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第六話 結婚しよう

 目の前で反ワク君が現れてしまった。ワク様と言い争いを始めたが、私はやっぱりワク様が好き。ワク様と一緒にこの場から逃げ、家の近所の公園まで行く。


 もう夜なので人気はない。街灯の近くには虫が集まっていた。全く色気のない背景だったが、ワク様は私を抱きしめた。アルコール消毒液のような清潔感ある匂いが鼻につく。


「私はワク様だけよ。永遠にワク様が好きだから!」


 私は改めて自分の気持ちを伝える。すると、ワク様は腕を解き、私の頭をポンポンと叩く。信じられないぐらい優しい手つきで、私は思わず目を細めてしまう。


「わかった。俺も同じ気持ちだ」

「どういう事?」

「結婚しよう。歩美、結婚を前提として俺と付き合ってください」


 プロポーズまでされてしまった。ワク様の声は、ホイップクリーム以上に甘く、優しく、私の脳は完全にとろけてしまっていた。


「そんな。私なんて地味で冴えない平凡なブラック企業社員なのに」

「いや、そんなお前が可愛いんだよ」


 ワク様にまっすぐに見つめられ、私の思考回路は完全にショートした。もうワク様しか考えられない。


 皮肉な事に反ワク君という敵役がいるおかげで、私達の絆が深まってしまったようだ。


「ありがとう、ワク様。結婚しましょう」

「ああ! こちらこそよろしくな」


 ソーシャルディスタンスなどすっかり忘れ、私とワク様は熱く抱擁していた。


 この時の私は幸せの絶頂にいた。相変わらず仕事は冴えなかったが、ワク様は専業主婦でいいと約束してくれたし、式場はハワイ。まあ、疫病は怖いが、結婚式は別腹。それにワク様が一緒なら大丈夫だろう。


 私は分厚い結婚情報誌を購入し、着々と結婚準備をしていた。実家はまだ兄の頂き女子問題が解決していなかったので、入籍後に報告する事に。


「ねえ、ワク様。あなたの実家へはいつ挨拶したら良いかしら?」

「何言ってるんだよ、歩美。俺はワクチンの擬人化した存在だ。両親はいないぞ」

「そうだったわね、私ったらバカね」

「でも、俺は事業を拡大しようと思ってるんだよ」

「え?」


 ワク様は夢を語っていた。世界中の恵まれない子供達の為にワクチン工場を建設したいという。それに今後来る疫病に備え、また一つ大きな工場を国内に作りたいらしい。


「でもな、あとほんの少しだけ資金が足りないんだ」

「え?」

「たった十万円だ。どうしても足りないんだよ」


 ワク様が悔しそうに拳を握っていた。母性本能が刺激された。こんなイケメンのワク様は何としても助けたい。


「分かったわ。十万円ぐらい私持ってるもの。すぐにおろしてくるから」

「ごめん、追加であと五万急に必要で。この二回だけで必ず終わるから、お願いだ」

「それぐらい良いわ。どうせ結婚するんですもの。財布は一緒って事じゃない?」


 すぐに銀行に行き、十五万円下ろしてワク様にあげた。


「ごめん、歩美。あと五万だけどうしても必要なんだよ。お願いだ」

「え? また? 三回目?」


 確か前回十五万円渡していたが、また?


「どうしても必要なんだよ」

「そんな……」

「必ず返す。愛するお前は絶対に守るから」


 熱く見つめられた。こんな熱い眼差しをする彼が嘘をついていると思えない。


 こうして三回目、お金を渡した。


「歩美、可愛いよ。そんなお前を愛してる。絶対に疫病から守るからな」


 ワク様にきつく抱きしめらた。


「これでようやく俺の夢も叶うから。幸せになろうよ、二人で」

「そうね……」


 ワク様が嘘を言うはずがない。


 ところが、四回目。またお金が必要だという。今度は百万円だったが、これさえ支払えば、式場を予約してあげると言われてしまう。


 結婚の約束をした男から言われたのだ。まさか嘘をついていると思えない。


「分かったわ。銀行に行ってくるから」


 それにお金を渡した後のワク様はいつも以上に優しく、どうにも逆らえない。


 こうして五回、六回とお金を渡していたが、ブラック企業勤めのアラサー女にそんな貯金などない。あっという間に貯金は尽きそう。


 だからと言ってこの歳でパパ活など出来そうにもない。


 困った私は、会社の金を横領する事に決めた。どうせブラックで金の流れも不透明化されている。バレないだろう。結婚したら会社に返しておけば問題ないはず。


「ワク様、五百万円よ。夢の為に使ってね」


 私は笑顔だった。これできっと幸せになれると信じて疑っていなかったから。この時の私は、もうすでに幸せだったのかもしれない。

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