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3話 最初の街

 太陽が西に傾き、森はゆっくりと朱色に染まっていく。

 昼とはまるで別の表情を見せるその景色は、幻想的でありながら、どこか心細さも孕んでいた。


 歩けど歩けど、変わらない景色。

 もし一人だったなら、不安と退屈で気がおかしくなっていただろう。


「イブ見て見て〜! 影がすっごく長いよ!」


 そんな何でもない現象にも、リリィは楽しそうにはしゃぐ。

 俺はその姿を、少しだけ眩しく思いながら見守った。


 ――考えてみれば、向こうの世界では、こんなふうに自然の中を歩くことなんて、ほとんどなかった。

 最後に森を歩いたのは、小学校の林間学校が最後だったかもしれない。


 あの時の俺は、楽しくて駆け回っていたのか。

 それとも、母親が恋しくて泣いていたのか。


 ……多分、両方だ。


 気づけば、視界が滲んでいた。


「え? イブ、どうしたの? 大丈夫?」


 リリィの声で我に返る。

 頬を伝う温かさに、涙を流しているのだと遅れて気づいた。


「ああ……ごめん。なんでもない」


 こっちの世界に来てから、まだ一日も経っていないというのに。

 胸の奥に、どうしようもない孤独感が広がっていた。


 慌てて袖で拭うが、なかなか止まってくれない。

 母の姿が、頭から離れなかった。


「よしよし。大丈夫だよ。ずっと私がそばにいるからね。怖くないよ」


 小さな腕が、ぎゅっと俺を包む。

 何度も、何度も頭を撫でてくれる。


 こんな小さな子に慰められる日が来るなんて思わなかった。

 けれど、不思議と心は静かに落ち着いていった。


「何があっても、リリィがイブを守るんだから」


 力強くそう言う彼女に、思わず笑ってしまう。


「あはは……その体で言われても、説得力ないな」

「むぅ! そんなことないもん! 守るって言ったら守るんだもん!」


 頬を膨らませ、必死に背伸びをする姿は、まるで威嚇する小動物みたいで、思わず頬が緩む。


「……ありがとう。ごめんな。急に弱くなって」

「ううん! イブが元気ない時は、リリィがいっぱいお話ししてあげる!」


「頼もしいよ」


 俺は立ち上がり、もう一度リリィの手を握った。

 夕焼けに溶けていく森の中を、二人並んで歩き出す。


 ⸻


 あれから一時間ほど歩いただろうか。

 リリィも、目を擦る回数が増えてきた。


「大丈夫? 眠い?」

「ううん……眠くない」


 どう見ても眠そうなリリィ。

 夜も近づき、周囲からは野生動物の鳴き声が聞こえ始めていた。


「……お、あれって」


 前方、400メートルほど先に、森の終わりが見え始める。

 薄い夕焼けに照らされた、石造りの塀のようなもの。


「リリィ、着いたよ」


 そう声をかけた瞬間。


「……」


 リリィは、まるでパソコンのシャットダウンのように、その場で倒れ込んだ。


「ちょっ……!」


 慌てて腰を掴み、地面に着く寸前で受け止める。


「……五分だけ、寝たいぃ……」


 情けない声に、「はいはい」と苦笑しながら、俺はリリィを背負った。


 街の外壁をぐるりと回ると、正門が見えてくる。

 検問でもあるかと少し身構えたが、特にそういったものはなく、あっさりと中へ通された。


 門の横には、看板。


 三種族共存のハーモンド


「……日本語じゃないのに、なんで読めるんだ?」


 そんな根本的な疑問は、とりあえず脇に置く。


 ミスティア・オンラインにも、ハーモンドは存在していた。

 ドワーフ、エルフ、人族が共存する街。

 ゲーム内でも人気トップクラスの、美しく賑やかな都市だ。


 自然と、期待が高まる。

 俺は、ゆっくりと街を見渡した。


「……すご」


 思わず、息を呑む。


 夜の帳が下りたその先に、光の海のような街が広がっていた。


 白い石造りの建物が立ち並び、そこに絡みつくように伸びる蔦と大樹。

 その合間を縫うように、無数の魔法灯が宙に浮かび、街路を柔らかく照らしている。


「ここが……ハーモンド……」


 行き交うのは、人族、エルフ、ドワーフ。

 長い耳を揺らす者。

 ずんぐりとした体躯で荷を担ぐ者。

 それらを当たり前のように受け入れる人々。


 笑い声、呼び声、商人の威勢のいい声。

 金属が打ち鳴らされる音。

 焼き立てのパンと香辛料の香り。


 それらが溶け合い、街全体が一つの生き物のように脈打っていた。


「……綺麗」


 いつの間にか目を覚ましたリリィが、小さく息を漏らす。


 魔法灯の光が、彼女の金髪をきらきらと照らし、淡い紫の瞳を星のように瞬かせる。


「賑やかで、あったかい街だな」


 胸の奥に、じんわりとした温もりが広がる。


 俺の背中から、リリィが降りる。


「……行こうか、リリィ」

「うん!」


 二人で手を繋ぎ、光に満ちた街へと足を踏み出した。

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