第六章 雪に刻まれた足跡
第六章 雪に刻まれた足跡
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前編 消えない跡
吹雪が小康を得た翌朝、館の周囲は静まり返っていた。
凍りついた空気の中、白銀の世界にぽつぽつと点々が刻まれている。
「……足跡だ」
若者が小声で呟いた。
雪面に残された靴跡は、一列に並んで伸びていた。
だがよく見れば、その数は妙に合わない。
館から出た人数と、帰ってきた人数――計算が合わないのだ。
探偵はしゃがみ込み、そっと手袋越しに雪をなぞった。
(消えるはずの足跡が、なぜか鮮明に残っている……。風の影響を考えても、不自然だ。これは――後からつけ足された跡?)
胸中で結論を急ぎながらも、口には出さない。
「全部で……いくつある?」駐在さんが眉をひそめる。
「数え方次第で増えたり減ったりするんですよ」探偵は穏やかに返す。
本当の意味は伏せたまま、あえて曖昧に。
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中編 足跡をめぐる混乱
クマちゃんは雪面に顔を近づけ、熱心に覗き込んだ。
「これ……スキーの跡じゃないの?」
「違います」探偵は苦笑しながら即答した。
「それに、もしスキーなら両足が平行に残ります」
古物商が大げさに手を広げた。
「へっ、足跡なんぞ当てにならん。雪はすぐ消える。証拠にもなりゃしねぇ」
声は大きく、態度はぞんざい。だが目の奥には警戒の色がちらついていた。
探偵は目を細めた。
(“証拠にならない”と声高に言う人ほど、逆に足跡を気にしている。彼は何を恐れているのか……)
若者は黙り込み、姪はそっと彼の袖を握った。二人の間に漂う空気は、他の者たちと違って柔らかかった。
その一方で、館全体を覆う緊張は薄れることはなかった。
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後編 夜半の爪音
その夜。館は再び吹雪に閉ざされていた。
メイド探偵はふっと目を覚ます。
(……物音?)
がさごそと、何かを探るような音がする。
胸の奥に冷たいものが走り、探偵はそっと身を起こした。
窓際に目をやると――雷光が一閃。
そこに浮かび上がったのは、爪をきゅっきゅと研ぎながら瓶を片手に持つクマちゃんの姿だった。
「……クマちゃん?」
彼は振り返り、悪びれもせず手を振った。
「なんか眠れなくて……ピーチソーダを飲んでたの」
探偵は額に手を当て、深いため息をついた。
「……心臓に悪いです。真犯人より恐ろしい瞬間でしたよ」
クマちゃんは「えへへ」と笑い、瓶を揺らして見せる。
その笑顔に、探偵はほんの一瞬だけ警戒を解き――しかしすぐに思考を引き締め直した。
(足跡は幻影の“もう一つの影”……光と雪、その二つが結びついたとき、真相は必ず浮かび上がる)
窓の外では、吹雪が再び強まっていた。
赤い光の幻影と、消えぬ足跡。その二つが重なり合う時こそ――事件の真相が姿を現す。
(つづく)




