終わりの始まり
100年の長きに渡る戦いで
支配者は能力者から人間へと移り変わった。
人口も文明も何もかも人間が奪い上げ、世界は急速に発展していった。
周囲に漂うのは鉄の匂い。
木々に色付く紅葉のように、地面に広がる赤、赤、赤。
それはつい、今しがた此処で殺戮が行われた事を意味していた。
無惨に転がる死体。息をしている者は数える程しかおらず、村は壊滅状態と言える。
頬に付着した血を、袖口で乱暴に拭うとその場に立つ唯一の男は口を開いた。
「後はアンタだけだ。その命、渡してもらおうか」
感情の読めない冷たい声色。男の前には両手足を折られながらも、意識を保つ老人が座らせられていた。
「……御主に、殺されるとは思わなんだ。覇王の……修羅の、道を歩むつもりか……」
老人の問いに男は何も答えない。答えの代わりに老人の胸ぐらを掴むと、焼け焦げた地面に叩きつけた。
「ぐっ……!?」
「ジジィの癖に、心配なんざしてんじゃねぇよ。今は己の事だけ、考えてれば良い。――消えゆく命の事だけな」
老人の身体にじんわり食い込んでいく刃。幾人もの血を吸っていったのだろう。その刀身は黒く濁っていた。
痛みに顔を歪める老人に、絶望の色はない。あるのは未来への憂いだけ。目の前にいる男をジッと見据え老人は口を開いた。
「ッ、」
それは声としてはとても小さく、言葉としても上手く出来ていなかったが男の耳にはきちんと届いていた。
「黙れッ!!」
抑えていた感情が溢れ出し制御出来なくなる。男は感情のまま、急所を深く突き刺し素早く引き抜いた。一歩身を引き、男は息を整える。
睨むように老人へ目を向けると既に老人は絶命していた。苦悶の表情ではない安らかなその死顔に、男は舌打ちを鳴らす。
「だから、俺はッ……、アンタが大嫌いなんだよ……!」
一筋の風が男の背を叩きつける。熱風混じりの風は男の心をも、焼き潰そうとしていた。
パキン、と誰かの足音が聞こえ男は瞬時に身構える。だが、流れてきた気配に男は目を細めると、小さく息を吐いた。
「派手にしたものですね。これでは人間が気付くのも時間の問題ですよ」
凛とした女の声。口調は鋭いものの、その容姿は幼い少女だった。長く伸びた髪を風になびかせ、男の背を真っ直ぐに見つめている。
「……構わないさ。俺に過去はいらない。過去は振り返らない。いるのは、確実な未来と時間だけだ」
血を払い地面に剣を突き刺すと、男は振り返り少女に向かって真っ直ぐに手を伸ばした。
「巫女よ。どうか、俺と契約を。この世界を在るべき姿に戻す為に、貴女の能力を貸してほしい」
「……代償は確かに頂きました。ですが、本当に後悔はしませんね?」
男は同意を示すように力強く頷く。後悔するつもりならば、あのような所業など行いはしない。
覚悟はとうに出来ている。
「わかりました。貴方と契約致しましょう。但し、我は能力を与えるだけ。何があろうとも、貴方が何をしようとも干渉しません。良いですね?」
「ああ、分かった」
焼き尽くされた村。惨殺された能力者。
密かに交わされた契約。
この一連の出来事は激動の未来が、始まりを告げた事を意味していた。
巫女を手中に収めた、彼の名はーー
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