番外編短編・朋美の独り言
私はメンタル・ヒーリング・セラピスト。簡単に言えば相談屋。愚痴聞き役といってもいい。
正直、顧客から聞く話は、私のメンタルが悪化するほどきつい。あれ? 人間ってこんなに欲深く、自分勝手で、愛のない存在だっけ? 毎日、毎日ストレスを溜めていた。
「お客様、もう少し、その話し方や清潔感などを意識したらどうですか?」
今日も婚活中の男の相談に乗ったが、彼が結婚できない理由はお察しの容姿、話し方だった。
「なんだと!? お前、メンタル・ヒーリング・セラピストとかいう怪しい仕事の人間が何言ってるんだよ!?」
しかし、本当の事を指摘すると、男は怒り狂ってきた。
そう。この仕事をして気づいた事だが、人間は真実を知ると怒り狂う性質があるのだ。特に人は耳の痛い事は聞かない。旧約聖書で預言者達が何度も警告を発していたが、多くの人は耳を塞いでいた。酷い場合は預言者を殺し、ついに救世主のイエス・キリストまで殺す始末だ。人は真実の救いよりも、耳障りの良い嘘の方を好むらしい。
なので私も耳に心地良い事ばかり言うカウンセラーを一時期していた。なんせ儲かる。耳に優しい言葉は永遠にクライアントの問題は解決しないので、私の懐が潤うのみ。
しかし、だんだんと罪悪感もあり、結局、元のスタイルに戻した。仕事は相変わらず儲からなかったが、問題解決したクライアントが二度と私の所に来なかった。それで良いのかもしれない。本来、仕事は無くなる為にある。
「朋美先生、実はこんな噂を聞いたんだよ」
「え、何?」
そんな時、顧客の一人からこんな噂を聞いた。顧客はいわゆるハイスペだった。ハイスペでも深い悩みがあるらしい。ハイスペになればなるほど、スピリチュアルや宗教にハマっている人が多い事が疑問だったが。
「あのワクチンは、色々怪しい噂がある」
「へえ」
「会社経営者では誰も打ってないよ。打っているのは純粋な庶民だけ」
「反ワクチンっていうの? 打ったら人体マグネットになるとか?」
「いや、あんなのフェイクでしょ。でもハイスペ連中は誰も打ってないね」
顧客からそんな噂を聞いてしまった私は、あの注射についてはしばらく様子見する事にした。別に様子見するだけ。積極的に反ワクチンというわけでなく、安全性に確信を持てたら打とうとは思っていた。幸いにも私は自営業。仕事も全部オンラインで完結しているし、特に問題なかった。
「わぁん、朋美さん! アレを打って髪の毛が全部抜けちゃいました」
様子見を続けていたところ、顧客の一人が泣きついてきた。
「本当にアレが原因?」
「そうですよ。医者にも認められましたが、自慢の髪の毛だったのに」
泣き言を言う顧客を見ながら思う。やはり安全性の確信はない。様子見は延長する事に決めた時、友人の高井歩美がアレを打ち、副反応が酷いという連絡をよこしてきた。
正直なところ、打つのは様子見しておいたら?と言いたかったが、辞めた。
以前、歩美に「そんなブラック企業なんて辞めたら?」と指摘したら、逆ギレされたし、やはり人は真実の指摘などは聞きたく無いだろう。耳に心地良い嘘を聞かせた方が「思いやり」という場合もある。
という事で歩美がアレを打ったと言っても、特に反対もしなかった。もっとも実家の家族や彼氏については、必死に止めたが、友達程度の間柄で、わざわざ私も悪役になりたくない。
そして、数ヶ月後。歩美は結婚詐欺に遭い、怒り狂っていた。
「ねえ、朋美! なんで指摘してくれなかったの! 酷いじゃん! 教えてくれても良いじゃん!」
人間なんて自分勝手な生き物だ。もちろん、私も含めて。
「いや、私が本当の事言っても、歩美、耳を傾けてくれた? 今以上に怒り狂っていたんでは?」
そう言うが、歩美との仲は修復不可能だった。トークアプリやSNSもブロックされてしまう。
その数日後、歩美が結婚詐欺に殺されたと聞いた。担当刑事も私のところへ事情を聞きに来るほどの事件だったらしい。刑事はアラサーぐらいの女刑事。見るからにバリキャリの賢そうな女。メガネの奥にある目はハサミのように鋭い。
「あぁ、やっぱり私が悪役になっても歩美に真実を指摘するべきだったでしょうか? 刑事さん、どう思いますか?」
「朋美さん、自分を責めたらいけませんよ」
「ええ、でも……」
歩美が殺されて気づく。愛は、自分が悪役になっても真実を伝える事かもしれない、と。
「まあ、でも。耳に優しい言葉を言うだけでは愛では無いかもですね?」
「ええ、刑事さん」
「私も学生の時、友達が『全然勉強してないよ』って言っていて鵜呑みにして、赤点ばっかりだった過去がありますね」
「私は『全然勉強してないよ』っていうタイプでしたね。影ではガリ勉してたのに」
「ははは、友達の言う事は鵜呑みにしたら危険ですね。いつ梯子を外されるか分かったもんじゃないですね」
「ええ」
私は深く頷き、苦笑し続けていた。




