100年の鎖【1】
――大陸歴3960年。
時代は今、大きく移り変わろうとしていた。
ロディカ=ランスウェル帝国。帝都ユグランにある、高台にある歴史ある塔。空に突き抜けるようにそびえ立つその塔に、100年前大罪を犯したと言われる能力者が幽閉されていた。
幽閉されていると言っても、鎖で塗り固めるように地下牢へ閉じ込めている訳ではない。一族との接触、外出を禁じられているだけで塔の内部ならある程度の自由は効く。
ジャラリ、と両手足から垂れ下がる鎖を鳴らしながらその能力者は塔内を闊歩していた。
「大罪人、ウィリアムっ! 止まりなさい!!」
突如、塔内に響いた甲高い声。ウィリアムと呼ばれた能力者の足は止まり、振り返り声の主を確認する。其処には金髪碧眼の、軍服を着た少女が仁王立ちで廊下に立っていた。
「話があるわ。至急、部屋に戻りなさい――って、何無視して進んでるの!」
ウィリアムは少女の姿を確認するなり、何事もなかったように歩き始める。歩く度に足枷から伸びた鎖が音を鳴らす。
少女は顔を一気に顰めると、早足でウィリアムに近付き更に声を上げた。
少女は顔を一気に顰めると、早足でウィリアムに近付き更に声を上げた。
「止まりさいって言ってるのに! 何、無視して進んでるのよっ!」
行く手を遮るように横に並んだ少女に舌打ちすると、ウィリアムは再び足を止めた。
「うるせぇよ、ブス」
一呼吸分の間の後、それが自分に向けられた言葉だと気付き少女は、ウィリアムを鋭く睨み付ける。
「だ、誰がブスよ、誰が!!」
「お前以外に誰がいんだよ」
ふわぁ、と欠伸を掻いて近くの柱に寄り掛かるウィリアムに謝罪の色は全くない。事実を素直に口にしただけだと、言わんばかりの態度を示している。
少女は殴りたくなる衝動を堪え、己の拳をギュッと強く握り締めた。
深緑の瞳に、澄んだ薄緑色の髪。見てくれは絵になるような美青年だが、残念な事に彼、ウィリアム・スヴァレーは非常に口が悪かった。
世界を破滅へと導いた能力者の中でも、有力な一族の末裔。その身に秘めている能力は、人間の技術力を持っても計り知れない程に巨大だという。
少女は数ヵ月前からそんなウィリアムの世話役をやっているが、顔を合わせる度にこのような暴言を吐かれるのだ。腹が立ってしょうがない。
こんなに生意気で恩知らずの能力者を生かしておく事自体、間違ってるのではないか。長年積み重ねてきた思いを少女は苦情と共に吐露しそうになる。
能力者は敵。野蛮な一族で関わりを必要以上に持つべきではない。人間社会に足を踏み入れる能力者は始末するべきだ――
そういう教育を受けてきただけに、少女の思いは何ら可笑しいものではなかった。
だが、それが実行に移される事はない。ウィリアムは帝都が、いや国を上げて、管理し幽閉しているのだから。
その理由を少女は知らない。ただ、国の為に能力者を幽閉しているのだとしか聞かされていなかった。
「……命令がなければ、絶対コイツをぶん殴って海に沈めてるわ。能力者じゃなければ……!」
様々な思いが胸中を巡るが、少女の今一番の願いは目の前のウィリアムの生意気な口を閉じる事だった。
どす黒いオーラを纏い自分を睨み付ける少女に、笑みを溢すとウィリアムは少女との距離を詰める。
「で? 夕刻でもねぇのにわざわざ何の用だ? 単に様子見に来たって訳じゃねぇんだろ?」
「それは――、ッ!」
唇が触れそうな程に顔を寄せてきたウィリアムに、少女は思わず身を引いた。
心を見透かすように澄んだ瞳。人間とは違い綺麗に整った顔立ちは、思わず見惚れてしまう程だ。
ウィリアムは少女の長い髪を少し掬い上げると、それを自身の唇に当てた。
一瞬我を忘れてウィリアムを見つめていたが、自分の髪に口付けをされたと自覚した途端、少女の顔に熱が集まり始める。
それを見て、ウィリアムは盛大に吹き出した。
「……ぶっ! あはははっ! すーぐ、赤くなってやがる。相変わらず、こういう免疫はねぇんだな」
「う、うるっさいわね!」
ウィリアムの手に掬われたままの一房の髪をウィリアムから奪い取ると、少女は懐に入れていた1枚の封書を取り出した。
そして、それをウィリアムの胸元に力を込めて押し付ける。
「ッ、いってぇな……」
「将軍閣下が明日、アンタと面会なさるそうよ。場所は、この塔の最上階」
「明日かよ。えらい急だな」
胸元に押し付けられた封書を受け取り、くるりと背面を見た。そこには明日会うべき将軍の名前が記されている。
「ウェスト・D・ヒーリング。……ああ、あの嫌味な顎髭野郎か。俺、アイツ大嫌いなんだよな」
ウィリアムの呟きに少女は呆れた表情を向ける。帝国の上位に座する将軍に何ていう事を言うのだろう。
現在、将軍職にいる者達は英雄扱いされる程に尊い存在だ。一般市民でも畏れ多い存在だというのに、ウィリアムは幽閉され国の意向によって生かされている身だ。不興を買えば処刑される可能性が非常に高い。
それなのに、命の危険など関係ないとばかりに暴言をさらりと吐く。一体、どういう神経をしているのか。
「……アンタ、間違ってもそれを将軍に言うんじゃないわよ」
「ハッ、言わねぇよ。無駄な争いはしない主義なんでね」
「へぇ。その割に、あたしには結構喧嘩売ってくれるじゃない。どういう事なの?」
少女の言葉にウィリアムは目を瞬かせ、考えるような仕草を見せる。
もしかして、ちゃんとした理由があるのかと少女はウィリアムの出方を窺うが、その期待は見事に打ち砕かれた。
「理由は、至極簡単。お前の反応が小動物のようで面白いから」
そう言って、ウィリアムは床を蹴りその場から高く跳躍した。手枷等で封じられているとはいえ、塔を自由に行き来出来るくらいの能力は体内に宿している。
少女から漏れ出る殺気に気付いたウィリアムは、少女の傍から一刻も早く離れる必要があった。自分で蒔いた種とはいえ、痛いのは御免蒙りたい。
少女の立つ場所より数段高い梁に着地すると、少女に向けて軽く手を振った。
ウィリアムの行動全てが、今の少女にとって癇に障る。眉をひくつかせ、少女は自分を見下ろすウィリアムを睨み付けた。
「言い逃げと良い度胸してるじゃない……! 今日という今日は許さないわ! そこに、直りなさい!!」
少女が人差し指で差したのは先程まで、自分がいた場所だ。腕を上下に動かしている事から、降りてこいと強く訴えているつもりらしい。
それを一瞥し、ウィリアムは
「ヤダ。降りんのが面倒臭ぇ」
大きく欠伸を吐いた。
「っ、あぁぁ! 腹立つ! いつもいつも、そうやってあたしをからかって! アンタ、少しは自分の立場ってモンを考えて行動したら!?」
内に秘めていた苛立ちが頂点に達してしまったようで、少女は足を強く踏み鳴らし声を張り上げた。
塔の内部は音が良く通り、遠くまで響き渡る。しかも、人もほぼ居ないこの状況下。ウィリアムの耳には嫌という程に少女の声が聞こえていた。
ウィリアムは風に乗り届いた音を掻き消すように、手を払う仕草を見せる。そして片耳を押さえると深く息を吐いた。
「……立場、ねぇ。アンタら人間の、決めた立場なんざ俺は知ったっこちゃねぇよ。単に今、時間が必要だから俺は此処に居る。そんだけだ」
「時間?」
ウィリアムは過去に大罪を犯し、幽閉されたと聞く。人間にとって許されない重大な罪を犯した、と。時間というのはその罪を償う事を指しているのか。それとも――
少女が今居る場所からは、ウィリアムの表情を窺い知る事は出来ない。だが、その声は悲しみが滲んでるように感じた。
「ウィリアム、貴方は――」
「悪い。お喋りが過ぎたようだ。……じゃあな」
「あ、ちょっ!!」
少女が制止する間もなく、ウィリアムは“能力”を使いその場から消え失せた。
塔を吹き抜ける冷たい風。その風でなびく髪を押さえると、少女はウィリアムの消えた梁を見つめる。
「相変わらず、振り回されているようですね」
カツン、と床を歩く音と共に穏やかな声色が少女の耳に届く。振り返るとそこには見慣れた人物が微笑んで立っていた。
「リッ、リズリー様!」
そう声を上げ、少女は慌てて頭を下げる。




