第五話 私の為に争わないで!
反ワクチン君は想像以上に嫌われているらしい。SNSを見てみると、かなり迫害されてたいた。もっともデマを広げているので、自業自得だ。
「ワクチンを打つと免疫力が下がり、獣の刻印であるマイクロチップを体内に入れる事になるぞ!」
会社の帰り、駅前で反ワクチン君が布教活動をしているのを見てしまった。案の定、誰も聞いていない。見事にスルーされていたが、反ワクチン君は必死だった。
「思いやりワクチンとか言ってる場合か? 目を覚ませよ! ディープステートに殺されるぞ!」
ふと、反ワクチン君と目が合ってしまった。逃げようと思ったが、後の祭り。なんだかんだと押し切られ、オーガニックカフェでお茶をする事になってしまった。
オーガニックカフェは無添加、無農薬、手づくりを売りにしていた。カフェインレスのオーガニックコーヒーや米粉のケーキはうっかり美味しいと思ってしまう。
「俺はお前の事が心配なんだよ」
反ワク君は私の目をまっすぐに見つめていた。全くタイプの男ではなかった。サブカル系とか興味ないと思うが、熱い視線はとことん誠実だった。なぜか私の心臓がトクゥンと揺れ始める。
「あんなワク様なんかと一緒にいたら、死ぬから。あれを打って死んだ人もいるんだ」
「で、でもそれは仕方ない犠牲というか、運が悪かっただけでは?」
「お前、酷い女だな。もし家族がそうなったら言える台詞か? もし自分が犠牲になったら、納得できるんか? しかも予防という余計な行動の結果で」
「うっ……」
それは反論できない。
「俺は健康的で幸せな人間を一人でも増やしたいと思ってる。その為だったら、いくら人にバカにされても構わない。愛は、自分が悪人になっても真実を伝える事ではないかね? 旧約聖書のノアの方舟の時だってそうだ。ノアはみんなから馬鹿にされながらも大洪水が来るって警告してたんだぞ」
「そ、それは……」
「目を覚ませ! 俺はお前を愛してる。愛してるからキツい事も言ってるんだぞ」
そんな事言われても……。
しかも反ワク君にも頭をポンポンとされてしまった。意外にも暖かな手で、私の頬が急速に真っ赤になってしまう。ワク様は甘くて優しい愛だが、反ワク君のそれは父性的というか、深みがあるような……?
「何をやってるんだ?」
私が反ワク君を見直そうとした時だった。急にワク様が現れた!
いつものようにイケメンのワク様。しかし、目は吊り上がり、鬼のように怖い。
「お前、反ワクか? お前のような奴がいるから疫病が治らないんだよ! 社会のゴミだ、迷惑だ。それに歩美は俺のもんだから」
「は? お前こそ、知ってるか? お前のせいで、どれだけの尊い命が失われているか。何が思いやりだ。迷惑行為の間違いだろ? 俺だったら決して歩美を死なせたりしない。この詐欺師!」
「何だと!」
ワク様と反ワク君は言い争いを始めた。
「歩美は俺のもんだ」
「いいや! 歩美は詐欺師の所へは行かせねぇ!」
しかも自分が原因で言い争っていた。こんな状況は初めてだったが、他の店員や客からの視線が痛い。
「お願い! 私の為に言い争わないで!」
私は必死に叫び、ワク様の手を握っていた。
「私が好きなのはワク様だけよ!」