第二章 赤き雪の下に
第二章 赤き雪の下に
夜が更けるにつれ、雪は勢いを増していた。
窓を叩く風は唸りを上げ、外界は完全に遮断されつつある。暖炉の火だけが頼りの明かりとなり、客たちは自然とフロアに集まった。
古物商が大声で笑い、壺をひとつ持ち上げる。
「見ろよ! この程度の品、都会のオークションならせいぜい五千円だ! いや、三千でもいいくらいだな!」
場を賑やかすつもりか、それとも場を乱したいのか。だが誰も笑わない。
姪は所在なげに視線を落とし、若者にだけは小さく囁いた。
「……ごめんなさい、にぎやかすぎて」
「い、いや……別に。気にしないっす」
若者は肩をすくめ、リュックのベルトを握りしめる。
その時だった。
「……血だ!」
窓辺に近づいていた若者が、叫び声を上げた。
外の雪面に、赤い染みが広がっている。
灯りを受けてゆらめき、まるで血溜まりのように見えた。
「……ステンドグラスの呪い……また、現れたのです」
客たちの間にざわめきが広がる。女中はさらに続けた。
「昔、この窓が赤く染まった夜……当時の当主が、ひとり、ひっそりと亡くなられたのです。事故だったのか、病だったのか……誰にも分かりません。ただ、不吉な夜に……」
視線を落とし、声を落とす。
「そして――今のご主人は、その当主の直系の子孫にあたります」
場の空気が凍りつく。
古物商が大声で遮った。
「へっ! そんなもん、一度きりじゃねぇか! 見間違いかもしれねぇだろう!」
だが壺を握る手は、わずかに震えていた。
作家志望は無言のまま、ノートに何かを書き込んでいる。
クマちゃんは耳を塞ぎ、メイド探偵の袖をグイッと引っ張った。
「やだやだやだぁ……! 呪いとかホントにダメだよぉ!」
ざわめきが広がり、館の主の名が呼ばれた。
しかし返事はない。
底知れぬ不安が、フロアを包み込んでゆく。心が、何かの闇で支配されそうだった。
慌ただしく探索が始まる。廊下を、階段を、使用人部屋を――。
そして、ついに裏手の納戸で。
主はすでに冷たくなっていた。
床に倒れ、顔を上向け、苦悶の影を残したまま。
「なっ……なんてことだ……!」
姪が口を押さえ、涙をこらえる。
古物商は言葉を失い、壺を抱えたまま呆然と立ち尽くす。
作家志望はノートを開き、震える手で何かを書き込んでいた。
その場に駆けつけたのは、館に招かれていた駐在だった。
「どうした! 何があった!」
遺体を一目見るなり、駐在は顔を険しくした。
「……ここは私が捜査する!」
彼は鋭く周囲を見渡し、やがて若者を指差す。
「君だな。“血を見た”と言ったのは? それで証言は十分だ」
「ちょっ、ちょっと待ってくださいよ!」若者は声を上げる。
「俺は、ただ見ただけで――」
「見ただけ? なら、なぜ最初に気づいた? なぜ大声を上げたんだ?」駐在は畳みかける。
「そ、それは……!」若者の言葉が詰まる。
メイド探偵は一歩前に出ようとしたが、駐在の声が鋭く遮った。
「余計な口出しは無用だ。ここから先は、警察の仕事だ」
館の中に、冷たい緊張が広がった。
外は雪嵐。中は疑惑。
そして最初の犠牲者が、静かに横たわっていた。
(つづく)




