第三章 疑惑の影
第三章 疑惑の影
雪はしんしんと降り続いていた。館の広間には、館の主を失った衝撃と不安がじわじわと広がり、誰もが落ち着かぬ面持ちで互いの顔を見ていた。
そんな中、駐在の視線が一人に向けられた。例の若者である。
「もう一度、確認する。君だな。最初に“血を見た”と騒ぎ立てたのは」
「えっ……でも、本当に見えたんです! 窓の外の雪に、真っ赤な……!」
若者は必死に手を振るが、周囲の目は冷たい。証拠もないまま大声を上げたのは彼自身なのだ。
古物商がわざとらしく肩をすくめ、甲高い声で割り込む。
「ははぁん、ありゃ間違いなく“見間違い”だな。血なんて最初からなかったんだ。どうせ死体は奥から運ばれてきたに違いない」
古物商の言葉に、数人がざわついた。納戸から広間に至る廊下は狭く、物音がすれば誰かに気づかれるはず。だが、死体を移したと考えれば――。
疑惑は、ますます若者へ傾く。
探偵はじっと若者を見た。取り乱すでもなく、怯えた顔で「違う」と繰り返すその姿には、不自然な演技めいた要素は見当たらない。
しかし声を上げたのが彼だけだった事実は、確かに重い。
クマちゃんが心配そうに袖を引いた。
「ねえ、ほんとに……この子が犯人なの?」
メイド探偵は小さく首を振り、クマちゃんの胸の小さなリボンを直しながらささやいた。
「証言は証拠にはなりません。真実は、もっと確かな痕跡に残るはずです……」
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その夜の空気は、重く張りつめていた。
作家志望の男は、離れた片隅に腰を下ろし、ノートにペンを走らせていた。
「……赤、光、窓……」
小声で繰り返しながら、ぶつぶつと独り言を漏らしている。
その異様な姿は、若者だけでなく古物商もちらと振り返らせた。
「おいおい、あの坊主……気味が悪ぃな。犯人探しをしてるんじゃねぇか?」
そう言って古物商はわざと声を大きくし、みんなの注意を向ける。だが作家志望は気にも留めず、ノートに線を引き続けた。
駐在が苛立ちを隠さずに言う。
「勝手なことをするな。ここは私が仕切る!」
広間の緊張はさらに増した。
その時、探偵が一歩前に出た。
「では確認を重ねましょう。血を見たと証言したのは若者一人。しかし、その証言が正しいかどうかは別の視点からも検討できます」
古物商がすかさず割り込む。
「けっ、そんなの簡単だ。血なんか最初っからなくて、ただ赤い雪に見えただけだ。つまり……騒いだこいつが怪しい!」
若者は青ざめた。
「ち、違う! 本当に見えたんだ!」
探偵はゆっくりと振り返り、広間を見渡した。
「――真実は、いずれ明らかになります。今はただ、一つ一つを確かめましょう」
その声は柔らかいが、芯の通った響きを持っていた。
嵐はまだ序の口。疑惑の影だけが、雪の夜に濃く落ちていた。
(つづく)




