第五章 光の再現
第五章 光の再現
吹雪は幾分か弱まったものの、外の景色は相変わらず白一色に覆われていた。
広間の空気も落ち着きを取り戻すことはなく、不安と疑念が積もり続けるばかりだった。
探偵は、ふと窓辺へ歩み寄った。
「……確認しておきたいことがあります」
その声に、人々の視線が集まる。
「先ほど“血だまり”と見えたもの。あれは、本当に血だったのでしょうか」
若者がすぐさま叫んだ。
「み、見たんです! 本当に赤く染まってたんですよ!」
その必死さは真剣だが、同時にますます彼への疑いを深める。
探偵は赤いステンドグラスの窓を開け、隅を指先でなぞった。そこには不自然に貼られた薄膜があった。
「……やはり。これは赤いフィルムです。映写会のために女中さんが貼ったと伺いました」
ランタンを持たせ、雪面に光を投じる。
一同は息を呑んだ。
真っ白な雪が、鮮血のように赤く染まって見えたのだ。
クマちゃんは飛び退き、探偵の腕にしがみついた。
「ぎゃっ! ほ、ほんとに血みたい……!」
探偵はそっとクマちゃんの頭を撫でつつ、胸の奥で思考を巡らせた。
(これは血ではない……。けれど、偶然にしては出来すぎている。光の幻影を、誰かが利用しようとしたに違いない)
「大丈夫。これは光の仕業。雪に血がしみ込んだわけではありません」
皆がざわめく中、古物商が大げさに肩を揺らし、鼻で笑った。
「はっ! なんだそりゃ。光だと? だったらどうした。光はただの飾りにすぎん。血じゃなければ、利用価値はゼロだろ!」
広間の空気が一瞬固まる。
確かに“光”を証拠とするのは無理がある。探偵も、わずかに言葉を止めた。
(確かに、“光”は証拠にはならない。だがこれは偶然ではない。仕組まれた幻影……。まだ断定はできないけど、この流れを放置すれば若者が罪を着せられてしまう)
探偵は視線を上げ、静かに言葉を紡いだ。
「……確かに、光そのものには証拠の力はありません」
「だろ?」と古物商は口角を吊り上げた。
「けれど――その光を“わざわざ利用しようとした者”がいたとすれば話は別です」
探偵は赤いフィルムを指差した。
「これは館の主の趣味ではなく、映写会に合わせて貼られたもの。つまり、後から意図的に仕組まれたのです。血のように見える状況を、あえて準備した者がいた。単なる偶然ではありません」
人々の表情が変わる。
若者を責めていた視線が、今度は別の方向へと揺れ始めた。
「……意図的な幻影。犯人は“呪いの再現”を利用して、自分の罪を隠そうとしたのです」
探偵の声は穏やかだったが、広間の空気は一層重く張り詰めた。
クマちゃんは探偵の袖をぎゅっと握りながら、小さな声で囁いた。
「じゃあ……やっぱり誰かが仕組んだんだね」
「ええ」
探偵は静かに頷いた。
「幻影の裏には、必ず人の手があるのです」
外では再び風が強まり、雪片が窓を叩いた。
光は真実を映し出すのか、それとも欺くのか。答えはまだ、闇の中だった。
(つづく)




