第一章 吹雪の夜に招かれて
第一章 吹雪の夜に招かれて
その夜は、雪がちらついていた。
街灯の光に舞う白い粒は、まだ地面を覆うほどではない。だが空を見上げれば、暗雲が垂れ込め、夜半には本格的な吹雪となる予感を孕んでいた。
終点のバス停に停車した車体から、乗客が一人降り立つ。
肩にリュックを背負った若者は、気だるげにスマートフォンを確認し、舌打ちした。画面に映るのは怪しげな「高額アルバイト募集」のメール。
「……またこれか。うさんくせぇ」
そうぼやきながらも、彼はその場に足止めされるしかなかった。バイト募集の応募で指定された場所……それはここから更に先までバスを乗り継がねばならない。しかし、視線の先は白い山だけだった。
バスは再び扉を閉ざし、無情にも街へと折り返してゆく。
「さむいよぉ……」
小さな声が雪混じりの夜気を揺らす。
丸い影がよろめきながら歩いていた。
それは、喋るクマ――クマちゃんだった。
「メイドちゃーん、本当に行くの? ホラー映写会とか……ぜったいやだぁ!」
「しっかりしてくださいな」
凛とした声が返る。
黒いメイド服に白いエプロン。小さな手を握る少女――メイド探偵は、雪の冷気の中でも表情を崩さなかった。
「今夜、この洋館で映写会があるそうです。ステンドグラスが奏でる“ホラーの世界”……真偽を確かめるには、いい機会でしょう」
「ぼくは……真偽とかどうでもいいもん……」
「大丈夫。私が手を握っていてあげます」
クマちゃんは目を細め、ほっと息を漏らした。二人の足跡は、バス停から続く雪道を踏み分け、林の奥へと進んでいく。
やがて――館が姿を現した。
大屋根に薄く雪をいただき、窓辺には赤いフィルムが貼られている。灯りを受けてぼんやりと浮かぶそれは、まるで血のように不気味な輝きを放っていた。
「うわぁ……」クマちゃんは声を詰まらせる。「もう帰りたい……」
「ここまで来て戻るのですか? いいえ。真実は、この中にあります」
二人が重い扉を押すと、玄関ホールの暖炉に火が燃えていた。
そこには、すでに何人かの人影が集まっている。
控えめに出迎える姪。
壺を持ち上げ、大声で価値を語る古物商。
隅で静かにノートを開く作家志望。
そして、深々と頭を下げる女中。
「ようこそ……雪の夜にお越しくださいました」
女中の声は重く、この館の壁にしみついた歴史を思わせる。
そこへ姿を現したのは、館の主――老紳士だった。
「いやぁ、今夜は雪が強くなりそうですな」
にこやかに両手を広げて言う。
「この館は広いですから、どうぞ皆さん、くつろいで泊まっていって下さい」
その言葉に、クマちゃんは小さく悲鳴を上げて、メイド探偵の袖をぎゅっと握った。
それが、この夜を覆う不吉な幕開けとなることを、まだ誰も知らなかった――。
(つづく)




