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悪役令嬢、追放後の酒造り。──その一滴、世界を救う。  作者: 南蛇井


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酔いと理性の統合(終章)

――王都・戴冠の間/昼。


砕けた聖堂の瓦礫が撤去され、光を取り戻した王都。

その中心に建つ戴冠の間は、再び鐘の音に包まれていた。

澄み切った空気の中、銀と金の装飾が朝の光を受けて輝く。


列席するのは、かつて敵対した魔族の使者たち。

そして、祈りと杯を掲げる“聖酔教団”の信徒たち。

人と魔、理性と酔い――そのすべてが、ひとつの場所に集っていた。


ゆっくりと歩み出るのは、王衣に身を包んだ青年・エルド。

その背筋には、過去の戦火を経た者だけが持つ静かな覚悟があった。


老司祭が王冠を掲げ、宣言する。

「王太子エルド・アルヴェイン――汝を、泡と理性の守護者として戴冠す。」


群衆が息を呑む。

だが、エルドはすぐには王座に座らなかった。

彼は傍らの侍女から銀の杯を受け取る。

中には、淡い光を放つ“星酔”の酒。


静寂の中、彼は杯を掲げ、柔らかく微笑む。


エルド:「我らはもう、“酔い”を恐れぬ。

理性の檻ではなく、酔いの翼でこそ――人は高く飛べる。」


一瞬の沈黙。

そして、誰かが拍手した。

それはやがて、嵐のような歓声となり、王都の大通りまで響き渡る。


エルドは続けた。


エルド:「今日より“禁酒令”を廃し、“節酔律”を布告する。

飲むことは自由だ。だが、その自由を支えるのは――己を律する理性である。

酔いは罪ではない。節度ある酔いこそが、命を温める。」


彼の言葉に、人々は涙を流し、隣の者と杯を交わす。

魔族の使者も、聖酔教団の修道女も、ひとつの声で祝福を捧げた。


鐘が鳴る。

その音は、かつて“禁じられた音”だった。

今、それは自由の音として王都に響き渡る。


聖堂の天窓から差す光が、王冠の金属を照らす。

エルドはついに王座へと腰を下ろす。


ナレーション:

「理性の時代は終わった。

酔いの時代でもない。

これは――理性と酔いが共に息づく、新たな王国の始まりだった。」


外の広場では、民衆が杯を掲げ、声を合わせて叫ぶ。

「新王に、祝泡しゅくほうを――!」


黄金の泡が舞い上がり、鐘の音とともに空へ昇っていった。

それはまるで、神の祝福が液体のかたちで舞っているかのようだった。


――王国に、新しい朝が訪れる。


――王都・再建された聖堂/夕刻。


かつて理性の象徴として恐れられた白大理石の聖堂。

その天井には、砕けたステンドグラスの欠片を集めて再び組み上げた新しい光窓がある。

そこには――泡立つ杯と太陽が描かれていた。


香炉の煙はもうない。

代わりに、空気には星酔の甘い香りが満ちている。

燭台に照らされ、琥珀色の液体が祭壇に輝いていた。


祭壇の中央には、聖杯と小型の蒸留器が並ぶ。

祈りの象徴と、技術の象徴――それらが、等しく神の前に置かれている。


静かな笛の音が響く中、白衣をまとった女性が進み出る。

それは、コーデリア・サレイン。

かつて理性の信徒として祈りを捧げ、そして――いま、新たな信仰の旗を掲げる者。


彼女は祭壇の前に立ち、柔らかく微笑んだ。


コーデリア:「酔いは罪ではありません。

心が解かれるその瞬間に――神は、最も近くにいるのです。」


その声は、静かに響き渡り、聖堂の奥まで届いた。

信徒たちは目を閉じ、ゆっくりと息を吸い込む。

漂う香りは、祈りよりも優しく、涙よりも温かい。


儀式が始まる。

彼女は銀の匙で、ほんの一滴の星酔を聖杯に垂らした。

泡が浮かび上がり、光がそれに宿る。


コーデリア:「理性は神の秩序。酔いは神の情熱。

その両輪が回るとき、命は前へ進むのです。」


信徒たちは聖杯を回し、唇を濡らす。

ひとり、またひとりと微笑み、肩を寄せ合い、笑い声がこぼれた。

それはもはや聖堂ではなく――生きた命の集う宴であった。


最前列に座っていた老司祭が、震える手で杯を受け取る。

彼はかつて、レクシオンの教義を支えた厳格な理性派のひとりだった。

一口飲んだあと、彼の頬を涙が伝う。


老司祭:「……神は……この泡の中にも、いたのだな。」


信徒たちの嗚咽と笑いが混ざり合い、聖堂がまるで人の心臓のように脈打つ。

その中心に、コーデリアは立ち、そっと目を閉じる。


コーデリア:「祈りは言葉ではなく――息、香り、そして笑い。

それらすべてが、神の返答です。」


鐘の音が鳴り響く。

外の広場では子どもたちが泡を吹き、夕陽に溶ける泡が空を黄金に染めていく。


――こうして、“聖酔教団セイヨイ・コンフラリア”は誕生した。

それは、神聖と人間的喜びの融合。

祈りと杯が共にある、新たな時代の信仰だった。


ナレーション:

「かつて理性は神の声だった。

だがいま、人の笑いもまた――神の声となった。」

――王都・再建された聖堂/夕刻。


かつて理性の象徴として恐れられた白大理石の聖堂。

その天井には、砕けたステンドグラスの欠片を集めて再び組み上げた新しい光窓がある。

そこには――泡立つ杯と太陽が描かれていた。


香炉の煙はもうない。

代わりに、空気には星酔の甘い香りが満ちている。

燭台に照らされ、琥珀色の液体が祭壇に輝いていた。


祭壇の中央には、聖杯と小型の蒸留器が並ぶ。

祈りの象徴と、技術の象徴――それらが、等しく神の前に置かれている。


静かな笛の音が響く中、白衣をまとった女性が進み出る。

それは、コーデリア・サレイン。

かつて理性の信徒として祈りを捧げ、そして――いま、新たな信仰の旗を掲げる者。


彼女は祭壇の前に立ち、柔らかく微笑んだ。


コーデリア:「酔いは罪ではありません。

心が解かれるその瞬間に――神は、最も近くにいるのです。」


その声は、静かに響き渡り、聖堂の奥まで届いた。

信徒たちは目を閉じ、ゆっくりと息を吸い込む。

漂う香りは、祈りよりも優しく、涙よりも温かい。


儀式が始まる。

彼女は銀の匙で、ほんの一滴の星酔を聖杯に垂らした。

泡が浮かび上がり、光がそれに宿る。


コーデリア:「理性は神の秩序。酔いは神の情熱。

その両輪が回るとき、命は前へ進むのです。」


信徒たちは聖杯を回し、唇を濡らす。

ひとり、またひとりと微笑み、肩を寄せ合い、笑い声がこぼれた。

それはもはや聖堂ではなく――生きた命の集う宴であった。


最前列に座っていた老司祭が、震える手で杯を受け取る。

彼はかつて、レクシオンの教義を支えた厳格な理性派のひとりだった。

一口飲んだあと、彼の頬を涙が伝う。


老司祭:「……神は……この泡の中にも、いたのだな。」


信徒たちの嗚咽と笑いが混ざり合い、聖堂がまるで人の心臓のように脈打つ。

その中心に、コーデリアは立ち、そっと目を閉じる。


コーデリア:「祈りは言葉ではなく――息、香り、そして笑い。

それらすべてが、神の返答です。」


鐘の音が鳴り響く。

外の広場では子どもたちが泡を吹き、夕陽に溶ける泡が空を黄金に染めていく。


――こうして、“聖酔教団セイヨイ・コンフラリア”は誕生した。

それは、神聖と人間的喜びの融合。

祈りと杯が共にある、新たな時代の信仰だった。



「かつて理性は神の声だった。

だがいま、人の笑いもまた――神の声となった。」



――王都再建区・技術学院・蒸留工房/昼。


陽光が差し込む大窓の向こうでは、王都の街がゆっくりと再生している。

瓦礫は片付き、煙突からは白い蒸気がのぼる。

その中心に、かつて鍛冶場だった男が立っていた。


ランバルト・グラズヘルム。

その大きな手が握るのは、もはや戦いの槌ではなく、蒸留器の調整レンチだ。


鉄と銅と聖銀を組み合わせた複合装置――“神鉄蒸留器・改”。

それは、戦火の教訓をもとに改良された平和の象徴である。

炎の熱で泡を生み、蒸気の音がまるで心臓の鼓動のように響いていた。


周囲では若い弟子たちが必死に動いている。

革のエプロン、煤だらけの顔、しかしその瞳は輝いていた。


弟子A:「師匠! 圧力がまた上がってきてます!」

ランバルト:「慌てるな。焦れば鉄も泡も逃げちまう。」


彼は手際よく弁をひねり、静かに蒸気を逃がす。

まるで火と語り合うように、穏やかで、確かな手つきだった。


やがて火が落ち、装置の中から一滴、黄金の液体が落ちる。

ぽたり――と音がした瞬間、弟子たちの顔がほころぶ。


弟子B:「できた……!」

ランバルト(微笑して):「ああ。けど覚えとけ。

鉄を打つ時も、酒を醸す時も――火加減ひとつで、すべてが変わる。

理性も情熱も、温度次第だ。」


弟子たちは深く頷いた。

その言葉は教訓であり、祈りのようでもあった。


工房の壁には、二つの額が飾られている。

一つは、亡きルヴァインの手による“神鉄蒸留器”の設計図。

もう一つは、アレッサが描いた“星酔の泡”の絵。


――鉄と酒。理性と命。

その二つを繋ぐ線が、静かに、確かにこの場所で受け継がれている。


ランバルトは設計図の前で、そっと頭を下げた。


ランバルト:「……あんたの夢、ちゃんと続いてるぜ。

鉄も、泡も、人も――まだ発酵の途中だ。」


弟子たちの笑い声と、蒸気の音が響く。

その音は、祈りにも似て――新しい時代の“創造”を告げていた。

「理性は形を造り、命は香りを与える。

その両方を抱く手こそが――未来を鍛つ。」

――北方・境界平原/夜。


雪原を渡る風が、金属の匂いを運んでくる。

遠くには、かつて戦火が走った跡――砕けた槍、黒ずんだ土、そして、今は静まり返った境界の灯。


焚き火の周りに、数人の影がいた。

人と魔族――かつては憎み合った者たちが、今は同じ炎を囲んでいる。


炎の向こうで立ち上がった男は、ザラド・ヴァル=ザーン。

元魔族の戦士にして、今は“境界守護官”。

その眼差しは炎と同じく温かく、しかし決して消えない強さを宿していた。


魔族の若者:「隊長、また人間の商隊が通るらしいっす。南の街まで香料を運ぶとか。」

ザラド(焚き火に手をかざしながら):「ああ、いいことだ。

取引が続く限り、剣は錆びていく。……それが平和ってやつだ。」


若者たちは小さく笑い、互いのカップを軽くぶつけた。

その中には、わずかに淡い金色の液体が入っている。

“星酔”。

人と魔を結ぶ酒――その象徴が、今も静かに彼らの胸を温めていた。


焚き火の音だけが響く中、ザラドは腰の水筒を取り出す。

栓を抜くと、甘くも澄んだ香りが夜気に溶けていく。


ザラド(低く):「酔いは、戦を忘れさせる。

……だが本当の和解は、翌朝の握手から始まるんだ。」


彼は一口飲み、残りを地に注ぐ。

凍てついた大地に、星酔がしみ込み、淡い蒸気を立てながら泡となって弾けた。


ザラド:「――これは、あいつらへの献杯だ。」


炎がぱちりと鳴る。

夜空にひとすじの光が走り、流れ星のように黄金の泡が弾けて散る。


魔族たちはそれを見上げ、静かに頭を垂れた。


若い魔族兵:「隊長……あの泡、空の上まで届くんですかね。」

ザラド(微笑して):「届くさ。神だろうと悪魔だろうと、泡の香りにゃ抗えねぇ。」


吹き抜ける風が、焚き火の炎を優しく揺らす。

炎の色は、まるで星酔の泡のように、柔らかく金に染まっていた。



「戦を終わらせたのは剣ではなかった。

それは、ひとつの杯――

酔いと理性の狭間で交わされた、最初の“乾杯”だった。」


――辺境・アレッサの蔵/深夜。


夜の帳が静かに降りていた。

あの戦火の焼け跡は、今ではすっかり緑に覆われ、虫の音と風の唄が響いている。


その草原の外れ、ぽつりと灯る明かり。

それが、アレッサの蔵だった。


石壁の中では、蒸留器が低く唸りを上げている。

金属の管を伝い、透明な液がぽとり、ぽとりと落ちる音――

それが、この蔵の心臓の鼓動のようだった。


アレッサは静かに作業台に手を置き、蒸気に包まれながら息を吐く。

白い髪が少し濡れ、頬に張りつく。

その瞳には、淡く金の光が映っていた。


アレッサ(小声で):「……ルヴァイン。聞こえる?」


彼女は手元の瓶をそっと持ち上げる。

中で泡が弾け、月の光を受けて煌めいた。


アレッサ:「あなたの“星酔”は、まだ生きてる。

でもね、今のこの泡は――もう争いのための酔いじゃないの。」


窓の外を見やる。

かつての戦場。

炎も血も、もう跡形もない。

ただ、露に濡れた草が銀色に光り、夜風が優しく揺らしていた。


アレッサ(微笑して):「ルヴァイン……あなたの願いは、叶ったわ。」


その指先が、新しいラベルを撫でる。

ラベルには、筆で柔らかく書かれた文字。


――『和酔わすい』。


“和”は調和、“酔”は生命の揺らぎ。

それは、戦いの果てに見つけたこの国の新しい心の名だった。


瓶を棚に並べ終え、アレッサはふと窓辺に立つ。

遠く、王都の方向に、淡い光がいくつも瞬いている。

まるで空と地上の泡が混ざり合うように――

“酔いと理性の国”が、静かに呼吸を始めていた。


「夜の蔵に満ちる香りは、かつての涙の名残。

そしてそれは、和の名のもとに再び泡立ち始めた。

その一滴が、この世界の“新しい朝”を醸していく。」


――王都・空の祭/夜。


夜風が香る。

再建された王都は、まるで光の海のように輝いていた。

広場には無数の灯が揺れ、空を見上げる群衆の頬を黄金の明かりが照らす。


今宵は、年に一度の“酔いと理性の祭”。

かつての崩壊と再生を記念し、人と魔族がともに杯を掲げる夜だ。


王都の中央、白い階段の上。

王冠を戴いたエルドが立ち、聖杯を高く掲げた。

その横には、聖衣を纏ったコーデリア、そして各地から集まった民と魔族の代表たち。


鐘が鳴る。

静寂の後、エルドが口を開いた。


エルド:「神の理性も、人の酔いも――

ひとつの泡に還るのだ。」


その言葉に呼応するように、群衆が一斉に杯を掲げる。

琥珀色の液が星明かりを映し、泡が小さく弾ける音があちこちで響く。


コーデリア(微笑んで):「そしてまた、次の命を醸し出す……」


彼女の声が風に乗り、街中に広がる。

その瞬間、合図の太鼓が鳴り響いた。


無数の人々が一斉に、杯を天へと掲げ――

残された泡を、夜空へと放つ。


泡は光を帯び、風に乗って舞い上がる。

街を越え、塔を越え、雲の上へ――やがて星々の間に散り、煌めいた。


音楽が流れ、笛と太鼓、笑い声と祈りが重なり合う。

人も魔族も肩を並べ、踊り、抱き合い、涙を流す。

理性も酔いも、もはや区別はなかった。



「理性と酔い――それは相反するものではなく、

混ざり、発酵し、また新しい命を生み出す。

世界とは、終わりなき杯のようなもの。

今日も誰かが、それを満たし続けている。」


空に広がる黄金の光が、静かに溶けていく。

その香りは甘く、懐かしく、あの日の“星酔”の記憶を呼び覚ます。


やがて夜空には、泡の名残のような淡い霞が残り、

風がそれを撫で、次の朝へと連れていった。


――世界は、今も醸され続けている。


(終)

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