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堕ちた勇者の決意

 魔物が咆哮を上げ、鋭い爪を振りかざして襲いかかる。


 レオンはわずかに後ろへ跳び、獣の一撃を紙一重でかわした。


 「随分と手荒い歓迎だな……」


 剣を構え直し、静かに息を整える。


 魔物の筋肉が躍動し、再び猛然と突進してきた。地面を抉る勢いで迫る魔物を前に、レオンは一歩踏み込む。


 「……遅い」


 閃光のような斬撃が、魔物の首筋を貫いた。


 次の瞬間、魔物の巨体が崩れ落ちる。


 魔法陣が砕け散り、黒い霧のような魔力が四散していく。


 「ぐっ……!」


 魔物を召喚した男が膝をついた。


 「バカな……! こんな短時間で……!」


 レオンは無言のまま、血のついた剣を振り払い、男に向けて歩み寄った。


 「……お前が言っていたな。俺を試せと」


 男の喉元に剣を突きつける。


 「誰の命令だ?」


 「言うわけが……」


 剣がわずかに喉を切り裂く。


 「言え」


 男の瞳に恐怖が宿る。


 「……王国だ」


 レオンは目を細めた。


 「やはりな」


 「お前が……まだ生きていると知った王国は、お前を恐れた。そして……試すよう命じられた」


 王国が自分を恐れた?


 いや、それだけではない。


 レオンは薄暗い記憶を呼び起こした。


 ーー アリシア。


 彼がかつて王都のはずれに住んでいた愛した人。


 雑貨屋で働き、朗らかに笑う女性。


 彼女と共に生きることを夢見た。勇者という肩書を捨て、ただの男として、王都のはずれで生きることを願った。


 だがーー


 彼女は王国に殺された。


 王国が密かに送り込んだ刺客によって。


 理由はただ一つ。


 「勇者に、穏やかな生活は不要だ」


 王国にとって、勇者はあくまで”武器”であり、管理されるべき存在だった。勇者が隠居するなど、許されるはずがなかった。


 だから、彼女を殺し、レオンを再び戦場へ引き戻そうとしたのだ。


 だが、レオンは戻らなかった。


 王国の命令も、期待も、すべてを捨てて王国から立ち去った。


 ーーアリシアの墓の前で誓ったからだ。


 「俺はもう戦わない」と。


 だが、結局どうなった?


 こうしてまた剣を振るい、血を流し、王国の干渉を受けている。


 彼女を失ってもなお、王国は彼の人生を縛り続ける。


 レオンは、静かに剣を下ろした。


 男は安堵の息を漏らす。


 「……助けてくれるのか?」


 レオンは何も言わず、男の胸に手を当てた。


 そしてーー


 魔力を込めた拳を、深々と突き刺した。


 「……っ!?」


 男の瞳が見開かれ、口から血がこぼれる。


 「俺の人生を踏みにじった王国の命令を受けた時点で、お前は終わりだ」


 レオンは淡々と囁いた。


 「……た、助け……」


 「お前のような奴に、助かる道はない」


 レオンは拳を引き抜き、男の体を地面に転がした。


 血溜まりの中で、男の身体は次第に冷たくなっていった。



 村へ戻ると、夜の静けさが広がっていた。


 だが、レオンの心の中は、まるで嵐のように荒れていた。


 アリシアを奪った王国。


 そして、なおも自分を手中に収めようとする王国。


 「……ふざけるなよ」


 レオンの目には、かつての勇者の光はなかった。


 代わりに宿ったのはーー深い、深い闇。


 「王国を滅ぼす」


 それは、レオンが勇者でありながら、勇者であることを捨てた瞬間だった。


 かつて王国の希望だった男は、今や王国にとって最も危険な存在へと変貌した。


 そしてその闇は、もはや誰にも止めることはできなかった。

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