の鎧のおかげで、致命傷にはなってないな)


 バケモノみたいな耐久力だ、と内心で舌を巻く。


 僕は、さっき現地人の死体から回収したばかりの短剣を使い、拾ってきた木の枝を削って真っ直ぐな添え木を作った。


 それを男の脇腹に当て、細く裂いた獣の腸と蔓を使って、骨がずれないようにギチギチに固く縛り上げる。


 道中で何度も頭をぶつけた時と同様、男はピクリとも動かず、深い昏睡状態に沈んだままだ。


(……よし、次は外傷と炎症だ。でもその前に、清潔にしないと)


 この世界で傷口からの感染症は、間違いなく死に直結する。


 僕は濾過ろかして貯水しておいた綺麗な水と、あらかじめ煮沸しておいた布切れを使い、男の裂けた傷口とその周辺の泥や血の汚れを丁寧に洗い流していった。


 それから、洞穴の隅に備蓄してある干した薬草の束を手に取る。


 魔法で直接傷は治せないが、この森の植物の『構造』を読み解き、抗炎症作用や止血効果を持つ成分を見つけ出すことはできる。


 僕はその薬草を石の器ですり潰し、少しの水と混ぜて泥状の軟膏を作ると、綺麗になった男の傷口にたっぷりと塗りたくった。


「ふぅ……。僕にできるのは、ここまでだ」


 血と薬草の匂いが混ざった手を水で洗い流し、僕は大きく息を吐いた。


 男の呼吸は、洞穴に運び込んだ時よりも明らかに落ち着き、規則的なものに変わっている。あとは彼自身の生命力が、この怪我を治してくれるのを待つしかない。


 僕は、彼から没収した重たい長剣を、洞穴の一番奥――僕の寝床のすぐ横の、彼の手が絶対に届かない場所へと隠した。


(……もし目を覚まして、僕をバケモノ扱いして暴れ出したら、その時は即座に外へ放り出そう)


 ここは僕の城だ。

 僕が設定した『理』で満たされている。

 彼が敵対するなら、地の利はこちらにしかない。


 僕は焚き火の反対側に座り込み、ツギハギの獣の毛皮を深く被り直した。


 パチッ、と火の粉が爆ぜる。


 僕は泥のように重い肉体的な疲労感に耐えながら、静かな寝息を立てる灰髪の現地人を、警戒心に満ちた黒い瞳でじっと見張り続けた。


【読者の皆様へ】

誰かがこの物語に目を留めてくださったこと、そして「面白かった」「続きが気になる」と楽しんでいただけることが、今の私にとって何よりの喜びであり、執筆の大きな力になります。

もしよろしければ、ページ下部にある星マーク(☆☆☆☆☆)から評価をつけていただいたり、ブックマークで応援していただけると本当に嬉しいです!

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