番外編 古物商の胸中
番外編 古物商の胸中
――まったく、面倒なことに巻き込まれた。
古物商は館の広間に腰を下ろしながら、何度も舌打ちを飲み込んでいた。
この主人が死ぬなど、考えもしなかったわけではない。年齢のせいもあるし、体も丈夫とは言えなかった。
だがよりによって“事件”として扱われるのは、最悪の展開だった。
(警察が嗅ぎまわれば、余計なことまで掘り返される……)
胸の奥でざらつく不安を誤魔化すように、彼は大きな声を張り上げる。
無関係を装い、同時に場をかき乱す。それが一番安全な立ち回り方だと知っていた。
若者が「血を見た」と騒いだとき、彼はすぐさま飛びかかった。
(あんな若造なら疑いをかぶせやすい。世間知らずの顔をして、都合のいい餌だ)
言葉に毒を混ぜ、追い詰める。周囲の視線が若者へと集まるのを、彼は冷ややかに眺めていた。
だが――あのメイド探偵が出しゃばってきて、流れを変えた。
赤い光だの、フィルムだのと持ち出し、さらには「仕組まれた幻影」などと言い出す。
(ちっ……面倒な女だ。放っておけば良いものを)
一瞬、彼女の言葉に押されかけたが、負けじと声を張り返す。
光は飾りだ、証拠にならん、と。
――そのとき確かに場は揺らいだ。若者への疑いも強まった。
(そうだ、あれで十分だったんだ。あのまま押し切れば……)
しかし彼女は退かなかった。
「幻影の裏には必ず人の手がある」と言い切った瞬間、背筋を冷たいものが這った。
(こいつ、本当に気づいているのか?)
横目に見た“女中”の表情は読み取れない。
どこまで理解しているのか、あるいはどこまで口を閉ざすつもりなのか――それはわからない。
だが一つ確かなのは、自分がここで疑われるわけにはいかないということ。
(俺が落ちれば、築き上げたものが全部終わる……!)
古物商は、手の中で握った懐中時計を強く押し込んだ。
自らを落ち着かせるための仕草。
呪いだの伝承だの、そんなものは馬鹿げている。だが――。
「光の呪い」などと騒がれるあの現象。
あれが偶然ではなく、人の仕業だというなら。
(……さて。次に呑まれるのは、誰だ?)
古物商は大げさに鼻を鳴らし、椅子の背もたれに体を預けた。
その影が、ゆっくりと吹雪の明滅に揺れていた。
(つづく)




