第12話 餓狼の落日
ユウが現地人に襲われてから数ヶ月後の話になります。
今回は新キャラクターの視点で展開します。
(Sideノクス)
辺境都市デュグラスの冒険者ギルドは、ここ数ヶ月、異様な熱気と恐怖に包まれていた。
始まりは、森の深部に足を踏み入れた一組のパーティーの帰還だった。
彼らは一様に青ざめ、武器も持たずに発狂寸前の状態で『白貌の死神』の存在を口走った。
最初はよくある怪談か、あるいは幻覚性の毒草のせいだと誰もが笑っていた。
だが、事態は立て続けに起こった。
その後も森へ向かった別のベテランパーティーや、新鋭のクランまでもが、次々と深部の近くで「それ」に遭遇し、這々の体で逃げ帰ってきたのだ。
彼ら数々の冒険者たちが持ち帰った目撃談や体験談は、どれも常軌を逸していた。
曰く、触れられただけで鋼の剣が飴細工のように粉砕された。
曰く、魔法を放とうとした瞬間、現象そのものが凍りつき、不発のまま打ち消された。
曰く、青白い顔をしたツギハギの化け物が睨みつけただけで、大地が底なしの泥沼へと変貌した。
曰く、強力な魔物の群れが、一瞬にして音もなく切り刻まれるのを見た――と。
あまりにも規格外の理不尽。
そして何よりギルドを重く見させたのは、森の生態系の明らかな「異常」だった。
本来なら深部の奥から出てこないはずの強力な魔物たちが、まるで何か絶対的な恐怖から逃げるように森の外縁部へと生息域を移し、街道の安全を脅かし始めていたのだ。
「……生態系の頂点が書き換わった、か。厄介なことだ」
オレは、肺の奥まで入り込んでくるような湿った腐葉土の匂いを嗅ぎながら、低く呟いた。
ギルドマスターであるグレン・リードの要請により、オレを含めた複数のベテラン冒険者たちが一時的に協力し、合同で「深部の生態調査および間引き」の依頼を受けていた。
周りを固めるのは、オレと同格か、それに近い修羅場をくぐり抜けてきた熟練の冒険者たちだ。足手まといはいない。
だが、それでも森の空気は、オレの長年の勘にけたたましい警鐘を鳴らし続けている。
「……嫌な静けさだな、ノクス」
「ああ。足元に気をつけろ。……何かが、来るぞ」
オレが隣を歩く巨漢の戦士に警告を発した、その直後だった。
ズズンッ……!!
大地が大きく揺れ、前方の巨大なシダ植物の群生が爆発するように吹き飛んだ。
現れたのは、本来なら群れを作らないはずの高位の魔物――『硬鱗獣グラニスラド』の群れだった。
四足歩行の巨体に、分厚い岩のような硬い鱗。
それが十体、いや十二体だ。
しかも、どの個体も血走った目をし、口から泡を吹いている。
まるで、背後の深部にいる『何か』から逃げ惑い、完全にパニックを起こしているかのような狂乱状態だった。
「硬鱗獣グラニスラドの群れだと!? 正気かよ!」
隣の巨漢の戦士が、大盾を構えながら信じられないものを見たように悪態をつく。
「陣形が保てねえ! 数が多すぎる、一旦散開して各個撃破で数を減らすぞ!」
別のパーティーのリーダー格である熟練の双剣使いが、素早く状況を判断して叫んだ。
「合流地点でな!」
その後方の魔導師が短く呼応する。
パニックに陥った巨獣の群れによる突進は、ただの天災だ。
正面から受け止めれば一溜まりもない。
ベテランたちは一瞬で状況を判断し、乱戦の被害を抑えるために意図的に散開して森の中へ飛び込んだ。
結果として、オレたちは分断され、オレの目の前には二体のグラニスラドが取り残された。
「グルルルルルルァッ!!」
先頭の一体が、地響きを立ててオレに向かって突進してくる。
装甲馬車にも匹敵する巨体が猛烈な速度で衝突してくる、圧倒的な暴力。
「……シッ!」
オレは背中に帯びた長剣を引き抜き、大きく息を吸い込んだ。
大気中のマナを肺の奥深くまで吸い込み、血液に乗せて全身の筋肉繊維へと流し込む。
そして、その密度の高いマナを握りしめた長剣の刀身へと深く纏わせる。
オレの戦い方は、魔法で現象を起こすことではない。
体内に取り込んだマナを極限まで『圧縮』し、肉体の出力と剣の硬度を限界まで引き上げる、ただそれだけの物理特化の技だ。
グラニスラドの岩のような頭殻と、オレのマナを纏った長剣が激突する。
ガガァァァンッ!!
火花が散り、強烈な反発力が両腕の骨を軋ませる。
剣から伝わる痺れが肩口まで抜け、足元の腐葉土がオレの踏み込みに耐えきれずに深くえぐれた。
一体の突進を無理やり逸らすことには成功したが、休む間もなく二体目が横合いからオレの肉体を削り取ろうと牙を剥く。
(……重い。狂乱状態の獣の筋力、尋常じゃねえな……っ)
斬る。弾く。避ける。
マナの圧縮による肉体強化は強力だが、ひどく燃費が悪い。
心臓が早鐘のように打ち鳴り、肺が酸素の欠乏で焼け焦げるように熱い。
数十分の死闘。
オレは一体目の首の隙間に長剣をねじ込み切り伏せたものの、同時に二体目の強烈な尾のなぎ払いを腹部にまともに受けてしまった。
「――ッ、が、はっ……!!」
肋骨が数本、嫌な音を立てて砕ける感触。
内臓を直接大槌で殴りつけられたような激痛に視界が白濁し、オレの身体は十メートル近く吹き飛ばされ、斜面の泥の上に無様に叩きつけられた。
「……あ、ぐ……っ、ごほっ」
口から大量の血が溢れ出す。
折れた肋骨が肺を傷つけたのか、呼吸をするたびに血の泡が気管に逆流してくる。
残った硬鱗獣グラニスラドが、致命傷を負ったオレを見下ろすように、ゆっくりと斜面を上がってくる。
長剣を握る力は、もう残っていない。
体内のマナも完全に枯渇していた。
(……ここまで、か。他の連中が、無事に街まで戻れりゃいいが……)
冷たい泥の感触と、血の匂い。
これが、長年死線に立ち続けてきた【餓狼】の最期か。あっけないものだ。
グラニスラドがオレの頭蓋を噛み砕こうと、巨大な顎を開いた。
その時。
地鳴りのような音と共に、オレの背後の斜面が、突然「生き物のように」うねり始めた感覚があった。
(……斜面が、崩れる……?)
視界が黒く塗りつぶされていく中、最後にオレが感じたのは、轟音と共に崩落する大量の土砂と、何か途方もなく冷たくて、緻密に編み上げられたような『マナの奔流』の気配だった。
オレの意識は、そこで完全に途切れた。
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