幼馴染も心が読めない
一志と桜を見るのは何回目だろう。幼い頃から数えたら、両手の指でも足りない。ずっとそばにいて、隣にその姿があった。
――桜の下で誓いたいな。
そう言って微笑んだ一志と桜大の道は、ひとつになる。
離れることを受け入れられない、と苦しい思いをしたこともある。それでも覚悟をしなくては、と自分に言い聞かせたこともある。幼馴染が離れていくことが怖くて、告白できずに目を逸らしていた桜大は今、一志の瞳をまっすぐに見つめ返せる。
揃いの白いタキシードを着た一志と隣り合って並び、各々で考えた誓いの言葉をゲストの前でそれぞれ唇にのせる。桜大が用意した言葉は、誓いと言うより、彼への感謝だ。深い愛、優しさ、幸せをくれる一志に、どんな気持ちを言葉として伝えたらいいだろう、と考えて決めた。言葉にできないような感情を言語化するのは、楽しくも大変だった。だって一生に一度のことだ。やり直しもできないのだから、気合いが入ってもおかしくはない。桜大が意気込んでいるのに一志はいつでも自然体で、桜大をさりげなく支えてくれた。そんな姿に、相変わらず桜大はどきどきさせられてばかりいる。
人前式の式場は桜の下でガーデンパーティ風のものにした。一志と桜大に、桜は切っても切り離せない。
五つの白い円形のテーブルには、特別な今日のふたりを見守るために集まってくれた、大切な人たちが着座している。それだけでも胸がいっぱいになって感動を覚えた。薄ピンク色の花びらの舞う中、ゲストが一志と桜大の誓いに耳を傾けている。
「それでは、指輪の交換をお願いします」
司式者の進行で一志と向かい合う。彼が桜大の左手を取り、薬指にプラチナの証をはめた。桜大もまた、彼の左手を取る。リングピローから受け取った指輪を、一志の薬指に通す。
いろいろなことがあった、と過去を振り返る。一志が「一緒に暮らすからには、お互いの親に隠さずにちゃんと報告しよう」と、真剣な顔をして桜大の意志を確認してくれたので、もちろん頷いた。
一志とつき合っていることと、恋人としてそばにいることを報告しに互いの実家に行くと、一志の両親はこのうえなく喜んでくれた。だが想像に反して桜大の両親、特に父が渋い顔をした。一志くんのことが嫌いなわけではないけど、桜大の恋人となるのは話が別だ、と。冷静になって考え直しなさいとまで言われた。
それでも一志は桜大を諦めず、また両親のことも諦めなかった。名前のとおりにまっすぐな彼は、何度も桜大の両親に頭をさげ、認めてもらうまで一緒に暮らすのはやめよう、と桜の下で約束したルームシェアはなくなった。
桜大は自分の両親のことながら腹が立ったし、悲しかった。だが一志は文句をひと言も零さず、それだけ桜大が大切なんだよ、と逆に諭されたくらいだ。
一志も桜大も就職して二年が経った冬の終わり、春の気配を感じられるうららかな日のこと。いつものように一志と実家に行くと、両親はようやく首を縦に振ってくれたのだ。完全には納得してないが、これからのふたりの生き方で納得させてくれ、と微笑んでくれた。一志とのことを報告してから、ずっとしかめ面しか見せなかった両親の笑顔は優しくて、まさしく春がやってきたのだと思った。
互いがいることを感謝しながらさらに一年が経ち、今日に至る。
結婚証明書への署名後、司式者が一志と桜大の結婚を承認するか否かをゲストに問うと、立ちあがって一番大きな拍手をしてくれたのは、桜大の両親だった。
思わず涙ぐむ桜大の手を、一志がぎゅっと握る。その力強さに、彼に今の気持ちを伝えたくなる。でもさまざまな感情で胸がいっぱいになりすぎて、言葉がうまく出てこない。歓喜と感謝、両親が拍手に込めてくれた思い、なにより一志の深い愛情が心に満ちる。
「ねえ、桜大。大切なことを言ってもいい?」
司式者の結婚成立の宣言を聞きながら、一志が微笑む。桜大も笑みを返して、小さく首をかしげた。
「なに?」
桜大の耳もとに、整った顔が近づく。
「愛してる」
感動が胸に押し寄せ、ますます涙が込みあげてくる。
「一志って俺の心が読めるの?」
桜大も一志にそれを伝えたかった。先を越されても、逆に嬉しい。
愛しい人に思いきり抱きつくと、ゲストがわあっと盛りあがり、大きな拍手に包まれた。
「何度も言うけど、心は読めないんだ。だからお互いに、気持ちをちゃんと伝えていこう?」
「そうだね。俺も心が読めないから、小さなことでも一志に伝えていくね」
桜の花びらが風にのってはらはらと舞う。
これからずっと、一志の隣で桜を見よう。
(終)