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隠居勇者と平穏な村




 かつて「勇者」として魔王を討ち倒したレオンは、王国には内緒で引退し、遠く離れた辺境の国で隠居生活を送っていた。


 ここは王国の影響が及ばない小さな村。周囲を森と川に囲まれ、訪れる旅人も少ない。レオンは村外れの古びた小屋を買い取り、薪を割り、畑を耕し、自給自足の生活を始めた。剣を振るう日々とは無縁の、穏やかな時間——それが彼の望んだものだった。


 「おじさん、また大きな魚釣ったね!」


 村の子どもたちが駆け寄ってくる。レオンは苦笑しながら、釣り上げた大魚を掲げた。「おじさん」などと呼ばれるのには少し抵抗があるが、勇者としての過去を隠すためにはちょうどいい。


 しかし、そんな平穏な日々も長くは続かなかった。ある日、村の近くの森で魔物の目撃情報が相次ぐ。狼のような魔物が家畜を襲い、人々は恐怖に震えていた。


 「ここまで逃げてきたのに、また戦いか……」


 レオンは溜息をつく。しかし、村人たちを見捨てるわけにはいかない。剣を手に、彼は静かに森へと歩き出した。




 夜の森は静かだった。風に揺れる木々のざわめきと、遠くで響くフクロウの鳴き声が耳を打つ。


 レオンは地面に落ちた獣の足跡を観察しながら、慎重に進んだ。狼の魔物……普通の獣とは違い、魔力を帯びた存在だろう。放置すれば、いずれ村へ直接危害を加えかねない。


 やがて、小さな泉のほとりに出た。


 そこで、レオンは待ち伏せる。人間に気づいていない魔物なら、泉に水を飲みに来るはず。しばらくの間、じっと待機していると、茂みの向こうでガサリと草が揺れた。


 次の瞬間、影が飛び出してくる。


 「……やっぱりか」


 現れたのは、体長二メートルほどの巨大な狼だった。黒い毛並みが闇に溶け込み、赤く光る目が獲物を狙うように鋭い。


 レオンは剣を抜く。


 「お前を放っておくわけにはいかない」


 狼の魔物が低く唸り、獲物を狙うように飛びかかってきた。


 レオンは一歩踏み出し、迎え撃つ。


 鋭い爪が振り下ろされるが、剣で受け流し、すれ違いざまに一閃。手応えがあった。魔物の体が跳ね、血飛沫が宙を舞う。


 しかし、それだけでは終わらない。


 魔物はすぐに態勢を立て直し、さらに素早い動きで襲いかかってきた。普通の戦士なら、対応しきれない速度だ。しかし、レオンは元勇者。長年の戦いで培った経験と反射神経が、彼を死地から遠ざける。


 「っ……!」


 剣を横に薙ぎ払う。魔物の首に正確に刃が食い込み、そのまま胴体まで断ち割る。断末魔の遠吠えを響かせながら、魔物は地面に崩れ落ちた。


 「……終わり、か」


 レオンは息をつく。


 倒れた魔物の体は、やがて闇に溶けるように消えていった。魔力で形成された存在は、こうして跡形もなく消滅する。


 しかし、問題はこれで終わりではない。


 なぜ、こんな魔物が村の近くに現れたのか? 普通なら、この手の魔物は魔力の濃い地域に生息するものだ。


 「誰かが、あるいは何かが、この魔物を送り込んだ……?」


 レオンの脳裏に嫌な予感がよぎる。


 翌朝、村に戻った彼は、村長の家を訪れた。


 「魔物は倒しました。ただ、これで終わりとは思えません。最近、何か変わったことはありませんでしたか?」


 村長は険しい表情を浮かべ、しばらく考え込んだ。


 「……そういえば、最近、妙な旅人を見たという話を聞いたな。黒いローブを着た男が村の外れをうろついていたそうだ」


 「黒いローブ……?」


 レオンの警戒心が高まる。


 魔術師、あるいは何らかの組織の関係者かもしれない。もしそうなら、この村を狙っている可能性もある。


 「村の守りを強化したほうがいい。俺も、しばらく様子を見ることにします」


 「そ、そうか。頼もしいな……」


 村長は安堵の表情を浮かべたが、レオンにとっては頭の痛い話だった。


 せっかく静かな隠居生活を手に入れたというのに、また戦いの気配が近づいてきている。


 「はぁ……本当に、俺は戦いから逃れられないのかね」


 レオンは天を仰ぎ、再び深いため息をついた。

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